第22話「知らずにあるもの」

「今日は俺だが、まぁたいしたことは教えられない。流して聞いててくれ」

「はい…」


 昨日はアウロラに魔術適性や罪の炎の能力説明を受け、今日は手の空いているユウトがイアに教える日になりました。

アウロラや美雪、光は今夜の任務の為に別世界へ旅立っており、ルナも別世界へ外出、夜冬は引きこもっています。


「君はもう見るからに、戦える体じゃない。こんな事を教えても意味は無い」


 場所は家のある山に連なる北の山。

 そこは他の山より背の高い木が生い茂っており、一定の範囲の木には木材や縄、ワイヤー等を使って作られたアスレチックのようなものが出来ています。

ノーネームメンバーが鍛錬の場として使う山なのでした。


「けど、興味引かれたらやってみるといい。遊ぶにもちょうどいい場所だ」

「あ、はい」


 そう言うと、ユウトの左眼から紺色の罪の炎が現れます。

燃え方は整ったロウソクのような火。罪位は『罪』でした。


「ついでだ。俺の罪の能力を教えよう。『暴食の罪』能力は不可視の力、重力を操る能力だ」

「重力……?」

「ん……重力を知らないか…。それもそうか…」


 イアは理解が早いですが、元ある知識がこの世界の住人と大差ないので、重力や原子、光などの事細かな原理を知りません。

ユウトは足元の木の枝を拾い上げると、それを落として見せました。


「今俺は木の枝を拾い上げて、それを離した。すると木の枝は地面に落ちていった。何故だか分かるか」

「え……重いから……?」

「違う。『引き寄せられている』んだ。今俺達が立っているこの地面に。」

「引き寄せられてる…」

「あらゆる世界にある物体、全てがそうだろう。どの高さから離しても、地面に向かう。上に投げても地面に向かう。重いものであっても軽いものであっても変わらずに地面に向かう。」

「なるほど……?」


 ユウトは知識こそ持っていますが、それを上手く伝える事が苦手で、説明する時の言動も相まって聞いている人間には少し分かりにくいのです。


「……悪いな。説明下手で。まぁ難しい説明でしたのが悪かったな。要はどんなものも常に見えない力で地面に引き寄せられている。上から地面にずっとだ。俺の罪の能力はそれを操れる」

「───」


 イアも大体どんな事を意味してるかは、少しだけ分かってきました。


「操るっていうのは、こういう事だ」

「!?」


 ユウトが一言言った瞬間に、イアは見る見ると体を丸めて地面に伏していきます。


「重い…!」

「上から押し潰されている気がするだろう。見ていろ。これもまた違う」


 ユウトはさっき落とした木の枝を再度拾い上げると、それを落としました。

木の枝はまるで鉛の如く素早く落ちて、落ちた衝撃で折れてしまいました。

 イアはそれを見るのも精々でしたが、明らかに『地面に引き寄せられている』という事は今も身に染みて理解しました。


「上から下に向かう力を弱くする。それでまた違う状態になる」


 身体から重みが消え、イアはゆっくりと立ち上がります。

その時、わずかな違和感を覚えました。


「ふぅ……なんだか、凄く軽い…」

「重力掛かった状態から本来掛かる重力をまた弱めた、とにかく今は身体が軽いだろう。ジャンプして見ろ」

「ジャンプ……」


 イアは両足で地を蹴って、跳ね上がりました。


「え…!?え、あ、わわわ…!」


 垂直に飛んだイアは1m……1.5m……2m………3mほどまで飛び上がると、その後はふわふわとゆっくり落ちてきました。

着地する際も落下の衝撃を吸収する必要も無く、スッと立ったまま着地出来ました。

飛び上がってから着地するまで10秒ほどかかって、ジャンプが終わりました。


「凄い……飛んでいけそう…」

「実際、重力を完全に無くすと空まで余裕で行けるようになる。だが、都合のいい話じゃない」

「着地が遅いとかですか…?」

「違う。『落ちれない』んだ。上から掛かる力を無くせば、下から上に向かう力は抵抗無く進む。言い換えるなら『上に落ちる』事になる。言わば『反転』その落ちる速度は本来掛かる重力と同等。しかも落ちる先に何も無ければ延々と空に向かう。仮に地面から数十mに足場があったとしても、『落下死』するだろうな」

