第1099話 ゼフィルスの喝。タバサ先輩の祈りと奇跡。




「「「「〈金箱〉だー(です)!!」」」」


「いいわね。〈金箱〉は大好きよ」


 そうだなタバサ先輩! 俺も〈金箱〉は大好きだ!


 このパーティでは誰が〈金箱〉を開けるかの競争もない。

 平和なものだ。みんなで〈金箱〉の前に集まって目をキラキラさせている。

 純粋さに浄化されそう!


 さてこれから誰が開けるかを決めようか、というところでボス部屋の門の方から声が聞こえた。


「うっそ。マジ倒しちゃってる……。〈エデン〉強すぎだろ……」


「?」


 なんとなく、合同攻略メンバーの中では誰も言いそうにないセリフに疑問を持って振り返ると、ちょうどカイエン先輩が1人入ってきたところだった。その後に続々と合同攻略メンバーズが入ってくる。

 今のセリフはカイエン先輩か?

 いやそんなはずはない。カイエン先輩はもっとセリフの端から英知が滲み出ているような人だ。あんな一般人っぽいセリフは言わないだろう。

 はて? 今の声は誰だろう?


 そんな疑問を持ったが、それもすぐに忘れ去られる。

 俺たちの手の中にいつの間にか〈山ダン〉の攻略者の証が顕われたからだ。

 ふはははは!


 攻略者の証を内心高笑いしながらかかげると合同メンバーズが騒ぎ出す。


「よっしゃ、〈山ダン〉の攻略者の証もゲットだぜ!」


「ま、マジかよゼフィルス! 一発突破だと!?」


「初見攻略!? まさかそんな、すごい。いったいどんな戦いをしたんだ!? どんなボスだったんだゼフィルス氏!?」


 真っ先にアーロン先輩とインサー先輩が詰め寄ってくる。全力のアスリート走りで。

 インサー先輩、あなたそんなオタクっぽい見た目でそんな俊敏に走れたのか!?

 練習ギルドバトルの時はロード兄弟に引っ張られている所しか見たこと無かったが、あれがインサー先輩本気走り! あ、でもアーロン先輩に置いてかれてる。


「出遅れましたわ! 私たちも行きますよマナエラ!」


「これは大ニュースね。後でしっかり広めておかないと」


「いやはやすごいんだね。びっくりなんだね。さすがは数々の上級ダンジョンを攻略したことのある猛者なんだね」


「はい。ゼフィルスの姿は勉強になります。我々も詳しく話を聞きに行きましょう」


「私たちも行こうー! 詳しい話を聞きに行こうー!」


「「「「おおー!」」」」


〈ミーティア〉、〈カオスアビス〉、〈集え・テイマーサモナー〉のメンバーも負けじと駆けてくる。

 おお! 俺大人気だな!?


 しかし、今すぐ聞きたいという気持ちは分かるが、俺はそれに待ったを掛けた。


「ストップ! ちょっと待ってもらおうか!」


「断る! さあ、話してくれゼフィルス氏、どんなボスだったのだ!?」


 だが断られた。

 あれ? おかしいな。断るのって有りなの?

 インサー先輩の目は、純粋な好奇心でキラッキラだった。


「いやいやインサー先輩落ち着けって。見ろ! 〈金箱〉だ!」


 ――〈金箱〉だ。

 これ以上の説明は不要。

〈金箱〉より優先するものなんてない。

 故にこう言っておけばボス攻略で視野の狭くなったインサー先輩も納得してくれるだろう。

 そう思っていたのだが。


「そんなもの、他のメンバーに開けてもらえばいいだろう? ゼフィルス氏はこっちで情報を――」


 そんなもの、だと!?

〈金箱〉をそんなものだと!?

