第1429話 リーナと夏祭り。軍師は全ての出店を先回り。
「楽しい時間だったが、もう終わりみたいだ」
「時間が過ぎるのは早いわね……」
「また機会もあるさ」
「……そうね」
結局スケジュールの時間いっぱいシエラとただ喋りながら過ごしてしまった。
浴衣姿のシエラがジュースをお酌してくれるサービスまでしてくれたのだ。
もう頭の中までお祭状態になってしまったよ。これが本当のお祭り?
自分の中で新しいお祭りの定義が生まれてしまった気がする。
途中スクショを利用してシエラの姿を撮りまくり、俺と並んだツーショットもかなり撮ってしまった。この室内、夏祭りの雰囲気がよくでているから捗ってしまったよ。
しかし、そんな楽しかったシエラと2人きりの時間ももう終わりが近づいてきている。
名残惜しい。とても名残惜しいが、次へ向かわなければならない。
「……がんばってねゼフィルス。でもあまり羽目は外さないように。はしゃぎすぎないように。弾けてクルクル回らないように」
「お、おう。気をつけるよ」
シエラからの最後の言葉、なんか圧が強かった気がする。気のせいであってほしい。
もちろん気をつけると約束した。
でも気をつけていたけどやっちゃったらごめんなさいしよう。うん。
「じゃあなシエラ」
そう手を振ってシエラと別れた。
小さく手を振り返すシエラの表情が少し寂しげに見えたのは、俺の願望かもしれない?
時刻は13時。
シエラが「あまりがっつり食べ過ぎない方がいいわよ。このあとも控えているのでしょ?」という言葉のおかげで腹6分目くらいをキープしたまま次へと向かう。
そこは〈戦闘6号館〉校庭、正面門。
つまりは今年からオープンしたばかりの新校舎の前だった。
残念ながら校舎の中は入れないが、見上げて楽しむことはできる。
やっぱり櫓にも意味があったということなのだろう。
そんな校舎の出入り口付近、俺が向かうとすでに待ち人がそこにいた。
「ゼフィルスさん」
「リーナ。待たせちゃったか?」
「いいえ、時間ピッタシです」
そう、ここに居たのは我が〈エデン〉の軍師にして俺の右腕、リーナである。
3番目はリーナと2人っきりだ。
「リーナの浴衣姿、凄く綺麗だな」
「あ、ありがとうございますゼフィルスさん」
まず目に付いたのはやはりというかリーナの姿。
去年は確かピンク系の浴衣だったが、今年はラベンダー。
つまりはリーナの髪と同じ色の浴衣だった。所々白でラベンダーの花のシルエットが描かれている。
「リーナの髪色と同じで、ラベンダーが描かれているのか。リーナによく似合ってるよ」
「ありがとうございますゼフィルスさん、その、嬉しいですわ」
褒めるとリーナが髪をイジりながらお礼を言ってくる。頬が少し紅潮していて俯き加減なのがプライスレス。大変可愛らしい仕草だった。
リーナはこういうお祭りが割と好きみたいで、いつもとは違った雰囲気を出してくるんだ。
「で、ではゼフィルスさん、行きましょう? その、美味しい和菓子を出す出店があるんですの」
「それは楽しみだな。迷わないよう手を繋いでいこうか?」
「は、はい!」
リーナはこう見えて甘いお菓子の類いが結構好きで、お昼にはこれでお腹を満たそうという考えのようだ。
去年も同じことがあったなぁと思い出が甦る。
もちろん俺も否は無いので、シエラの時のように手を差し出すと、リーナは照れたようにそこに自分の手を乗せてきた。
満面の笑顔だった。
「あ、その、ゼフィルスさんの浴衣もとても素敵ですわ」
「おう。ありがとなリーナ」
「それと、そちらはもしかして〈幸猫様〉の?」
「ふふふ、ご明察だ。実は身バレ防止に〈攻略先生委員会〉の出店を覗いたらな――」
こっそりリーナの耳元で説明する。これは声を大きくして話すことは出来ないんだぜ。重要機密だ!
「まあ! でもいいですわね、わたくしもそれ、欲しいですわ」
「もちろん、これは後日ギルドメンバー全員分を要求する予定だ」
「ゼフィルスさん、相手は先生ですからね? お手柔らかにお願いしますわ?」
リーナも欲しがる〈幸猫様〉のお面。
やはり〈攻略先生委員会〉には是非これの量産体制を作っていただかなくてはならない。ダメならこっちでやる。
お面だけではない、〈幸猫様〉〈仔猫様〉グッズを揃えるのだ。
ふふふ、楽しみだぁ。
「ゼフィルスさん! 声が漏れていますわよ! それと、グッズを買いに走るのはクラス対抗戦が終わってからにしてくださいまし」
おっといかんいかん。どうやら欲望が漏れてしまったようだ。
平常心平常心。ふう、落ち着いたぜ。
「悪い悪い、それで、ここがリーナおすすめのお店なのか?」
「はい。こちらの芋羊羹はもう絶品で。わたくし一番のオススメですわ」
さすがは我が〈エデン〉の軍師、すでにリサーチ済みの様子だ。
話し方からして、すでにこの辺のお菓子売りを一通り網羅している可能性すらある。俺と合流するまでの間にリサーチを済ませたのだろうか?
