第870話 〈青空と女神〉がピンチな件。助けてほしい。




 Aランクギルド〈青空と女神〉は学園の生産トップギルドだ。

 装備全般からアイテム全般まで全てのことに手を出し、学園のトップ生産職たちが所属して日夜お互いにしのぎを削りながら高い水準の装備・アイテムを作り続けている。


 そのギルドメンバー同士が切磋琢磨する環境は自身の成長に非常に効果的で、〈青空と女神〉が今日こんにちまでその座を他のギルドに渡さなかった理由でもあった。


 さらには大企業との繋がりも太く、〈A地帯〉の企業の出張所とは全てと契約をしているほどだ。


 ギルドメンバーは生産職トップギルドという理想的な環境に身を置くことが出来、さらには自身が成長し続けることでギルド自体を支えることができる。生産職トップギルドを支えているのは自分だという承認欲求は満たされ、〈青空と女神〉のメンバーの満足度は高いと聞いていた。これまでは。


 そのギルドが突然切羽詰まったような焦り顔で訪問してきて助けてほしいと願っている。今ココ。


 さて、一体全体何がどうなってそうなったんだ?

 詳しく聞いてみる。


「我々は今までAランク以上の上位ギルドが希望する装備やアイテムを作製してきました。生産トップギルドの誇りに掛けて、最高の物を依頼者の希望を上回る形で作製し続けてきたと自負しています。しかし、彼らは上級ダンジョンに進出してしまいました。そして私たちには彼らが採ってくる上級素材を十全に加工するすべがないのです」


「……なるほど」


「最近では〈ワッペンシールステッカー〉や〈エデン店〉で上級装備が売り出され、上位ギルドもみなそっちへ行ってしまいました……」


 話は思った以上に簡単で、難しいものだった。

 今まで顧客のニーズに応えられてきたが、顧客がステップアップしすぎて生産職が付いていけなくなったという話だ。しかも最近ではマリー先輩が上級ダンジョンでも使える上級装備の新シリーズ、量産モデル〈風速軽装モデル(銀寄りの木箱級)〉を売り出したことで飛ぶように売れ予約が殺到しているという話も聞く。


「今、学園は大きく変わろうとしています。いや、変わりつつある途中です。上級ダンジョンが攻略され、学園がサポートすることで多くのギルドが上級ダンジョンへと入ダンし始めています。そしてそんなギルドが求めているのは上級ダンジョンのボスを倒せるだけの上級装備なのです。ですが、上級職のいない〈青空と女神〉ではダウングレード品しか作れない」


 ダウングレード品とは上級装備ではあるものの品質的には粗悪品で、能力値が下がっている品のことだ。下級職では上級素材を満足に加工できないため、下級職で無理矢理作り上げた上級装備や上級アイテムはダウングレード品となってしまう。


「それでもダウングレード品は通常の中級装備などよりか強いため需要がありました。しかし最近では上級ボスドロップの武器や防具、アイテムが出回り始めたことによりギルドの運営が悪化、装備の製作などの依頼は非常に少なくなり、ギルドメンバーは他所のギルドからのスカウトによって数人がすでに引き抜かれ、多くの企業は戦闘ギルドをバックアップして上級のボスドロップを狙っているのです」


 お、おう。

〈青空と女神〉のメンバーが全員切羽詰まった表情をしているのはそういうことだったらしい。

〈青空と女神〉としては存続の危機というのも分かる話だった。


 しかも俺の行動も少なからず(?)影響があった模様だ。

 上級のボスは〈銀箱〉産の武器、防具でさえ中級上位チュウジョウ〈金箱〉産を超える。

 ダウングレード品よりもそっちを狙いたいという考えだろう。ダウングレード品より〈銀箱〉産の武器、防具の方が強いからだ。


「このままではギルドは存続の危機。〈青空と女神〉はどうしても上級職が欲しいのです。しかし、今のまま座して待っても〈上級転職チケット〉が回ってくるまでギルドを立て直すこともままならず、3年生などは卒業していてもおかしくありません」


 そうなんだよなぁ。今は〈上級転職チケット〉の回収メンバーを増やすために、〈ハンター委員会〉や〈救護委員会〉の戦闘メンバーが〈上級転職チケット〉を受け取っている。


 生産職の助けがなくてもエリアボスが狩れることを証明してしまっているので、今はメンバーの質より量を優先しているのだ。

 上級ダンジョンを攻略するには生産職は必要だが、今は〈上級転職チケット〉の入手に力を入れているため生産職はまだ必要ではない、という認識なんだよ。


 さらにはカイリの活躍により、〈支援課〉や〈調査課〉の活躍で安全性が向上することが認められたため、攻略では無く〈上級転職チケット〉を集めるだけであれば生産職よりまず支援職を優先的に上級職にした方が良いという風潮が出始めている。