「え……」


 今度の説明はイアにもやっと理解出来ました。

上から下に向かう重力は地面に引き寄せる役割を持ちます。

その引き寄せている力が無くなれば、自身で下から上に加えた力は本来の何十倍もの力で抵抗無く働く為、無限にその力は働き続けます。

 実質重力が『反転』しているので、『天井』と呼べるものは『地面』となり、その環境下の場合『天井に落ちる』ことになります。


「だからは基本的には適度に重くするか、軽くするかって使い方だ。重力を極端に増減しない。自分にも驚異になる事になるからな」


 身体から軽さが消え、本来の重力が戻ってきました。

身体に掛かる重さが帰ってきたので、イアはまるで軽い打撃を受けるかのような衝撃を体全体に負ったのです。


「これが本来の重力……?私達はこんな力を常に受けながら生活してるんですね…」

「あぁ、だからこそ人は進化して、順応する。重力が少なければ体は無駄な部分を衰退させて、削ぎ落とされた必要最低限の体を作り出す。重力が強ければ、あらゆる部分を強靭にして、その重力下での対抗出来る体を生み出す。俺としては鍛錬するのには丁度いい能力だと思ってるよ」


 そうして説明してくれるユウトにふとイアはクスッと笑いました。


「何がおかしい」

「いえ…思いのほか色々と教えてくれたので、勉強になるというか……」


 ユウトは咳払いして、今度は重力を強くします。

その重力はイアにとっては重たい荷物を持つ程度の重力でした。


「流して聞け…と言ったろう。とりあえず、山の上までこの重さを君に対して維持する。上へ向かって歩くだけでも鍛錬にはなる」


 そう言って、ユウトは上の方に消えていきました。







「はぁ…はぁ…………」


 イアは30分ほど山の上へ向かって歩いて、途中の木にもたれかかって5分ほど休んでいました。

足は鉛のように重く、傾斜になっている地面が更に体力を奪っていきます。

止めている足はジワジワと地面に根付くように動く事を拒みます。

 しかし、イアも息を整えた後、それに抵抗するように足踏みをして足の重さを忘れさせ、大きく深呼吸すると再度山の上の方へと歩いて行きました。






 頂上に近い高さまで登ってきました。

しかし、イアは足止めをくらってその位置をウロウロしていました。

イアの目の前には3mほどの岩の壁。

それを登れば頂上がすぐにでも見えるでしょう。

 ですが、3mという絶妙な高さは高めの足場や階段、道が無いと登れそうにありません。

それに加えて、イアは今体力的にも乏しく、軽度の重力下に置かれている為、ジャンプも本来より低いです。

息も整っておらず、ずっと息を切らしていましたが、休まずに道は無いかと、ウロウロとしていました。


「ここで止まってたか」


 声は壁の上からで、声の主はユウトでした。


「一瞬だけ軽くする。登ってこい」

「っ……はい…!」


 イアは息を呑んで、感覚が麻痺している足に地面を捉え、力の限りジャンプしました。


「えっ…?」


 確かに軽くはなりました。

 しかし、ユウトの立つ地面までは全然届きません。

地面からは1m程度離れ、腕を全力で伸ばしてやっとその目的の高さです。

ジャンプは虚しく、そのまま体は地面に引き寄せられて、着地しました。


「今は本来の重力下だ。その中で君は1m程飛んだ。適応して強化されたんだよ、君の体が」

「私の体が……適応した……?」

「とはいえ、まだまだ常に維持するのは無理だ。じきにこの『軽さ』と『世界の修正力』が君の体を元に戻すだろう」


 ユウトは壁の上から降りてくると、イアに背を向けしゃがみこみました。


