第766話 売り込め! 勇者の情報爆弾大爆発!




 早速俺は〈転移水晶〉の効果を説明する。

 これが上級ダンジョン攻略に必須の力だ!


「〈転移水晶〉! まさか、そんな物が存在するのか!」


「なんと……、あの転移リングはこれのための物じゃと?」


 と、ユーリ先輩と学園長が長テーブルの上に置かれた〈転移水晶〉を見て驚嘆の声を上げた。


 この反応、そしてユーリ先輩が〈転移水晶〉を使っている雰囲気が無い事から分かっていたが、王太子や学園長ですら知らなかった様子。


 次いでユーリ先輩と学園長が視線を合わせ、何事かを考える。

 そりゃ色々考えちゃうだろうなぁ。

 そしてユーリ先輩の視線が俺の方へ向くと、珍しく興奮気味に聞いてきた。


「ゼフィルス君、これをどこで手に入れたんだ? もし教えてもらえるなら相応の報酬を支払うよ」


「まあまあ落ち着いてくださいユーリ先輩。その話をしにここに来たのですから」


 普段冷静なユーリ先輩が珍しく興奮していたので宥める。

 それでようやく気がついたのかユーリ先輩が胸を抑えてから気持ちを落ち着かせていた。


「はは、しかしこれほど気持ちが昂ぶったのは久しぶりな気がするよ」


「うむ。ワシも気分が高揚しておる。〈転移水晶〉、これがあれば上級ダンジョンに進出できるものが増えるじゃろう。ついては王国の発展に繋がる。これをラミィエラス女史に預け解析を頼めばレシピを割り出せるやもしれん」


「もし判明し生産体制が整うならば、僕たちも上級ダンジョン攻略のリスクを大幅に改善させることが可能だ。そうなれば上級ダンジョン攻略が一気に進むよ」


「世界に激震が走るの」


 おお、さすがはユーリ先輩と学園長。

 すぐに利点を挙げ、〈転移水晶〉がどれほど上級ダンジョン攻略に貢献し、この中級ダンジョンで停滞した世界を変えるほどの物だと、すぐに見抜いたようだ。


「それでゼフィルス君、これは売ってもらえるのかい? これほどの物だ、手に入った状況、場所、なんでも情報を買い取ろう」


 ユーリ先輩が真剣な表情で交渉を掛けてきた。

 だがその前に、まず前提となる話をしないとな。


「待ってください。まだ話は途中なのですから。何も入手したのがこれ一つとは言っていません」


「はい?」


「む?」


 俺はそう言いながら〈転移水晶〉をさらに取りだしていき、長テーブルの上に積み上げる・・・・・。ハンナが生産してくれた〈転移水晶〉、とりあえず150個だ!


「な、これは……」


「なんと……」


 ユーリ先輩や学園長もそんな表情するんだな。


「ゼフィルスさん、やりすぎですわ」


 隣に座るリーナがそれを見て、俺にしか聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

 いいんだよ。こういうのはインパクトが大事だ。


「ユーリ先輩、学園長。〈エデン〉が手に入れた〈転移水晶〉は、レシピ・・・です。そして、すでに量産を開始しています」


 俺がその事実を告げると、まず反応したのはユーリ先輩だった。


「レシピだって? それに量産を始めている?」


 まるで今聞いたことが理解出来ないと言わんばかりに復唱していた。どうやら声に出すことでなんとか頭に入れ込もうとしているようだ。

 そうして、ようやく理解が頭に浸透すると、急に胸を押さえる。


「うっ、なんだって? そんな、本当に? それは本当なのかい?」


「これが証拠ですよ」


 あまりのことに信じがたいようだ。まあそれも仕方ない。

 俺は証拠に積み上げられた〈転移水晶〉の山を見る。


 そして俺は用意していた〈転移水晶〉のレシピ、その写しを取りだした。

 これは今日に備えて、俺が昨日メモしておいたものだ。

 レシピの写しでは現物を作製することはできないが、素材の内容や対応する職業ジョブなどを知ることは出来る。


「それと、これが〈転移水晶〉のレシピ、その写しになります」


「は、拝見しよう」


 直接ユーリ先輩に渡すと学園長と一緒にそれを見て、そして表情を強ばらせ、そして理解を示した表情になった。なんだか普段ポーカーフェイスの人の面相がころころ変わるのが少し面白かった。


