第897話 ゼフィルス本気モードの足音。これが伯爵の力。




〈中央東巨城〉を落とし、上空スクリーンを見たロード兄弟は悲鳴を上げていた。


「うっそ~!? 〈中央巨城〉取られちゃったんだけど~!?」


「10人送ったあいつらは何をしていたのだ!? 人数倍もいて、先にたどり着いて、なに巨城を奪われているのだ~!?」


 仰天。

〈エデン〉が思ったより速いスピードで迫ってきていたとはいえ、途中までロード兄弟が引っ張っていたのだからかなり速いスピードで〈中央巨城〉にたどり着いたはず。

 しかも倍の10人だったのにも関わらず巨城を奪われた。


 それはとても信じがたい事態だった。


 これは〈エデン〉の〈ジャストタイムアタック〉が間に合ったというのが大きい。正直なところ、ロード兄弟があのまま牽引していたら〈エデン〉は間に合わなかった可能性が高かった。ロード兄弟は初めてでデータの少ない〈スマイリー〉フィールドで先を読まれ、慌ててしまったのだ。「このまま〈中央東巨城〉や〈南巨城〉を奪われてはたまらない」と。

 要は〈中央東巨城〉へ引っ込むタイミングが早かったのだ。経験の少なさがここに表れた形である。


 そしてロード兄弟が退いてしまったことによりゼフィルスたち5人が間に合ってしまい、「あ、なんか隙があるから落としてしまおう!」とゼフィルスに思わせてしまったためが故の結果だった。

 なお、原因までは今のロード兄弟では思い至ることは出来ない。その代わり観客席にいた〈ギルバドヨッシャー〉たちが総出で「書くのだ! 記録しろ! 一瞬の出来事も見逃すな!」と活を入れてデータ取りに励んでいるが、それは別の話。


「くっそう~。これじゃあ〈南巨城〉を取っても2城しか取れないじゃないか~」


「〈南巨城〉へ急ぐのだー。〈南巨城〉は俺たちなら確実に先取できるのだ」


〈南巨城〉は〈カッターオブパイレーツ〉のもの。

 ロード兄弟がいて〈南巨城〉を取られたら名折れどころの話ではない。

 西に行けば〈エデン〉がいる可能性が高い。そのためロード兄弟は東から〈中央東巨城〉を取りつつ〈南巨城〉へ向かう進路をとったのだ。


「ロード兄弟、俺はこの場に残って指揮を取る。他の奴ら5人を連れて〈南巨城〉を先取してくれ」


「仕方が無い~」


「それしかないのだ」


 アギドンの言葉にロード兄弟が頷き、5人を連れた7人の部隊で南東から回りこむように〈南巨城〉へ向かう。


 この〈南巨城〉だけは特別なポジションにある。

〈スマイリー〉フィールドの口部分の真南に位置するため、特大の観客席が立ち並び行く手を塞いでいるのだ。

 そのため一度南西、または南東から回り込まなくてはいけない。つまりかなり距離が遠い。


 距離が長いのであればロード兄弟の右に出る者はいない。

〈南巨城〉はほぼ確実に〈カッターオブパイレーツ〉のものになるだろう。

 ただ、〈エデン〉がそれを素直に許してくれるとは思わないため今は全力で向かう必要があった。


 スクリーンには次々と更新される点数。〈エデン〉はすでに〈北西巨城〉、〈北東巨城〉、〈中央西巨城〉、〈中央巨城〉の四つを奪い、〈カッターオブパイレーツ〉は〈中央東巨城〉だけという体たらく。


