第11話「一味違う空気」
暁月とイアは山道を歩いていました。
その道は整備せず、ただ踏まれ続け草も生えず、焦茶色の土が露出した緩やかな坂道となっていました。
道は緩やかでも周りの視界は少々悪く、草木が生い茂ったまるで深い森の中のような薄暗い感じです。
そんな道を2人は歩き続けます。
私は暁月くんに手を握られて、その後ろに着いて歩いていた。
まだ出会って1時間も経ってないのになんでこんなにいつもしていたように感じるんだろう…
この中を通っていく前に暁月くんに、
『ただ登れば良いだけなんだけど、薄暗いし慣れてないと足取られたり、危ないから手を繋ごうか!嫌ならマントでも良いけど、どうする?』って言われて、何気なく手を繋いでる。
…初めて男の人の手を握って、今日初めて知り合った人なのに普通に手を握って歩いてた。
私より少し手が大きくて、スラッとした指、固い手の甲は大人の手のようでありながら、繊細な肌で優しく握ってくれているのは子供のようで不思議だった。
一目見たときも感じたけれど、改めて髪が長くて女性のようで少し背が高くて男の子で、大人な見た目なのに子供っぽくて優しい、見た目と中身がまるで違う不思議な感じ。
前から知ってるような雰囲気で、でも少しドキドキして、安心する。
「──さん、……イアさん?」
「え?」
頭の中で考え過ぎて、声が遅れて聞こえた。
暁月くんは私に目を向けながら、歩く速度を少しだけ落として話しかけてきた。
「手が強ばったからさ、でももうちょっとで着くからね!」
「ごめんね…」
「ん?何も謝る必要ないよ!ただイアさんが心配になっただけ!」
「──ありがとう、私は大丈夫だよ。前、向いて良いよ」
「なら良かった!じゃあもう少し頑張ってね」
暁月くんは前を向いて、歩き出した。
「ねぇ…暁月くん」
「何?」
「暁月くんは今何歳?」
「僕?僕はね、15歳。ひと月前の3月9日になったばっかり!」
「15歳……」
なんというか、少々絶妙な年齢で少し驚いた。
子供っぽさは残る年齢でありながら、見た目は少しずつ変わる歳だから、何となく初めて納得出来た彼の詳細だった。
「イアさんは何歳?」
「私は…16歳だよ。暁月くんと同じ3月9日生まれ」
「え!本当!?見た目も綺麗だし、大人しい雰囲気だから18歳くらいだと思ったよ!それに同じ誕生日なんだね!」
「──っ///」
さっきベンチに座ってた時もそうだけど、暁月くんは普通に相手を意識させるような発言をするから、びっくりする。
子供っぽいから思った事をパッと口に出せてしまう辺り純粋なのかなとも思った。
「僕もそろそろ落ち着いた雰囲気出したいなぁ~…まだまだ子供っぽいってよく言われるからね」
「私は…今の暁月くんでもいいと思うよ?まだ出会ってばかりで言うのもあれだけど…」
私はそう言うと、暁月くんは『うーん、うーん…』と首を傾げて悩んでいた。
歳が歳だからか、やっぱりそういう事でも悩む時期なんだと思った。
「まぁいいか!ルナ姉とイアさんが言うなら、まだこのままで居ようっと!」
「ルナ姉…?」
姉という単語に気付いて疑問に持って呟いた時に、暁月くんが次の台詞を言っていた。
「イアさんもう見えるよ!」
「本当だ…なにか微かに見える…」
暗い場所に居るからか、陽の光で眩しくてちゃんと見えない。
「ルナ姉も居たらその時紹介するよ!ここに踏み入ったらハッキリ見えるし、清々しい気持ちになると思う!」
そしてさり気なく暁月くんは私の呟いた疑問に対しても聞き取っていて、そのまま私はまるで別世界に迷い込んだかのような光に照らされた。
イアの視界には心地よい明るい緑色の草原が広がっていました。
そこに一本の砂色の道が伸び、草原の真ん中には一本の木と宿屋のような木造建築の建物が立って、ポツンとある木と建物は、その草原をより開放的な空間へと感じさせました。
草原と言っても、ここは山であり北と南にも連なっている山が存在していました。
爽やかな風が吹いた。
草原に風を遮るものはほとんど無く、草は波打つように揺らいで、木の葉達は互いに擦れながら音を鳴らして、暁月くんの言った通りそれらの音と景色を見て清々しい気持ちになった。
それに浸っていると暁月くんの手が離れた。
「あの真ん中に建ってるのが僕達の家。もう迷う事ないし、思いっきり伸びしてみなよ!」
暁月くんは深く息を吸いながら、体をグーっと伸ばして、バッと両腕を広げてリラックスしていた。
私も同じように深く息を吸いながら、体を伸ばして、そのままバネが戻るように腕は勢い良く元に位置に戻り、身体の中の空気も吐き出した。
良い天気の下、山の上の草原で流れる心地よい風と空気はとても新鮮だった。
新しく取り入れた空気は身体の中の不純物を洗い流すようなスッキリとした気持ちになった。
「ははっ!イアさん凄いリラックスしてるね!」
そう言われて、思わず意識が戻る。
「だって、景色もそうだし空気も美味しい…確かに清々しい気持ちになるね」
「そうでしょ?初めてここに来る集落の人とか皆、別世界だって言うんだよ?同じ地域なのにね!」
「私もここに入った時、別世界だって感じちゃった」
「えぇ、イアさんも?僕が慣れちゃってるせいなのかな~」
そう言って首を傾げる暁月くんは集落の人じゃなくて、やっぱり少し違う所にいる人なんだって実感した。
その後暁月くんは少し笑って、