 実際、〈救護委員会〉では支援職のメンバーを育て、〈上級転職チケット〉を使おうという動きがあると学園長も言っていた。


 このままでは生産職のギルドに〈上級転職チケット〉が回ってくるのはいつになるか分からない。

 さらにはすでに生産職で上級職の人が複数人存在するというのが拍車を掛けたようだ。

 ハンナたちのことだ。その作製された上級装備、上級アイテムは先日から〈エデン〉や〈ワッペンシールステッカー〉で絶賛販売中だ。連日大賑わいである。


 それが自分たちのギルドではない場所で行なわれている。


〈青空と女神〉の焦りは相当なものだというのがよく分かる。


「〈エデン〉が3人の生産職をお抱え、もしくは専属契約している事は存じております。ゼフィルス殿、よろしければ我々もそのお抱えに加えてもらえませんでしょうか? 〈上級転職チケット〉を供与してもらえるならば、我々も上級装備や上級アイテムが作れるようになります。多大な恩を返せると考えています。 上級レシピも〈青空と女神〉は多くを保有しているのです」


 なるほど。それなら分かりやすい。

 要はマリー先輩にした事を〈青空と女神〉の人たちも望んで〈エデン〉に願いに来たということだ。

 正直、これは〈エデン〉にとっても悪くないと思う。


〈青空と女神〉の人材は豊富だ。そして〈エデン〉に足りないものは生産職。

 生産職をギルド内に抱えるとどうしてもスペース的な問題などが出てくる。

 抱えられる生産職に限りがあるのだ。

 故に、外部に注文できるととても助かる。


 それにこれは〈エデン〉だけではなく、学園全体の向上にも繋がるだろう。

 ハンナが生産できるアイテムは多いが、【錬金術師】系統では生産出来ない物もまた多いのだ。救済アイテムのレシピもランク4からランク7までのアイテムは【錬金術師】系統じゃ作れないしな。


 少なくとも【アイテム職人】系統と【クラフター】系統の上級職は欲しいと思っていたんだ。


 問題は〈エデン〉メンバーですら全員が上級職に至っていないのに別のギルドに〈上級転職チケット〉を与えるのか、という部分だ。

 俺も〈エデン〉のギルドマスターだ。メンバーを蔑ろにすることはできない。

 だからこそ、マリー先輩には俺個人の〈上級転職チケット〉を使った訳だしな。


 とはいえ、俺個人が持っていた〈上級転職チケット〉を使ったマリー先輩のおかげでギルドメンバーが潤っているのもまた事実。

 恩、という意味で考えるならギルドメンバーの説得は出来なくはないと思う。


「ソフィ、上級レシピを」


「はい。――こちらが〈青空と女神〉が保有している上級レシピです」


「いっぱいあるな!」


 メーガス先輩が隣の女子に声を掛けると、ソフィと呼ばれた2年生の先輩が紙の束を〈空間収納鞄アイテムバッグ〉から取り出した。これは500枚くらいあるんじゃなかろうか?

 びっくりである。この紙の束が、全部上級レシピだって言うのか。これ中級上位チュウジョウで手に入るレシピなら大体揃ってるんじゃないか?


 俺はそれを受け取りぺらぺら捲る。おおう、メルト用に考えていた〈引力賢者シリーズ〉やノエル用に考えていた〈歌姫愛旅あいたびシリーズ〉、シャロン用に考えていた〈城主冠堅かんけんシリーズ〉などなども、そろってらぁ。


 これは、思ったより、すごいぜ。


 だって頼めばなんだって作れるってことだからな! いや、レシピをレンタルしてこっちで作製させてもらう方向で頼んでみようか!?


 これだけでも〈エデン〉の見返り、恩恵はかなり期待できると分かる。


 現在、〈エデン〉の〈上級転職チケット〉の数は、前回6人を上級職にして1週間、ダンジョン週間で集めまくって俺たちが3枚、ニーコたちが4枚ゲットして現在7枚も貯まっている。あれ? 余裕?

 ゲフンゲフン。計算しよう、〈エデン〉〈アークアルカディア〉全体では15人がまだ下級職だ。上級職が19人である。うち、生産職が2人、支援職が2人だ。戦闘職の上級職は15人になる。


 今度はBランク戦が控えているが、〈20人戦〉分の〈上級転職チケット〉はすでに集まっている。

 その後のAランク空席を賭けたギルドバトル〈拠点落とし〉まで約1ヶ月。〈拠点落とし〉はAランク戦なので〈25人戦〉だ。最低あと10人の戦闘職ギルドメンバーを上級職にしたい考えだ。つまり1ヶ月で後3枚。あれ? やっぱり余裕では?


 15人全員を〈上級転職ランクアップ〉させるのもそう遠い話ではない。説得は十分可能だと判断する。〈青空と女神〉に、とりあえず1枚くらいなら今すぐ供与は可能だろう。

 それに〈浮遊戦車イブキ〉の件もあるんだ。どのみち近々〈上級転職チケット〉を生産職にも使いたいと思っていた。


 まずは相談だな。


「話は分かった。まずギルドで検討させてほしい。もちろん前向きに検討したいと思っている」


「ありがとうございます。良い返事を願います」


 そうして俺とメーガス先輩はグッと握手を交わしたのだった。




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