第三十章 〈ダン活〉夏休み第二段! 合宿編!

第1356話 夏休みの朝の日常。全てはハンナ様のおかげ。




 コン、コン、コン。


 規則正しいノック音が部屋に響いた。

 今は夏休み真っ盛り。そして時刻は朝の7時だ。


 学生ならば誰もが布団と仲良くしているような時間帯。

 そこに来客を知らせるノック音が聞こえてきた。しかも。


 ――カチャ。ガチャリ。


 鍵を開ける音と扉を開く音までセット。

 おかしい。まだ返答はしていないはずなのに、鍵は仕事を放棄したようだ。


 ギィ……ギィ……。


 誰かがそっと歩いているような、床の僅かなきしみが耳に聞こえてくる。

 そしてその音は、俺が寝ているベッドの前で止まった。


「ゼフィルス君、まだ寝てる? 起こさない方が良いかな?」


 小さな声だが、それはとても楽しそうで、ちょっと嬉しそうな、はしゃいだ声色だった。


「でも、もし寝てたら起こしてって頼まれてるし。うう~ん、もうちょっとだけ寝顔を見――じゃなくて、寝かせてあげといた方がいいかな?」


 声の主は迷っているらしい。ベッドの主を起こすか否か。

 しかし今は夏休み。学園は休みだ。寝過ごすぶんには何も問題無い素晴らしい時期である。


「うん。ゼフィルス君も昨日のギルドバトルでさすがに疲れているかもしれないし、もう少し寝かせておいてあげよぉ。朝食の準備だけしてから起こそうかな」


 結局声の主はもうちょっと寝かせてくれることを選んでくれたようだ。

 なんとなく優しさや愛情を感じる。

 お言葉に甘えて、ベッドの主である俺はゆっくりとまどろみに身を任せて。


「ゼフィルス君。朝食の準備出来たよ~。そろそろ起きてね~」


「もう出来たの!?」


 早くない? まだ寝かせてあげようって言ってから30秒くらいしか経ってないよ?

 あ、そうか。ここでは朝食は〈空間収納鞄アイテムバッグ〉から取り出すもの。準備なんか一瞬だ。

 俺の頭も、だんだんと覚醒してきてここがどこだったか思い出していく。


 ここは〈ダン活〉の世界、寮の自室。俺は主人公、ネームはゼフィルス。

 部屋に入って朝食の準備をしてくれたのは、ハンナだ。

 どうやら、珍しく寝ぼけていたみたいだ。


「おはようハンナ」


「おはようゼフィルス君。顔を洗ってきてね。もう朝食の準備は出来てるから」


「了解」


 ハンナはこの世界での主人公の幼馴染み。

 いつも俺に手作りのとても美味しい朝食を持って来てくれるため、俺のお腹はハンナには逆らえない。

 夏休みの朝7時だろうが、言われるがままに起きて顔を洗い、身支度を軽く整えるのだ。


 ふう。冷たい水が染み渡る~。


「あ、タオル無かったから出しといたよ。その横ね」


「サンキュー」


 もう勝手知ったる俺の寮部屋。ハンナのお世話が至れり尽くせりすぎて幸せ。

 幼馴染みに起こされるドリーム、俺、昔からちょっとあこがれだったんだよ。

 それがこの世界にきて叶った。

 いつもは夏休みになると早起きになる俺である。

 実はハンナに起こされるのは今日が初めてだ。


 え? なんでハンナが鍵を持ってて寮部屋にいるのかって?

 それはハンナに鍵のスペアを渡してあるからだ。


 というより、割と以前からスペアキーはハンナに渡していた。

 ハンナは一緒に学園に行くとき、俺の寮部屋の鍵を閉めたがるからな。

 その都度鍵を渡すのもなんなのでハンナにスペアキーを渡してある、というわけだ。

 いや、渡したからこそ使う機会を窺って鍵閉めを買って出ているのかな? どっちが先だったっけ?