 おかしい。ギルドバトルは速度が命で、ならば速度が最も速い自分たちの方が巨城を取るには有利なはず。

 ロード兄弟の心情は激しく揺らいでいた。

 何とか〈エデン〉より早く〈南巨城〉にたどり着き、これを陥落することに成功したことで、ようやくロード兄弟の心は安定しだした。


「あ、あれが〈エデン〉か~。噂に違わないギルドだよ~」


「では兄者、どうしようなのだ? 策はあるのだ?」


「〈ギルバドヨッシャー〉に頼まれているとおりだよ~。僕たちの役目は道を敷くこと。ギルドを勝利に近づけること。作戦を決行するよ~」


「ラジャなのだ兄者」


 ロード兄弟の真価は道を敷くことにある。

 道を敷くことで保護期間が発生、強固なバリアは敵を弾き、近づけない。また、バリアには更なる使い道がある。


「〈エデン〉といえど各個撃破には弱いはず~。小城を確保しつつアギドンと合流するよ~」


「ラジャなのだ兄者。俺たちの力が〈エデン〉にも通用すると見せ付けるのだ」


 ロード兄弟が動く。

 しかし、それがリーナによって誘われていたとは、このときのロード兄弟はまだ知るよしもない。



 ◇



「うふふ、さすが〈エデン〉だわ。予想以上の結果ね。情報を流した甲斐があるわ~」


 そんなユミキ先輩の言葉が実況席で呟かれていたが、盛り上がる会場の声援で残念ながら誰もそれを聞くことはできないのだった。

 アギドンには聞こえなくて良かったのかもしれない。世の中には知ってしまうと不幸になってしまうこともあるのだ。



 ◇



 一方〈エデン〉は〈中央西巨城〉を落としたB班シエラ、リカ、シズ、ミサト、ノエルはさらに南へと下り、小城を確保しまくっていた。


「どうやら〈南巨城〉は間に合わなかったみたいです」


「やはり南は取れないわね」


「仕方がない。何しろ速度が段違いだ。私たちではどう頑張ろうとあれには追いつけないだろう」


 シズの報告を聞いたシエラが呟き、リカが首を振る。


 シズが索敵をしながら〈南巨城〉へ向かっていたが、このメンバーはAGIが高い人が不足しているのであえなく持っていかれることになった。


 とはいえこれは予め予想していたこと。

 ゼフィルスからは「〈南巨城〉を捨てる代わりに他は全部確保するつもりで行こう」と言われていた。

 ここ、シエラ班の目的は〈中央西巨城〉の確保。西にある巨城で〈南巨城〉を抜かせば赤本拠地から一番遠い位置にある巨城なため、スピードの遅いメンバーが集中していた。

 シズは斥候なので例外。


「でも私たちの役目は変わらないでしょ。〈南巨城〉側から攻めてくる敵がいたら返り討ちにする!」


「だね! いくら速くてもこのメンバーなら楽勝だよ!」


 ミサトとノエルがフンスする。

〈中央西巨城〉部隊のB班にはもう一つ役割があった。

〈スマイリー〉の口部分のさらに南から、敵が回り込んでくるのを阻止することだ。

 故に自在盾のシエラ、硬く範囲攻撃も出来るリカ、斥候から地雷まで何でもござれなシズ、相手の色々なものをドレインして弱体化させ攻撃まで反射してしまうミサト、様々なサポートで味方を有利にするノエル。


 まさに鉄壁の布陣だった。


 残念ながらロード兄弟は自分が弱いことを分かっているので、〈エデン〉が待ち構えているだろう西側には向かわず、そのまま引き返してしまったのだが。


 シエラたちはそのまま南から回りこめないようこの周囲を固め死守するべく務めることになる。



 ◇



 一方〈エデン〉の本拠地では、一番近い〈北西巨城〉を落として戻ってきたD班のハンナ、リーナ、ラクリッテ、ラナ、シャロンが防御を固めていた。


 それは一種の要塞。本拠地周囲がどんどん補強されていく。


「ハンナちゃんいくよー『物見台召喚』!」


「わわわ! たかーい!」


「どんどんいくよー『激・射撃台』! 『クワトロ式バリスタ』!」


 ハンナの足元から物見台が立ち上がり、そこに射撃台が出来たかと思うと、どういう仕掛けなのか4連射撃式のバリスタが召喚され設置された。アイテム系にとても強いハンナがこれをすぐにチェックする。


