第1426話 福女子寮は魔窟の予感。ハンナと一緒に夏祭り
「ふう。ついに、この時が来たか」
寮の自分の部屋で少し意味深なことを呟きながら、俺は昨日マリー先輩から受け取った
さすがはマリー先輩。試着をせずともサイズはぴったり、完璧な仕上がりだ。
色は今回爽やかな海と青空をイメージしたもの、去年とあまり変わらない色だが、青系の着物は女子と被りにくいから無難だってマリー先輩から勧められてこうなっている。
何しろ俺、とんでもない数の女子と夏祭りを回ることになっているからな。
色は黒か青の二択しか無いって言われたのよ。
さすがに勇者が黒はちょいっとなんなので、青になった経緯がある。
模様はライトグリーンの蝶。いいね蝶。俺の名前と同じゼフィルスの蝶だ。
朝8時45分。
夏祭りの開始は10時からでまだまだ時間があるが、俺は早めに準備を進めていた。
理由は俺が直接迎えに行くからである。
去年のように校門で待ち合わせを提案したら「うーん、スケジュールキツキツだし難しいんじゃないかな? 開始前後は大混雑するって言うよ?」との言葉をいただきこうなっている。
というのも去年ラナと待ち合わせしたのは開始から30分後だった。
少し時間も経っていたこともあって校門前は人も比較的落ち着いていて、しっかりラナと合流出来たのだった。
だが、今年のスケジュールはキツキツ。10時開始の直後から組まれていて、さすがに校門前の待ち合わせは無謀極まりないとなったのだった。
そんな訳でちゃんと、間違いなく合流出来るよう迎えに行こう、ということにした次第だ。
改めて鏡で不備がないか確認する。
「よし、バッチリ。行くか」
次はいつ鏡を見られる機会があるかは分からないが、とりあえず今は良し。
俺は寮を出て出発する。目指すは福女子寮。
夏祭りで最初一緒に回る相手は―――ハンナだ。
夏祭りで出店があるから朝食は抜き。つまりハンナも今日ばかりは部屋に来ていない。なので俺が出迎えに行く形。いつもと逆だな。
福女子寮にハンナを迎えに行くのはいつ振りだったか。
そんなことを考えていると、いつの間にか到着する。早っ!
まあ、貴族舎と福女子寮は結構近いからな。同じ居住区内だし。
「あれ? あれって勇者さんじゃ」
「ほ、本当よ! あれはゼフィルスさんに間違いないわ!」
「学園のトップよ!」
「きゃ!」
おっと、いきなり全噂好き&ミーハーお嬢様たちから注目を浴びる。そういえばここってこういう所だったな。久しぶりに来たからすっかり忘れてたぜ。
俺はキリッと勇者顔を作って入り口で待ち合わせしようするが。
アクティブなお嬢様方に一瞬で囲まれた。
「あの、ゼフィルスさんですよね? 今日のお祭り、一緒にどうですか?」
「私たち3人なんですけど!」
「ちょっとお待ちなさいな。わたくしたちもお誘いしたくってよ!」
「あの! 10分でいいので!」
「私は20分でいいの!」
「わたくしは1時間を所望しますわ」
「ははは、参ったな……」
お嬢様たちがアクティブすぎる!
あと拘束時間が減るどころかどんどん増えているのはどうして?
こういう時って普通は譲歩や妥協とかするんじゃないの?
お嬢様方が浴衣姿でとても素晴らしいです。ハンナとの約束がなければどうなっていたか……。なぜか脳裏にハンナ、ではなくシエラのジト目がちらつくんだ。
ということで、断った。
「すまないな。今日は約束があるんだ。だから一緒には――」
「少しでいいんです!」
「空いた時間に回れませんか?」
「わたくし、オススメの出店がありますの、是非にご一緒したいですわ」
お、押しが強いぞこのお嬢様方!
だが俺のスケジュールには少しの余裕も空いた時間も書かれていないのだ。
もしかして〈エデン〉の女子たちは、これを知っていたから先回りして全スケジュールを隙間なく完璧に埋めたのでは? そんな予感が脳裏を過ぎる。
いかん、なんかどんどん人が集まって囲いが分厚くなっている気がする。
あれ? これって俺脱出できるの?
そんな時だった。
「ハンナ様よ!!」
そんな声が響いたのだ。
そしてザザザっと引く人の波。
みんなバラバラに分かれながらもちらちらそっちを伺うお嬢様方。
このお嬢様たち、一瞬で背景になってやがる!!
俺は解放された。
「ゼフィルスくーん!」
そこに天使の声が!
