第765話 ハンナの仕事が早すぎる! 〈転移水晶〉完成!




 ハンナの仕事は早い。

 そりゃあもう大量生産特化ビルドで振っているからめちゃくちゃ早い。


 というわけで翌日の木曜日、10月も最後の日、貴族舎の俺の部屋でハンナが朝一番にこう言った。


「ゼフィルス君! カルアちゃんの装備分の真素材と〈転移水晶〉200個、完成してるよ~」


「俺の予想を軽く超える!?」


 さすがハンナ、仕事が早すぎる!

 おかしいな、素材を渡したのって昨日の日が暮れる寸前くらいだったのだけど?

 上級生産設備はギルドハウスにしかないのに、ハンナは何時までギルドハウスにいたんだ?

 あまり遅くなりすぎないよう言っておかないといけないな。しかし、今はそれどころではない。


「おお! これはまさしく〈転移水晶〉! よくこんなに作ってくれたな! ありがとうハンナ!」


「えへへ~。喜んでくれて良かったよ。多分これって色々入り用だと思ったからたくさん作っておいたんだ~」


「たくさん……そうか~さすがハンナだ。助かる。これは学園に広めていかなくちゃいけないアイテムだから、学園長や研究所、その他諸々にもサンプルを渡したかったんだ」


 ハンナは〈生徒会〉のメンバーだからだろう。

 このアイテムがどれだけ素晴らしく、そして直ぐにでも広めなくてはいけないアイテムだと分かっているようだ。そして俺がしたい事のサポートをするためにわざわざ学園のある日の朝にもかかわらず、こうしてサンプル分と合わせて持って来てくれたのだ。

 頭が下がる。


 さらに真素材だ。

 現在、上級装備を待っているのはラナ、エステル、カルア。

 その中で一番防御力に難があるのがカルアだ。

 昨日の探索でゲットしてきた素材は各方面に色々と使われてしまったため、真素材はシリーズ一つ分が出来る量しか残らなかった。そのためカルアの装備を優先して作ってもらった形だ。


 それがもう出来たという……。さすがはハンナ、仕事が早すぎるぜ!


 ハンナ、俺は軽く心配になってきたぞ?


「だけどハンナ、体調は大丈夫なのか? 昨日は夜遅くまで錬金していたんだろ?」


「?」


 昨日夜遅くまで錬金していたであろうハンナを心配して聞くと、首を傾げられてしまった。あれ?


「ちゃんと休息は取れているのか? 大変だろう?」


「ああ! うん、大丈夫だよ? 昨日も20時頃には部屋に戻ったし」


 ようやく俺の言いたいことが伝わり「ああ!」とするハンナ。しかしその後に言った事実に俺は驚愕した。

 20時には帰った? 製作時間はどのくらいなの?


「ハンナの量産スピードがすでに俺の想像を軽く超えている件」


「ゼフィルス君どうしたの? 私よりもゼフィルス君の方が体調悪いんじゃない?」


 おおう、むしろ逆に心配されてしまったぞ。

 腕を上げたなハンナ。


「いんや。俺はいたって健康そのものだ。むしろ疲れてもダンジョン行けば回復する」


「そんなわけないでしょ?」


「本当なんだがな~」


「うーん、それはゼフィルス君だけだね」


 そんな日常会話をしながらも、お互いに体調面は問題無いようなので、ハンナの朝ご飯を今日も美味しくいただき、学園へと登校した。



 ハンナといつもの分かれ道で別れ、教室まで行くと、リーナへと声を掛ける。


「おはようリーナ。今日の放課後、予定はあるか? ちょっと付き合ってほしいんだが」


「へ? な、なんでございましょうか!?」


 おや? なぜか挨拶も忘れて言葉がテンパるリーナ。周囲もなんだかざわざわしている。

 言葉足らずだったかな?


「いや、今日学園長のところに行きたいんだが、ちょっと交渉役を頼まれてほしくて」


「あ、ああ~。そういうことですのね」


 そこまで言うとリーナがなぜか落胆したような溜め息を吐いた。どうしたのだろう?

 周りのざわめきも次第に落ち着く。


 すると、シエラが話に加わってきた。


「お話中に失礼するわね。ゼフィルス、昨日のあれのこと?」


「ああ。実はハンナがあの後テキパキっと作製してくれてな。〈キングアブソリュート〉のフォローの件も含めて交渉に行っておきたいんだ」


「なるほどね。あれはそれほどの効果の物なのね」


「お話が見えませんわね。察するに重要度の高い話ですの?」


 シエラとの会話から重要な話というのを感じたリーナが姿勢を正しくして聞いてくるので頷いた。


「お察しの通りだ。ここだとなんだから、お昼を食べ終わったら一度ラウンジで話せないか? その時あれの説明もしよう」


「もちろん構いませんわよ」


「私も行かせてもらうわね」


 こうしてリーナとシエラの協力を得つつ、お昼に〈転移水晶〉のことを相談すると「ま、またとんでもないアイテムを、こ、これを交渉するのですか!? 放課後に!?」「ゼフィルス、そんなことを考えていたの?」と戦慄わななかれることになった。


