第15話「想像より多いもの」
ふと気づいた時には暗い視界の中で、微かに光が射して明るかった。
「──さん」
そして柔らかく優しい声が届いて来た。
「イアさん」
私の名前をその声で呼んでいた。
なんだか、何度でも呼ばれたいと思える優しい声色で、何となくその声に聞き入っていた。
「ご飯だよー?もう夜だし寝れなくなっちゃうよー?」
その時台詞にちょっと違和感があった。
え、もう夜?嘘?
それに何かを察した私の脳は急速に目覚めて、それと同時に暗い視界からとても明るい視界に移り変わった。
イアが目を覚ますと、目の前にはしゃがんでイアの顔を覗き込んでいる暁月が居ました。
「おはよう、イアさん。僕の辞書でも読んで疲れちゃった?」
「おはよう…暁月くん」
イアは目を何度もパチパチと瞬きしながら、なぜ眠ったのかを思い出しましたが、暁月の話に合わせる為に起きていない頭で返答します。
「美雪さんが部屋を掃除してる間、少し暇だったから手に取って読んでたんだ…ははは」
「でも読んでなかったでしょ?」
「え?」
「だって僕がこの部屋に来た時、一番後ろの表紙で本が落ちてて、手には写真を持ってたから、写真を見てたんじゃない?」
「──…」
イアはまだ周りをしっかり確かめておらず、手にはもう写真と辞書はなく、それはもう本棚に戻っていました。
「ごめんなさい……勝手に見ちゃって………」
「大丈夫だよ!それにイアさんずっと緊張してたと思うし、ちょっと寝てスッキリしたんじゃない?」
暁月は勝手に写真を見た事に責めることはなく、イアがちゃんと眠れたかを気にかけました。
「え…うん、ぐっすり眠れたよ。ベッド占領しちゃってごめんね」
「それなら良かった!イアさんの部屋はもう美雪姉さんが掃除終わらせたし、いつでも部屋に入れるよ」
「もう終わったんだ…美雪さんにお礼言わなくちゃ…」
暁月は部屋の扉を開けると、イアもベッドから降り部屋を出ようとしました。
「部屋行く前にご飯出来てるから下に降りようよ、美雪姉さんもルナ姉もみんな居るからさ!」
「みんな…」
イアにとっては初めて会う人もいれば、先程意識を失った人、恐怖を覚えた人も居るということです。
「怖がらなくていいよ、美雪姉さんが皆に説明してくれてる。襲われたとしても僕がいるよ」
イアは暁月の後ろに付いて行きながら、部屋を後にして、賑やかな笑い声がする空間へ向かう階段に向かっていきます。
階段を降りた先には、とても美味しそうな匂いが充満しており、その匂いの元には一部の机が中心の円卓に集められ、そこには料理が並べられていました。
「………え?」
確かに料理は並べられていますが量と数は範疇を超え、そして品々はあらゆる文化の料理が混ざってるようにも見えます。
その中心にはメインディッシュであろうものが置いてありました。
軽く味付けと処理をして、動物丸々焼いただけの肉の塊が2つ、人の顔よりデカい大きく厚切りのステーキに骨が付いたものが12個あり、3つに比べ優しい色合いと匂いの野菜スープが鍋で丸々置いてありました。
その周りを囲むものには種類が様々で、魚を主軸とした刺身や焼き魚や魚卵、魚肉を練った団子もあれば、肉を小さく切って炒めたり、臓器を焼いたり、薄い衣を纏った揚げ物、野菜や果物を織り交ぜたさっぱりしたサラダと口直しの甘酸っぱいフルーツ達に、麺を使った様々な料理達、あまりに多い数はビュッフェを思わせるものでした。
イアにとっては初めて見るもの、似た料理が混在していましたが、ほとんどが初めて見るものでした。
それらを囲むように5人がいます。
「お?イアちゃん。おはよう!よく眠れた?」
「─はい」
「とりあえず座って食べちゃって!私とルナさんの間に来なよ!」
イアはゆっくりと美雪に招かれて、美雪の隣に座ると横にはルナが居て、その隣には暁月がいました。
ルナは真ん中に置いてあった骨付きステーキを繊維の方向に噛みちぎり、口の中で噛み呑み込み続けながら口からはみ出ている肉をどんどん短くしている最中でした。
暁月は合唱をした後、それを真似しようとしますが、それを横目に見ていたルナが手の甲で暁月の額を小突き、その動作を辞めさせます。
暁月はそれを受けてナイフとフォークを持って、肉を綺麗に食べやすい大きさに切っては口に運ぶのでした。
「──」
