第760話 上級初モンスターは変形自在のトラ型樹木!
「こほん。落ち着いたところでカルア、報告を頼む」
「ん」
未だにラナとエステルの中に収まっている黒猫、そしてなぜかシエラにピトっとくっ付いているカルアを羨ましいと思いつつ、このままでは探索が始まらないのでそのままの体勢で良いから聞いておく。
「大体、経路はわかったと思う。あの壁を目指して歩けばいい?」
「そうだ。壁と言うべきか絶壁山というべきか」
カルアが指したほぼ真東の方向には壁があった。
いや、壁みたいな山だな。
切り立った山だ。
実はあそこの山頂に次の階層の入り口がある。
「カルアはルートの確保を頼む。常に索敵してモンスターの奇襲を意識するんだ」
「ん、頑張る」
「まあ、俺も『直感』があるからある程度なら分かるし、気負いすぎないようにな」
「ん」
上級ダンジョンはモンスターが自由行動しすぎて俺の知識が通用しない。
安全なルートというのがその都度変わるのでほぼ斥候頼りなのだ。
上級モンスターというのは奇襲がデフォルトだ。
ターン制のゲームで言うのなら、索敵失敗イコール相手ターンから戦闘開始されるようなものと言えば上級モンスターがどれだけ危険なのかわかるだろうか?
上級職になってステータスを上げるだけでは安全性は足りない。斥候なくして攻略は難しい。それが上級ダンジョンである。
とりあえず目標は設定したので後はカルアに任せる。
「それじゃ、行くぞ!」
「「「「おー!」」」」
カルアは今までの経験と能力を総動員して索敵しつつ、進んでいく。
俺たちはそれに付いて行く。
出入り口という
地面に道は無いため下草が高く伸びている場所を避けながら、道なき道を歩く。
大きな木の根っこ、これを潜ったり、これの上を歩いたり。
「木の根っこは簡易的な道として使える。足場が平らに近いからな。ある意味戦いやすい場所でもあるぞ」
「ここで戦うには慣れが必要ね。落ちたら大変だわ。でも想像より踏ん張りが利くわね」
シエラが木の根の上を歩きながら足下の感触を確かめていた。
木の根は幅が3メートルを超えるものが多く、通行だけでは無く簡易戦闘場所としても優秀だ。慣れれば地面より戦いやすいぞ。
根っこなので半分近く地面に埋まっているのも良し。落ちても俺たちのSTRやAGIならジャンプ一つで戦線に復帰出来るだろう。ラナだけが心配だが。
そんなことを考えながら少し進むとカルアの猫耳がピコピコと反応する。可愛い。
「ん、北と南のモンスターが近い。間を通れば気付かれる?」
「んじゃ、戦闘するしかないな。どっちの方がやりやすそうだ?」
「南なら4体。オススメ。北は6体いる。それに南側なら敵が周囲にいないっぽい」
「なら、上級ダンジョン初の戦闘はその4体で決まりだな。カルア案内してくれ」
「ん」
カルアは右目だけを『ピーピング』で視線を飛ばしながら黒猫に指示して辺りを警戒、さらに片手を耳の裏に当て『ソニャー』で周りを確認しながら進む。
かなり物々しいが、これで正解だ。
最初なら警戒しすぎて損をすることは無い。
警戒を怠って奇襲されて全滅、なんてことはゲーム時代よく耳にすることだったしな。
今から警戒のクセをつけておくことはいいことだと俺は考える。
最初は強めに警戒しておいて、徐々にどれだけ警戒し、どれだけ気を抜けば良いのか、その案配を判断していけばいい。
俺もなるべく周囲を警戒しておく。
そうすると、前方にカルアが捉えたとおり4体のモンスターを発見した。
それと同時に向こうも気が付いたようでこっちに向かってくる。
やっぱり上級は気づかれるの早いな。
「カルア、周囲に他のモンスターは?」
「ん、ばっちし、いないよ」
「さすが」
警戒したいのはモンスターと戦闘中、もしくは戦闘終了直後のエンカウント、通称〈ダブルエンカウント〉や〈連戦〉と呼ばれている類の戦闘だ。
運の悪いときは3戦、4戦と連戦が起こったりするため戦闘前に周囲のモンスターを確認しておくのが良いと推奨されている。
これも、ダンジョン内でモンスターが自由に跋扈する上級ダンジョン特有の現象だな。
下手に移動して他のモンスターとエンカウントしてもつまらないので俺たちは待ちの姿勢でモンスターが来るのを待った。
「つまりは前の敵だけ押さえれば良いというわけね」
「シエラ、相手は上級モンスターだ。俺たちなら苦戦は無いと思うが、気をつけてくれ」
「ええ。任せて」
シエラがゆっくりと前へ出る、その前の確認でこっちへ振り向いたシエラに俺も視線で返すと、シエラはクスッと笑って前に進んで行った。
そんな光景にラナが変な顔をしている。
「なんだかシエラばっかりで妬けちゃうわね」
「何を言ってるんだラナ。ラナだってパーティの要なんだぞ? いくらタンクが優秀でもヒーラーのラナがいなければ俺は上級ダンジョンには挑まなかった。ラナだって大切だ」
「……そ、そう? それならいいのよ。うん。わかったわ、私に任せなさい!」
なんだか拗ねた感じのラナに俺は励ましてやる気にさせた。
ラナも元気が出たようで良かったよ。
「ゼフィルス、来る。あれは、トラ? 木?」
「木が動物になって走ってるわ?」
「トラみたいな木で〈トラキ〉ってモンスターだな。四足で駆けているように見えるが、あれは枝を動かしているだけで、近づくと二足歩行に変化して襲ってきたりする」
「え? 何それ?」
俺も知らない。〈ダン活〉の植物は動くんだ。
動物の姿で走って移動し襲ってくる。むっちゃ狂ってるよな。さすがは〈山岳の狂樹ダンジョン〉と呼ばれているだけあるぜ。
草の根をかき分けて走ってきた〈トラキ〉が4体、ジャンプして俺たちのいる木の根っこへと登ってきた。しかし、
「『シャインライトニング』!」
「ガアアア!?」
「木が吠えたわ!?」
「それな」
「そして落ちた」
「それな」
登ってきたタイミングでぶっ放し、〈トラキ〉4体がせっかく登ってきた根っこから落っこちていった。やっりー!