 放課後になると、予めチャットメッセージでアポイントを取っていた学園長室へリーナと向かう。




 いつも通り〈中城〉へと到着するといつものメイドさんに学園長室の前まで直接案内された。所属と名前を言って入室する。


「学園長、失礼いたします。〈戦闘課1年1組〉のゼフィルスです」


「失礼いたします。同じく〈戦闘課1年1組〉のヘカテリーナですわ」


「うむ。よく来たの。掛けたまえ」


 学園長に促され、いつものソファーにリーナと並んで座ると、長テーブルを挟んだ向かいに学園長が座る。


「今日は突然のアポイントを受けてくださりありがとうございます学園長」


「なんの、何やら重要なアイテムを入手したとのこと。未発見、新発見の異物等は任意ではあるが報告が推奨されておる。なおのこと、上級アイテムともなればその重要度は高い」


 そう、実はダンジョンでは未発見、新発見の物は学園への報告が推奨されている。

 もちろん任意なのでしてもしなくても構わないが、学園に未発見・新発見と認められればその発見者として名前が残るため報告する者は多い。

 とはいえ大体がすでに発見されていて、そんな未発見・新発見の類いなど中級ダンジョンではほとんど無いと言われている。


 ただ〈竜の箱庭〉や〈からくり馬車〉はされていなかったので、全てというわけではないようだが。

 可能性があるとすれば中級上位ダンジョンのレアボス産、つまり上級の装備やアイテム類で、これに関しては〈金箱〉が出難いこともあって時々新発見報告があるという。


 そして、上級ダンジョンとはほとんど未知と言っても過言では無い。

 さらにはそんな中、俺が「上級ダンジョンの攻略に必須の非常に重要なアイテムを入手した」と連絡したのだから学園長のこの即対応も分かる。


「ゼフィルス君、まずは上級ダンジョン進出、おめでとう。昨日聞いたときは耳を疑ったが、無事の帰還、嬉しく思う。しかも大成果を持ち帰ったとのことじゃが?」


 やはり学園長の耳は早いな。

 そりゃ1年生ギルドが危険な上級ダンジョンへ5人で突入したと聞いたのだから学園長の耳を疑った発言も分かる。


「はは。これからもちょくちょく上級ダンジョンには入ダンする予定ですよ」


「そうか……。くれぐれも、くれぐれも油断するでないぞ? あそこは危険なダンジョンじゃ。ケルが通したのだからまあ大丈夫だとは思ったがの、我々の心労も考えてくれると嬉しいの」


 おっと忠告。

 しかし、ケルばあさんが通したから問題無い判断とは。ケルばあさんには人物鑑定のスキルでも備わっているのだろうか? ゲームにはそんな設定は無かったはずだが。

 そんな心境を見抜いたのか、学園長が補足する。


「ケルはの、【厄払士】の上級職、【のろ返師がえし】での。人の数刻後の死期が見えるのだそうじゃ。それで入ダンする学生を見きわめておるんじゃよ。まあ、本人に言わせればそんなものなくても見れば入ダンするに値するか分かるとのことじゃがな」


 なんと! ケルばあさん、ああ見えてデバフヒーラーだったのか。

 だが何その設定、ゲームでは無かったぞ!?

 ひょっとして職業ジョブ補正か何かか!?

 ちょ、学園長その話詳しく!!


「こほん、ゼフィルスさん。そろそろ本題に入りましょう。どうやら、あちらも到着したみたいですし」


 おっといけない。つい興奮しそうになってしまった。リーナの言葉で我に返る。

 後で絶対に詳しく聞こう。

 そんな事を思っていると学園長室のドアがノックされ扉が開くと、そこには王太子のユーリ先輩が立っていた。


「〈戦闘課3年1組〉ユーリです。失礼いたします」


「うむ。これで揃ったの」


 そう、今上級ダンジョンを攻略しているのは〈キングアブソリュート〉。

 そんなわけで〈キングアブソリュート〉のギルドマスター、ユーリ先輩にも連絡していたのだが、来てくれて良かったよ。


「やあ、ゼフィルス君久しぶりだね。なんだかとても有用なアイテムを入手したんだって?」


「久しぶりですユーリ先輩。ええ、まずはこれを見てください。名称は、〈転移水晶〉と言います」


 言葉使いを少し迷い、学園長室へ交渉に来ているのだから一応敬語を意識しつつ、俺は〈空間収納鞄アイテムバッグ〉から〈転移水晶〉を取りだして長テーブルの上に置いた。




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