 そうして全て読み終わったのだろう。ユーリ先輩がポツリと言う。


「上級素材のみでの作製。対応出来るのは『上級練金』『上級闇錬金』『上級魔具』。つまりこれは上級職の生産職がいることが前提のレシピだね? 上級の生産職が〈転移水晶〉を作った?」


 ユーリ先輩と学園長、そしてリーナの視線が山になった〈転移水晶〉を見る。

 俺はそれに頷いた。


「はい。〈エデン〉のハンナが作りました。職業ジョブは【錬金術師】の上級職です」


「聞き及んでおる。我が学園でも久しくいなかった上級生産職。クラス対抗戦、そして先の臨時テストの実技での発表。他にも様々な場面で結果を出しておるハンナ嬢じゃな」


 学園長はさすがにハンナのことを知っていたようだ。

 まあ、結構やらかしたようだからな。殿堂入りとか。


 その間、軽く息を吐いたユーリ先輩。どうやら興奮と驚愕を抑えつけ、落ち着くことに成功したようで、再び真剣な表情で問うてきた。


「ゼフィルス君がこれをここに持って来た、その理由を教えてくれないかい? 〈転移水晶〉は現物だけあればレシピまで持ってくる必要はないはずだ。つまり、このレシピを使って僕たちにしてほしいことがあるんだろう?」


 さすがはユーリ先輩だ。状況を見て俺が何を考えているのか見抜いてきた。

 そう、俺はこのレシピを大々的に広めたいんだ。俺は一つ頷く。


「自分の望みはこの〈転移水晶〉のレシピを、国の公開レシピに加えていただくことです」


 ――公開レシピ。

 これは国が公開し、学園では〈大図書館〉で無料開放しているレシピのことだ。

 この世界ではレシピを持っていなくてはアイテムや装備の作製はできない。いやゲームではできなかったが、リアルではレシピを持たない作製を国が禁止している。


 しかし、全て禁止にしては生産職は練習もままならない。

 そのため基本となるレシピや、ダンジョンに必要な基礎のレシピだけは一般公開され、レシピが無くても誰でも作製できることになっている。それが公開レシピだ。


 つまり、俺は誰にでもこの〈転移水晶〉を作ってもらい、量産してもらいたいのだ。


 確かにこれは非常に有用なアイテムだ。売れば爆発的ヒットは間違いなく、独占すれば一生生活に困らないだろう。

 だが、俺はそんなことは望まない。俺はもっともっとこの世界の人たちにダンジョンを攻略してほしい。

 この世界が最高の世界なんだって知ってほしい。

 そのためならば、俺は貴重なアイテムのレシピを公開することだってしよう。


 そうしてどんどん上級ダンジョンにみんなで進出するんだ!


「ゼフィルス君。公開レシピに載せることは――」


「可能ですよね?」


「もちろんじゃ」


「学園長?」


「ユーリ殿下、これは先ほど言ったとおり世界に激震を生み出すアイテムじゃ。そして、一部の者が抱え込んで良いアイテムではない。ゼフィルス君はその辺がよく見えておる」


「はい。〈転移水晶〉は貴重品であってはならない。消耗品でなくてはなりません」


「ほっほっほ。まったく同感じゃ。しかし、それを行動に起こせることは非常に難しい。ワシはその勇気を賞賛する」


「【勇者】ですから」


「ほっほっほ。ほっほっほっほっほ!」


 俺がいつもの返しをすると、学園長が涙を浮かべて笑い出した。

 何やらツボに入ったようだ。


「ほっほ、ふぅ、すまぬの。いやぁ、ほほ。これほど笑ったのはいつぶりかのう」


「学園長」


「ユーリ殿下、この場で確約しなされ。これは上級ダンジョン攻略の基本アイテム。今後は誰もが〈転移水晶〉を手に上級ダンジョンへ潜ることになるじゃろう」


「はい。――ゼフィルス君、一つ聞きたい。君の狙いはなんだい? 公開レシピにするより独占した方が確実に莫大な利益を得られるだろう。それを放棄する理由はなんだい? 何を目指している?」


