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時行人
第1話 追い詰められた男
「わっはっはっ、わっはっはっ、わっはっはのはっ」
棒読みの笑い声を上げた男は流れそうになる冷や汗を気力で引っ込め、不安で足並みを乱しそうになる馬には御者台から声を掛けて少しでも落ち着かせようと試みていた。
陽が傾き始めた山道は薄暗く、もうしばらくすれば闇が全てを隠してしまう。
男が進む道の両側には深い森が広がっており、人の営みの跡は雑草だらけのこの道以外には見出す事はできない。
その代り、同じ速度で動く沢山の赤い目が木々の向こうに見え隠れしながらついて来ている。
男は人のほとんど通らない古い山道で魔狼の群れに取り囲まれていた。
圧倒的に有利な筈の魔狼だったが、狡猾で計算高い魔物は無傷で獲物を得る機会を待っていた。
少しでも弱みを見せれば、その瞬間に組み易いと見て襲い掛かって来るだろう。
余裕があると見せかける為に虚勢を張って乾いた笑い声を上げていたのだった。
だが、陽が暮れれば闇を味方に得た魔狼は行動を起こすだろう。
だからと言って走り出せばやはり同じ事。
怯えた馬が足を縺れさせてもダメ。
平静を装いながら生き残る方法を必死に考えていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
男の名はアントニオ。
将来自分の店を持つ事を夢みる行商人だ。
事の発端は日ごろ取引している大手の商会から仕事を頼まれた事に始まる。
とある侯爵家の令嬢が輿入れするに当たり、フェアリードロップと言う希少な果物を入手したいと言う。
もちろん名のある商会の事、幾つもの伝手を使って手配しているのでアントニオに声を掛けたのも保険以外の意味はなく、違約金もない代わりに代金は納品後に支払うと言う緩い契約だった。
但し、祝儀を含めた金額は通常の倍以上になる上、侯爵家の意向で婚儀の協力者は名前を出してもらえると言う破格の条件が約束されていた。
これは駆け出しの行商人にとって名前を売るまたとないチャンスだったので万端の準備を整えると喜び勇んで産地へと馬車を走らせたのだった。
幸いにも買い付けはすんなりと済んだ。
元々アントニオにも思い当たる伝手があり、だからこそ商会も声を掛けたのだから当然と言えた。
日程的にも納品の期日までにはまだ半月程残っているのでゆっくりと戻っても4~5日は余裕があるだろう。
喜び勇んで帰路についたアントニオだったが季節外れの嵐で増水した川に阻まれて5日も足止めを食ってしまう。
更に王都手前の山道ががけ崩れで通れないと言う。
別の街道を行くと大きく山脈を迂回する事になるのでとても期日には間に合わない。
実の所アントニオはこの取引にかなり入れ込んでいた。
いつか王都に店を持ちたいと思っていた彼にとって貴族や富裕層に名前を売れる今回の条件は何を投げ打っても成し遂げたいものだった。
その為、仕入れは金額を上乗せして数を集め、品質を保つ為に高性能の保存箱を新調していた。
仮に期日に間に合わなくても罰則はなく、通常の金額で引き取ってはもらえるだろうが、それでは大赤字になって破産するしかなくなってしまう。
途方に暮れていたアントニオだったが、地元の古老から今は使われなくなった古い街道があると聞いて、一か八かと人気のない山道に足を踏み入れたのはそんな事情からだった。
踏み入れた古道は、雑草こそ生えていたが長年踏み固められた路面は馬車が通るのに何の不便もなかった。
やや遠回りにはなるがこのまま夜を徹して走れば何とか期日に間に合うと考え始めた頃、遠巻きにする赤い目に気が付いたのだった。
陽は中天を過ぎ、辺りはひと際山深い地域、戻っても進んでもこの山中で夜を迎える事になる。
魔狼は用心深い。
計算高く狡猾だと言ってもいいくらい頭が良く、じっくりと時期を待って無傷で獲物を手に入れる方法を考える。
今はこちらの力を探っているので様子を見ているだけだが、少しでも恐れが見えればこれを好機と襲い掛かって来るだろう。
ただ、逆に言えば奥の手があると思わせられれば時間を稼ぐ事が出来る。
アントニオは必死に虚勢を張って恐れていないのだと見せかけ続けた。
(まずいな。このまま陽が暮れれば暗闇で襲われてしまう。俺だけなら木にでも登ればやり過ごす事はできるかもしれないが、馬は助からない。そうなると次は身動きできない俺が弱って落ちるのを待つしかなくなってしまう。こんな古道じゃあ、他の人間が通りかかって運よく助けて貰えるなんて当てにできない。くそっ!どうすればいい・・・)
必死に考えても時間稼ぎしか思いつかない。
(川にでも飛び込めば命だけは助かるかもしれないが、こんな所にあるのは小川ぐらいで魔狼から逃げられるような大きな川はない・・・。あと1時間位すると陽が暮れてしまう。それまでに何か助けになる物を見つけないと・・・)
だが、皮肉なことに山の日没は早かった。
大きな木を回り込んだ先は山影に入ったのか、深い木々と相まって灯りが必要な程の暗闇となっていた。
ウォ―――――ン
ひと際大きな鳴き声を合図にして日暮れを待たずして魔狼たちが襲い掛かってきた。
「走れ!ハイヤッ!ハッ!」
怯える馬に鞭打って懸命に駆ける。
後を振り替えれば10頭程の巨大な獣が息も荒く迫っていた。
「くそっ!これでも喰らえ!」
投げつけた玉が破裂すると真っ赤な煙が辺りに広がり、巻き込まれた魔狼がギャンと鳴いて遠ざかった。
獣除けの煙り玉は目つぶしと嗅覚封じの強烈な臭いを振りまいて遠ざかる。
しかし何度か繰り返すと魔狼たちは警戒して迂闊に近づいて来なくなった。
「このまま麓まで行ければ助かるかもしれない。」
それが夢物語に近い奇跡であることは分かっていたが、幽かでも希望に縋り付かなければやっていられなかった。
唯でさえ半狂乱の馬はここまでの全力疾走でもう直ぐ走れなくなる。
更に
「崖!」
突然現れた絶壁が道を塞いでいた。
何処かで道を間違えたのだ。
「こ、これじゃあ大赤字だーーー!」
叫んでも前は崖、後ろは魔狼
何処にも逃げ場がない。
ヒッヒーーン
一声泣いた馬が右に進路を逸れて行く。
崖の前は少しひらけているがその先は木々に阻まれて馬車が通れる程の隙間はない。
「落ち着け!」
錯乱した馬をとりあえず落ち着かせようと手綱を引こうとした時に馬の様子がおかしい事に気付く。
正確には錯乱していると思っていた馬が『おかしくなっていない』事に気づいたと言うべきか。
訳も分からず走っているのではなく、明らかにどこかに向かっている。
「お前、何かわかるのか?」
動物には人間にはない鋭い感覚と本能的な直観がある。
必死になっている馬が生き残る為に何かに気づいたのかもしれない。
「どうせ止まる事もできないんだ。お前の思った通りにしてみろ。」
アントニオは肯定の意思を示す代わりに鞭を当てた。
間もなく目の前に崖が迫って来た。
三日月に照らされて壁面が薄らと見えてくる中に、変わらずに暗闇に包まれた所がある。
「黒い?いや、穴?洞窟か!」
壁面にギリギリ馬車が入れそうな穴が空いているのだ。
奥が無かったとしても平地で囲まれて周り中から襲われるよりも余程守りやすくなる。
ガガガガガガ
壁面を擦りながら洞窟を進み、程なくして馬車が詰まって動かなくなった。
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