第624話 〈テンプルセイバー〉の内部事情と瓦解秒読み。
そこは元Aランクギルド、現Cランクギルド、〈テンプルセイバー〉のギルドハウス。
つい3ヶ月前にはこの学園にたった6席しかない栄えあるAランクの座におり、それに見合う豪華なギルドハウスにいた40人ものメンバーも、今では二段もランクが下がったことにより20人という人数に激減。ギルドハウスも〈C道〉に連なる一般ギルドハウスとなり、落ち目なのが一目でわかる有様だった。
「なんとか返り咲かなくてはならない、栄光のAランクに」
ギルドハウスの共有部分の大部屋で、長テーブルの上座に座る男子がそう言った。
濃い緑系の短髪に鋭い目つき、体格は大きく騎士としてよく鍛えられており、それを白を基調とした全身鎧を着込んで強者の風格を放っている。
彼がこの〈テンプルセイバー〉のギルドマスター、名をレナンドル。
「騎士爵」のカテゴリー持ちで当然のように上級職、高の中にあたる【一騎当千】に就き、ギルドバトルでは最前線にて敵を倒し続けるその勇姿は、ギルドメンバーの憧れの姿であった。
しかし、その栄光も今では陰りが見える。
レナンドルが最前線で活躍できていたのは、回復のサポートが大きかったからだと分かったからだ。
前回のギルドバトル〈城取り〉、相手は夏休みで力をつけてきた元Cランクギルド〈サクセスブレーン〉。あの一戦は散々だった。
罠を仕掛けられ、誘導され、いつも通りその罠すら食い破って突撃したレナンドルが、真っ先に
そこからはもうバラバラだった。統率も欠き、罠に容易く引っかかり、立て直すこともままならず、本当に元Aランクかと疑わしいほどの敗北を喫した。
そこでようやく彼らは理解した。〈白の玉座〉は必要だったのだと。
彼らは今まで、実は何度もこう言われてきた、「〈テンプルセイバー〉がAランクまで伸し上がれた大部分は〈白の玉座〉のおかげ」だと。憤慨ものの話だ。
Aランクに上がれたのは〈白の玉座〉のおかげで君たちの実力では無いと言われれば誰でも気に入らないだろう。当り前だ。
Aランクギルドともなれば周りからの視線や期待は相当なものだ。
おかげで〈テンプルセイバー〉のメンバーは〈白の玉座〉に対し大なり小なりコンプレックスを抱えるようになってしまった。
そうして真実を見失ったのだ。
〈テンプルセイバー〉には致命的な弱点があった。
〈白の玉座〉の超遠距離からの回復、そしてそれを使いこなし、ギルドメンバー全体に行き渡せることが出来る強力なヒーラー、サブマスターのタバサ。
その支援回復に甘えに甘えた〈テンプルセイバー〉のメンバーたちは、いつの間にか回復前提ということを忘れ、自分は無敵だという間違った認識を濃くしてしまったのだった。
さらに、それに気が付かず、〈獣王ガルタイガ〉の話に乗せられて〈白の玉座〉を賭けたのが致命的な失敗だった。
彼ら〈獣王ガルタイガ〉は戦闘と斥候のスペシャリストたち。驕っていて自分たちの弱点すら満足に見えていない〈テンプルセイバー〉など敵ではなかったのだ。
〈白の玉座〉は賭けるべきでは無かった。それに気がついたのはクラス対抗戦の直前だった。
〈サクセスブレーン〉とのギルドバトルの惨敗により、その後処理に追われ、クラス対抗戦では碌な成績を残せなかった者も多い。
〈テンプルセイバー〉は落ち目だと見限って去っていった者もいたほどだ。
下部
このままでは〈テンプルセイバー〉は空中分解する。
それを阻止するには、今一度Aランクの座に戻るしかないと、上位勢は思っていた。
「タバサ、〈白の玉座〉を取り戻せば俺たちはまたAランクに戻れると思うか?」
レナンドルが自分の次に偉い地位に座る、サブマスターのタバサに向けて問う。
しかし、そのタバサ本人は〈白の玉座〉を失ってから、そして最近クラス対抗戦からも目に見えて落ち込んでいた。
全員、理由は分かっている。そして、〈白の玉座〉さえ取り戻せばサブマスターの元気が戻ることも確信していた。