 本拠地周囲の要塞化。それを行っているのが【難攻不落の姫城主】に就いたシャロンだ。

 シャロンの能力は城の守りを強化すること。やっていることは防備の召喚だ。


【難攻不落の姫城主】のユニークスキル『キャッスルメイカー』は召喚した防壁を組み合わせると、シャロンがやられるか破壊されるまでその防壁は消えなくなるというもの。


 つまり、クールタイムが終わるごとに防壁を召喚し続けていれば、どんどん防壁が出来ていくという、敵からすれば悪夢のような能力だ。無論上限はあるが、ユニークスキルのLVを上げると上限も増えていく。

 ギルドバトルの制限時間が長ければ長いほど【難攻不落の姫城主】のアートは膨らんでいき、放置し続ければまず本拠地を落とされることが無くなってしまう。

 これが難攻不落と名の付いた職業ジョブの力である。


 とはいえ、本来ならMPはすぐに空になってしまうほどその消費量は大きいのだが。


「シャ、シャロンさん、MPは大丈夫ですか? 〈エリクサー〉いりますか?」


「いるいる~」


 シズのスキル『戦場物資』のおかげで〈エリクサー〉を大量に持ち込んでいるためMPの心配は無かったりする。

 ラクリッテに渡された〈エリクサー〉をキュッと一杯あおるとMPが大回復。まだまだ行けると増築に勤しんだ。


 ラクリッテはそんなシャロンの護衛として近くにいる。

 シャロンは城を召喚するだけじゃなく、城自体の強化も出来る。


 ラクリッテが使用するスキル、『夢幻の塔』の類は〈城〉カテゴリーに分類され、シャロンの力で強化することが出来る。

 つまり、2人が一緒であればどんな攻撃をされたところで耐えることが可能なのである。

 以前レイドボス〈ヘカトンケイル〉の攻撃を2人で防いでから、2人は意気投合して仲良しだった。


 そして城の攻撃役として固定砲台となっているのは、我らが王女様のラナ。


「だいぶ出来てきたわね! 敵の気配はまだないかしら?」


 ラナはすでにシズが持ち込んだ〈白の玉座〉に座っており、いつでも攻撃を放てる状態だ。

 白本拠地の要塞化を止めなくては本拠地を落とすことが出来ないのに、攻め入ったら遠距離からラナの宝剣が降ってくるのだ。これなんて無理ゲーである。


 しかもそんなラナの前に現在のフィールドの状況が分かる〈竜の箱庭〉が設置されていたりする。もちろん側にいるのは〈エデン〉の頭脳、ゼフィルスの右腕にして司令塔、『フルマッピング』を使用して全体を俯瞰するリーナだ。


「まだ中盤に入ったばかりですからね。まずは小城の確保から始めませんと、今は〈エデン〉が小城リードしていますから相手は小城取りに集中するでしょう。北側の進路はカルアさんやレグラムさんたちに塞いでもらいましたから、相手は南へ向かうしかありません」


 リーナとラナが俯瞰する〈竜の箱庭〉には〈スマイリー〉の眉間部分にC班が配置され、相手を北に来させないようマス取りしている様子が映っていた。


「そして北側観客席の障害物で私たちの姿が見えなくなっています。私たちの作戦を見破り、攻撃を仕掛けてくるのはかなり後になりますわね。その間にこちらは防衛の備えを充実化していきます」


「強いわ! けどそれまでは暇ね。でも気付かれないのはいいことだわ」


「ですわね。わたくしもみなさんに指示を出し始めますわ」


「お願いねリーナ」


〈エデン〉の本拠地の防衛力がこれまでと打って変わり、ゼフィルスが超本気モードで守っていることを〈カッターオブパイレーツ〉はまだ知らない。




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