cercar la nota

20

 夢を見た。

 とても、幸せな夢だった。


 それは、未来。

 託し、預けたあたしの、存在しなかったはずの未来。

 あたしが生きたかった時間――それを全て。

 傲慢で、稚拙で、独りよがりの、独善的なあたしの思いつきで、余さずあの少女へと押しつけた未来。


 どうか、代わりに生きてほしい。

 普通の女の子として生きたいと願ったあたしの想いを、どうか叶えて欲しい。






 そして願わくば。

 彼女が過ごす時間が穏やかに包まれた、幸せなものになりますように――。






 *






「ふざけないでくれ!」


 響く怒号。ティアが語気を荒らげて机上を叩く。

 振動で転がり落ちたペンを、フェイザーは心苦しげに見下ろした。拾う気にはなれなかった。


「ふざけてねぇよ。報告書の通りだ」


 一枚の紙をティアの前に差し出す。それを一瞥すらせずに、ティアは鋭い眼光でフェイザーを睨んだ。


「魔物の襲撃だって? 確かに近年魔物の増加傾向は顕著だったが最近は落ち着いていたしあまりにも急過ぎる! それにあの村は自警団を結成していたはずだ。それをたった一晩で壊滅なんて明らかに不自然だ!」

「……」


 激情を抑えようともしないティアの顔を、フェイザーは冷めた目で見据えた。

 何かを言い返そうにも、うまく言葉が出てこなかった。


「……ごめん、君に怒鳴ったってどうにもならないのに」

「……いや、構わない。お前の気持ちは分かっている」


 お互いに、行き場のない焦燥感を持て余していた。

 気を静めようと、ティアが大げさに息を吐く。

 眼前の青年が落ち着いたのを確認して、フェイザーが口を開いた。


「確か生存者がいたろ」


 ティアが頷く。


「ああ、子どもがひとり……でも、心神耗弱が激しく、とても話ができる状態じゃないと聞いてるけど」

「そりゃそうだろうさ。生きているだけで奇跡だって話だしな」


 その子どものことは、ティアも知っていた。

 会ったのは一年前、たった一度きり。

 しかし、快活で人懐こく、ティアのような学者になると言った少年のことはとても印象に残っている。

 一面が焼け、跡形もなく壊滅した村の中でひとり、彼だけが助かった。

 崩れた納屋、幾重にも折り重なった木材、そこに偶然できた隙間に彼はいた。

 炎が及ばなかったことも含め、正真正銘の奇跡だった。


 ――しかし。


「あの子は今後どうなる……?」


 不安を滲ませて、ティアが問う。

 フェイザーが気怠げに首を振った。


「さあな。軍は孤児オーファンには干渉しないルールだ……が、村一つ消失した大事件の当事者だ、お前のように話を聞きたいと思う人間もいるだろう」

「……保護対象になればいいんだけど」

「お前に権限ねぇの? 仮にもお偉い立場だろ。オレよりな」

「管轄が違うんだ……掛け合ってはみるけど」


 そうか、とフェイザーが言った。そして、少し考え込んで、口を切る。


「お前、一年前にあの村に行ってたよな。今回の事と何か関係があるのか?」

「……」


 ティアの面持ちが一層曇りを帯びる。


「断言は出来ないけど、無関係とは言えないと思っている。……あの村の遺跡のことは気にはかけていたんだ……ただ手が回らなくて後回しにしていた。結果、取り返しのつかないことになってしまった」

「お前だけが責任を負うことはないだろ。別の調査員の手だって入っていた場所だ」

「……うん、もっと、ちゃんと再調査しないといけないな」

「……お前、昨日も一昨日もその前も現場に行ってたよな?」

「何度でも行くし、何度だって調べるよ」


 納得のいくまで――そう、強い意志を持って、ティアが言った。


「……」


 フェイザーは思案した。何かを言いかけて、その度に言葉を飲み込む。そうこうしている間にティアが、じゃあまた、と会釈をして退室しようとフェイザーに背を向けた。


「あ、ちょっと待て」


 唐突に引き留められたティアが、訝しげに振り返る。


「……何?」

「いや……どうすっかな……」

「……?」


 歯切れの悪いフェイザーの言動に、ティアは不思議そうに首を傾げた。

 困ったように眉間を押さえながらしばらく悩む素振りを見せた後、フェイザーは観念したように切り出した。


「ひとり」


 そう、フェイザーがぼそりと言う。

 口元を手で覆いながら、近くにいるティアがかろうじて聞き取れる程度の、極めて潜めた声で。


「実はもうひとり、いるんだ。《生存者》が」

「……え!?」


 驚いて目を丸くするティア。反射的に上げた声を静かにと制して、フェイザーが続ける。


「ガキだ。生き残りの小僧と同じ歳くらいのな」

「……村の子どもが?」

「いや、違う……たぶん」

「……どういうことなの?」


 ティアの問いに、それには答えられないと、フェイザーは首を横に振った。


「さぁ、オレもよくは知らん。ただ、この件に関して何かしら知っている人間がいるとすれば、あいつ以外に他ないだろう」

「言っている意味がよく分からない。というか君、やはり報告書を捏造して……? そんな人間の存在は一切記載されていなかった」

「だからこうやって小声で話してんだろうが。言うまでもないが他言無用だぞ。オレの首はお前と違って軽いんだからな」


 はあ、と疲れた様子でフェイザーがため息をついた。


「興味があるなら会えばいい。場所は教えてやる。話をするのは難しいだろうがな」

「……難しい?」


 どういうことかと、小首をかしげる。

 フェイザーのその台詞の意味を、今はまだ、ティアには理解ができなかった。


 *


 男が言った。これでいいのか、と。

 少女は小さく頷いた。それが今の少女に出来る精一杯の意思表示であった。


「……お前がこの先どうするつもりなのかは知らんが、何か困ったらオレを訪ねればいい。これもアレルが繋いだ縁というやつなんだろう……適当に面倒は見てやる」


 あまり期待はするなよ――と。


 そう言い残して、男は去った。


 流れる雲のさらに先、遙か彼方の地平線を臨みながら、少女はひとつの決意を抱いたのだった――。





-segue 『al fine』-

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