イアはそれを見て、暁月がルナのことを姉と言うのを少々分かったようでした。
自身の真似をしないように、それを注意し、正しくちゃんとした食べ方をさせているのは、とても気に掛けている証拠なのだとそう感じていました。
「ほら!イアちゃん!」
美雪の声に思わず、びっくりします。
「2人を見るのもいいけど、まずは自分が食べないと。美味しそうなものを皿に取って食べて良いからね」
美雪も色んな所からバランス良く品を取り、食べていました。
「あ、イアちゃんはパンが主食かな?」
「え、はい。そうですけど…」
「やっぱり!光くん、パン取ってくれる?」
「ん〜、はーい」
肉の塊の壁で髪が揺れているのしか分からない光から手が美雪の方に伸びて、パンが渡ってきました。
外はサックリしていて中はモチっとした絶妙に焼かれたパンでした。
「すごい……」
「豪華でしょ〜。久々かもしれないね、こんなに並べたの。お肉は寝起きのアウロラくんに他世界に出向いてもらって、捕獲して調理して持って帰ってきて貰ったもの。魚はちょっと手間が掛かるから、他世界から詰め合わせを買って来て、サラダとか麺料理は在庫でなんとかつくったの。あとはちまちました物は私と光くんで調理して並べてある。選り取りみどりだよ!」
美雪の説明と相まって、それらを眺めていたイアはお腹が自然と"グーッ"と鳴りました。
「──いただきます」
そこからはイアは黙々と食べ始めましたが、それと同時に周りを見て皆の様子を見ていました。
どの料理も少しずつ食べたけれど、とても美味しかった。
初めて食べるものも、私の知るものと近いものも、全てが美味しかった。
ただちょっと感じたのが味が繊細過ぎて、私には分からない事だった。
明らかに今まで食べたことのある食べ物の質よりは高いし、味もいいけれど、それがどう質が良いかはいつも少し貧しい食事をしていた私には、分からなかった。
「お腹いっぱいになった?イアちゃん」
「はい…こんなに多くの食事を取ったのは初めてで、どれも美味しかったです。ありがとうございます」
「それは良かった!まぁこれは歓迎を含めての量だから、いつもは普通の量だよ。ね?光くん」
お肉の塊があった中央の皿はもう移動していて、その人の顔はしっかりと見えていた。
「そうだな。イアさんが要望を答えてくれると献立を考える時は助かるからいつでも言ってくれ」
「あっ、はい。ただ私ここまでちゃんとした料理はあまり食べた事ないので…要望は少ないかもしれないです」
「ん?あぁ…話は聞いてはいたけど、あの集落だしまぁそんな感じか…」
「ちょっと光くん!その言い方は誤解を招くよ!」
光さんは少し固まると手で口を抑えた。
「…悪い失言だったよ。イアさん、申し訳ない」
「いえ、別に誇りがある訳でも無いですし…思い出深い訳でもありませんから」
「──そうか…」
少し気まずい空気が漂ったけれど、それを打ち払うように美雪さんは光さんに話しかけていた。
その光さんの隣では赤髪の人と青髪の人が静かにお酒を飲みながら、ボソボソと喋っていた。
赤髪の人は軽く笑ったりしているけれど、青髪の人は表情を全く変えず淡々と答えてるようだった。
そして暁月くんはいつの間にか居なくて、私の隣に居るルナさんは中央にあったお肉の塊の皿を寄せて1人で食べている。
食べ方は豪快で、お肉の塊は指をねじ込んで骨を折って、そこから捻り切って両手で持って食べていた。
けれど、これだけ豪快なのに、全く床や机に落としてなくて、それどころかルナさんの周りにある皿は綺麗だった。
焼き魚を食べてる時はお箸を指先で繊細に操り、頭としっぽと骨だけにして身だけを綺麗に食べて、ソースのついた品もパンで残りのソースを拭きとって、ほぼ真っ白な皿になっていて、豪快さとは真反対な丁寧さと綺麗さがあった。
大きいお肉の時だけは素手で掴んで食べていたみたい。
「───」
ルナさんが私の視線を感じてか、目を向けてきた。
──いや、目は見えないけど、でも明らかにその眼帯の下の左眼はこちらを見ている気がする。
私は咄嗟に美雪さん達の方を見た。
イアが改めて美雪の方を見ると美雪もイアを見ていました。
「イアちゃん、お風呂入ってきたらどう?着替えは私のお古になっちゃうけど…」
「お風呂…はい、入らせてもらいます。着替えもそれで大丈夫です」
