第710話 上級ダンジョンには上級生産職が必須!




「うちを上級職へやて? 兄さんはうちの体が目当てやったんかー」


「言い方ー!」


 自分の体を抱くような仕草をしながら俺を見るマリー先輩。

 もちろん冗談だと分かっている。だってマリー先輩の表情がいつものノリが良いときの顔だから。

 誰にも聞かれていなくてよかったぜ。


「もう、兄さんは相変わらず良いツッコミをお持ちやなぁ。まあ、散々肝を取られたんやからこれくらい許してな~」


「ではレシピは回収させていただいて――」


「ソレとコレとは話が別や!」


 俺が近づくと再びマリー先輩がレシピを抱え込む。

 まさに絶対離さないと言わんばかりだ。これはもう条件を呑んだも同然だな。

 しかし、まだマリー先輩は言われたことを飲み込むのに時間が掛かっている様子だ。ごまかしを前面に出して何とか状況を飲み込もうとしているように見える。

 そこへ俺はぐいぐい攻めるのだ。


「じゃあマリー先輩、受け取ってくれるか?」


「いやー、マジかー。上級職、ウチがか? というか兄さん〈上級転職チケット〉を人に渡すってどういう意味なんか分かってるんか?」


「今後のことを思えば悪くないだろ? お互いに得しかないからな」


「悪くないだろ? やないわ! 兄さん、これがどういう意味かホンマに分かってるんか!? 〈上級転職チケット〉やで!?」


 マリー先輩が叫んだ。

 そう、〈上級転職チケット〉だ。

 俺は今、これをマリー先輩に譲渡しようとしている。もちろんそれには作って欲しい装備があるためだ。

 ちゃんと俺たち〈エデン〉がこの先進むために必要なことだと確信しているし、専属を頼むという事は〈エデン〉のギルドメンバーの依頼を最優先で仕上げてもらうということでもある。


 本来の専属という意味なら〈エデン〉の装備しか作っちゃダメ、というところだが、別にそこまで強要はしない。超優先度高めに作製してほしい、という感じだ。他にも依頼があれば作ってもらっても構わない。そして他の依頼を断るときもマリー先輩は〈エデン〉の専属だからと言って断ることが出来る。


 まあ、他の依頼なんかが舞い込まないよう手は打つつもりだけどな。装備の数がべらぼうなので〈エデン〉以外の装備を作っている暇は無いかもしれないが、それは今は置いておこう。

〈エデン〉のギルドメンバーはこれで能力値の高い上級装備が手に入って上級ダンジョンに進める。万々歳だな!


 しかしなぜ外注するのか、他に【服飾師】系で良い人材をギルドに入れれば良いじゃないかと思うかもしれないが、先ほども話題に出たようにCランクのギルドハウス程度ではスペース的に厳しいのだ。

 現在ハンナとアルルの最高峰の生産工房を設置するだけでかなりのスペースを取っている。ここに【服飾師】系の生産職を入れるスペースはない。


 だが、マリー先輩のギルド〈ワッペンシールステッカー〉は【服飾師】系のギルドなので当然のように最高峰のドデカイ服飾工房がある。なら外注した方が効率がいい。


 Bランクギルド以上になればギルドハウスも広くなるが、そしたら〈エデン〉はまた別の生産職を入れたいのだ。上級ダンジョン以降の攻略に最低限必須なのが例の3種なだけであって別に他の生産職はいらないわけではない。ギルドハウスのスペースにも限りが有るので効率を重視したい考えだ。


 それにこれはマリー先輩にとっても悪い事ではない。


「頼むぜマリー先輩、俺はマリー先輩に頼みたいんだ」


「くっ、出たわ兄さんのたらしセリフ。――まぁ、ウチを選んでくれたのは嬉しいわぁ。上級職になれば上級装備を失敗無く作製出来るいうのはハンナはんが実証してるしなぁ」


 手を胸の位置に置いておののくマリー先輩。

 マリー先輩の言うとおり、本来上級の装備やアイテムを下級職が生産しようとすると、性能が落ちたり、失敗ファンブルしたりする。

 というか大体は失敗ファンブルだ。

 上級素材というのは上級スキルで十全に加工出来る物で、下級職のスキルでやろうとすると高い確率で失敗ファンブルする。


 それでもギリギリで成功まで持っていけるのは中級素材を多く使っているからだな。

 この世界で手に入る上級の装備やアイテムのレシピは、あくまで中級上位ダンジョンのドロップ。

 つまり使う素材がそもそも中級上位ダンジョン素材なのだ。そこに少し上級下位ダンジョンの素材を使うといった感じ。だからギリギリ成功する。性能は下がるけど。


 そして上級素材を大量に使おうとすればまず確実に失敗ファンブルする。

 加工しきれないから。


 しかし、クラス対抗戦の時、ハンナはやらかしたらしい。

 上級素材のみを使って完璧な上級ポーションを作っちゃったんだそうだ。それも大観衆の前で。

 普通は失敗ファンブルするはずの組み合わせでの成功、しかも高品質の大成功をキメたらしい。さすがはハンナだ。


 おかげで生産職の上級職という存在が注目され始めているらしい。とはいえまだ生産職の上級職はハンナだけなので小さい界隈での話なのだが、それならちょうど良いじゃん。


「マリー先輩もその波紋に一石投じてみようぜ? 波紋が広まれば生産職の上級職が増えて上級ダンジョンの攻略者が増えるぞ!」


「それ完全に兄さん思考やん!?」


 おお、マリー先輩のつり目のジト目だ! これはレアです! 誰かスクショ撮って!


「まあ、分かったわ。ええで、兄さんの思惑に乗ってやるわぁ、専属でも上級生産職でも、なんでもウチに任せときぃ! ふう、ウチもついに非常識そっち側かぁ」


「おお!」


 ついにマリー先輩が頷いた! これは勝った!


「さすがはマリー先輩、話がわかるぜ!」


「そんなら早速話を詰めよか。〈上級転職チケット〉っちゅう貴重な物を譲渡するんや、並大抵のお返しでは足らん言うんはよう分かってるで」


「おう。さっき言ったように〈エデン〉の専属を頼む。俺たち〈エデン〉はこれから上級ダンジョンに挑むからな。その素材を使い、マリー先輩には上級装備を今後大量に作ってもらいたい!」


「むちゃくちゃ言ってるハズなのに兄さんなら出来ると思ってしまう不思議」


「何を言ってるんだ、マリー先輩もこの枠組みに入ってるんだぜ? ということで、まずはそこに書いてある上級レシピの練習からだな。早速〈上級転職ランクアップ〉を始めようか!」


「って、ちょい待とか兄さん。〈上級転職ランクアップ〉を始める? 今からか!?」


「もちろんだ!」


 だって上級職にならないと上級装備作れないじゃん。


 そんなわけで、俺は早速マリー先輩の手を引き、測定室へと向かったのだった。




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