第898話 伏せた札。トラップオープンでロード兄弟危うし




「ぐっ!? なんて速さだあの猫人と男子のツーマンセルは! まるで〈キングアブソリュート〉の〈先速のツヴァイ〉を見ているかのようだ!」


 目の前で小城を取られ、バリアによって救済スポットへ弾かれたアギドンがうめいた。


 それはまるで突風。

 猫人のカルアと、新しく【ウラヌス】に〈上級転職ランクアップ〉し大幅に速度が上昇したレグラムがフィールドの北東部分でマスを取りまくっていた。

 それも、〈カッターオブパイレーツ〉の小城マス取りを邪魔する形で取っている。


 これは俯瞰する目を持つリーナの指示だ。


「『レグラムさん、次は北東、南東2マス進み南へ6マス、南西、来た道を戻って北の順に進んでくださいませ』」


「任せるがいい」


 リーナは『フルマッピング』によってすでにフィールドを全て丸裸にし、俯瞰できている。

〈竜の箱庭〉によって相手と味方の動きが分かるため、カルアとレグラムのツーマンセルを使い、〈カッターオブパイレーツ〉の進路をめちゃくちゃにし、彼らが確保出来る空き地マスを優先的に取得させていた。


 それはしくもロード兄弟がやろうとしていた戦法と同じであった。

 否、リーナというバックアップが付いている分、〈エデン〉の方がその効率は比較にならないほど高い。


 カルアとレグラムのツーマンセルで北側、東側を牽制し、西側はルルとアイギスが牽制する。そのバックアップ、抜かれた場合を想定してシェリアとエステルが備えている形だ。アギドンたちはどんどん包囲されており、このままでは囲まれたまま対人戦が始まるかもしれない状態。


 そこでロード兄弟がようやく〈南巨城〉から戻り、アギドンと合流する。


「アギドン~、無事か~?」


「これはいったいどういうことなのだ。むっちゃ追い込まれているのだ」


「ロード兄弟! 〈南巨城〉の獲得に感謝する。しかし、見ての通りだ。〈エデン〉が周囲に散開し次々進路を塞がれ、思うように動けずにいる!」


「ここだけオセロが酷いことになってるし~」


「南か北西に切り抜けるしかないのだ。北西は危険だから俺たちが通ってきた南側に一旦抜けるのだ」


「よし、それで行こう! おまえら行くぞ! 付いてこいよ!」


「「「うおおおおお!」」」


 ロード兄弟が開けた道を通り、南へと脱出するのは合計で7人。〈南巨城〉には3人だけ残し、護衛2人と北上してアギドンと他2人を回収してこの人数だ。

 本来なら中盤戦の小城取りはメンバーを手広く散開させ、小城を取る場所が被らないようにするのがセオリーだ。しかしアギドンはリーナの策略によって進路を誘導され、包囲殲滅される寸前だった。


 このままではアギドンは追い詰められて退場させられただろうが、ロード兄弟がそれを打ち破る。

 彼らはカルアよりも速い。AGI超特化型なのだ。脱出劇はお手のもの。


〈カッターオブパイレーツ〉5人を運び、一気に南側へと脱出する。

 否、したかに思えた。しかし、


「!! 待て兄弟! くっ『バクレツのアンカー』!」


「「!!」」


 一瞬早くそれに気が付いたアギドンが巨大ないかりを放つスキルを使うが、


「手遅れだ。『グラビティ・ヘヴィ』!」


 広範囲に放たれた相手を押し潰す重力の攻撃に錨は地面に叩き付けられ、アギドンたちにも目に見えない重力が襲った。身体が急に重くなったことに耐えるため、彼らの動きが止まってしまう。


「これは~」


「待ち伏せなのだ! バカななのだ!?」


「抑えた。今だパメラ」


「ロード兄弟、討ち取ったりーデース!」


「ぐっ!? 狙いはロード兄弟か!」


 そう、待ち伏せだった。

 フィールドを俯瞰出来るリーナがロード兄弟を逃がすはずがない。

 南側に逃げるのは想定内だった。むしろそっちに逃げるよう保護期間とカルアたちの位置を調整したまである。


 ロード兄弟は戦闘力が低く、〈エデン〉との接触を過度に避けていたのにリーナは気づいていた。

 それは初動の動きからも推察出来る。〈スマイリー〉フィールドで〈中央巨城〉を最初に狙う場合、ルートは二つ。スマイルの眉間側から迂回するルートと側から迂回するルートだ。


