第14話「穏やかで唐突に」

「さてさて、イアちゃんが見た目よりも心が強い子で話がすぐ済んじゃった。私達と私達のしてる事、罪の事も話したし、こっちが喋ってばかりだったから何か聞きたいことあるかな?」

「えっ……と」


 イアは流れた涙の跡を拭うと、少し黙って考えました。

その間に美雪は何処からかノートを取り出して、メンバーのプロフィールを書き始めました。


「─美雪さんは強いんですか…?変な質問ですけど…」


 イアは弱々しく尋ねます。


「ん、私?私は強くないよ。ただ銃が使えて、ちょっと目が良いだけ。でもまぁ…一般人視点から見たら、私でもだいぶ恐ろしいと思うけどね」

「じゃあ…暁月くんはもっと強いんですか…?さっき集落で決闘?を申し込まれてて見てたんですけど…」

「あの子はそりゃ私より強いよ〜。というよりあの子は私達の技術を真似て戦ってる。得手不得手はあるけど、特に近距離戦闘は凄く強いよ。ルナさんとか光くん諸々の刀剣使うメンバーからは教わってるから、ナイフ、剣、刀、なんなら槍も使えるからねあの子」

「じゃあ、そのルナさんと光さん達はもっと強いんですか…?」

「光くんはね、体弱いからハッキリ言えないけど、ルナさんはここで1番強いよ。見た目でもう強そうでしたでしょ?」

「──はい」


 イアはさっきの胸ぐらを掴まれた際のルナの顔を思い浮かべていました。


「ルナさんは私達でも謎多くてねぇ…まず戦いに行っても傷一つ負わないもの、だから今日ルナさんが血を流してる所なんて初めて見たもん」

「それだけあの人は……」

「だから変に喧嘩売ったりしちゃダメよ?冗談抜きに殺されちゃうかもしれないから」

「売りませんよ…」


 イアは先程命令に従わなかったら殺すという宣告に似た何かを既に身を持って経験していました。



 その後も美雪とイアは少し喋り続けました。

イアは住んでいた家が無いということは、服や生活必需品諸々が消えているということに気付き、それを美雪に話すと「服?下着も必要よね?任せなさい。私がお金出してあげるからなんでも欲しいの買いなさい!」と凄く張り切って言っていました。


「ルナさんだとね、全然服に興味無いから買いに行っても、黒い服ばかりだから選びがいが無くてね…イアちゃんは流石に…ね?華やかな格好でも大丈夫よね?ね?」


 イアは困惑気味に「は はい…大丈夫ですよ…」と答えるとそれに美雪はガッツポーズをした瞬間、肘を机に思いっきりぶつけて、机上の上にあるものは微妙に浮き、カップの紅茶は少し零れ、美雪は悶絶しました。


「大丈夫ですか…!?」

「うぅー…思わず感情爆発して、被害が…」


 腕をブンブン振り回し痛みを和らげる美雪に対して、イアは印象がどんどん変わっていきました。

ノーネームの中に混ざるごく普通の人であると。

そこから2人は服の話、下着の話、色々な事を話します─そして、暁月の事も。


「イアちゃん、あの子どう?」


 その言葉にイアは少しビクッとしました。


「どうとは…?」

「おっ…?何そのビクッした反応。どうって、好きになっちゃったとかない?」

「ははは…」

「あの子、とにかくモテるんだよね。性格といい、強さといい、格好良いようで可愛い顔してるから、他の女の子は結構抵抗なく好きになっちゃうみたい。本人はまだそういうのをあんまり理解出来てないから、鈍感とも思われる時あるけど、育てる過程でそういうのとは縁がなかったからね…」