「よし、えっとお風呂場はキッチンの奥の廊下の先にあるよ。下着は新品のやつ置いとくからね。一番風呂行ってらっしゃい!」
「はい、ありがとうございます」
イアは席を立って、風呂場へ向かいました。。
美雪は光達と再度会話に戻って、イアが奥に消えていったと同時に光が何かに気が付きました。
「あれ?今暁月入ってなかったか?」
「え?そうなの?でも脱いである服があったらイアちゃんでも気付くでしょ!大丈夫大丈夫」
そう言って呼び止めに行くこと無く、喋り続けました。
風呂場に向かったイアはのれんのかかった扉を目にしました。
のれんには『風呂』と書かれており、間違いようもなくそこが風呂場だと示していました。
「ここだよね…?」
のれんをくぐって、すぐそこにあるドアノブを握って扉を押しますが、開きません。
「…?」
逆に引いてみますが、開きません。
イアにとって扉は押すか引くのどちらかなので横に滑らせて開く扉に触れるのは初めてです。
そしてイアは少し考えた後、横にドアノブを引こうとしたその時でした。
意識より先に扉が開き、イアの手はドアノブに引っ張られていきました。
「何をしてるの?イアさん」
「──!?」
そこには裸の暁月が腰にタオルを巻いて立っていました。
まだ風呂から上がったばかりの体からはホカホカと暖かそうな白い湯気がのぼり、水滴は暁月の体を滑って下へと流れていきます。
暁月は濡れた長い髪をタオルで拭き取っていきます。
「あ あかつきくん……」
「お風呂入るように言われたの?」
「う うん……」
イアは男の子の裸という初めて見るものに頭が真っ白になりました。
普通なら目を背けないといけないの場面であるものの、イアは息を呑んで、マジマジと暁月の体を見ていましたが、それは直に真っ白な頭を冷やす程にあらぬものを見てしまいます。
暁月の体は筋肉質な体ではなく、腕やお腹、足はぷよぷよとした柔らかそうな少したるんだ体です。
そして体の部位を見る度に確実にあるのは生々しい傷で、切り傷、打ち傷、刺し傷等の類に浅い傷、深い傷が両方身体中にありました。
顔や首、手や足先には傷はありませんが、風呂上がり故に血の巡りが良くなって、傷になっているところには赤く血が集まっています。
白い肌の体に無数の赤い傷がありました。
「ごめんね、すぐ出るからもう少しだけ待っててくれない?」
「え、うん…」
暁月はニッコリと笑って、扉をゆっくりと閉めるとイアはその場に立ち尽くしていました。
「あの…傷………」
戦っているのだから傷は付き物だとイアは考えていましたが、その傷の数は異常な数でした。
そしてあの痛々しい傷を身体中に持っているのに、暁月はニコニコと笑顔でそれを感じさせない様子で振舞っていました。
それがイアには辛く感じました。
2分後に暁月が扉を開け、のれんをくぐって出てきました。
まだ髪は湿っていて、満足に乾ききっていません。
長袖長ズボンと風呂上がりには暑すぎる格好で出てきていました。
「おまたせ。どうぞ、イアさん!僕はシャワーしか浴びてないから、湯船に浸かりなよ。今日は薔薇の香りがする入浴剤が入ってるよ!」
「─ありがとう、暁月くん。ごめんね、急かして髪乾いてないよね…」
「いいよ別に!髪なんて夜風に当たれば勝手に乾くから!何も考えず、ゆっくりお風呂に入ってスッキリしてきなよ。イアさん」
「うん…ありがとう」
イアは傷の事は聞かないことにしました。
本人にそれがもし嫌な事で、それを語らせては申し訳ないと思ったからです。
何より、暁月の優しいその笑顔が消えた時を想像した時に少し怖く感じたのです。
イアの横を暁月は通り過ぎて行き、二階へ上がっていきました。
イアは暁月が登っていくのを眺めてから、脱衣場に入っていきます。
脱衣場のカゴに私は脱いだ服を畳んで入れて、浴室用と書かれ壁に掛かっていたタオルを1枚手に取る。
前もあまりお風呂は入る事がなくて、ぬるい水のシャワーを浴びるくらいだったから、なんというか他のところでお風呂に入るのは緊張した。
「……お邪魔します」
誰も居ないけれど、声を掛けて浴室へ入っていった。
浴室には湯気が立ちこめていた。
白く薄い霧はほんのり温かく、そして暁月くんが言った通り、湯船の方からは薔薇の香りがして、浴室を満たしていて緊張はすぐに解けた。
