第759話 上級ダンジョン探索開始、索敵と猫なで?




「カルア、『ソニャー』探知」


「ん! 『ソニャー』!」


 俺たちが上級ダンジョンでまずしたのはカルアの索敵だった。


「ん、あっちに5体、あっちとあっちに4体ずつ、後あっちには6体。なんだか全方位にモンスター反応がある」


「そうだろう。道が無いためにモンスターの動きも自由で動き回っている。これも上級特有の行動だ」


 俺は上級ダンジョンという、中級ダンジョンとは違う環境を一つずつレクチャーしていく。

 ちなみに俺たちは上級ダンジョンに入って、まだ出入り口付近から動いてすらいない。


 ここは救済場所セーフティエリアの一つ、絶対にモンスターが近づかない安全地帯だ。故に、斥候役はまずここから周囲を探るのが正解だ。

 専門の調査系職業ジョブならここから次の階層門まで調べ上げることも可能だ。


 早く上級ダンジョンの中を探索してみたいというワクワク顔のラナをなんとか落ち着かせ、上級ダンジョンがどういう場所なのか、どんな環境なのかを説明していく。

 ここに入る前にある程度共有していたが、やっぱり見ると聞くとではわからないことも多い、改めて注意も含めて説明しておいた方が良いだろう。


「事前に教えてもらった通りね、モンスターがどこから現れて襲われるか分からないのね」


「はい、全方位の警戒が必要ですね」


「とはいえカルアがいるからな。モンスターが接近すればカルアが教えてくれるはずだ」


「ん。任せて」


 シエラとエステルが警戒を強める中、安心させる様に言っておく。

 警戒するのも大事だが、斥候に頼る事も大事だとも体に染みこませておかないとな。


 これまでは道があった。例えば洞窟系のダンジョン。これなんかは分かりやすく、モンスターは前方か後方からしか来なかったし、音が結構響くので何かがいる、接近してきているなどが分かりやすい。

 中級のフィールドもモンスターは基本道沿いにいて、見つけやすかった。


 しかし、上級では道がないために全方向からモンスターが襲ってくる。

 例えば北と南にモンスターがいて、間を通り抜けようとしたら左右から挟撃される形でダブルエンカウントする、なんてこともあり得る。

 さらにはモンスターが動き回っており、ポップ地点からかなり離れて行動できるため、今までのようにモンスターがこの辺りにいるという固定ポイントが無く、エンカウントにランダム性が生まれている。


 と、まあ道が無いだけで環境がまるっと変わってしまうというわけだ。

 道が無いから目印、目標なども無く、適当に歩けばそれだけモンスターとエンカウントしやすくなり、迷えば一発アウトという環境だ。

 まあ、ゲームでは最悪〈救難報告〉をあげられたので問題無かったのだが、リアルではできないので対応策を一つずつこなしていかないと、ただ探索するだけでは迷子と戦闘不能者を量産するだけになってしまうだろう。


「こういう時、リーナの『ブクマ』と『投影コネクト』が便利なんだよなぁ」


 思い起こすのはリーナのスキル。

 リーナの『フルマッピング』だけでは宝箱や次の階層門の位置は分からない。しかし地図に『ブクマ』でポンと目印を立てて『投影コネクト』で映してやれば、遠目からでもあそこに何かがあると分かるのである。『ブクマ』に「階層門」や「帰り道ルート」などと書いておけば帰りの心配は無い。

 これが、本来ゲームでの『ブクマ』や『投影コネクト』の使い方だった。


「なければ地道に地図を作製したり、絶対に迷わないよう何か目印を立てておくことが推奨されている。そこで使うのがこの『狼煙竈』や『反光の石札』だ」


 とあるアイテムを両手に持ってそう説明する。

 俺は地図なんて無くてもどうとでもなるが、他のメンバーはそうはいかない。

 俺がいない時のことも考え、しっかりと戻り方、戻る方法を教えておく。

 そこで取り出すのは、とある竈型アイテムと、アーチ状の石だ。


 これを取りだしたとき、シエラ、エステル、カルアは納得の表情をしていたのを見逃さない。3人はすでに知っているようだな。


「ゼフィルス、それは何? どうやって使うの?」


「ラナはいつも欲しい反応を返してくれるな。教えちゃうぞ!」


 教え甲斐のあるラナが清涼剤。

 用意しておいたアイテムが無駄にならなくて良かった。


「『狼煙竈』は単純に狼煙が上がるアイテムだ。使った上でここに置いておけば16時間、狼煙を上げ続けてくれる。ちなみに効果が無くなれば勝手に光に還るので使い捨てだな」


 一つ目のアイテムは手乗りサイズの小さな竈。

 見た目はGを退治するアレに似ているがこれは竈である。間違えてはいけないぞ?