「足が強化されたとはいえ、疲労は残る。背中に乗れ、下まで向かってやる」

「えっ、えっと……」


 ユウトの言う通りイアには疲れがあります、足ももう歩きたくないと言うほどに一歩も動き出そうとしません。

それと同時に申し訳なさと恥ずかしさと感じていたのです。

オロオロとするイアを軽く振り返って尻目で確認すると、ユウトは立ち上がりました。


「……まだまだ若いだな。美雪さんとかならまるで王様かの如く乗ってくるが、君は歳的にも恥ずかしいんだろうか」


 軽く微笑むと、ユウトは再び壁の上へ軽々と登っていきました。


「待ってろ、上から敷くものでも持ってくる」

「は はい…」



 5分ほどでユウトは帰ってくると、絨毯じゅうたんを抱えて持っており、それを地面に敷きました。

まるで豪華な屋敷に敷かれていそうなオシャレなようで不思議な模様の絨毯です。


「この上に座るといい、靴はそのままで構わない」

「─ありがとうございます」


 イアはその絨毯に腰掛けると、不意に沈むような感覚に襲われて、後ろに転ぶように倒れ込んでしまいます。

絨毯がフカフカで柔らかいと思ったイアでしたが、何かおかしい事に気が付きます。

 今、絨毯に沈み込むように自身の体が包まれています。

小さな落とし穴にでも落ちるように、すっぽりと収まってしまっているのでした。


「浮力が足りてなかったか」


 ユウトがそう呟くと、沈みこんでいたイアの体は徐々に浮き上がって、絨毯の上にしっかりと座っていました。

そこで再びイアが改めて気付いたのは、地面から浮いて飛んでいる絨毯と先程沈みこんでいたのはハンモックのように空中にぶら下がった状態だったのです。


「これは……」

「まぁ、即興の乗り物とでも考えてくれ。君で絨毯にかかる浮力を抑えてるから、出来るだけ端に寄ったりしないようにな」


 さしずめ、魔法の絨毯。

絵本や童話にでも出てきそうなものですが、原理は不思議な力…ではありますが、今は魔法というより科学的に飛んでいるという方がユウトの能力的には正しいのでした。

 それに加えて、絨毯は飛ぶことは出来ても自ら動く事は出来ないので、ユウトが絨毯の端を握って引っ張っていくのでした。

 そうして、イアを乗せた浮かぶ絨毯はゆっくりと最初の場所へ向けて移動し始めました。




「あの…ありがとうございます。ユウトさん」

「改まってどうした」

「いえ…最初に言っていた事の割には、様々な事教えて貰いましたし、体験もさせてもらいました。それに今もこうやって気遣ってくれて…だから言っておこうと思ったんです」

「──そうか。でも本当にこれらは役に立たない」

「…そうですか?」

「いや…言い方が違うか。『役に立たないようにしなきゃいけない』、君のように何も知らずに過ごしてきた娘には特にだ」

「………」

「16年」

「え──?」

「俺は16年戦い続けてきた。それでも未だに多くの世界は戦争や悪性たる所業を辞めようとしない。消しても消してもまた新しいものが生まれて、規模を拡大して、その世界を陥れる。だから世界そのものに対して『壊劫えごう』と『粛清』を施して、その世界の在り方をリセットしなきゃいけない。」

「壊劫と粛清……?」

「けど、それを容易に可能とするにはルナさん並の力がいる。仮にそれを頼らずにやるには、その世界中の生命を奪い取るしかない。何十頭、何百匹、何万羽、何億人という生命を人の手で……」

「………」



「遠回りな話だったが、役立つ役立たない以前の問題だった。『知らなくていい』その方が幸せなんだよ」

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