だからこそ、〈白の玉座〉を取り戻すことを考えているという意味を込めてタバサに聞いたのだ。
そして、タバサの答えはこうだった。
「私、ギルド抜けていいかしら?」
「だ、ダメだ! タバサだけは絶対にダメだ!」
その答えに慌てて発言したのは、タバサの反対の席に座っている、これも「騎士爵」の男子、カサンド。古参の最上級生で、豪華な黒の全身鎧を着込み、男らしい体格をしている。
彼の言葉にこの場に集まっていた一同が頷いた。焦っている者が多いが、うつむいてタバサを見られないメンバーもいた。
ギルドメンバーが集まる会議。
タバサのもう何度目かになる「ギルド抜けたい」の言葉、しかし今回Cランクに落ちて初めて言われた言葉でもあった。その意味は大きい。これまでとは違い、ギルドメンバーの上位勢は明確に慌てだす。特にカサンドが顕著だった。
「ま、まあ落ち着けタバサ。〈白の玉座〉を賭けたことは悪かった。しかしあれはギルドの備品。タバサの物ではなか――あ痛っ!?」
「ちょっと! タバサの気持ちを考えてから言いなさいよ、この脳筋男子!」
「デリカシーが無いよね。あれで謝っているつもりなのかしら」
「私は〈白の玉座〉を賭けるの反対だったのに、だから脳まで筋肉って言われるのよ!」
「な、なんだと!」
今タバサと〈白の玉座〉は〈テンプルセイバー〉に必要不可欠な物だと認識を改められている。そんなところに「ギルドを抜けたい」と言われたのだから混乱する気持ちも分からないではないが、カサンドは致命的に気遣いができていなかった。
女子たちから非難を受けたカサンドは怒りを表して抗議しようとするが、それはギルドマスターのレナンドルによって止められた。
「やめろ。カサンド、今のは君が悪い。着席したまえ」
「……。わかりました」
一昔前まではレナンドルの言葉で諌められればすぐに従ったカサンドも、今ではしぶしぶという態度を隠さない。〈テンプルセイバー〉からメンバーの心が離れていっているのを感じざるを得ない一幕だった。
そして、心が最も離れているのがタバサであった。
これは非常にまずいことだとギルドの誰もが認識している。
〈テンプルセイバー〉は〈白の玉座〉に対し大なり小なりコンプレックスがあった。そして起こったのが、向こう見ずな〈白の玉座〉の賭けだった。
確かに〈白の玉座〉は〈テンプルセイバー〉が中級上位ダンジョンのレアボスを討ち倒して手に入れた物であるため、持ち主は個人ではなくギルドに帰属する。
しかし、すでにタバサにとって〈白の玉座〉とは自分の半身と言ってもよかった。
学園を卒業するときは〈白の玉座〉を買い取ろうとたくさんの貯金をしていたほどだ。
そのことをメンバーが知ったのは〈獣王ガルタイガ〉に渡った後で、タバサがやめたいやめたい言うのをずっと聞いてきた。女子は全員がタバサに謝罪し、なんとか〈白の玉座〉を取り戻せないか奔走する者もいた。だが結局は取り戻すことはできなかった。
タバサは〈テンプルセイバー〉の重要なサブマスターであり、ほぼ唯一のヒーラーであり、そして上級職の一人だ。簡単に脱退させるわけにはいかない。
タバサが脱退したが最後、〈テンプルセイバー〉は間違いなく瓦解するだろう。
〈テンプルセイバー〉は「騎士爵」のカテゴリー持ちが多く所属するギルド、【騎士】系は自己回復なら多少覚えるが、味方回復は覚えないのである。
さらに今まで〈白の玉座〉&タバサの恩恵があり、他のヒーラーが必要なかった。故に〈テンプルセイバー〉には純粋なヒーラーはタバサしかいないのである。絶対に抜けられるわけにはいかなかった。
タバサの
だからこそ〈テンプルセイバー〉はタバサを絶対に手放したくなかった。
しかし、このままではタバサとは関係なくギルドが瓦解する可能性も否定出来ない。
ギルドの瓦解を止め、タバサをギルドに引きとめ笑顔を取り戻し、そして〈テンプルセイバー〉を栄光のAランクに返り咲かせる、そのためにやることは1つだった。
