第1432話 最後のデートはタバサ。掌で転がされてる感覚




 時刻は17時30分。

 ゆっくりと日が沈んでいるがまだまだ明るい空を眺めながら、俺は本日最後の待ち合わせ場所へ向かっていた。


 そこは練習場付近。

 到着すると、すぐに待ち合わせの人物に目が止まった。


「あ、ゼフィルスさん」


「タバサ先生」


 その人物とは、なんとタバサ先生だ。

 先生も参加!? まさかと思うだろ?

 今日は金曜日で17時30分という時間。お仕事も終わったそうで少々お祭りに参加する先生も少なくないそうだ。


 タバサ先生もその1人で、どうやら夏祭りのスケジュールをみんなで考えていたとき、タバサ先生も「私も参加するよー」と混ざったらしい。

 いや、実際スケジュールが発表されるまで俺は何も知らなかったんでびっくりしたんだ。


「ゼフィルスさん、私と2人でお祭りを回るなんて嫌じゃなかった?」


「そんなとんでもない! タバサ先生と一緒にお祭りを回れるなんてとても嬉しいさ!」


「うふふ」


 嫌じゃなかった? と聞きつつ欠片も不安が無さそうなタバサ先生が最強。

 もちろん俺もタバサ先生が期待している言葉で返すのだ。

 するとタバサ先生が顎に手を当ててからかうように微笑む。

 俺、タバサ先生のこういう手玉に取るような笑み、嫌いじゃないです。


「ねえゼフィルスさん、これからデートなのよ? 先生なんて付けるのは他人行儀じゃない?」


 デート!

 タバサ先生との2人きり夏祭り、これは確かに、もっとデートっぽくしなきゃいけないな!

 俺は懐かしの名前で呼んでみた。


「じゃあ久しぶりにタバサ先輩で」


「もう、タバサって呼んで良いのよ?」


「おっふ」


 そう言って隣に来たタバサ先生がしなだれかかるように体重を預けてきた。

 俺は一瞬で心臓を捕獲された気分だ。でもとても気分が良いです。

 なんだか脳内のあれやこれやが全部タバサ先生一色に染められていく気がする!


 俺は改めて隣にくっつくタバサ先生を見る。


 今日のタバサ先生は、浴衣姿だ。

 白色をベースに藍色の朝顔あさがおの花が描かれた、儚さを感じさせる浴衣。肩に切れ目が入っていて、少しだけ見える肌色が眩しい。


 去年は見ることが叶わず、そして卒業してしまい。もはやこれまでかと思っていたが――大逆転。

 このタバサ先生の浴衣姿が見られただけでも大満足です。


「タバサ先輩」


「タバサ、よ?」


「タバサ」


「なに、ゼフィルスさん?」


「浴衣がとても素敵です。似合ってます」


「ふふ、ありがと」


 おっふ、掌で転がされているようなこの感覚、悪く無いと思ってしまうのはなぜだろう。

 タバサ先生の掌の上で転がるならそれもいいなと思ってしまうのだ。


 いかんいかん。このままではキリッとした勇者がだらしない顔になってしまう!

 すでに手遅れかもしれないが、否、まだ間に合う! 多分。


 俺はグッと顔を引き締めた。


「それで、タバサ」


「何かしら? ゼフィルスさん?」


「……おほん。これからどこに向かうんだ?」


 タバサ先生に名前を呼ばれる度にマインドコントロールを受けているみたいにクラッとくる気がする! 気のせいかな!?

 俺は努めてキリリとした表情でそう問うた。

 このままではずっとここから動けずタバサ先生にとろかされてしまうやもしれない。


「そうね。それじゃあ会場を適当に回ってみましょうか」


「賛成だ」


 どうやらタバサ先生はぶらぶらデートをご希望の様子!

 プランは無く、ただ一緒に歩けるだけでいいといういじらしくも破壊力のある攻撃に脳のぐらつきが止まりません!


 練習場の周りは、とある事情でかなり人が増えていた。

 万が一離ればなれになっては大変!


「ゼフィルスさん。手を繋いでくださいな」


「丁度俺も提案しようと思っていたところだったんだ」


 俺は迷わず手を差し出すと、タバサ先生はそれに手を乗せ――るだけに終わらず指を絡めてきた! これは、あの伝説の恋人繋ぎでは!?


「今日はデートだもの。デートをするときはこの繋ぎ方が一般的なのよ?」


「そうだったのか~」


 俺の脳内にタバサ先生の精鋭が侵入! 7割方制圧されました!

 そんな脳内の警報じみた放送が聞こえた気がしたが、気のせいに違いない。


 タバサ先生と恋人繋ぎで練習場の出店を覗いては話題にしてぶらぶらする。


「人が多すぎて、これじゃあ買い物もできないな」


「私はぶらぶらとデートするだけで満足よ?」


 そう言ってくれるのは嬉しいが、もうちょっと思い出に残ることをさせてほしいと思うのが男子ってものなのだ。俺はそこで、そういえばさっき買うだけ買って〈空間収納鞄アイテムバッグ〉に入れていた存在を思い出す。


「お腹とか減ってないかタバサ? さっき買ったクレープとかあるけど出そうか?」


「あら。それならお願いするわね」


 頼ってもらえてちょっと嬉しい。

 俺は小さなポーチ型の〈空間収納鞄アイテムバッグ〉からリーナと食べ歩きをしていたときに唯一買えたクレープを2つ取り出す。

 列がすいていたものだから並ばずに買えたはいいが、リーナが用意してくれていたものが多すぎて結局食べ時を失ったやつだ。


「イチゴとバナナ、どっちがいい?」


「それじゃあイチゴ、いいかしら?」


「もちろんだ」


 そう言ってイチゴのクレープを渡し、俺はバナナのクレープを食べる。


「美味しいわ。ありがとねゼフィルスさん」


「気に入ってもらえて良かったよ」


 再び恋人繋ぎをして隅の方に寄って食べる。

 これだけでクレープの味が何倍も美味しくなった気がするのだから不思議だ。

 これが幸せの味ってやつか?