「やっぱりそんなに好かれるんですか…?」

「そうなんだー。集落の同い年からは7割くらい好かれてるんじゃない?──ところで、イアちゃん。やっぱりって言ったね?さては良いと思ってるね?」

「──///」


 イアはゆっくりと顔を美雪から背けた。


「あの子、背も歳相応だし体もそうなってきてるけど、心はまだまだ子供だから、私は心配だな…」

「言い方が親みたいですね」

「まぁ…親代わりになっちゃったからねぇ…。あの子の本当の親は私達も知ってるけど、訳ありというか、訳分からずというか…そんな経緯であの子が生まれてから私達が育ててたから、心も親になっちゃったんだね」

「え…?今、美雪さんは何歳ですか?私と変わらないくらいですよね…?」


 イアの疑問は必然でした。

暁月の年齢は15歳で、美雪は暁月が生まれてから育ててきたと言ってるので、15年暁月の親代わりでした。

 しかし、美雪の見た目はほぼ17歳くらいで若々しく例えばそこに15年引くと美雪は2歳程度になってしまいます。

故に、明らかに見た目と年齢が釣り合っていないのです。


「──それは」


 美雪が何か言おうとした所、2階へ上がる階段から音がしました。

 "トン トン トン ギィ トン トン"

途中軋みながら階段から降りてくる足音の正体は目はパッチリとしていつも通りの暁月がそこには居ました。

手には何やら袋をぶら下げています。


「美雪姉さん、これ食べる?あと、みたらし団子はルナ姉のだから冷蔵庫入れとくね」

「じゃあ貰おうかな。さっきルナさんまた出掛けちゃったから、空いてるところ入れといてね」

「うん!」


 暁月はケロッとした様子で、冷蔵庫にみたらし団子を入れた後、2人が座る席に寄ってきました。


「はい、三色団子と揚げ餅。三色団子1つ食べちゃったけどいい?」

「良いよ。揚げ餅も1つ食べていいよ」

「本当?やった!」


 暁月は片手に揚げ餅を渡された後、袋から追加で出て来ました。


「これ、イアさんのやつ。持って行っちゃってごめんね」

「大丈夫だよ。ありがとう」


 イアはそれを受け取ると、暁月は玄関へ向かいます。


「僕、また集落に行ってくるね!行ってきます!」

「はーい!行ってらっしゃい」


 それに美雪は元気よく返します。




 暁月が出ていった後、少しの沈黙が訪れました。

その間にも美雪はノートに色々なことを書き綴りますが、一言も先程の続きを話そうとはしません。

イアも気になってはいたものの、先程の話以上に難しい話が飛び出してきそうなので遠慮してしまいました。

イアは団子を食べて、気を紛らわしていると、昼下がりの優しい風がイアの後ろから吹く中で、何かはばたく音がしました。

 それに対してイアは振り返ると、窓の縁に親鳥と小鳥が並んで毛ずくろいをしていました。


「あれ、私がそっちに居ないのに来たんだ。イアちゃんには警戒心無かったのかな?」

「この子達は?」

「そこの木で昼間は休んで行く鳥達だよ。いつも昼時は私がそこで銃の手入れして窓開けてるからそこに来るんだ。首の所指先で撫でてみなよ」


 イアは美雪の言われた通り、小鳥の一羽の首辺りに指先で優しく撫でます。

すると、小鳥は目を瞑って首を捻って『もっと掻いて』と言わんばかりにアピールします。


「可愛い…」

「可愛いでしょ?その子達手懐けると、いつの間にか頭とか肩に登ってくるからもっと可愛いわよ~」


 イアは指先でチョイチョイと撫でていると、その隣にいる小鳥が"ピッ!"と鳴いて、イアの指先をクチバシで突っついて来ました。


「構って欲しいんだって。その調子だと皆する事になりそうね、ふふっ」

「わかった、次は貴方ね」


 美雪言ったことは、その通りになり、結局全員が『構ってくれー』とイアに鳴いてはその子にちょっかいをかけたり、指を突っついて来ました。