 ロード兄弟が取ったのは側から迂回するルート。これ、実は少しだけ遠回りなのだ。しかし安全策でもある。

 眉間側から迂回した方が〈中央巨城〉へ着くのに1マス早い。しかも眉間から〈中央巨城〉まで真っ直ぐ真下に道を敷くことで西から東へ向かう通行を不可としインターセプトすることも出来る。つまり眉間側から迫れば〈北東巨城〉を取られることも無かったのだ。


 しかしこちらはリスクがある。眉間側からでは敵と遭遇する可能性があるのだ。〈エデン〉には〈馬車〉という想定外の代物が存在する。万が一鉢合わせたらと考えると震えが止まらない。初動でバッタリ遭遇、そしてさようならは嫌だ。


 そのためロード兄弟は安全策を取り、わざわざ遠回りである側から回った経緯があった。速度に自信があり、遠回りでも余裕で先取出来る自信があったロード兄弟ならではの戦法だった。まあ、裏目に出てしまったのだが。


 そしてリーナはそれを見破り、〈エデン〉メンバーを配置する位置を決め、ロード兄弟が南以外に行きたいと思うことを思考から排除させたのだ。

 そうすれば、後はふだを伏せるだけで相手から飛び込んで来てくれるというわけである。


 ここを任せるのは上級職になってインビジブル系の『闇に溶けし忍者の本質』とハイド系の『音無』スキルを使えるパメラだ。

 おかげでメルト、そしてゼフィルスがここで待ち構えていたのだから。

 スキルLVがまだ低かったため直前で気づかれてしまったが、ちょっと気づくのが遅かった。


「『忍法・えん爆裂丸ばくれつがん』デース!」


「こなくそ! でよ『大海船』!」


 パメラの刀に太陽が生まれる。それを溜め無しで即ブッパなす。

 それを一拍遅れてアギドンが海水と船を呼び出して壁にしようとする。

 だが、ロード兄弟を庇おうとしたことでほんのちょっと出遅れてしまう。


「爆裂丸速攻デース!」


 そこへパメラの強力な一撃がヒット。〈カッターオブパイレーツ〉たちを吹き飛ばした。


「「「「ぐああああああ!?」」」」


 もちろんこの勝機チャンスは逃さない。側面にはすでに〈陽聖剣・ガラティン〉の剣先を向けたゼフィルスが待機していたからだ。


「ロード兄弟とやら、その命もらい受けるぜ! 『サンダーボルト』!」


 剣先から稲妻の閃光が発射される。

 狙いはロード兄弟の兄。

【ロード】は速度特化型なため野放しにすると小城ポイントが取られまくる他、来てほしくない位置まで道を敷かれてしまう。さらにはとある厄介な分断スキルまで持っているため、潰せるのならなるべく早めに潰すが吉だとゼフィルスには分かっていた。


【ロード】には追いつけないのだから待ち伏せするしかない。せっかくリーナがここまでお膳立てしてくれたのだ。ゼフィルスはここで【ロード】を敗者のお部屋へ招待するつもりだった。


〈カッターオブパイレーツ〉の部隊全てが崩れた完璧なタイミングで、ゼフィルスの『サンダーボルト』がロード兄に直撃した。


「あばばばばばば~~~!?!?」


【ロード】系はたとえ上級職に就いていようとAGIへ極振り気味に育成するため防御は紙だ。

 メルトの攻撃、パメラの攻撃、そしてゼフィルスのトドメでロード兄のHPがゼロになり敗者のお部屋へと送られてしまう。


「あば~~!?」


「兄者がったのだ!?」


「ヤバい、逃げろ!」


「逃がすか。『グラビティ・アトラクション』!」


〈カッターオブパイレーツ〉にとってロード兄弟は〈エデン〉に唯一対抗できる手札だ。

 ここで2人とも失うわけには、なんとしてもいかなかった。

 だが、無情にも〈エデン〉の追撃は止まらない。

 メルトが次に使った『グラビティ・アトラクション』は指向性のブラックホール。要は掃除機だ。吸引力の変わらないただ一つのブラックホールは、体勢を崩して一旦退こうとする〈カッターオブパイレーツ〉を残酷においでおいでする。

