第2話 忘れられた神殿
馬車が止まった衝撃でアントニオは前方に投げ出された。
頭を打って一瞬意識が飛びそうになったが、すぐに起き上がって身構える。
獰猛な口がもう目の前に開いているかと緊張したが、洞窟の入り口には箱型の荷台が丁度はまり込んでいて魔狼が入り込める隙間はなかった。
魔物や盗賊の襲撃に備えてこの馬車はかなり頑丈に補強してある。
如何に魔狼が強くてもそう簡単には壊されないだろう。
むしろ馬車の向こうに詰め寄せてくれれば煙り玉で一気に撃退できるかもしれないが、用心深い魔狼は洞窟には入らずに待ち伏せているらしく辺りは静けさを取り戻していた。
「
ほぉっと息を吐き出して力を抜く。
倒れている馬を起こして具合を見たが、幸いにも骨折などはしていない様だった。
馬車の下を這って行くと洞窟の外に待ち構える魔狼が見えた。
アントニオを見つけた一匹がグルルッと唸って威嚇している。
幸い直ぐに襲い掛かって来る様子はなかったが、余所に行く気配もない。
「直ぐには諦めないか。」
魔狼は一度狙いをつけた獲物は執拗に狙い続ける習性がある。
そして性質の悪い事に交代で見張りをするくらいの事は平気で熟すほど頭がいいので縄張りを出ない限りいつまでたっても逃下られない。
今は群れのまま外に陣取っているが、居なくなったからと言って迂闊に出て行けばどこかで襲われる事になる。
とは言っても、さっきまでと比べれば状況はかなり良い。
何より馬が無事だったのは大きい。
馬の血を
馬車の中にも二日分程度の水と食料があるのでしばらくは耐え続けられるだろう。
一通り考えを整理し終えると、まずは馬の
「良く頑張ってくれたな。お前のおかげでまだ生きてる。ありがとよ。」
労いの言葉を掛けて鼻面を撫でてやると少し落ち着いたのか顔を押し付けて甘えた声を出した。
馬車から水を出してやると貪る様に飲み始めたので飼葉も出して横に置いた。
「世話をしてやりたいが少し待っていてくれ。俺は奥を確認して来る。」
本来、馬は頭がいい。
言葉そのものは分からなくても、言っている雰囲気や態度から正確に意味を理解できる。
こうして言葉を掛けてやれば、しばらく姿が見えなくとも安心して待っていてくれるだろう。
馬が理解したらしいと見て、アントニオはランプを取り外して暗い洞窟をゆっくりと進んで行った。
どの位歩いただろうか。
洞窟の中は曲がりくねってはいたが妙な分岐のない一本道だった。
床や壁は滑らかで明らかに人の手が入っている。
村の老人は古い街道と言っていたから、あるいは鉱山か何かがあったのかもしれない。
しばらく進んでそろそろ戻ろうかと考え始めた頃、不意に広い空間が目の前に広がった。
今までの人工的な通路と異なって地面も壁もゴツゴツとした岩が目立ち、見るからに自然に出来た空洞だと思われた。
地面は左奥に向かって緩い下りになっており、その先は地下水が溜まっているらしくキラキラと光を反射している。
天上はどれ程の高さがあるのか確認できないが、どちらにしても濡れた壁を登る事はできそうになかった。
抜けられる道を探して奥へ進んで行くと右手の壁が大きく削られた中に黒く濡れた建物が姿を現した。
「城?神殿か?」
いつ建てられたのか分からないが石造りの屋根が鍾乳石に取り込まれているのを見れば途轍もなく古いことだけは分かる。
「古い遺跡なのか?いや、この様式は見た事がないし、建てられてからの時間を考えれば神々の遺物の可能性もあるのか。」
神々の遺物
それは、年代も分からない程遙か昔に栄えた神話時代と呼ばれる超古代文明の遺跡の事だ。
断片的な記録があるだけで実情は今だ謎に包まれているが、それが実在した事だけは分かっている。
僅かに出土した遺物が未だ解明できない超文明の技術の名残を残し、運よく手に入れたならばある者は国を興して王となり、ある者は虐殺の限りを尽くして魔王と呼ばれ、ある者は人の為に尽くして賢者となったのだから。
この超技術の実績を前にして『幻の』などと言う事は誰にもできなかった。
「こんなところに神々の遺物があるなんて話は聞いた事が無い。もし本物の神々の遺物なら大発見だ。これは運が向いてきたかもしれないぞ!」
今回の事で依頼については諦めざるを得なかった。
だがこれが本物なら赤字を埋めても余りある稼ぎになる。
万一有用なアーティファクトでも見つけられれば、歴史に名を残す偉業を成す事も夢ではないのだ。
滑る地面に気を付けながらアントニオはゆっくりとその建造物に近づいて行った。
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