第910話 〈上級孵卵器〉起動、孵化するまで残り5日!




「ソフィ先輩。ギルドマスター就任おめでとう」


「おめでとうございます」


「ありがとうございます。ゼフィルス様、アイギス様。これも〈エデン〉のご尽力のおかげです」


 予想通りというか、ソフィ先輩がギルドマスターに就任していた。

 メーガス先輩の意志を継ぎ、〈青空と女神〉の第14代目ギルドマスターだ。

 おお、なんかすごい肩書きだぜ。

 早速ソフィ先輩はレベルアップも兼ねて色々と上級品を作製し、〈青空と女神〉を順調に立て直しつつあるようだ。


 さらには〈キングアブソリュート〉から予定通り2人、フリーン先輩とドワーフの1人が上級職に就いたとも聞く。

 ちなみにその2人は専用の個室が与えられ―――現在常時缶詰め状態らしい。

 馬車馬のごとく働いているとのことだ。

 なるほど、ここにフリーン先輩がいないのはそういうわけか。


 まさかフリーン先輩が選ばれることになるとは。

 ちなみに〈上級転職チケット〉を使う基準は発現条件を満たしているか否かだったらしい。

〈上級転職チケット〉を片手に各メンバー〈竜の像〉にタッチさせ、一番良い高位職の職業ジョブが発現している人に〈上級転職チケット〉を使う、という試みが行なわれたそうだ。


 なるほど、この世界ではそうやって選ぶんだなと感心したものだ。

〈心〉〈結晶〉〈宝玉〉をどれだけ使ったのか、ちょっと考えたくはないが。


 まあ、そんなわけで〈青空と女神〉の上級職は3人となり、上級品の注文にも少しずつではあるが対応できるようになったことで、徐々にギルドは立ち直りつつあるようだ。

 良きかな良きかな。


 一通りお祝いの言葉と情報交換が終わったところで本題に移る。


「これが〈上級孵卵器〉ですか!」


「おおー、実物は大きいなぁ」


「はい。アイギス様が抱いていらっしゃる卵の大きさから、最大級の孵卵器で作製いたしました。こちらが鑑定書、費用はこちらになりますのでお支払いください」


「オーケー」


 そりゃ〈竜〉を孵化させるんだから最大級は必須だよな!

 アイギスがフラフラ孵卵器に寄っていったので俺がソフィ先輩の話を聞く。

 渡された物の中には鑑定書なるものまで在ったのには驚いた。

 さすが、企業とやり取りしているギルドは違うなぁと思いつつ中身を読む。


「ずいぶん頑張ってレベルを上げたんだな」


「もちろんです。早く戦力になってギルドを立て直したかったですから」


〈上級孵卵器〉の性能を見させてもらうと、なんといくつかの付与効果まで付いていた。

 卵を孵すときにそのモンスターの能力値を微上昇させる事の出来る貴重なスキルだ。

 当然のように高品質。

 この前〈上級転職ランクアップ〉したばかりだというのに、この短時間でかなり腕を磨きLVを上げて仕上げてきたらしい。素晴らしいな!