「うーん、もう食べ終わっちゃったわ。ごちそうさま」


「お粗末様。これで夕食を食べなくても少しは持つだろう」


「そうね。まさかここまで混むとは私も予想外だったわ」


「特に飲食系がもうとんでもない列だな」


「花火まであと1時間半だものね」


 そう、実はここに人が集まって来ているのは花火のためだ。

 あと1時間半で花火大会が始まるのだが、それが〈戦闘1号館〉の北側で打ち上がるもんだから、校舎の北にある練習場に人が寄ってきているのだ。


 おかげで食べ歩きはもはや不可能。

 どこの食べ物屋の出店も列が出来、並んでいるだけでデート時間が終わってしまうのではと思わせるレベルになっていた。


 ただ、それとは裏腹に飲食関係以外の出店は驚くほど人が並んで居ないのがちょっと面白い。

 あそこの全身黒ローブで顔まで隠している売り子さんのところなんて閑古鳥が鳴いて、ってあれ? なんか見覚えがあるような?


「あ、あんなところにいた。ゼフィルスさん、ちょっといいかしら?」


「もちろんだ」


 どうやらタバサ先生もそれに気が付くと、その出店に近づく。

 その出店で売られている品を見て、俺はこの黒ローブさんが誰かを察した。


「フラーラ、こんなところに居たのね」


 そう、そこに居たのはサトルの姉にしてプロのぬいぐるみ職人。フラーラ先輩だったのだ。

 タバサ先生が声を掛けるとそれまで微動だにしなかったフラーラ先輩が顔を上げる。そしてその視線が一点に集中された。


「む、タバサじゃないか――って、なんじゃその恋人繋ぎは。まさかイケメン捕まえてデートか?」


「えへへ、いいでしょ~?」


 そう言ってタバサ先生が俺にギュッと抱きついてくる、俺の半身は幸せになった。

 前にもこんなことがあった気がするが、今日は浴衣、その破壊力は以前の倍を軽く超える。


「……くっ、こいつ自慢しに来ただけか! う、羨ましくなんてないのじゃ!」


「羨ましそうじゃないの」


 グッと拳を握って何かを我慢する仕草のフラーラ先輩。

 その姿はとても羨ましそうだった。


「ええい、やかましいのじゃ! デートを見せびらかしたいだけならはよ退散するのじゃ」


「ええ~、せっかく声を掛けたのに~。でも元気そうで安心したわフラーラ。最近また引きこもってたでしょ?」


「繁忙期だったんじゃ」


 フラーラ先輩はどうやらお忙しいようだった。

 あとさっきから俺とタバサ先生の恋人繋ぎを見る視線が鋭い。とても鋭い。

 いったい何があったんだ!?


「そうじゃタバサ、注文されていたもんじゃが、明後日には完成させる予定じゃ。取りに来るが良いのじゃ」


「ん? ぬいぐるみの注文か?」


「あ、いいのよゼフィルスさんは気にしないでも。ちょっとぬいぐるみが欲しくなっただけですから」


「それなら市販品を買えば良かろうなのじゃ。聞くが良いのじゃ勇者、こやつ、我にオーダーメイドで勇者と自分の――ふぐぅ!?」


「もう。それ以上は言ってはいけないのよフラーラ? 顧客情報よ?」


「(コクコク)」


 気が付けば一瞬でタバサ先生の開いていた左手がフラーラ先輩の口を押さえてた。

 タバサ先生の忠告に顔を青くしたフラーラ先輩がコクコク頷く。

 いったいタバサ先生は何を注文したのだろうか。とても気になるところだ。


「ふふ、秘密、よ?」


「秘密か~。それならしかたないな~」


 人差し指を口元に持って来て秘密にするタバサ先生、そんなことをされれば追求はできないのだ。


「それよりも、もうちょっとラブラブデートしましょ。時間もあまりないんだもの、楽しまないとね」


「あれ?」


 ぶらぶらデートだったはずが、今なんかラブラブデートに聞こえた不思議。

 俺の耳はついに幻聴が聞こえだしたのかもしれない。


「うふふ。今度は向こうにいきましょうね」


 そう言って片手を抱きしめてくるタバサ先輩! 恋人繋ぎはまだ発動中だ。

 俺は表情が崩れないよう気を張りながらも少し足下がふらつきながらその場を後にしたのだった。


「まったく、あやつ本気を出しすぎじゃ。危うく口から砂糖が出るところじゃ」


 そんな呟きが後ろから聞こえた気がするが、脳の侵食率が8割を超えた俺の耳には入ってこないのだった。



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