第625話 ゼフィルス、果たし状が無いのに気がついた。
夜。
なんとか間に合ったプチ打ち上げ。もとい〈芳醇な100%リンゴジュース〉の試飲会で盛り上がった後、俺は大変なことに気が付いた。
ポケットに入れていたはずのお手紙が、無い。
ふう。
さて、落ち着こうか。
なんで無いんだろう?
いや、理由は分かっている。多分、何かの拍子に落としたんだろう。
忘れないようにとポケットに入れておいたのに、うっかり忘れたせいかもしれない。
何しろプチ打ち上げが楽しかったのだ。
なぜか〈助っ人〉【マーチャント】のマリアと【秘書】のメリーナ先輩が席の両隣に座ってお酌してくれたのだから楽しくないはずが無い。なんだろう、接待かな? ここ俺のギルドだけど。
その時、色々、これが今は高く売れるとか、これとこれを抱き合わせで売りたいとか言われ、おう、それならもう一本空けよう! と試飲であるはずのジュースをさらに開けてしまったんだよな。みんな喜んでくれたから良かったが、また取ってこなくちゃなぁ。(※お酒のことではありません)
ただの試飲会が宴会に変わるのも早かった。ちょっと気分が良かった。
マリアには悪いが、彼女が売りたかったものは全部俺がキープしているものだから売れないのだ。諦めてね?
メリーナ先輩からはクラス対抗戦で見せた〈白の玉座〉について買い取りたいという連絡が相次いでいて、全て断っているという報告を受けたな。あといくらなら売って良いかとも聞かれたが、あれは売ることができないんだ。仮に〈白の玉座〉を売ったとしたらラナが泣くと思う。どっちみち却下だな。
ラナといえば、ユーリ先輩と会い、ラナと仲直りしたいと希望しているとそれとなく伝えてみた。すると、
「お兄様ったら、仲直りがしたいなら直接会いにくればいいのに! もー! 全然分かってないわ!」
と大層ご立腹だった。どうやらユーリ先輩がなりふり構わず直接来たほうがラナの好みだったらしい。俺を通したことで思いは空回りしたようだ。ユーリ先輩……、後で教えておこうと思う。
あと一応上級ダンジョンに協力してもらえないかと誘われた件も聞いてみた。すると、
「私は〈エデン〉以外に加入するつもりもお兄様に協力するつもりもないわ! そ、それに上級ダンジョンはもうゼフィルスたちと一緒に攻略するって約束してるし」
後半の方は声が小さくなって聞き取れなかったが、ラナの意思は固い様子だった。これを崩すのは難しいぜユーリ先輩。
無理に進めてもいいこと無いのでとりあえず今回のユーリ先輩の話はこれで終わりとしておいた。リンゴジュースで気分が高揚しているラナでこれだ。仲直りは前途多難に感じるぞ。
そんな感じで宴会を終え、みんなで寮に帰る途中に手紙が無いことに気が付いたのだ。
どうしようか。
まだ中身読んでないのに。
あれなぁ。俺の机に入っていたので俺宛だとは思うのだが、宛名が書いていなかったので拾った人が俺に届けてくれるということは無いと思う。
差出人は確か〈テンプルセイバー〉、そこへ「果たし状の手紙を落としたので内容教えて」と聞きに行くのは、……ないな。うん。
ということで、俺は一応ギルド部屋に戻って探してみることにした。しかし、
「やっぱ、無いな~」
案の定と言うか、見つからない。
落とせば誰かしら気が付いて話題になったはずだからな。
ギルド部屋に落ちている可能性は低い気がしていた。
ということは、教室、は無いな。教室を出るときにポケットに仕舞ったはずだ。
そうなると考えられるのは移動中か、もしくはあそこしかない。
どうしよっか?
「何やってるのよ、あなた」
「んお?」
記憶を辿って悩んでいるところで声を掛けられて振り向くと、そこにはサブマスターのシエラの姿があった。
「シエラ、どうしたんだ?」
「どうしたって、その、私も忘れ物をしたのよ」
少し顔を赤くしてそう言うシエラ。ちょっと恥ずかしそうにしているところが可愛い。
俺は忘れ物をしたと言ってみんなから離れたので、どうやらその後気が付いたらしい。
シエラは何か小物を取りに来たようだ。テーブルの上に置きっぱなしのそれを見つけ、シエラがすぐに回収する。
「ゼフィルスは、何を探しているの?」
未だ帰らないということは探し物が見つかっていないのだろうと当たりをつけたのだろう。シエラが聞いてきた。
とりあえず、サブマスターのシエラには話しておいたほうがいいだろうか? でもお説教されそうだなぁ。
でも知らせないわけにもいかないのでしゃべるのだが。
「実は今日、俺の机の中に果たし状が入っていてな」
「果たし状? 〈決闘戦〉の?」
シエラはきょとんとした様子で聞いてきた。
「多分な。まだ中身見てないんだ」
「でもそれとゼフィルスが忘れ物を取りに来たのと何の関係が……ってまさか?」
さすがシエラ。感づいたらしい。俺は少しシエラから距離を取りながら答えた。
「果たし状、どっかに落としたらしい」
「……何やってるのよあなた」
見つかってないということを素早く見抜いたシエラ。
呆れた視線で見つめられてしまった。一応、今日あったことと果たし状の概要も説明する。
するとシエラは困ったと頬に手を当てて言う。
「でも、中を読んでないのなら仕方ないわね。机に入っていた、というのも受け取ったにしては弱いし、どうするの?」
これは手紙なんか知らなかったとも言えるけどどうするのか、という問いだろう。
まあ、知らなかったしかないよなぁ。あれ封書だったし、開けてないのだから知らないでも通る。
さすがにこの時間から忘れ物を探させてくださいと学園長を訪ねるのも難しい。
正式に渡された物では無いのだから紛失してしまうこともある。そこまでして探す必要は無いという判断だろう。まあ、そうなるのか。
「知らないって言うしかないのかなぁ」
俺の答えにシエラはこくりと頷いてギルド部屋から出て行こうとする。
「じゃあ、帰りましょ」
「帰るか」
そういうことになった。
〈テンプルセイバー〉の方、ごめんなさい。
俺はお手紙の発見を諦めて、シエラと帰宅することにした。
そんな俺の謝罪は、どうやら受け入れられなかったらしい。
夜の寮への帰り道。
以前、どこかの家出少女を見かけた、灯りが照らすベンチ。
そこに1人、ポツンと座っている、どこかで見た事のある少女の姿を見かけたのだ。
その少女はウエディングドレスにも見えるシスター風の上級装備――〈
「何やってんだ? タバサ先輩?」
思わず話しかけてしまった俺は悪くないと思う。
「私、帰りたくないのよ」
そのセリフ、またですか。
家出少女再び、そこにいたのはタバサ先輩だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます