第767話 リーナの交渉術。〈転移水晶〉のレシピ!




「〈上級転職チケット〉を集める専門の組織か。とても魅力的な提案だ。しかし、それをするにはいくつもの越えなくてはいけない壁がある。〈転移水晶〉の供給面の話とかね。優先的に学園に納品はしてもらえるのかな?」


「もちろん。その辺は、――リーナ」


「はい。そうですわね、当面は〈エデン〉から買い取っていただくことになるでしょう」


「上級職の生産職が他にいないからね。だけど値段は考えてくれると嬉しいな」


「〈上級転職チケット〉が確保できるならばとても利益が期待できますわ。需要も高いでしょう。それなりの値段を覚悟してもらわなければなりませんわよ。何しろ、〈転移水晶〉の作製には上級素材を使っているのですから」


「そうだね。つまりは上級素材の単価が下がればそれだけ安く手に入る。そのためには〈上級転職チケット〉を確保しなければならず、上級ダンジョンの探索者を増やす必要がある。それには〈転移水晶〉が必要不可欠。うーむ、どう頑張ってもしばらくは値段を下げられないか」


「最初のうちだけ、ですよ。その内自前で作れるようになるのですから先行投資とでも思っていただければ良いのですわ」


「まいったな。具体的にどれくらいと考えているんだい?」


「はい。学園へ〈転移水晶〉の納品、その優先料も加味しまして、これくらいでいかがでしょうか?」


 お、おお……? リーナが提示した金額は俺が予想していたよりだいぶ数字が多かった。

 え? これ1個あたりの値段なのリーナ?


「この話をユーリ王太子に持って来た理由をお考えいただければ、決して高い金額では無いと思っておりますわ」


「そこを突かれると弱いな……」


 提示された金額を見てユーリ先輩の顔が一瞬歪んだのを俺は見逃さなかったぜ。

 うむ、俺だってビックリする金額だもん。そりゃしかたない。


 しかしこの話、ユーリ先輩は多分断れないし、金額を下げてほしいとも言えない。

 何しろこの〈転移水晶〉レシピ公開の交渉・・・・・・・・はとんでもない成果になるからだ。


 これはリーナが教えてくれたことなのだが。

 現在王族には2人の直系がいる。

 ユーリ先輩とラナだ。

 そして王太子はユーリ先輩に決まっている。


 しかし、王太子として、次期王になる者として越えなければいけないハードルがいくつも存在していた。

 要は大きな成果、実績作りだ。


 その一つとして最も示しやすいのが、上級ダンジョンの攻略だった。

 現国王はこの世界に現存する人物で唯一と言って良い、上級ダンジョンを攻略している方だ。

 それを越えるというのは実績作りに十分な成果になる、だからこそユーリ先輩は脇目も振らず頑張ってきた。


 だが、ここで大問題が起こる。それがラナの存在だ。

 ラナの職業ジョブは【大聖女】。

 ユーリ先輩の【英雄王】と並ぶ、最高峰の職業ジョブである。

 この世界は実力主義という側面もあり、端的に言えばラナにも王になる資格が生まれてしまったらしい。


 さらにラナは今勢いのある〈エデン〉の主力メンバーだ。

 うん、このままだとね、確実にユーリ先輩の成果を追い抜かしちゃうんだよ。

 すると盤石に見えたユーリ先輩の立場が揺らぎ、ラナを女王へという声が上がり、国が真っ二つになる危険があるのだそうだ。おかげでラナが【大聖女】だという事実は現在秘匿されているほどである。


 ユーリ先輩が王を継ぐためには、どうにかしなければならなかった。ラナの大成果を越える成果を上げなくてはならないという意味で。


 そこで登場するのが〈転移水晶〉である。

〈転移水晶〉があれば世界は大きく変わるだろう。上級ダンジョンが攻略出来るようになれば新たな素材が世に流れ、経済が活発になり、国が潤い豊かになる。

 とんでもない成果であり、これ以上無い程の大成果だ。

〈転移水晶〉のレシピの公開をユーリ先輩が主導し、〈転移水晶〉や上級ダンジョンに纏わる事業を成功させれば大きな実績になる。

 王の実績としてこれの横に立てるものは無いだろう。


 さらには、俺がさっき提案した〈上級転職チケット〉の回収組織も、もし成功すれば大きな実績になるのではなかろうか?

 ラナは王になるつもりはさらさらなさそうだし、これで国が割れる心配はないだろう。


 ということで、ユーリ先輩にとってこの〈転移水晶〉のレシピ公開はまさに福音。

 断れるはずも無いし、ここで値段を交渉するということは、それすなわちユーリ先輩の王としての器を貶めることにも繋がりかねない。ユーリ先輩は「はい」か「うん」か「イエス」か「喜んで」しか答えは無いのだ。


 リーナ、恐ろしい子!


