第7話 ライフの意味

「また、派手に壊したなぁ。」


商会を出たアントニオはボロボロになった馬車を修理する為に馴染の木工職人を訪れた。

街中を走らせた感じでは車体そのものに異常はないと思われるが、あれだけの使い方をしたので何処に影響が出ているとも限らなかった。

今は大丈夫でも助けも呼べない場所で動けなくなっては積荷まで諦めなる事になる。

それならば、多少の費用を掛けてでもしっかりと点検をした方が損害は少なくなるだろう。

それに見るからにキズだらけの馬車に乗っていては商人としての信用を下げかねない。

すなわち・・・商売をしてゆくのに余分な金が掛かるという事だった。


「魔狼に追いかけられて狭い所に突っ込んだんだ。全体のメンテナンスと外装を治して欲しい。」


「おいおい、随分と無茶をしてるじゃないか。お前さんはいつから冒険者になったんだ。」


「行商なんて半分は冒険みたいなもんだよ。」


「ははは、違いねぇ。」


「とにかく逃げるにしろ何にしろ馬車が生命線なんだ。しっかり見てくれ。」


「了解だ。そうだな・・・車体については歪みが出てたとしても車輪、車軸の交換くらいだろう。あとは外周りだが、削ってニスの塗り直しってとこだな。細かい傷は残るがそれ以上してほしいなら上は全部取り替えた方が早い。」


「それでいい。いくらになる?」


「う―――ん・・・外装だけなら5万、足回りも交換なら10万だな。どちらにしても3日は掛かる。」


「分かった。とりあえず3日後に来るから修理を進めてくれ。」


「承知した。」




馬を連れて街中に戻ると、宿を取って部屋で休むことにした。

昨夜から『坂道を転がっているのか』と思えるほど色々と変わり続けたので、落ち着いて状況を整理したかったのだ。


契約コントラクト。」


ベッドに横になり、指輪を使って契約書を開くと頭の中に文字が浮かび上がる。



【手続き代行サービス 基本契約書】


本契約は依頼者(甲)と被依頼者(乙)の手続き代行サービスについて定めるものである。


1 本契約は甲からの依頼を受けて、乙が甲の業務その他を代行する。

2 甲の業務は甲の能力、環境、時期、その他の状況により本人が達成可能なものを意味し、甲自身で達成できない事については本契約の対象とならない。

但し、知識や情報のみの提示は本件の業務には含まないものとする。

3 乙は甲からの依頼を受諾した場合は速やかに契約を履行する。

また契約が履行された場合、甲は乙へ速やかに適正なコストを支払う。

4 甲が乙へ支払うコストは、自身の運命値をライフに換算したものを使用する。

5 支払うライフの値は、甲が自身で該当業務を行った場合に必要となる運命値の2倍とその際に必要となる金銭、材料、加工費、人件費、その他の原価をライフに換算した実数を合わせたものとする。

6 乙は甲のコストを算出する場合、甲が最良最適な条件で業務を行った最も値の低いものを採用する。

7 本契約及び適時締結される個別契約については事前に文書による確認を必要とする。

但し、甲が文書によるの確認を拒否した場合はその時点で契約が締結されたものとする。

8 契約に関する文書及び契約前後の質疑応答その他は全て記録を残し、甲が求める場合は速やかに確認できるものとする。

9 契約に関して甲からの質疑応答があった場合、乙は誠実に対応しなければならない。

10 本契約に於いて、契約上の通念、常識は甲の置かれた環境に依存するものを採用する。


本契約の締結には上記10項目について甲の承認を必要とし、これにより人間アントニオと悪魔シャイロックの手続き代行サービスに関する契約が締結されたものとする。

具体的な個別契約については別途契約をする。


補足 主契約締結時において甲の運命値はライフ換算で32,400,000ライフとする。

また本契約は運命値が0を超えている限り継続され、それ以外での解約は認めない。




「文面を見るとそれ程おかしな所はないんだよな。常識なんかも俺の・・・と言うか今のものが基準になっているならやり易いし、実際に結果を出したものだけが対象だから変な所でコストが掛かる事もない。何より書面で確認できるのはありがたいな。」


頭の中に浮かぶ契約書を何度も読み返しても騙そうとする所は見当たらない。

むしろ誠意的な気配さえ窺えうかがえる。

実際、奇跡が起こって助けられているのでそれ程悪い話ではないと思えてくる。


「このライフが何なのか分からないが、初期値3千2百万以上ある内の9千であの奇跡が起きるなら使い方次第で大儲けも夢じゃないぞ。」


当初、シャイロックの正体が悪魔だと知って不安に駆られていたが、内容を確認してからはむしろ笑みがこぼれてしまう程浮かれていた。

何が出来るのか、どのように使うのが効果的か、ワクワクしながら想像を膨らませ、ページを送ると自身に関する情報が表示された。


ライフ 32,390,078

使用ライフ 9,000

減少運命値 922


「えっ!ライフが減っている!?減少運命値?」


使用ライフは分かる。

個別契約で王都まで移動した分だ。

だがその他に減少運命値として992のライフが減っていた。


「元の運命値自体が減る?どう言う事だ。」


『減少運命値について。甲の運命値が時間の経過と共に減少したもの。』


指輪の機能を使っていたので質問と言う形で認識されたらしい。

別のページが立ち上がり質問と答えが表示されていた。

だが、まだ分からない事だらけで混乱している中、目の前のライフが更に減少した。


「また減った。時間の経過で減る・・・じゃあ運命値とは何だ。」


『甲の可能性を数値化したもので主に時間と同義。』

「時間?ちょっと待て、何の時間だ。」

『甲が生存する時間。』

「生存って・・・寿命じゃないか!運命値が寿命ならライフも俺の寿命!?もしライフを使い切ったらどうなる。」

『運命値がなくなればその個体は生命活動を停止します。』

「死ぬって事じゃないか!昨日はそれを使ったのかよ。待て待て、じゃあ9,000使ってどの位寿命が減る。」

『運命値9,000は甲の時間に換算して9,000分に相当。』

「9,000分・・・6日と6時間・・・。無い命を拾ったと思えば大儲けなんだろうが、これは得なのか?いや、得には違いないかもしれないが、これは・・・」


いくら奇跡が起こせるとしても自分の寿命と引き換えではおいそれと使う事など出来るものではない。

自分が死ぬ瞬間になって、使ってしまった時間の事はきっと後悔するだろうからだ。

思い悩んでいる内にもライフは無情にも減ってゆき、見ている程に気持ちが沈んでゆく。

指輪に添えていた指を放せば頭の中の契約書は消えたが、徐々に減って行く数字は依然として目の前に残っている気がした。


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