ちなみに〈ダン活〉の上級の木は動くし吠えたりもする。
プレイヤーからも「なぞ樹木」などと呼ばれていた、このダンジョンでは代表的な通常モンスターである。
「まずは遠距離から先制攻撃だ。ラナ、撃っちまえ!」
「任せてよね! 『大聖光の四宝剣』!」
相手の数はちょうど4体。
ラナの宝剣がその尖端を向けると、それぞれに向かって飛んでいく。
いきなり大技の〈四ツリ〉をかましたが、それで正解だ。最初は手加減とか様子見なんてしないほうが良い。通常モンスターは高火力でボコッて屠れ!
しかし、〈トラキ〉はそれに反応しスキルエフェクトがそれぞれの体に表れた。
「ガアアア!」
「「「ガアアア!」」」
「え、ええ!?」
吠えるとすぐに散開。
今までの中級ダンジョンモンスターでは見られなかった光景だ。
モンスターなんて基本は猪突猛進、突っ込んでくるだけだと思っていたラナは急な散開に慌ててしまう。
別に初級のモンスターだって回避行動は取る。しかしそれはボスだけで通常モンスターは基本的に回避はしないのだ。
それが中級までの話、上級ではモンスターのアルゴリズムも当然パワーアップしている。
だが、慌てなくても問題は無い。
「あ」
「「「「ギャイン!?」」」」
ラナがポカンと口を開けた。
ラナの宝剣もそれぞれに狙いをつけた〈トラキ〉に方向を変えて飛んでいき、見事にぶっ刺さったからだ。
うん。【大聖女】の宝剣を舐めてはいけないよ。『大聖光の四宝剣』は術者が狙いを定めるのではなく、ランダム攻撃なのだ。狙いが地点では無くモンスターなので一度狙えば多少回避された程度でも目標へ進んで突き刺さる。
とはいえギリギリで回避されたりすると普通に外れるけどな。ホーミングのように強力な追尾というわけではない。
ちょっと散開する程度では対応不足である。
「『ライトニングバースト』!」
と、そこへ俺が追撃、2体を巻き込んで雷の光線を叩き込んだ。
だが、やっぱり植物モンスターには〈雷属性〉の効きが甘いな。
あまりダメージは多くは無いようだ。
「「ガアアア!!」」
とはいえ足止めと分断は出来た。
残りの2体が木の根に登ることに成功、俺たちへと迫る。
「『オーラポイント』!」
前に出たシエラが挑発スキルを放つと、2体の〈トラキ〉がシエラに方向転換した。
そこへカルアが接近。
「『スターブーストトルネード』!」
「「ガアアア!?」」
自分を中心にクルクル回ってトルネード。
2体にダメージが重なると〈トラキ〉が変形して二足歩行になった。
そのままいつの間にか手に持っていた木剣でカルアを攻撃する。
「ガアアア!」
「んん!? びっくりした――『メガアイス・スラッシュ』!」
〈トラキ〉の『反撃』スキルだな。タゲ関係なく、やられたらやり返すスキルだ。
『スターブーストトルネード』に反応して繰り出されたこれを、カルアは足を使って回避し『メガアイス・スラッシュ』でさらにダメージを稼ぐ。
「ん、タフ!」
「『属性剣・火』!」
俺も攻撃に参加、エステルは俺の『ライトニングバースト』にやられたほうの2体を受け持っているようだ。そっちも根っこに登ってきたか。
しかし、俺たちの優勢は崩れず、もう〈トラキ〉のHPも少ない。
と、そこで〈トラキ〉が奥の手、初見殺しを発動してきた。
「ガアアア!?」
「!! 蔓が延びる!」
「ガアアア―――」
「!!? 頭が吹っ飛んだ!?」
カルア、思わず叫ぶ。
相手は植物なので何でも有りだ。
手の枝が伸びてくるのも有り、突然トラ型の顔が飛んでいくのも有りだ。
後半は意味わかんないけどな。これはプレイヤー自身を動揺させることを目的とした直接攻撃ではないか? とゲーム時代は囁かれていた。あれは動揺するよ。
「あぐぐ!?」
「大丈夫カルア!? 『回復の願い』!」
ほら、動揺したカルアが木剣で斬られてる。
いやあ、初見であれは避けられないわ。だって目の前でモンスターの頭がポーンとどっかいっちまうんだもん。そりゃ斬られるよ。
植物なので頭がなくなっても普通に動くからな。これぞ〈トラキ〉の初見殺しスキル『ロケットヘッド』である。使用後ヘッドがどっかに行っちゃう1発限りの大技だ。
「あうっ」
「今度はエステルもなのね、『回復の祈り』! 2人とも、しっかりしなさい!」
その声に反応してエステルのほうを向けば、エステルもカルア同様、突如どっかに飛んでいった頭に動揺した隙に斬られたらしかった。マジ鬼畜仕様! これも奇襲の一つだ。
とはいえラナがすぐ回復したのでカルアもエステルも動揺からすぐに復帰、よく分かっていないながらも〈トラキ〉をボコボコにして、無事に4体は光に帰って消えたのだった。
初の上級モンスター戦、勝利。
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