もちろんその正体はハンナである。
「ゼフィルス君、お待たせ~。待たせちゃったかな?」
そう言いながら浴衣に足を引っかけないようちょこちょこと小さく、しかし器用に走るハンナが手を振りながらやってくる。
なんだかどこかで見た光景。思わず「おお~、浴衣のハンナだ!」と叫びたくなった。
実は俺、ハンナの浴衣姿は初見。
去年ってハンナ、出店やってたからな。
おっと返事をしなければ。
「ようハンナ。おはよう。俺も今来たところだから安心してくれ」
「えへへ~。時間ピッタシだね!」
俺を囲っていたお嬢様方はすでに居ない。否、背景に溶け込んでいる。
あとハンナに向ける目がヤバい。あれって尊敬もあるけど、一部崇拝とかしてない? 大丈夫? いや、なんか暗黙の了解っぽいものがあるっぽいし、大丈夫そうか? うっとりしている人もいるように見えるが。
「ああ、ハンナ様はいつ見ても尊いです」
「もう存在が素晴らしいです」
「わたくしの商会に是非来てほしいですわ」
おいそこのわたくし系お嬢様、ハンナはやらんぞ!
でも見守るだけなら許してあげよう。
しかし、なんか前に来たときよりも魔窟度がヤバくなってないか福女子寮。
俺とハンナにだけ?
それともこれはただの一側面でしかないのだろうか?
いつもは和やかにお庭でお茶会しているのとか見るし。……わからん。
「そ、それでゼフィルス君、どうかな?」
そう言ってクルリとその場で回るハンナ。
視界の端で何人かのお嬢様がその場に崩れ落ちていた気がしたが、俺は気のせいということにした。
それよりも俺は目の前のハンナの浴衣姿にこそ集中する。
黄色をベースとしたスタンダードな浴衣。
ピンクの花が描かれており、ハンナの可愛さを引き立てている。
帯はオレンジで、髪は珍しく後ろに纏められキラキラとした
一言、ただただ可愛い。
「すごく、可愛い。似合ってるよハンナ」
「も、もーゼフィルス君ったら。そんなこと言って、嬉しくなっちゃうよ~」
「おう。存分に嬉しがってくれ。ハンナは可愛い!」
「も~」
少し顔を赤くしながら照れ照れするハンナがマジ可愛いです。
俺、これが見れただけでもう今日が満足できるくらい。
でも、これからが本番だな。
「そろそろ、行くか?」
「うん! 行こっか!」
「おう。今日は人が凄まじく多いって話だからな。手を繋ぐか?」
「え! いいの!」
「もちろんだ!」
そう言って俺は掌を上にして手を差し出すと、ハンナが照れたようにはにかんで、その上に自分の手を乗せる。
「え、えへへ~。じゃあ、失礼、するね?」
その手は少し温かくて、とても小さいものだった。
午前9時、ハンナと合流に成功。お嬢様方、傍観に徹する。
スケジュールでは11時半までハンナの時間だ。空気の読めるお嬢様だな。俺を誘う時は凄まじい押しだったのに。相手がハンナだからかな?
開始までまだ1時間あるが、かなり人も混雑しているし先に行こうということになった。
ここにいてはいつお嬢様方に再度囲まれるか分からないからな。
あれ? これって俺がハンナに護衛されてる? いやきっと気のせいだろう。
ハンナは俺が守る!
お互い浴衣ということもあっていつもよりもゆっくり時間を掛けながら校舎へ向かい、そして〈戦闘1号館〉のある場所にたどり着いた。開始まで残り15分を切ったな。
「ふ、ふわ~。すっごい人だね!」
「この学園、3万人以上が通っているからな。ここに万単位の人が集まっても不思議じゃなかったが。この数は凄いな」
見渡す限り人、人、人だった。
男子はともかく女子はほぼみんな浴衣だ。凄まじい。
「ねぇゼフィルス君、最初どこへ行くかなんだけど」
「それならスケジュールにあったな。えっと、校舎内エリアか。櫓の中の」
「うん! そっちは後だと多分行けないと思うから、先に見ておきたいんだ~」
ハンナは〈生徒会〉の生産隊長なので、当然こういうイベントがあればお仕事もある。ハンナは午後かららしいが、スケジュールには校舎内エリアに行くことは無いらしく、俺と行く場所はそこを指定していた、というわけだ。
もちろん構わないので了承している。
それからもハンナとたわいない話をしていると時間は過ぎていき、10時。
学園長の節度を守ってどうのこうのという話を聞き流し、ついに夏祭りはオープンしたのだった。
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