 うむ。確かにユーリ先輩の立場だとそこは気になるか。

 しかし、そんな利益が出ないなんてことはない。公開したとして十分な利益は入ってくるだろう。この公開レシピだって何もタダで公開するわけでは無い。


「ユーリ先輩。利益は十分に得られますよ。自分たち、いやギルド〈エデン〉にしか今の所〈転移水晶〉を作製出来ないんですから。むしろ国が〈転移水晶〉の存在を告知してくれるからガンガン売れるんじゃないですかね? 他の上級生産職が現れるまでは〈エデン〉が独占販売しますから。な、リーナ?」


「ここでわたくしに振るんですの!? え、ええ。一度独占販売してしまえば〈転移水晶〉って言ったら〈エデン〉で揃う、という認識は中々抜けないですわ。他の上級生産職が現れ〈転移水晶〉を他のところが売り出しても〈エデン〉の利益は十分確保出来ると思いますわ」


「ということです」


「そうだね」


 それで、と促すようにユーリ先輩の視線が強くなる。

 ふっふっふ、聞いてほしい。この中級までしか攻略出来ないような世界を改変するのだ!


「そして自分の目的ですが、――もっと上級ダンジョン攻略者が増えてほしいんです」


 俺は堂々とユーリ先輩に宣言した。


「…………それだけ、なのかい?」


 む。しかしユーリ先輩には俺の気持ちが伝わらなかったのか困惑していた。


 いやいや重要でしょ。だってこの世界、王族を除いて攻略が中級ダンジョンで止まってるんだよ!? ほとんどが下級職なんだよ!?

 もう全然ゲームの時とは違うんだ。弱い。弱すぎる。これでは俺が楽しめない!

 そう、全ては俺がこの世界を楽しみ尽くすため。

 世界よ、弱体化している場合じゃないぞ!


「ユーリ先輩。ユーリ先輩はもっと上級職を増やしたいと思ったことはありませんか?」


「! どういうことだい?」


「上級職が増えれば上級ダンジョンの攻略が捗り、攻略階層が大きく前進するでしょう。現在、上級ダンジョン攻略をしているユーリ先輩なら思っているはずです。上級職の数が圧倒的に足りないと」


「……確かにそう思っているよ。メンバー全員が上級職だったら、そんな事を望む日もあるさ」


「そうでしょう。だからこその〈転移水晶〉です。これがあれば上級職の数が飛躍的に高まりますよ」


「……」


 ユーリ先輩が無言で促してくるのに頷く。


「鍵はエリアボスです」


「!」


「上級ダンジョンでは、中級ダンジョンよりも高い確率で〈上級転職チケット〉がドロップする。それは感覚的にご存じかと思います」


「そうだね。僕の所も上級ダンジョンですでに4枚の〈上級転職チケット〉をドロップしているよ。ボスの撃破数に比べてかなり速いペースだ」


「そうです。さらに言えば上級ダンジョンでは中級ダンジョンとは違い、各階層にボスがいる。つまりは〈上級転職チケット〉を手に入れるために深く潜る必要が無いんです。攻略する必要も無いんです。――〈上級転職チケット〉周回専用の組織を作る事だって可能なんです」


「なんだって?」


 ゲーマーなら誰でも経験があるだろう、目的のドロップをゲットするために周回することなんて。

 しかしこの世界ではそれをしていない。理由は様々あるが一番は〈ダン活〉のドロップの種類があまりに膨大なため、狙って獲得することが出来ないためだ。


 しかし、上級ダンジョンでの〈上級転職チケット〉のドロップ確率はなんと3%。

 十分周回をしても問題無い確率だ。


 しかも各層にエリアボスが配置されている。

 もう〈上級転職チケット〉をゲットしてくれと言っているようなものだ。いや、実際言っているのだろう。だって上級職がいないと上級ダンジョンが攻略できないから。

 しかし、今までは敗北のリスクが高すぎたためになるべく戦わない、なんて方法が取られていたほどだった。それを〈転移水晶〉が解決する。


「〈転移水晶〉を使えば一瞬で帰還出来ます。エリアボス戦に負けそうになったら直ぐに戻ってくることが可能なんです。だからこそエリアボスにガンガン挑戦しましょう。そして〈上級転職チケット〉をじゃんじゃんゲットしましょう。そうすれば上級職が増え、増えた上級職がエリアボスを倒し、さらに〈上級転職チケット〉をドロップする好循環を作り出せます」


 俺はいつの間にかプレゼンしていた。

〈上級転職チケット〉の効率的なドロップ方法を。


「どうですかユーリ先輩、学園長、〈上級転職チケット〉を集める専門の組織を作ってみませんか?」



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