「でも、僕の所有地って訳じゃないけど、僕にとってここと北の山と南の山は自慢だよ!だから嬉しい。また少ししたらあの2つの山も紹介するよ!」
と、さり気なく家だけじゃなくて他の場所も連れていってくれる約束をしてくれた。
「その前にとりあえず家で過ごさせて貰えるかって話だね~。行こうか!」
「うん…!」
私も元気な暁月くんに吊られて、返事も元気に返していた。
砂色の一本道を向かい風を受けながら100m程の距離を歩いて、その前に私達は立っていた。
両開きでオシャレな木製の玄関のドア、横には立て看板らしきものと、上には文字は掠れボロボロな看板。
そして二階建てで遠くで見た時より少々大きな外観だった。
なんというか、宿屋のような雰囲気もあるけど、喫茶店でもある感じの合わさった印象の建物だった。
「ここが僕達の家。僕含めて7人住んでるんだ!」
「7人…暁月くんは大家族なんだね」
「うん!だから1人ぐらい増えても大丈夫だと思うけどね。部屋も余ってるし!」
「でもお世話になるんだから、迷惑にならないようにしなきゃ…」
「迷惑なんて…逆に迷惑かけられる方が多いかもね?」
「え?」
「とりあえず!いらっしゃい。僕達の家へ」
暁月くんは玄関のドアを押して開けた。
「お邪魔します…」
私は暁月くんに続いて家の中へ入っていった。
そこには2人の女性と2人の男性が居た。
「あぁ…暁月か…おかえり……あと誰だ?そこ子は」
けれども様子がおかしかった。
1人の女性を除いて、皆が左眼を抑えて膝まづいていて、その1人の長い茶髪の女性だけがオロオロしながら1人の黒髪のポニーテールの女性…?を介抱していた。
明らかにおかしい雰囲気に私は固まったが、暁月くんはすぐに彼らに駆け寄った。
「どうしたの光!夜冬にアウロラも!」
「さっき突然皆こうなっちゃって…暁月は平気?」
「僕は大丈夫…何が原因か分かる?」
茶髪の女性は首を振ると、白髪の痩せ気味な男性が吐き捨てるように言った。
「罪だッ…!」
「「え?」」
暁月くんと茶髪の女性は反応して、目を向けた。
「さっきから殺意が湧くように身体中が強ばって、左眼もそれに反応するように疼いてくる…罪に違いない…!」
白髪の男性は床を思いっきり殴ってその勢いで立ち上がった。
「夜冬の言うことは…よく分かる…」
赤髪の男性が同意するように言う。
すると、黒髪のポニーテールの人が茶髪の『みゆき』という名前の女性に声をかけた。
「美雪…俺はいい……意識が朦朧としてきた……意識がある二人を……」
「大丈夫なの!?」
「気絶するだけな気がする…とにかく2人を頼む…」
黒髪のポニーテールの人は最後に背中を壁に預けて、目を閉じて眠ってしまった。
なにが起きてるの…いったい……
「美雪姉さん、なにか手伝える事ある?」
「えぇと…でも…『罪』が反応してるなら、痛み止めなんか効かないし、今は速効性の薬はきれてるから…前にもこんな事あったけど、あの時は私も皆すぐ倒れちゃったし…」
みゆきさんは色々と頭の中で考えて居て、暁月くんもみゆきさんを真っ直ぐ見つめていた。
「お前だな……」
その時、体が更に硬直して背筋が凍るように何かを怖がっていた。
その言葉を発したのは白髪の男性。
「おい…待て……夜冬。俺らが気絶してる間に2人が原因解明すればいい話じゃないか…」
赤髪の男性が『よると』という白髪の男性を苦しみながら見上げそう呟いた。
「悪いが、俺は嫌だね……!原因なんてもうお前も分かるだろ……!『罪』があいつに対して反応してる…!」
その刹那、私は首を絞められていた。
「イアさん!?」
「なっ、何してるの!夜冬」
イアは夜冬に両手で首を絞められ、体は持ち上げられていました。
「───うッ」
イアは両手で夜冬の腕を離そうとしていたが、首を絞められ体も浮き、思うように力も入らず、元々弱い力はどんどん弱まって、その目からは涙が零れて行きます。
その涙を見た瞬間、暁月は自身の意識を無視して行動していました。
腰に携えた刀を抜きました。
正しくは鞘から刀を抜くのでは無く、刀から鞘を抜き、小さな動きと範囲で抜刀を終わらせ、そのまま斬りかかっていきました。
普段の暁月からは行わない一動作、一行動はあまりに別人でした。
「な!?」
「暁月くん!?」
「───」
今の夜冬はパワードスーツを着ておらず、仮に着ていた場合、別の黒刀じゃない限り今の暁月の黒刀は装甲で食い止められますが、パワードスーツが無い今は何の武器であっても無傷じゃ済みません。
夜冬も暁月に気付いた時点で遅かったのです。
暁月の黒刀の剣筋は真っ直ぐに夜冬の両腕を捉え、切り落とそうとしていました。
しかしそれは、夜冬がイアを襲ったように、暁月が抜刀したように、またもや一瞬の出来事がその場で起こりました。
カタカタカタ─
刀身は止まり、浮かされていたイアは地面に着いて咳き込み、夜冬は地面に伏していました。
それを理解するのに長い沈黙が、一瞬を理解するのに何秒も何十秒も必要としました。
そこに立っていたのは外出中だったルナでした。
「ルナさん…」
「ははは……さすが…」
素手の左手で暁月の刀を受け止め、金属の篭手が装備された右手で夜冬を沈黙させていました。
「おい、落ち着け」
その言葉は暁月に向けられていました。
暁月にあるまじき、怒りが宿った瞳に向かって。
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