第3話 封じられたモノ

「これは巨人に見下ろされている様な気分だな。」


その建物の前に立ったアントニオだったが、行く手を遮るのは精緻な紋様が彫り込まれた巨大な扉。

見上げる程の大きさがあるその扉は金属質な見た目と相まって鎧を着た巨人が立ち塞がっている様に感じられた。


「これは・・・開けられるのか?」


鍵穴も把手はしゅもない扉は押すのか、引くのかさえ分からない。

それにこの重厚な扉は人が押して動かせるとはとても思えなかった。

とは言え他に入れそうな所もないので物は試し、力一杯押してみたが、思った通りビクともしなかった。


「やはり何か仕掛けが・・・うぁっ!」


押していた扉が逆に手前へと動き、派手に転んだアントニオの横を左右に分かれた扉が通り過ぎて行く。


その不思議に呆然としていると扉の奥から灯りが灯り、暗い室内はすぐに真昼の様な光に満たされてゆく。


「この遺跡、まだ動くのか!これは本当に神々の遺物かもしれないぞ。」


期待に胸が躍り、思わず笑みが浮かぶ。

遺跡・遺物の類は数あれども、数百年もてば朽ちて扉がない事さえ珍しくはない。

それが、完全に形を保ち、更に未知の技術で今なお動いているとなれば彼の超古代文明以外には考えられなかった。

この発見をしかるべき所に報告するだけでも莫大な利益を見込むことが出来るし、この奥に在る物次第では更に数段上の成果を得る事が出来るのだ。

浮かれるなと言う方が無理な状況だった。

しかし、商人としての計算が高ぶった気持ちに静まれと言い続けている。


「手にしていない金は俺の金じゃない。『将来の金』に払う『今の金』は俺の金だ。落ち着け・・・」


商売をしていれば目先の利益に騙されて大損をした事も一度や二度ではない。

上手過ぎる話しに飛び付く危険は十分承知していた。


走り込みたい気持ちを静めて立ち上がると、目を閉じて深呼吸を繰り返す。


「今払うのは俺の金。今払うのは俺の金・・・」


自分の蓄えが減る事を想像すると血の気が引く様に気持ちが落ち着いて行った。




そこは教会の大聖堂を思わせる荘厳な作りをしていた。

周囲に立ち並ぶ大きな石柱には扉にあった様な精緻な紋様が刻み込まれ、滑らかな床は宝石の様に青白く透けていてまるで水の上にいる様な錯覚を起こさせた。

壁から天上にかけてはツタを模した模様が金色に輝き、絡み合いながら周囲を覆っていたので金色の森に迷い込んだ様だった。


全てを計算し尽くした様な美しさに目を奪われたが、何か見慣れた景色とは違う違和感が奥に進む事を躊躇わせた。


「窓もなく、入って来た所以外には出入り口もない。これは・・・」


ゾクリと悪寒が走り言葉を押し留める。


―――ここは人を安らわせる教会ではなく、遺体を納める墓所なのではないか―――


中のものを称え祀ると共に、死者が現世に出てこない様に封じ込める遺廟、そんな意思が込められている気がした。


それを裏付ける様にもっとも奥まった所、正面の壁には片翼を広げた白い神像―――恐らく神を祀った物なのだろう。

この被造物の中でそこだけは安らぎと敬意が感じられる。

その右側、やや壁に寄った場所に小さな祠の様な物が横向きに置かれていた。

入口付近からでは閉じられた重々しい扉しか見えはしなかったが、そこに描かれた黒い紋様は祠ごと縛り上げる様な必死さがある。


目を転じて左を見るとそこには人が持てるとも思えない巨大な剣が床に突き立てられ、万一祠の中の物が飛び出したならば即座に斬捨てると言っている様だった。


「冗談じゃない!こんなものは俺の手に負える限度を超えている。」


未だ解明できない超技術を持つ文明がここまで念入りに封じ込めたモノだ。

どう考えても軽々しく扱っていいものではない。

しかも、この遺物はまだ建てられたばかりの様に働き続けているのだ。

あの祠の中のモノが現存していている可能性は十分にあった。


「手を出さずに褒章だけもらえれば黒字、下手に手を出せば大赤字。考える必要もない位簡単な選択だ!」


背中を見せるのが恐ろしくてジリジリと後退ると、トンッと何かが当たる。

「えっ!」

と振り替えると、いつの間にか閉じた扉が行く手を遮っていた。


「うぁああああああーーーー!」


叫びながら押しても、元々ただの壁だったと言う様に微動だにしない。

ドンドンと叩いても重厚なそれにとっては取るに足りないのか僅かに響く事もない。


「出口!どこかに出口はないのか!」


半狂乱になりながら視線を彷徨わせても新しい発見は何もなかった。

だからと言って駈け回って探すには状況が恐ろし過ぎてとてもそんな気にはなれなかった。


「落ち着け!落ち着け!まだ何も払っていないんだ。金は減っていない!金は減っていない!金は減っていない!・・・」


『久しく訪れる者もなかったが、そこに居るのは誰だね。』


「ひっ!」


何とかして冷静になろうとした努力を粉々に叩き壊す声が響く。

これが因果の悪魔シャイロックとの出会いだった。

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