第8話「英雄は諦め、英雄を望み、英雄が突然に」

私達は英雄だ。

2年連続でこのゲームで生き残り、チャンピオンとなった。

それは仲間も居てこそ、チャンピオンになれた。

皆の技術、知識、能力があってこそ、素晴らしい力を持ったスーツと戦略が立てられ戦ってこれた。

そしてこのゲームもチャンピオンは確実だった。

しかし、想定外の敵に遭遇してしまったのが、運の尽きだった。

ある部隊の片割れは1人殺ったが、その為に2人が特攻をしかけて自爆し死んだ。

しかし、自爆してまで命を投げ捨てたのに、奴にはダメージがなかった。

そこから逃げて何とか生き延びた。

生きてなおも、その恐怖は迫って来ていた。

私は遠くに輝く光にめいっぱい走った。

大地を揺らし、木を揺らし、空気を揺らしながら、走った。

今の私は英雄(チャンピオン)じゃなく、ただの参加者だ。



爆発は3人を一瞬で葬った。

何も感じない、所詮数合わせで入っただけの部隊。

3人は標準的な性能だったが、私は並外れた性能で武器もスーツも一級品だ。

作ってくれた奴は感謝するが嫌いだ。

男は嫌いだ。

散々私を犯し、哀れみ、孕ませ、それでいて無責任。

奴らに復讐する。

この時代を変えてやる。

私は英雄になるんだ。



ユウトは《日輪》を逆手に持って、素早く木の間を《グラップリングフック》で動き回り、狙撃されないように出来る限り右往左往に蛇行しながら移動していました。

夜冬のいる場所には、黒煙が立ち込め、火がチリチリと徐々に周りの草に燃え移り、視界が悪くなっていきます。

«くそっ…一応近くに来てはいるが、この煙じゃ敵を視認できない»

«ユウト、さっき一瞬試したが奴は俺の能力デコイに反応しない。やっぱりサーマルサイト持ちだ。木に隠れながら行けよ»

«やってるがどの道光で位置がバレる。納刀する暇もなさそうだ»

«どうするべきなんだ…»

«ならば、一撃貰う覚悟であの煙ごと断ち切ってみよう»

«出来るか?»

«出来るから言うんだ»

するとユウトは空中に身を投げ、木に張り付きました。

自由落下が始まるタイミングで、黒煙にフックを飛ばし、黒煙の向こうにある木に射程ギリギリで刺さると、そのまま巻き取り高速移動し始めました。

そして黒煙へ突っ込む瞬間に頬へ1発の弾丸が当たり顔の半分が晒し出されながら、黒煙の中に入ると目を閉じて、フックを外して、黒煙の中心付近で体を横に倒して回転し黒煙を断ち切りました。

«斬った»

無を斬る過程で刃に感触がありました。

それは明らかに硬い物を切った感触でした。

そのままユウトはフック移動の慣性のまま、煙から現れ、転がり隠れました。

«感触はあった、命は取れてなくても、装甲を裂いたはずだ»

«ナイス。ちょうど風が吹いてきたから、様子を拝めるといいが»

風が黒煙を押し流し、中にいた人間が姿を現しました。

その中から出てきたのは、8つの目が付き、巨大な腕は足元まで付くほど長いその威圧感のある黒いパワードスーツを着たのがそこには居ました。

«な…なんだありゃ»

するとその黒スーツは何かをぶん投げました。

投げた先にはユウトが居ましたが、難なくそれを断ち切ると、

«ん…この感覚…»

投げられた物をよく見ると、そこには先端が斬れていたスナイパーライフルのようなものが真っ二つに斬れて落ちていました。

«…夜冬、武器を斬った。奴には今武装が無いかもしれん»

«ほう、姿も見られ武器も斬られで自暴自棄になったかな»

そう思い、2人は全身を陰から晒すと、黒スーツは両腕を高らかに上げていました。

ゆっくりと、のっしりと、巨大な腕は掲げられました。

«あの腕、取らせてもらう»

«了解»

2人は地を蹴り、一気に距離を詰めました。

2人のスーツの装甲は欠けていますが、状況的には庇っているより攻めた方が優位に立てました。

そう思われました。

巨大な双腕から伸びたのは、1本の長細い両刃剣でした。

1.5m程の長い刀身が腕から伸び、長い腕に長い刀身がよりリーチを広げました。

それを黒スーツは同時に別々の方向から迫ってくる2人へ向けて振りかざしました。

«その図体で追い付けるとでも?»

