第10話「優しさに潜む武器」
暁月とイアは互いに名前を明かし握手を交わすと、イアは先程より表情も明るくなり、元気が戻った様でした。
「イアさん、元気出て来たね」
「え、そうかな?」
「うん、さっきは凄い落ち込んでたからさ!僕は今の笑顔のイアさんの方が好きだよ?」
「……!」
イアは顔を逸らして耳を紅くしていましたが、暁月は何故顔を逸らしたか分からずそのまま三色団子を頬張り、味と食感を楽しみました。
そんな時、ベンチに座る2人の元に軽装の革装備を身に付け、腰に剣を携えた2人の衛兵がヘラヘラとしながらやって来ました。
「おいおい、アカツキ。こんな昼間から女の子とデートか?まだ他の女子達が学び舎に居るのに、贔屓してその子とデートとかこんなの知ったら皆幻滅するな?」
「やぁアッシュ。この子とはさっき知り合ったばっかりだし、デートなんて大層な事してないよ?それになんで他の女の子達に幻滅されるんだい?」
アッシュと呼ばれた衛兵は、舌打ちをすると吐き捨てるように言う。
「これだから、嫌いなんだ」
「いつも言ってるだろ。俺たち衛兵皆が思ってる事だよ、アッシュ」
アッシュの隣りにいる衛兵がなだめるように、そう言いました。
この集落の同い歳の男子や衛兵達にとって、少年は『気持ち悪い奴』という完全に嫌悪を買っていました。
この集落において、暁月の同い歳の同性の友人は1人も居らず、そして年齢の時期のせいもあり、ある事柄でもより嫌われていました。
暁月の性格は優しく怒らない、傍から見れば偽善者のような良い人ですが、偽りもなく純粋な気持ちな為、なんとも気味が悪いように男子達は感じました。
そして、性格に似合わないその強さ。
30頭もの獣を1人で相手にしたというのは、集落でも前例がなく何より1頭2人で相手するのが定石な獣ですので、そう考えればどれほど強いか、噂だけでも分かります。
おまけに、暁月はほとんどの同い歳の女子達からその優しい性格と噂の強さから恋愛対象として見られ、人気を博していました。
それ故、男子達は好きな子に告白しても、暁月に魅力を感じてる子が多い為、断られてしまうのです。
好きな子と付き合う事が出来ず、あらゆる評価を奪っていく暁月は憎い存在でした。
命を狙う人も居ましたが、当然返り討ちどころか、追い討ちがその人に降りかかりました。
集落で殺人が行われようものなら、噂は瞬く間に広がり、あらゆる価値や評価を下げる酷い話になりますが、相手が暁月というなら女子達からはもっと酷い扱いをされ、逆に暁月の株を上げます。
それほどまでに、『憎く気持ち悪い存在』な暁月でした。
「それで、僕達に何か用かな?」
アッシュは特に何も考えず、嫌味で絡んだだけだった為、用なんて一つもありませんが暁月にこう言われては逆に何も無いと言って去るのは屈辱的でした。
「──俺と勝負しろ!」
「なっ!?」
そうして、咄嗟に思い付いた発言を口に出すと隣の衛兵は驚きました。
その衛兵はアッシュを後ろに引っ張り、コソコソと話し始めました。
「ごめんね、イアさん。騒がしくて」
「ううん…良いよ。でも勝負って…?」
「うーん、時々衛兵の人達僕に勝負挑んでくるんだ。真剣を使った一撃決着の勝負でね、下手したら大怪我しちゃう決闘」
「え?」
イアはあまりに物騒な事を言う暁月に気の抜けた声で驚きました。
【対暁月ルール】
殺人をしてはいけないのであれば、正面から相手の許可を得て戦う事で合法にしようという衛兵達が独自で追加したルールは、不意討ちや殺人という当人の株を下げる事を無くし、正面から戦い勝つ事で暁月に勝ったという名誉と株を上げることが出来る対暁月ルールでした。
しかし、当然誰一人勝つことは出来ず、その度に暁月の株は上がっていくのでした。
「アカツキ勝負しろ」
相談を終えたのか、アッシュは暁月に再度申し出て、もう一人の衛兵は諦め顔でした。
「良いよ!武器に指定はある?」
「俺と同じ武器だ」
その答えに隣の衛兵は頭を抱えて、大きな溜息をしました。
アッシュの武器は両刃片手剣で、ジェイドが鍛えた少々重さのある衛兵用の武器でした。
「イアさん、怖かったらこれで顔覆っててもいいから持ってて!」
そう言って渡されたのは纏っていた黒いフード付きマントでした。
マントを脱いだ暁月の姿はイアにとっては異様で、あらゆる所にナイフがあり、手元のマントの下にそんなものが隠されていると知って畏怖しました。
先程まで優しく接されて気を緩めていたイアですが、今から行われる決闘に対する怖さじゃなく、暁月に怖さを抱いていました。
もう一人の衛兵から暁月は剣を借りると、イアと共に座っていたベンチを離れ、広場の中心で互いに10mほど距離をあけました。
茶色の革装備と赤色の兵服を纏っているアッシュに対して黒ずくめの服装に所々に武器を装備している暁月はまるで悪者でした。
「スタンバイ」
衛兵の声で2人は構えました。
アッシュは剣を腰に当てて居合術に似た構えを取り、