 結局ユーリ先輩は了承した。

 やったね! 〈転移水晶〉がとんでもない金額で売れたよ!(震え)


 悪いユーリ先輩。色々と世界が混乱とかなんちゃらすると思うが、任せた。


「任せてほしい。精一杯尽力するよ」


 そう、頼もしい言葉をいただきました。


 また、正式に公開されるまでレシピが無いと〈転移水晶〉は作ってはいけないため、本物は〈エデン〉で預かり、ユーリ先輩に渡すレシピは写しになった。

〈転移水晶〉を作れる生産職がハンナしかいないので、しばらくは独占販売させてもらおう。もちろん学園納品分と〈エデン〉で使う分を引いた〈転移水晶〉は〈エデン〉店で売り出す予定だ。

 その金額はユーリ先輩に提示した金額よりかなり少なく設定される予定である。


「それで〈エデン〉店から売りに出される〈転移水晶〉1個辺りの値段は、これか……」


 ユーリ先輩がそれを見て苦笑している。

 仕方ない。優先料はお高いのだ。


「適正価格ですわよ?」


「分かっているよ。上級素材の供給量を考えれば十分納得できる金額だ。でも学生が買うにはまだまだ高いね。とはいえ、上位のギルドからすれば大したこと無い金額だけど。ところで〈転移水晶〉は1日にどれだけ生産が可能なんだい?」


「素材があればあるだけ、ですわね」


「そうか……」


 物の値段はある程度学生の自由に決められる。しかし、これは世界的大ヒットがすでに約束されている商品であり、公開されるレシピでもある。

 しっかり上の人たちにも話を通しておく必要があった。

 とはいえ値段設定は全てリーナたちにお任せだ。


「素材の供給もありますから最初売りに出されるのは30個ほどとお考えください。〈エデン〉の第2陣メンバーももうそろそろ上級ダンジョンへ入れるため、もう少しすれば生産量は増えると思いますわ」


「!! もう第2陣が? そうか、了解したよ……。そうだ、先ほどの〈上級転職チケット〉回収組織について話してもいいかな」


「はい。ゼフィルスさん、お願いしますわ」


 おっと俺か。

 それから俺とユーリ先輩は〈上級転職チケット〉回収組織について話し合った。


 ユーリ先輩は完全に前向きの姿勢だな。

〈上級転職チケット〉の供給が少ないことはずっと問題視されていたらしいし。

 それが大量に手に入る可能性を示されたのだからダメ元でもやってみたくもなるよな。


 しかし、俺は無理なんて思っていない。

 上層のエリアボスを討伐するなんて、簡単ではないかもしれないが出来無い事は無い。


 エリアボスは1種類につき1日1回しかリポップしない制限はあるが、上級下位ダンジョンは10箇所もあるんだ。人海戦術で手分けすれば第1層のエリアボスだけでも1日で10体狩れる。慣れて10層まで進出すれば将来的には1日100回狩れるかも。そうすれば確率的に毎日3枚は〈上級転職チケット〉がドロップするだろう。幸運系の装備で固めていけば1日10枚ドロップしても不思議ではない。


 するとどうだろうか? それを365日続ければ年に3650枚の〈上級転職チケット〉がドロップする計算になる。3年で1万枚を越える。全校生徒の半分が上級職になれる計算だ。

 半端ナイ。


 トラタヌさん取らぬ狸の皮算用ではあるが、もしこれが現実になったときの経済効果などは計りしれないものになるだろう。多分。

 ユーリ先輩が食いつくのも分かるというものだ。どんどん食いついてくれ。ふははははは!


 そうしてしばらくユーリ先輩や学園長と交渉。

 まずはなんにしても〈転移水晶〉の量産が無いと始まらないということで、学園も素材供給をバックアップする運びで話が付いた。


 今回〈転移水晶〉は160個ほどを納品することになった。

〈キングアブソリュート〉で100個が上級ダンジョン攻略で活躍することになり、10個が予備と研究で保管。50個が〈上級転職チケット〉や〈転移水晶〉の素材回収組に渡されることになるようだ。


 そして今後〈エデン〉は出来る限りの〈転移水晶〉を量産し、学園に適正価格で納品する。


〈キングアブソリュート〉や〈転移水晶〉素材回収組には学園から〈転移水晶〉が支給される形だ。

 ユーリ先輩はこれで大成果を得ることになったが、〈キングアブソリュート〉の上級ダンジョン攻略は悲願とのことで、まだ攻略は続けるらしい。


 また、その〈転移水晶〉の素材回収組に加え、エリアボス討伐組織が組まれることが決まったのだった。


 世界に激震が走るな。


 ハンナは大丈夫だろうか?




 その後、俺たちは学園長室から退出し、帰路についた。


「いや~、リーナありがとな。おかげで良い交渉ができたよ」


「お役に立ててよかったですわ。ですが本当にあのような契約でよかったのですか? もっと利益を出す方法もありましたが」


「もちろんさ。というか、今の状態でもかなりの利益だからな?」


 ゲームとリアル世界では上級素材の単価がもう全然違う。ゲーム時代なら上級ダンジョンに入ダンすればそこらへんに生えている素材がリアルでは数万ミールで取引されているのだ。

 さらには上級職の生産職にしか作製できないアイテムだということで、専門代みたいな金額がかなりデカイ。やっぱり専門家って儲かるわ。


 これ以上利益を得ても逆に使いきれない、ことは無いが、なんだか楽しさが半減する気がしたのだ。何事もほどほどがいいのさ。


「ハンナさんには感謝ですわね」


「ああ。本当に」


 ハンナは俺が育てた。だって【錬金術師】って必須職業ジョブだし。

 最初にハンナに出会えたのは運命だったな~。




 俺たちは一仕事終えた余韻に浸りながらその日は解散し、そして翌日。

 11月1日。


 今日は今まで禁止されていたギルドバトルが解禁される日だ。


「ゼフィルス様、〈アークアルカディア〉のDランク試験、その相手ギルドが決まりました。試合は明日ですね」


「え? 早くない?」


 そしてセレスタンから、Dランク昇格試験の試験官を務めるギルドが抽選で決まったことを聞かされたのだった。




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