2人は難なく避けて、その勢いで腕の内側に入り込むと、前後から挟み込むように攻撃をしました。

ユウトは頭を、夜冬は胴を狙い、仕留めようとします。

«行ける…»

しかし、一瞬の間に2人の攻撃は空振り、黒スーツは消えていました。

««!?»»

何が起こったか分からず、周囲を探ると離れで重い着地音がしました。

そこには黒いスーツが、先程とは違う雰囲気で立っていました。

腕、体、足の側面には青い一筋の線が流れており、刀身は淡く輝く青い光を放っていました。

そしてその特徴的な8つの目も青くなっていました。

そこからは神経を使う真剣な戦いでした。



私は腕と剣を大いに広げ、図体からは考えられない速度で2人へ向けて走った。

地を固めるほど強く踏み締め、広い空間を確保する為に邪魔な木を空気を切るように簡単に切り倒す。

私は楽しくて仕方なかった。

このスーツの性能に驚愕した奴らの顔があまりに面白いからだ。

«なんて速度だよ…»

«…俺が注意を引く»

奴らの会話もそのあるであろうスーツの顔の下の表情も、私からは全て視えている。

スーツの性能が上がる度、この快感がとても心地良い。

脳は覚醒して、血は巡り巡って、鼓動を高鳴らせ、狂った気分に陥る。

さァ、どうやッて殺そうか。



刃が流れる。

光り輝く白刀、淡く耀く青剣。

軽やかに《日輪》を振り、何度も何度も相手の体的には当たる斬撃だった。

しかし、それを滑らかに黒スーツの腕や青剣で受け流し、もう片方の青剣で斬撃を繰り出す。

そしてユウトの攻撃が当たらない理由として、相手の図体にしては運動性能があまりに高すぎる点だった。

スーツが大きくなると、本当の自分の体に比べて大きい為、普段の感覚で避けようとすると当たってしまうのだが、黒スーツは自分のスーツの大きさを理解し、尚且つそれを動かす中身も相当なものだった。

«チッ…!»

それにはユウトも舌打ちをせざるおえなかった。

«エヒャッ…!»

それを見た黒スーツの中身は面白がった。

黒スーツ自体、ユウトの技量には面白みを感じていた。

これだけ受け流し、反撃し、猛攻を繰り出しても、相手には傷一つ付けられないのがよりもっともっと黒スーツを興奮させ、威力を精度を速度を上げた。

その光が潰えるまで。



«まだ上がるのか…!»

剛腕な分、一撃一撃が重く遠心力が付きやすく、まともに受け止めれば刀諸共叩き切られる程、威力が付いていました。

そして遠心力による加速と本体の動きがそれを上手く利用し、正確かつ速度、威力を底上げしていました。

そのせいで、ユウトは先程から受け流す事しか出来ず、攻めに移れていませんでした。

ユウトは頭の端では夜冬の援護を期待していましたが、光学迷彩クロークによる奇襲と離脱はスーツが破壊され出来ず、能力デコイによる撹乱をしても相手には見破られています。

それに夜冬はまともな武器を持っていない為、変に素手で黒スーツの青剣を掠りでもすれば、腕は簡単に落ちるでしょう。

猛攻による離脱不可、援護による離脱も叶わず、ただただ攻撃を受け流すのみです。

(このバトロワを甘く見た…これはやばい…)

この2分程でしたが、ユウトにとっては、久々に倒すのが困難な敵と改めて認識させられた後、それは突然とアナウンスが鳴ることで収まりました。

«チャンピオン接近、チャンピオン接近»

«な、チャンピオン!?»