 これを使っておけばさっきの『投影コネクト』と同じように遠目で狼煙が見えるので、帰還する場所が分かるということだ。


 もう一つは使い捨てでは無いアイテム、『反光の石札』。

 アーチ状の石版と対になるようにして石の札があるセットアイテムで、アーチ石版を設置しておけば、石の札がその位置に反応して示してくれるアイテムだ。


「物探しアイテムの〈ニャウジング〉と同じような効果だな。ただこれは使い終わったら回収する必要があるんだ。回収を忘れたら、まあ、誰かが落とし物として拾ってくれるだろう。やっぱり拾ってくれないかな?」


 ゲームだと、これは置いた場所から回収しないと一生残っているアイテムなのだが、リアルでは他の人も回収可能だ。拾われちゃうかな?

 ただ、勝手に回収して迷子が出ると大変危険なので、やっぱり回収はされないかもしれないな。どうだろう?


「依頼をすれば回収はしてくれますよ」


「あ、そうなのか。ありがとなエステル」


 俺が考えているとエステルが教えてくれた。

 そういえば〈落とし物を探してクエスト〉という手があったな。なるほどな。


 そうしてラナに二つのアイテムを使ってみてもらい、やり方を教えておく。


「これで帰る時の場所が分かるのね!」


「おう、今日は2層までしか行かない予定だからこれが役に立つだろうな」


『狼煙竈』と『反光の石札』の片割れもここに置いていく。

 今日の目標はとあるアイテムの入手と素材採取なので戻ってくるためだ。

 使い方を知っておいてもらおう。


 さて、カルアの状態はどうかな?


「カルア、どうだ?」


「ん、とても複雑怪奇。罠? みたいなものだらけ。モンスターも自由すぎて、どんな行動を取るか予測不能」


「そこは慣れるしかないな」


 カルアには視線を飛ばして索敵する『ピーピング』と、眷属を召喚して索敵させる『エージェント猫召喚』を発動してもらい、周りの探索をさせていたのだが、カルアが珍しく焦りの表情を浮かべている。


「にゃー」「にゃにゃー」「にゃにゃにゃー」


「ん、任務ご苦労様」


 おっと、黒猫が3匹、探索を終えて帰ってきたようだ。

 カルアは『エージェント猫召喚』をLV10まで上げたことで黒猫を3匹召喚できるようになっている。


 急に現れた黒猫、多分スキルの『影隠れ』で帰還したな。

 見れば3匹のHPがかなり削れている。


「黒猫、罠に掛かってた。採取ポイントにも罠が張られてる。要注意」


「ああ、それな、頑張ったな黒猫よ」


 黒猫たちのダメージは罠によるものだったようだ。

 上級ダンジョンでは採取も上級。

 採取をすると罠が発動することがあり、ダメージや状態異常などを受けるのだ。

 採取活動も簡単では無い、ということだな。


 俺の足に頭をすりすりこすり付けてくる黒猫1匹に、しゃがんで労う気持ちで頭を丁寧に撫でてやる。


「きゃー、可哀想じゃない! もう、頑張ったわね。私が撫でてあげるわ」


「にゃー」


「では私はもう1匹をいただきますね」


「にゃう」


 いただきますね、じゃないぞエステル? 探索は?


 ラナとエステルがダメージを受けた黒猫を1匹ずつ抱いて労っていた。


「ん、シエラ、私も頑張った」


「そういう流れなのね。よしよし、カルアも頑張ったわね」


「ん」


 そしてカルアはシエラに撫でられていた。

 こうして上級ダンジョン最初の行動は猫の頭を撫でるところから始まった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る