しかし。
「結構並んでる、な」
さすがはリーナが一番のおすすめで絶品と言い放った芋羊羹売りの出店、そこには長蛇の列ができていた。列整理の学生が大変そうだ。
これ、相当な時間並ぶのではなかろうか?
下手をすればここで買って仲良く食すだけでリーナのスケジュールが終わってしまうやもしれない。
そんな俺の心配を、我が軍師様は容易く打ち砕いた。
「御安心くださいゼフィルスさん。もう用意してありますわ」
そう言ってリーナが巾着型〈
「すでに用意済みだった!?」
え? じゃあなんでこんなところまで来たの?
「ここで食べた方が雰囲気が出ると思いまして」
「なるほど~」
さすがはリーナ。俺には思いもよらない発想。
しかし、確かにすでに買ってあったとしても、ここで買ったのだからなんの問題も無し。遅いか早かったかだけだ。
こんなに大行列の店で買ったという光景は十分に雰囲気が出ている気がする。
「はい。ゼフィルスさん。口を開けてくださいまし。あーんですわ」
「あーん」
去年ほどではないが、少し顔を赤くしたリーナがカットした芋羊羹を小さなフォークで刺してあーんしてくる。この照れ顔がプライスレス。
俺はリーナの照れ顔と一緒に芋羊羹も補給した。
「んお! 美味い! これは、美味いな」
「んふふ」
思わず声を上げ、しかしその後しっかり味を確認するように口の中で味わう。
上品な芋の甘味が口いっぱいに広がり、しっとりとした感触が口の中を楽しませてくれる。
これは美味しい。高級店の芋羊羹に引けを取らないどころか同等の可能性すらある。
やば、緑茶が凄く欲しい!
「よければゼフィルスさん、緑茶もいかがですか?」
「い、至れり尽くせり! いただきます」
いつの間にかリーナが持っていた緑茶をいただく。ごくり。
これだよこれ! すげぇ、これ凄い贅沢だぞ!
「大変、美味しゅうございました」
「気に入っていただけたようでよかったですわ」
「控えめに言っても最高だったぜ」
いきなりの芋羊羹あーん&緑茶という重ね技の破壊力に俺の満足度は上がりっぱなしだ。
しかもリーナがいつの間にか手を繋ぐという行為から俺の腕に手を添えるというエスコート式に変わってらっしゃる。いったいいつの間に!
「次のお店も素晴らしいですわよ。ゼフィルスさん、行ってみましょう?」
「おう!」
次に向かったのもまた和菓子店。今度はたい焼き屋だ。
「ここも、込んでるなぁ。回転は早いようだが」
「もちろんここも購入済みですわ」
「リーナが用意周到すぎるんだけど!?」
一瞬セレスタンの影が過ぎった気がする。いや、きっと気のせいだろう。
リーナから渡されたたい焼きは、少し冷まされてちょうど食べやすい案配。
「買った直後は熱くて食べられないですもの」とはリーナの言葉だ。
冷めるのを待っている時間が勿体ないと、あらかじめ少し冷ましたものを用意する気配り。さすがは軍師。抜かりは無い。
「ゼフィルスさん、あーん、ですわ」
「ありがとうリーナ、あーん」
しかもまたリーナからのあーんプレゼントである。素晴らしい。
パクリと食べると外側の衣がパリパリパリと音を立てる感触。そして中に入っている餡子がこれまた素晴らしい甘さで口の中に広がり、しかし口の中で衣と混ざっていくことでちょうどいい甘さに整えられていく。口の中で味が変わるこの楽しさ。素晴らしい。美味い!
だがやられっぱなしでは俺の名が廃る。
「リーナそれ貸してくれ。俺もする」
「え! いいんですの?」
「もちろんだ。じゃ、あーん」
「はい! あ、あーん」
差し出したたい焼きを顔を赤くしながらパクリと食べるリーナ。
ぐっ! 素晴らしい。この破壊力、凄まじい。
なんだかリーナの距離がさらに近づいた気がする。物理的に。
気が付けば腕に添えられたリーナの手が両手になっていた。
むしろ掴んで、否、抱きついている? 道理でさっきから柔らかいと、ゲフンへブン! ふう、危うくヘブンに行く所だったぜ。
「美味しいですわ。なんだか幸せな気持ちでいっぱいですの」
「俺も幸せだ。今俺は、幸福を噛みしめている」
「もう、ゼフィルスさんてば大げさすぎます。次に行きましょう? ゼフィルスさんと一緒に食べたいと思っていた菓子店はまだまだありますのよ」
「よっし! 時間が許す限りリーナのオススメは全部回ろう!」
決断。
俺、リーナと菓子巡りツアーに出発する。
リーナのオススメはどれも素晴らしく、そしてなぜか全部すでに購入済みだった。
だがこういう食べ歩きツアーみたいなお祭りもいいもんだなぁとしみじみ感じたよ。
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