このゲームの仕様上、チャンピオンが迫って来ると一定範囲内の進路上にいる参加者にアナウンスが流れ、チャンピオンに対する挑戦をするか逃げるかの判断が迫られます。

故にチャンピオンをここで倒せば、後はゲームとしては優勝間違い無しなのでした。

警告が流れ終わると同時に黒スーツは動きを止め、ユウトはその場を離れました。

«こんな時にチャンピオンか…»

«でも奴の動きが止まったぞ。後、こちらに大型の一体が向かってきている»

それは夜冬の通信でした。

木の枝から見守っていたようで、チャンピオン警告と共に周囲の索敵を開始したらしく、その結果が大型一体でした。

«どうするんだ、チャンピオンを倒すのが俺らの任務だろ?»

«でもおかしい»

«何がだよ»

«チャンピオンは3人編成だった、けど今いるのは1人だけ、それにあいつ逃げてないか?»

«逃げてるだって?»

«多分、お前の光が目印になってこっちに走ってきた可能性がある。あいつ、何かに追われてるぞ»

地面がどんどん大きく揺れ、木も揺れ、チャンピオンである一体がどんどん迫ってきます。

それを感知した黒スーツはその方向へ飛んで行きました。

«ユウト、その刀そろそろ納めろ。今の状態じゃ不利になる»

«あぁ»

ユウトは鞘に《日輪》を納めると、辺りは一気に暗くなりました。

そして2人の視界はスーツによる暗視を使い、チャンピオンと黒スーツが行った場所を追いかけました。


ズドンという重い音を聞いて見た時には、その足を止めて、ユウトは絶句しました。

夜冬はただそれを先程と同じように眺めていました。

黒スーツは3m程ある大型スーツの中心をその青剣で一撃で貫いていました。

その速度と精度は瞬き1つ、敵の中身を的確に貫くほどで、それを先程まで戦っていたユウトは固まりました。

そして黒スーツはそれがつまらなかったのか、貫いてもなお立っているチャンピオンを切り刻み始めました。

その間にアナウンスが入り、«チャンピオン撃破»とハッキリと宣言されました。

«とりあえず、チャンピオンは俺達の手では無いが倒された。あの黒スーツに目を付けられる前にリタイアして戻る»

«……了解»

夜冬が端末を取り出した次の瞬間でした。

落下してくるような勢いで、鉄クズの肉片になったチャンピオンを挟んで、黒スーツの前に現れました。

土埃が立ち込め、それが晴れるとそこには男が立っていました。

黒と赤、金が折り混ざったスーツに独特なヘルメットをし、メカメカしさを感じさせないほどあまりに滑らかなスーツでした。

«あの色合いとヘルメットは…!?»

«……俺も見覚えがあるぞ»

即座に動いたのは黒スーツでした。

その青剣を振りましたが、どこからとも無く現れたシールドにより受け流され、その流れで回転し再度攻撃を繰り出しますが、そこには誰も居らず、背後に足音を聞いた黒スーツは一周して周囲を裂きました。

そしてその足音をしていたやつも裂きましたが、粒子となって消えてしまいました。

«《デコイ》…!»

«間違いないな…あの人だ»

黒スーツは困惑した様子を見せると、その図体はまるで弾丸のように遠くへ飛ばされてしまいました。

その元には奴がいました。

夜冬はヘルメットを収納し、大声で叫びました。


「茨羽巧未さん!俺です!十六夜夜冬です!」


それに気づいた男は、手で挨拶するとその後リタイアの表示が出され、男は消えてしまいました。

「なんであの人が……」

ユウトもヘルメットを収納し、夜冬から端末を奪うと、リタイアを押し移動までの間に話しました。

「チャンピオンが逃げてたのはあの人に追いかけられてたから…そしてチャンピオンを倒されたのを確認した後、あの人はゲームを抜けた。同じ目的だったんじゃないか?」

「久々に見たよ…だから驚くわ…」

夜冬は緊張の糸が解けて、徐々に口調もだらけてきました。

「帰って報告だな」

「そうだな〜」



その後、2人はリタイアによる強制送還でフィールドから帰投し、あの家へ帰りました。

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