 そう脳が意味を理解したとき、俺は攻略者の証を指で掴んで掲げながら叫んでいた。


かつ!!」


「うお!?」


「この攻略者の証、そして〈金箱〉が、目に入らぬか!」


「「「おお~!」」」


「あのインサーの動きを止めたぞ」


「なんだろう、今ゼフィルスさんから謎の波動出てた」


「すごい気迫だ」


「混沌の香りがする!」


 俺の気迫にさすがのインサー先輩の勢いも削がれると、なぜか〈ギルバドヨッシャー〉の面々から感嘆の声が聞こえた。ふ、それほどでもあるぜ。

 俺は改めてインサー先輩に説く。


「ダンジョン攻略は1日にして成らず! そしてダンジョン攻略を支えているのは〈金箱〉だ! 〈金箱〉が無くてはダンジョン攻略自体ができない! 〈上級転職チケット〉を始めとした、上級ダンジョンの攻略を可能にするアイテム群、そして俺たちを次のステージへと連れて行ってくれる装備品! それらの多くは〈金箱〉産だ! 〈金箱〉を蔑ろにすれば俺たちは停滞するのだと知るがいい!」


「「「「おおー!」」」」


「ゼフィルス先生講座だ」


「俺、実は初めて聞いた」


「うん。実戦形式、すごく身に染みる!」


「混沌の波動が心地いい!」


〈ギルバドヨッシャー〉の面々が、いつの間にか俺の前に並んで正座していた。インサー先輩も混じっている。その後ろでオスカー君が幸せそうな顔をしていた。

 そうなると俺の〈金箱〉の思いがどんどん溢れ出して――。


「いいか? 〈金箱〉はなによりも大切だ! 〈金箱〉より優先されるものなんてない! ダンジョン攻略は〈金箱〉と共にある! 俺たちと〈金箱〉は友――」


「はいはい。ストップよゼフィルスさん」


「ふにゃ」


 しかし、俺の講義は後ろから接近したタバサ先輩が頭に手を回して抱きしめてきたことで霧散した。

 なんか気が抜けた声も出た。

 後ろから頭を抱えられてタバサ先輩の胸の位置にギュッとされているので、結構体勢が辛い。あばば、背骨が。でもちょっと幸せ。


「もう、ゼフィルスさんったら。これがシエラさんの言っていた〈金箱〉で暴走現象ね。正気に戻ったかしら?」


 上から覗き込むようにタバサ先輩のご尊顔が見える。

 その横でアイギスが他の人たちに説明していた。


「暴走状態でしたね。――ゼフィルスさんは〈金箱〉だと熱くなってしまいますから、たまにあることです。みなさん気にしないでください」


「あー! タバサずるい! 私も行くわ!」


 あ、なんか横からやばいものが来ると『直感』が発動!

 これは、エリサお得意のドーンの予兆!?

 今は反っているプラス動けないのだが!?


「待ってください姉さま」


 いいぞフィナ、エリサを止めてくれ!


「私もやります」


 オーノー!? 違う。それ違うよフィナ!?


「「ドーン」」


「おっっぶはっ!?!?」


 2つの衝撃が横腹を襲う。

 なんか不思議な声が出た。


「これで直ったでしょ。シエラさんから聞いていて良かったわ」


 え? これシエラが推奨している治療法なの? 俺、シエラに今までされたことないんだけど? ……今度一度シエラの前で暴走してみようかな?