 そんなハンナだが、いつもならノックして、俺が返事して部屋のドアを開けるため入る時は鍵を使わないようにしている。

 だが今は夏休み。布団と仲良くしたいことも多いだろう。

 だから返事が無くてもスペアキーを使って入って来ていいよと許可を出していたのである。


 夏休みで登校する必要は無いんだからわざわざ起こしに、というよりも朝食を作りにこなくてもいいような気がしなくも無いが、ハンナ曰く。


「うーん、夏休み中ここに来るのやめちゃったらそのまま自然消滅しちゃいそうだから。夏休みでも続けたいなぁ」


 との言葉をいただいている。

 ハンナ、本当に良い子。夏休みのまどろみよりも俺を優先してくれて。

 おかげで俺のお腹は満たされてます!


 今日も良い匂いが部屋に漂い、朝起きたばかりだというのに俺の腹を直撃してくる。

 俺は少し急ぎ足で部屋に戻った。


「お待たせハンナ、って今日も凄いな!」


「うん! 今日は和風系で仕上げてみたよ。ゼフィルス君、こういうの好きでしょ?」


「大好きだ!」


「授業がある日はこった料理は食べている時間が無いから。こういう時しか作ってこられないんだけど」


「十分さ! ハンナが作った料理はいつも美味しいからなぁ」


「んもうゼフィルス君ったら。えへへ~」


 今日のメニューは、白米、味噌汁、鮭の塩焼き、温泉卵の乗ったサラダだった。

 ああ、良い。すごく良い!

 普段は学園があるためゆっくり朝食を食べてはいられない。

 故にパン食が多いのだが、夏休みなどの長期休暇に突入すると、ハンナは少しこった料理を作ってくる。今や長期休暇が待ち遠しい理由の1つになってしまった。


「それじゃあ、ハンナに感謝して、いただきます!」


「どうぞ、召し上がれ」


 まずは鮭の切り身から。

 おおー、良い感じに脂がのっている! パクリと食べるとズドンと押し寄せるうま味、塩が効いていてちょっと目頭が熱くなるほどの美味しさ。

 そこに白米。

 くぅ~、これだよ! これですよ!

 普段は食べられない贅沢な朝食! これが俺は食いたかったんだ!


 一撃で胃と眠気を持っていかれ、俺の脳が活性化したのを感じた。

 続いて味噌汁。熱いのでゆっくり。

 お、お、お、お~。なんという優しい味。ハンナの真心がまさに現れている。そんな暖かさを感じる味噌汁だった。


「美味い」


「うふふ。よかった」


 昨日はギルドバトルで盛り上がり、盛大に打ち上げして食べまくってしまったのにもかかわらず、俺の腹は絶好調。

 ハンナの朝食を食べるために不調になんてなっていられない!

 温泉卵の乗ったサラダはシーザー風ドレッシングでいただいた。これも美味しい。


 ゆっくり、そして味わって食べていたために気が付けばもう時刻は8時近かった。普段なら学園に出発している時間だ。

 こんなにゆっくりできるのも夏休みの恩恵だろう。

 夏休み素晴らしい。素晴らしすぎる!


「ごちそうさまでした」


「お粗末様でした」


「大変美味しかったです」


「もう、どうしたのゼフィルス君、言葉が変になってるよ?」


「そりゃあもうハンナのご飯が美味しくて美味しくて。思わず真面目になっちまうくらい美味しかったんだ!」


「えへへ。そんなに喜んでもらえるなら、また作ってくるね」


 ハンナは天使か? もう天使にしちゃっても良いんじゃなかろうか?

 きっと凄く似合うだろう。


「ゼフィルス君、今日はどうするの?」


「ん?」


「ほら、夏休みの細かいスケジュールを決めるって言ってたの、今日だったでしょ? 何時頃出発する?」


 おっとそうだった。あまりにハンナの料理に脳とお腹を撃ち抜かれていたが、ようやく復帰し始める。


 今は夏休み、しかも帰省者ゼロ。

 おかげで昨日は戦闘メンバー全員参加型ギルドバトルをやって激しくはしゃいだ。そして、それは夏休み中続くのだ! しっかりスケジュールを組まなくてはならない。

 すでに大まかなやるべきことは決定しているので、今日は細かなことについてブリーフィングの時間を設けていたのだ。


 俺はチラッと時計を見てから言った。


「9時くらいに出ようか。もうちょっとだけこののんびりゆったりとした空気を楽しみたいんだ」


 今日からはまた忙しくなりそうだしな。

 ハンナとまったりする時間を楽しもう。



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