 引き込まれそうになるせいで逃げられない。


 パメラとゼフィルスはそんな中追撃を行なう。


「お見舞いしちゃうデース! 『真・お命頂戴』デース!」


「いくぜ『ソニックソード』!」


「おまえらなんとしてでも止めろ! 俺はなんとしてでもロード弟を逃がす!」


「「「「うおおおおお!」」」」


 アギドンの指示に〈カッターオブパイレーツ〉が攻勢に出た。

 これでもBランクギルド、上位に名を連ねるギルドだ。

 不利な状況でも一瞬で切り替え、パメラに2人がかり、ゼフィルスにも2人がかりで対応してきたのだ。

 これにはゼフィルスも驚いた。


「なんて素晴らしい対応力なんだ! さすがはBランク!」


「『リベンジ我慢』!」


 そのまま素早い移動からの斬撃『ソニックソード』を放つと、相手も負けじとスキルで防御し、ゼフィルスの攻撃を防ぐと同時にもう1人が攻撃を仕掛けてくる。

 素晴らしい連携だった。


「『急所突き』!」


「【暗殺者】かよ! 『ガードラッシュ』!」


【賊職】系統の【暗殺者】は連携すると能力が上がるスキルを持つ。能力が上がるだけで連携力が上がるなんて設定はゲームでは無かったのだが、【暗殺者】はリアルの恩恵で連携が上手くなる補正が働いているのだ。相手を倒すのに非常に有効な能力である。


 ゼフィルスはしっかり盾でガードしながら反撃、相手の『急所突き』を防ぎつつ攻撃すると、今度はもう1人がその隙を突いて攻撃してきた。


「我慢の限界! 『リベンジリミットクラッシャー』!」


「【復讐者】やばす!!」


 下級職、高の中のオンパレードだった。

【復讐者】の男子が長剣を振るうととんでもない衝撃がゼフィルスを襲った。

 ちょっと前に「スキル中にダメージを受けると次の一撃のダメージ大上昇」効果を持つ『リベンジ我慢』を使っているのだから侮れない。


 しかし【勇者】のスキルを舐めてはいけない。

『ガードラッシュ』は攻防一体のスキル。

 ゼフィルスから見て左の【暗殺者】に攻撃し、今度は右にいる【復讐者】の攻撃を盾で弾く。軽いフットワークで2人を相手にしていた。

【復讐者】の攻撃はかなりの衝撃のはずなのに、ゼフィルスに隙は見られない。


「ど、どうなってる!?」


「ほっ、せりゃあああ!」


「くっ!? ぐおっ!?」


 ゼフィルスの三連撃によって【暗殺者】と【復讐者】が距離を取った。

 しかしゼフィルスは逃がさない。


「まずは【暗殺者】からな。――『聖剣』!」


「――!」


 連携を崩すには1人狙いがセオリー。

『ガードラッシュ』でダメージを負って体勢を立て直そうとした【暗殺者】の前にゼフィルスが飛び込んだ形だ。

【復讐者】が慌ててフォローしようとスキルを使ってゼフィルスを攻撃するが、ゼフィルスはそれを避けずに受け、代わりに【暗殺者】をもらう。


「あ、なんで……?」


 ズドン。切ったあと遅れて轟いた衝撃に【暗殺者】のHPはゼロになり、〈敗者のお部屋〉へと飛ばされていったのだった。


 スキルを直撃させたのにと、【復讐者】の男子が驚愕に目を見開く。


「全然ダメージが入っていないだと!? バカな、確かに直撃したはず!」


「うーん。かなりレベル差があるからな。正直下級職のスキルを一撃、二撃まともに食らったところでどうこうなる防御力はしてないんだ」


 ゼフィルスはなんてこと無いように言う。

 現在の【救世之勇者】のLVは25。その防御力は非常に高い。すでに下級職のタンクを軽く超えるほどだ。

 だから攻撃が直撃しようとスルーし【暗殺者】を屠ることを優先したのだ。

 ただそれだけのことである。


 だが、ゼフィルスを止めた2人は賞賛されるべきだ。

 2人がゼフィルスを相手に時間を稼いだからこそ、ロード弟とギルドマスターアギドンを逃がすことが出来たのだから。



 ポイント〈『白9,570P』対『赤5,460P』〉〈ポイント差:4,110P〉。

 〈巨城保有:白4城・赤2城〉

 〈残り時間42分21秒〉〈残り人数:白20人・赤18人〉




 ―――――――――――――

 後書き失礼いたします。

 本日11時よりコミカライズが更新されます!

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 また、近況ノートに添付で図を貼り付けました! こちらからどうぞ↓

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