「タバサ、〈白の玉座〉は1年生ギルド、〈エデン〉に渡ったのをクラス対抗戦で確認した。契約上〈獣王ガルタイガ〉が持つ〈白の玉座〉は取り返すことは出来ないが、〈エデン〉であれば可能だ。〈白の玉座〉を取り返せるんだ」
レナンドルがタバサに向けて言う。
そう、本来〈決闘戦〉で渡った物を取り返すことは出来ない。賭けは正式なものであり、学園が承認したことであり、負けたから嫌だは通らないのである。
しかし、それが〈決闘戦〉の相手ではなかったら話は別だ。
あまり声を大にしては言えないが、勝った方がゲットした物を市場に売れば、負けたほうは市場から買い取ることが出来るのである。つまりは第三者の介入さえあればいいのだ。
ただ、その交渉をすることすら学園から禁じられているので、普通は交渉を持ちかけることは出来ない。
だが、向こうが自発的に売ったならば話は別だ。そこから買い取ればいいのだから。
ということで、レナンドルは一先ず買い取ることは出来ないかと〈エデン〉に交渉を持ちかけていたのだった。
「すでに〈エデン〉には使者を向かわせていてな。〈ホワイトセイバー〉のギルドマスターが〈エデン〉と懇意にしているそうだ。近いうち〈白の玉座〉は戻る。だからもう少しだけ辛抱してくれ」
「…………」
希望的観測だが、自分たちがAランクに返り咲くには〈白の玉座〉の力が必要不可欠だ。
だからこそ、どんな金額を迫られたとしてもレナンドルはそれを用意するつもりでいた。
しかし、それは払える金額なら、というのが頭に付く。
「失礼します。〈エデン〉との交渉の結果をお伝えに来ました」
「おお! 待ちわびたぞダイアス!」
ギルドハウスに入ってきた大男、その者こそレナンドルが待っていた〈ホワイトセイバー〉のギルドマスターダイアスであった。
レナンドルは待望の報告にダイアスを歓迎するが、ダイアスは無表情だった。
「そして首尾は?」
「…………」
ダイアスは黙って手紙を差し出した。
そこには〈エデン〉を支える執事セレスタンと〈助っ人〉のメリーナ女史の名前で回答文が記されていた。
それを読んだレナンドルは愕然とする。
「な、なんだこの金額は!? ダイアス!」
「俺に言われても分かりませんよ。ただ言えることは現在〈白の玉座〉の価値がかなり上がってきているということでしょうね。例のクラス対抗戦の影響でしょう」
「まさか、これほどの金額にまで膨れ上がっていたのか?」
信じたくないとばかりに注目するレナンドル。手紙に書いてあったのは、以前〈獣王ガルタイガ〉に賭けた時のレートのざっと倍。
〈テンプルセイバー〉の総資産並の金額だった。
しかもこの金額でも最低額であり、売るつもりは無いとも書かれていた。
当たり前だ。Aランクに行けるほどの切り札を、早々手放すはずが無い。
「レナンドル」
「ま、待てタバサ。まだ交渉は始まったばかりだ」
「いいえ。もう無駄よ。Aランクギルドを支え、Aランクギルドになれるほどの装備を手放すはずが無いもの」
「お、おい、タバサ、どこへ行くんだ!」
「私はもう脱退するわ。学園に申請するから数日中には結果が出ると思う。安心して、〈ホワイトセイバー〉にはヒーラーもいる。引継ぎはしておくから」
「待ってくれ!」
レナンドルとカサンドが何度引き止めてもタバサは止まることなく、そのままギルドハウスを出て行くのだった。
学園を通されてはさすがにギルドの権限で残れというのは無理だ。
〈テンプルセイバー〉にできること、残された道はただ一つ。
タバサが脱退する前に、この数日中に死ぬ気で〈白の玉座〉を取り戻すしかない。
レナンドルたちは覚悟を決め、ゼフィルス宛に〈果たし状〉を送ったのだった。
〈テンプルセイバー〉が出せる物全てを賭けた、最後の賭けである。
なお、その〈果たし状〉が何かの手違いで王太子と学園長に届いてしまうことを、彼らはまだ知らない。
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