暁月は左手を前に構えて剣を後方で構えました。
私は彼を凝視しながら、頭の中で色んな事を考えて…その先に答えがなかった。
暁月くんは何者なのか、まるで分からなかった。
優しい性格の中性的な男の子かと思えば、それに似合わない装備はあまりに私には異質に見えた。
怖くないようで怖い、曖昧で不安な気持ちになった。
思わず、彼のマントをギュッと抱き締めて胸元に抱えた。
その時、マントから匂いがして、それがまた不思議な匂いだった。
花と陽のようなフワフワとした香りと別の女性の匂い、そして嗅いだことがないけれど多分男の子の匂い…頭がまた考えようとしていたけど、やめた。
(どういう人なんだろう…)
それだけの疑問を残して、改めて見ると背筋が伸びるように空気が張り詰めていて、2人はピクリとも動かない。
暁月くんの顔は先程までと打って変わって、真剣な表情でもう1人を見つめていた。
「セット」
衛兵がそう呟くと、冷たい糸が2人を繋ぎ、神経を研ぎ澄まされ、目の前の標的にあらゆる意識が向かい、そして遠のいてゆく。
微かな風音に潜むアッシュの呼吸が聞こえる程に暁月はあらゆる雑音をカットしていき、目はアッシュのみを捉え、アッシュも暁月の全体をハッキリと捉えていました。
衛兵は対峙する2人に背を向けて、手を叩き、弾けた音が2人の耳に届きました。
2人を繋いでいた糸は切れて、同時に血の巡りを早くしました。
「…ッ!!」
「!」
2人は地を蹴り、飛ぶように距離を詰めました。
1歩は跳躍。
2歩は抜刀。
そして3歩目で勝敗が決しました。
それはもうアッシュの背後にいる暁月がそれを証明していました。
一瞬の出来事でした。
2歩目の時点で暁月はアッシュより加速と距離が着いており、そのまま暁月は体を捻って回転しアッシュの革鎧を掠めるように斬ると、アッシュの脇を通り過ぎて行きました。
2人の行動にも差があり、3歩目で攻撃動作をしていたアッシュに対して、3歩目で暁月は既に攻撃を終わらせ着地していました。
「クソっ…!」
斬り上げる動作途中で動きを止めたアッシュは悪態を着くと、持っていた剣を静かに納めました。
「惜しかったね、アッシュ。あと少し早かったら僕の髪の先端は切れてたよ!」
先程の真剣な顔はどこへやら、励ますような口調で暁月はニコニコと笑っていました。
そして暁月が髪について言ったのは、ルール上暁月の髪も数cm切れれば勝ち判定なのでした。
暁月の髪は女性のように長く、動き回るとその髪もなびいて本体とは違う動きをします。
故に髪の分当たり判定も広がっているので、衛兵達とは桁違いの動きをする暁月本体ではなく、髪を狙うこともありますが、当然その髪と付き添って色々戦ってきた暁月です。
どう動けば髪が邪魔にならず当たりもしないか等、走る事のように分かっています。
動きも違えば、隙もなく、工夫もしている暁月に勝てるはずもなく、沢山の衛兵達は心を折られ、ただただ恨みだけを重ねるのでした。
「これ返すね!先端しか使ってないから、手入れもすぐ済むはずだよ」
暁月は借りていた剣を元の持ち主の衛兵に返しました。
衛兵は暁月から手渡しされた瞬間、その手は一瞬は沈み、暁月の手の位置より低い位置で剣を握りました。
「やっぱりおかしい…」
「ん、何が?」
「え、いや、なんでもない…」
衛兵達が持つ剣や槍の武器はまだ育ち盛りな世代には少々重く、軽々しく振るえませんがその斬れ味と重さによる遠心力を用いた一撃は非常に強力です。
故に使い手の筋力と技量、個人に合う構え方を身に付けないとただの鈍重な武器です。
そんな剣を軽々と持ち、振り、太刀筋さえ調節出来るのだから、暁月は先輩衛兵達からは尊敬もありますが、参考にもならないとも論外とも共に語られます。
「じゃあね~、2人とも!」
無言で立ち去っていく2人に暁月くんは元気に手を振っていた。
でも、さっきの勝負と今の暁月くんを見て分かった。
別に戦いたくて戦ってる訳じゃなく、ただ応じる形で戦ってる人なだけであって、芯に怖い人って訳じゃなかった。
彼の腕や足、腰に着いているナイフは、それに必要な道具で私が勝手に勘違いしてるだけだったのかも…
「イアさん。固まってるけど、どうしたの?」
「……強いんだね暁月くん」
「そうでも無いよ?僕なんかまだまだだよ」
彼は微笑んでそう言った。
この容姿で、性格で、強い彼は本当に不思議だった。
だから、さっきは怖がって疑ってたけど、暁月くんを改めて信じてみたいと思った。
この人は強くて良い人だ。
「その…暁月くんの家に行っていい?」
「うん!あ、でもまだ団子食べ終わってないでしょ?食べてから行こう!」
「うん、ありがとう」
暁月とイアはベンチで食べかけの三色団子と揚げ餅一串を食べながら会話をして、イアは暁月に連れられ暁月達の住む家に向かいました。
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