私がシャワーの栓を捻ると、最初は少しぬるかったけど、数秒もすれば熱くなってお湯が出てきた。
「──ふふっ」
私は思わず笑みがこぼれた。
何せ、熱いお湯のシャワーなんて初めてで浴室も綺麗、温かそうな湯船からは良い香りは漂ってて、まるでお姫様になった気分だった。
それからイアは少しばかり長風呂を楽しんでいました。
女性用と書かれたシャンプーとリンスで髪を洗い、石鹸を泡立てて体を洗い、熱いシャワーでそれらを洗い流して身を清らかにしてから、その後、全身を湯船に浸からせて身をほぐしていました。
「~♪」
鼻歌を歌いながら、イアは浴室から出ていきました。
脱衣場のカゴからは着ていた服が消えて、別の服が畳んで入っています。
ホカホカとあたたかな湯気を体から出しながら、濡れた髪や体を丁寧に拭いていきます。
そして、畳まれた服の下にはシンプルなデザインの下着が隠れて置いてあり、下着と服をイアは身につけていきます。
下着のサイズはピッタリで、半袖の服と四分丈のズボンはゆとりのある大きさで軽く通気性も良さそうで風呂上がりには丁度いい物でした。
鏡を見て軽く身なりを整えた後、脱衣場を後にしました。
キッチンでは光と美雪が食器洗いに追われています。
「長風呂だったね、イアちゃん。スッキリした?」
「はい。とても気持ち良かったです」
「服とか下着は大丈夫?」
「ピッタリですし、服の大きさも楽で良いです」
「良かった。イアちゃんはもう2階に上がって部屋で休みなよ、掃除は終わってるから大丈夫」
「はい、何から何までありがとうございます…」
「大丈夫大丈夫!少しの間は分からないことだらけだろうし、これくらい気にする事じゃないよ。ね?光くん」
「え?あぁ…そうだな。──イアさん」
光は食器を洗っていた手を止めて、イアの方へ向き直しました。
「君は何も知らないし、沢山のことを見て知ってしまう。君が前どんな生活をして過ごしてたかは分からない。仮に分かったとしても前の生活には戻れない。だから少しでもここの生活を楽しんでくれ…」
光は深々と頭を下げます。
「──はい、これからよろしくお願いします」
イアも返すように深く頭を下げました。
その長いようで一瞬の時間を美雪は吹き飛びしました。
「ほら!まだあるんだから、手止めないの!」
下がっていた光の頭を押し上げて、顔も強制的に横へ向くように曲げられた為、"グギッ"っとヤバそうな音がしました。
「いッ──────!」
「あっ…ごめん。光くん」
「────!」
首がガクガクと壊れたおもちゃのように震えていて、ゆっくりとゆっくりと元の位置に戻ろうとしています。
「大丈夫ですか…?」
イアが声を掛けると、光が手で『大丈夫』だと答えた。
「あちゃ~…まぁ少しずつ戻り始めてるし、頑張って光くん!」
そう言って茶化す美雪の頭に光はチョップをくらわせてから、その手は洗い物の皿に伸びていきました。
「あたた…とりあえずイアちゃんはもう上がって休みなよ。明日からはちょっと色々することあるからね。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
皿洗いに戻った2人の横を通り過ぎて、イアは2階へ上がり、自身の部屋になった一番奥の部屋へと向かった。
「これが私の部屋…」
電気を付けると部屋は暁月の部屋を見た時と変わりない家具の配置と見た目でした。
普段から使われているような部屋の綺麗さですが、先程まではここは埃まみれで、美雪の手によってここまで施されました。
しかしそんな部屋で雰囲気が違うといえば、ベッドのシーツと毛布は新品のようで、木製の机の上に一際目立つ白いスタンドのライトがあるのと、一冊のノートがあるくらいです。
本棚には何も入っていませんし、机にはライトとノートだけで、寂しく見える部屋の内装ですが、イアにとってはこれくらいが馴染みやすそうな部屋でした。
その部屋を軽く歩いて、机の上のノートにイアは手を伸ばします。
「…あれ、美雪さんのノート」
昼間に話している時に美雪が書いていたノートでした。
そこにはここにいるメンバーのプロフィールが書かれています。
イアは椅子に座って、ノートを広げました。
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