 この性能ならなんの問題も無いので即支払いに移る。

 本来ならそれなりにお高いところだが、俺たちは〈青空と女神〉のスポンサーに近い立場なので素材費と手間賃くらいだ。つまりかなりお安い。


 さすがにタダで全部やって貰うと〈青空と女神〉が潰れてしまうのでちゃんと支払うよ。タダにしろなんて言わない。

 さて、彼女の腕前がかなり上がったというとても素晴らしい情報が聞けたので、俺はニヤリと笑い、さらに追加の作製依頼をすることにした。


「ありがとな、助かったぜ」


「いえ、私も良い物を作らせていただきました」


「それとな、まだまだ作ってほしいものがたくさんあるんだ。これとかこれとかこれとかこれとか作ってみてくれない? 後上級〈笛〉の回復もしてほしいんだけど」


「はい?」


 俺が出したレシピの紙束を見てソフィ先輩がこてんと首をかしげる。

 うむ。実は【マスター・アイテム】じゃないと作製できないようなレシピが貯まっててなぁ。

 ハンナもアイテム、その量産にめっぽう強いんだが【錬金術師】系統では作れないアイテムはたくさんあるんだ。

 その中でも現在非常に需要が高まっているアイテムがある。それが、


「これは、〈心〉〈結晶〉〈宝玉〉系のレシピです、か?」


「ああ。今、現在進行形で上級職がどんどん生まれているが、逆に〈心〉〈結晶〉〈宝玉〉の品薄と高騰が目立っている」


「はい。需要と供給のバランスが崩れ、〈生徒会〉でも様々な手を尽くしているようですが効果が見られないと」


 うむ。なぜかちょっとドキッとする話だ。

 だが、俺はそんな感情はおくびにも出さずに続けた。


「ああ。〈心〉〈結晶〉〈宝玉〉は今まで〈採集課〉の発掘じゃないと採集出来なかった。さらにかなりのレアアイテムだ。だから数が少なかった」


「はい。最近は〈採集課〉が嬉しい悲鳴を上げて馬車馬のように働いているとか」


「お、おう。まあ〈採集課〉の需要が上がるのは良いことだな。だが、それでも採集が追いついていない。なら作ってしまおうという話だな。これなら他の学生にも売っても良いし、〈青空と女神〉ギルドを立て直すにも役立つだろうぜ」


「よろしいのですか?」


「もちろんだ」


〈心〉〈結晶〉〈宝玉〉は中級ダンジョンで発掘が可能だが、採集系の専門職じゃないと手に入らない上そのレア度はとても高く、ドロップ率がかなり低い。上級ダンジョンの発掘ならかなり確率は上がるのだが、まだ上級に進める専門職がいないのでどうしようもない所。


 しかし、上級からは〈心〉〈結晶〉〈宝玉〉は作製することが可能なんだ。

〈宝玉〉系とかとんでもないレアボス素材を要求される物もあるが、〈心〉系くらいであればエリアボス素材やモンスター素材、普通の戦闘職でも発掘できる素材しか使わないので作製の難易度は低い。

 そして、学生の大半はノーカテゴリーなので〈心〉系の需要は高い。


 ガンガン作製して売ってしまえという俺からのアドバイスだ。


「あの、ゼフィルス様、ありがとうございます。こんなによくしていただいて、感謝の言葉もありません。私に何か手伝えることはありませんか? なんでもいたしますよ?」


「んん?」


 あれ? なんかソフィ先輩の好感度が上がった予感?

 一歩距離を詰めてきたソフィ先輩の瞳が潤んでいる気がするのは気のせいか?


 そう思ったところで横から待ったが掛かった。掛けたのはアイギスだ。


「んんっ! ちょっと待ってもらいましょうか。そういう従業員の垣根を越えた過度な接触はいかがなものかと思います。ゼフィルスさんに用があるのならまず私を通してください」


「……。申し訳ありませんが、私は今ゼフィルス様に対応中なのです。話が逸れてしまうのでお引き取り願えますか?」


「私もゼフィルスさんと同じギルドのメンバーですよ。同じお客のはずです」


 あれ? どうしたことだろうか。

 アイギスが突然横から割り込んで来たかと思えばソフィ先輩と対立してしまった予感。


 いや、それよりもだ。話はまだ終わってないんだって。


「アイギス、待ってくれ。まだ話は終わっていないんだ」


「そんな、ゼフィルスさん!?」


「ふふ、そうでした。ではここは少しなんですので、私の専用個室、魔具工房までどうぞ」


「ここで十分です!」


 俺がアイギスを止めると、ふふっと笑ったソフィ先輩がさらに奥へと案内しようとしたのでアイギスがまた声を張る。

 おおう、周りの人たちはいつの間にか視線を逸らして遠巻きにしているぞ。


「ああ~、こほん。ソフィ先輩、ここで大丈夫だから。それよりこの〈フルート〉の回数回復も頼めないかと思ってな」


「あ、回数アイテムの回復ですか……」


「ん? 難しかったか?」


【マスター・アイテム】はアイテム系ではかなり万能職だ。作れない物はかなり少なく、それこそホムンクルスやゴーレムなどの疑似モンスター以外ならなんでも作れるポテンシャルを持っている。しかし、ポテンシャルを持っているからといって全部出来るとは限らない。