親鳥はそれを静かに見守っていて、合間合間に自分で羽の手入れをしたり、窓の縁に首を擦り付けて自分で済ませていました。

 イアは親鳥にもしようとしますが、『私は大丈夫』と言う様に羽を広げて伸びをしました。

そのまま全員は近くの木の枝に移動して、木の影で休み始めました。


「さてと、一応パッと書いたけど、こんなものかな。ついでにあの人達の様子を……あっ!」

「どうかしました?」

「いやー…イアちゃんの部屋を案内するのもそうなんだけど、その部屋マトモに掃除してないからホコリ被ってるんだ…すぐ掃除するね」

「私も手伝います」


 立ち上がろうとしたイアを美雪は手で制止しました。


「いいのいいの、イアちゃんはここでゆっくり休んでて。それか今空いてる暁月くんの部屋にでも行って寝転んで来てもいいよ?」

「え、暁月くんの部屋ですか……?」

「うん。あの子のタンスを開けて服なり下着なり物色してもいいよ」


 真顔でそう言う美雪にイアは耳を赤くしました。


「な なんでそうなるんですか!」

「あれ?漁らない?男の子の部屋って女子からすると意外なものとかその人の私生活がわかる良い場面だ思うけどな~」

「だからって漁りません!」


 勢いで立ち上がったイアは、何故立ち上がったのか分からず恥ずかしくなると、美雪はイアの手を握りました。


「まぁまぁ、別に漁ってって命令は出してないから、普通に部屋でのんびりしてたらいいのよ?はーい、私が掃除するついでに行きましょうねー」

「え、えっ」


 色々と言うイアを受け流しながら、美雪は二階奥の暁月の部屋まで連れて行きます。




「じゃあ、ゆっくりしててね〜」


 美雪さんは私を暁月くんの部屋に入れて、扉を閉じてしまった。

ゆっくりしててねと言われたものの、逆に緊張して休めない。

とりあえず、窓の傍にある机の椅子に座る事にした。


「ふぅ…」


 色々な事を知って、そしてどんな立場にいるのかを把握して、私は今ここに居る。

この選択が私にとって良い方向へ進むのか、悪い方向へ進むのかは分からないけれど、それでも私が役に立てる場所があるならここに残るべきなんだと思う。

 1人になって改めて実感した。


「──」


 辺りを見回すと、質素な部屋でベッドにタンス、机に本棚と実にシンプルなものしか置いてなかった。

あの元気な暁月くんからは想像しにくい質素な部屋で、部屋にあまり居ないような雰囲気がしていた。

私は立ち上がって、本棚に近寄り、本を眺めてると辞書や参考書、地図、図鑑等、勉強熱心な本ばかりが並んでいた。

その中に娯楽の為の本や雑誌は無かった。


「─本当に…分からないや。暁月くんの事」


 見た目、身体、知識、心。女の子のようで男の子、普通のようで桁違い、子供のようで大人、そして大人のようで子供、あやゆる物を裏切るように反転している暁月くんは美雪さんがルナさんを謎と言うとくらいに私にも謎で不思議な存在だった。

1冊の辞書を手に取ると、端のページに何かが挟まっていた。

そのページを開くと1枚の綺麗な風景の写真があった。

青い空の下には多種多様な花が一面に咲き誇っていて、花達からは光の玉のようなものが浮かび、真ん中には光の柱が空に伸びていた。


「綺麗な写真…」


 その写真に私は見とれて、ゆっくりと後ろに歩きながら暁月くんのベッドに座った。

見れば見るほど心を奪われて、この世界に入り込みそうな程に目も奪われていた。

ふと何気なく裏を見ると、『理想郷』と書いてあった。


「理想郷……?」


写真の場所のことだろうか、確かにあまりに現実離れした所だから理想郷と呼ぶには相応しい場所なのかもしれない。

 そして理想郷と書いてある右下には一言書いてあった。





『私 を 忘 れ な い で』





 それを読んだ瞬間、私の体は横たわり視界は暗転した。


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