「あー、それでその、ゼフィルスは大丈夫なのか? なんかピクピクしているが?」


 この声はアーロン先輩だ。俺は背中が反っているため見えない。


「えっと、多分?」


 アイギスが答えていたが、見なくても分かる。なんか苦笑している雰囲気だ。

 さて、お遊びもここまでにしよう。俺は反っていた体をシャキッと戻した。


「ごほんごほん。あーそのなんだ。ちょっと盛り上がってしまった」


「いや、我もボス戦のことに気を取られすぎた。ボス戦の情報は〈金箱〉の後でいい」


「おう。じゃあ早速〈金箱〉を開けるか」


 タバサ先輩たちから解放してもらい、まずはインサー先輩と和解した。

 ふう、インサー先輩も〈金箱〉が重要なものだと分かってくれて良かったよ。

 ボス戦の情報は〈金箱〉の後ということになった。


「さて、今回は誰が開ける?」


 できれば俺が開けたかったが、先ほど暴走してしまった手前立候補は見送った。

 すると手を挙げた人が1人、それはアイギスだった。


「お、アイギス開けるか?」


「いえ。立候補ではなく推薦でもいいでしょうか?」


「推薦?」


「はい。タバサ先輩が良いと思うのです」


「私?」


 なんとアイギスは自分が開けたいのではなく、タバサ先輩を推薦してきたのだ。

 その理由はアイギスのタバサ先輩を見る視線を見ればなんとなく察するものがあった。


「なるほど。最後の〈金箱〉になるかもしれないしな。俺も良いと思うぜ」


「あー、それなら私もいいわ!」


「私も構いません」


 タバサ先輩はあと一月で卒業だ。

 こうして大規模な合同攻略が出来るのも、一緒にパーティが組めるのも、もしかしたら最後かもしれない。俺たちがそろそろ学年末テストの時期なのだ。

 最後の思い出というにはちょっと早いかも知れないが、アイギス的にはお世話になったタバサ先輩に恩返しというか、たくさん良い思い出を作ってもらいたいとか、そういう思いがあるのだと思う。


 これには俺もエリサとフィナも賛成だった。

 是非タバサ先輩に開けてもらいたい。


「どうぞタバサ先輩。開けてください」


「ありがとう。ご厚意に甘えさせてもらうわね」


 タバサ先輩がお礼を言って〈金箱〉の前にしゃがみ、お祈りを始めた。

 頼みます〈幸猫様〉〈仔猫様〉!

 タバサ先輩の最後の思い出になるかもしれません!

 良いものください!


 俺たち5人が真摯に祈りを捧げている後ろでは〈ギルバドヨッシャー〉の面々が必死に「〈金箱〉重要。とても重要」「〈金箱〉を開ける順番も重要?」「〈エデン〉は〈金箱〉を神聖視している可能性有り」「お祈りにも効果が?」「良い混沌だ」とブツブツ喋りながらメモを取っていたのだが、俺はお祈りに集中していたので気が付かなかった。


「では開けるわ」


 ドキドキ、周りの全ての人が動きを止めてタバサ先輩が〈金箱〉を開ける瞬間を見守る。

 そしてタバサ先輩の手で〈金箱〉が開かれた。その中身は。


「嘘」


 中を見た瞬間タバサ先輩の動きがピタリと固まり、思わずと言ったようにタバサ先輩から声が漏れた。

 俺たちもそれをそっと覗き見ると、目を見開いた。

 ――中にあったのは。


「〈白の玉座〉だ」


 ああ。間違いない。見間違いなど起こり得るはずがない。

 だってタバサ先輩、それ持って来ているし。なんならさっき使っていた。

〈エデン〉に来る前は毎日一緒に居て、手入れも毎日欠かさなかったとも言っていたそれ。

〈テンプルセイバー〉というギルドの不用意な行動でタバサ先輩の手から離れ、色々あって〈エデン〉の手に渡り、タバサ先輩が正式に買い取りたいとも言っていた装備。


 しかし〈白の玉座〉の能力が強すぎて、〈エデン〉にとってもラナにとっても必要不可欠な存在となってしまっていた。

 タバサ先輩はもうすぐ卒業だ。それが近づくにつれてラナがタバサ先輩に〈白の玉座〉を貸すことも増え、今では貸しっぱなし状態。ラナも〈白の玉座〉が無くても私は大丈夫だわ、みたいな雰囲気を出し始めていた。


〈エデン〉に残すのか、タバサ先輩の卒業時に買い取りを許可するのか。

 難しい問題、だった。

 しかし、〈白の玉座〉が2つあるのなら、話は大きく変わる。


「タバサ先輩、ドロップしたのは〈白の玉座〉だ。おめでとう」


「ゼフィルスさん……これ」


「ああ。2つあるのなら、1つはラナへ、もう1つはタバサ先輩が持つべきだろう。もちろん、卒業するとき1つまでなら買い取ってもいいぞ」


「っ!」


 そう告げると、タバサ先輩はまた静かに祈り出す。


「ゼフィルスさんに、〈エデン〉に感謝を」


 そう呟くタバサ先輩のつむった瞳から、一筋の涙が流れていた。


 よかったなタバサ先輩。



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