「はい、その。孵卵器を完成させるに当たってスキルを『上級魔具』や『上級素材加工』などにSPを振ってしまいまして、回数アイテムの回復スキルである『上級魔具回数回復』にはまだ振っていないのです」


「あらら。まあ、確かに優先度を考えるとそうなるか」


 ソフィ先輩もマリー先輩と同じく〈上級転職ランクアップ〉直後は引き継ぎのSPはゼロでご祝儀の10Pしかなかったようだ、それなら『上級魔具』などに優先して振れば『上級魔具回数回復』に振る余裕はまだ無いだろうなぁ。

 何しろ上級の回数アイテムは上級でしか手に入らない。つまりはまだ数が少ないのだから。


 なら、〈フルート〉はもう少し待つ必要がありそうだ。


「あの、ゼフィルス様の頼みであれば今後は全て『上級魔具回数回復』に振ります」


「そこまでしなくても大丈夫だって。自分のペースで少しずつ必要なスキルに振ってもらって大丈夫だから。これのことは一旦忘れてくれ」


 まあ、〈フルート〉は今どうしても必要というアイテムでは無い。ソフィ先輩が成長するまでゆっくり待つとするさ。

 もしくは、――俺の脳裏にいつも〈笛〉の回復を頼んでいるレンカ先輩の姿が過ぎる。

 爆弾を売るよりも、〈エデン〉の〈笛〉回復の方が利益が大きくなって最近は頭を抱えているらしいレンカ先輩。あの人を誘惑して――じゃなくて〈上級転職ランクアップ〉させてみるのも良いだろう。


 とはいえまずは〈上級転職チケット〉を使うのはギルドメンバーからだからそのうちの話だけどな。


「んじゃ、これとこれを優先的に作ってくれるか?」


「これは、傘ですか? それとコンパスでしょうか? でも何か違うような……あっダウジング系のアイテムですか?」


「ご明察だな。素材を置いとくから頼む」


「承りました」


 俺が頼んだのはとあるレシピ。

 これが今後の攻略でとても重要になるんだ。


「ゼフィルスさん、早速孵卵器に卵を入れたいと思うのですが」


「おっとそうだった。俺にも良く見せてくれ。実は実物は初めて見るんだ」


「では私が操作しましょう」


 アイギスの言葉に話が孵卵器のことにシフトする。

 孵卵器は卵形のカプセルで、中に柔らかそうな台座が有り、そこに卵をセットするようだ。


 ソフィ先輩がボタンを押すと「プシュー」という音と共にカプセルが開いた。


「おおー! なんだかロマンがあるなこれ!」


「はい。では卵を入れますね。ちゃんと強い子に孵化するのですよ、貴方に会える日をとても楽しみにしていますからね」


 アイギスが最後に卵をなでなでしながら言葉を贈るとカプセル内の台座に置く。

 ソフィ先輩が操作してカプセルを閉じたら中がオレンジ色に光った。


「これで5日もすれば孵化するでしょう。孵化したらまずはテイマーの方が孵卵器から出してあげてください」


「わかりました」


 ソフィ先輩の言葉にアイギスが神妙に頷く。

 こうして〈聖竜の卵〉はようやく孵化のための一歩を踏み出したのだった。


「さて、……これをどうやって持って帰ろうか?」


 だけどこれ、卵を入れると〈空間収納鞄アイテムバッグ〉に入らなくなるんだよな。

 どうやって持って帰ろうか?



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