第571話 頑張って造った要塞、ぶっ壊しちゃおうぜ!




 時は少し遡る。


「……思ったより優秀なクラスが多いな~」


 これが俺の素直な感想だった。


「決勝戦ですから。それに今年は高位職が増え、優秀なクラスが多いと聞きます」


 俺の感想に応えたのは隣にいるエステルだ。

 その応えに俺はにこやかに頷く。


「嬉しそうですね?」


「そりゃ嬉しいさ! カルアが送ってくれた勢力図。これはすんごいぞ! 〈12組〉がどうなったのか気にはなっていたんだが、まさかリーナのクラスの他に〈5組〉とも同盟を組んでいるとは。しかもあの戦法はヤバい、リーナがパナい!」


 俺は前もってカルアにこの〈五つ山隔て山〉フィールドの簡単な地図を作って渡しておいた。

 そこにカルアが調べた勢力図が描かれて送り返されてきたのがついさっき。


 これによると、やはり〈12組〉がどこかのクラスと手を組んでいるという話は本当らしかった。注目は地図の北西部分。ここに〈5組〉〈12組〉〈51組〉の拠点が隠されており、そこへ通じる道である四箇所に要塞らしきものが建造されているという。

 完全にこの三クラスは手を組んでいるとみていい。


 そして注目すべきはこの要塞である。

 要所に第二拠点らを築く戦法。

 ゲーム〈ダン活〉でも非常に強力な手として扱われていた、〈第二拠点戦法〉というものがあった。


 第二拠点を築くことによって相手の動きを抑制し、自分たちの動きの自由度を上げる。

 前にEランク昇格試験で使った〈菱形ひしがた〉フィールドを覚えているだろうか?

 あそこは中央が天王山と呼ばれており、そこを押さえると様々な状況で有利を取れるとして非常に重要なマスとして扱われている。


 第二拠点戦法はその天王山を自ら作り出す戦法だ。

 自軍拠点を攻められる際の防御として使えるのはもちろん、さらに周囲のマスはほとんどなわばりと言っていい状態に出来るし、相手の本拠地を睨み付け、動きがたい状況へ持って行く事が出来る。相手の部隊を分断し、各個撃破を狙うことも容易となる。

 一石で二鳥どころではない、へたをすれば数十鳥に影響を及ぼす非常に強力な戦法だった。


 しかし、本来なら本格的〈防壁〉アイテムの運用は生産職の力が要る。

 だからこそ〈戦闘課〉縛りの〈拠点落とし〉ではできないだろうと思っていた。

 そこで思い出すのは〈12組〉に「ドワーフ」が紛れていた件。「ドワーフ」は定番どおり生産に非常に強い「人種」カテゴリーだ。しかし、戦闘もかなり出来るため、〈戦闘課〉にいても違和感は無い。戦闘特化の育成方法もかなりの数存在するからだ。


 しかし、その真髄はやはり生産なのだろう。まさか〈第二拠点戦法〉を俺が教えるまでもなくこの決勝戦に投入してきたとか、リーナの軍師としてのレベルの高さが分かるというものだ。


 嬉しくないはずがない。というかリーナがパナい!



 実は最初、カルアから送られてきた情報は不明点が多すぎて建造物のことがよく分からなかった。カルアも要塞についてはよく分からなかったのだろう。

 ということで、俺はエステルと二人で直接確認しに行って〈第二拠点戦法〉だと看破した経緯がある。もう少し早く分かっていたら作り始めの隙を付いて生産職を屠って作戦を潰すことも出来たのだが、俺たちが連合の斥候を潰してフィールド南側への侵入を防いでいる隙に、もうほとんど組みあがっていたため簡単に潰すことが出来なかったのだ。


 さらにはカルアに聞いたところ、この要塞は北西方向を守るために四箇所、同じ物が建てられているらしい。こりゃあすご――ではなく、まずいと、俺は全軍を招集することを決めた。




 また、カルアが届けてくれたのはそれだけじゃなかった。


 どうも東側では〈3組〉〈9組〉〈10組〉が手を組んでいたらしい。


 しかもリカ、パメラ、ミサトが担当する場所にリーダーたちが集結しようとしているというおまけ付きで。

 あれには少し焦ったぜ。近くにメンバーがいなかったからな。


 一番近くて筋肉3人。続いて〈天下一大星〉。援軍に不安を覚える。

 俺、エステル、セレスタンは北からの斥候潰しに忙しく動けない。むっちゃ参加したいのに!


 結局カルアの猫経由で近くに居たメルトへ情報をリークし、助けを求めた。

 元々〈8組〉とは何らかの交渉が必要だと思っていたのでいい機会だった。


 メルトは〈8組〉。メルトの性格からして、敵対する〈1組〉の情報を受け取るか、受け取った上でリカたちを助けてくれるかは賭けのようなものだったが、そこは〈3組〉〈9組〉〈10組〉のリーダーが討ち取れるチャンス、という情報もセットでお届けしたのでちゃんと動いてくれた。

 ミサトたちと合流すれば、〈8組〉も相手の人数差的に〈1組〉と組むしか道はなかっただろうから、ミサトたちは無事生き残っただろう。


〈8組〉に借りが出来たな。これが後々いい方向に動けばいいな~。


 ああ、でもやっぱ俺が東側に行きたかった。

 拠点から一番近い要所なために俺は〈南西山〉の真北辺りにいるしかなかったのだ。く、くやしい!(図E-22)



 あの後の報告はまだ来ていないので結果は分からないが、リカ、パメラ、ミサトがそう簡単に負けるとは思えない。多分無事だろう。


 今は報告待ち。いや開始20分の途中経過を見る方が早いか? というところだ。




 しかし、驚いたぜ。


 三クラスが手を組んだ勢力が二つもある!

 優勝枠は一つしか無いのに思いきったことをする。

 つまりはそれ相応の相手を想定しているから手を組んだとしか考えられない。


 要は対〈1組〉勢力だろう。

 俺のためにこんなに戦力を集めてくれるなんてとても嬉しいじゃないか!

 思わず口がニヤけてしまう。


「……それで、どうしましょう? 威力偵察を仕掛けますか?」


 要塞の一つがある方向を見てエステルが聞いてくる。

 確認しにいった時にはすでに要塞は完成間近だった、今はさらに強固に強化している最中と見た。


 威力偵察するまでもない。


「いや、戻ろう」


「よろしいのですか?」


「よろしい。ま、全員揃ってからだな。すでに斥候もこっちに来なくなっている。そろそろ中盤戦の準備に入るぞ。初手の斥候潰しは成功。作戦を終了する」


 ということで俺は引き返し、最初の作戦の終了を決めた。

 道を支配し相手の斥候を倒す戦法は最初だからこそ効果がある。

 大部隊が出てき始めたらこっちもそれ相応で相手をしなければ逆に各個撃破されてしまう。


 試合開始から20分が経ち、途中経過で全員が無事であることを確認しつつ配置した攻撃部隊を全て一度呼び戻したのだが。



 ―――しかし、その中にカルアの姿は無かった。

 ―――代わりに黒猫が戻ってきた。


「あ~~。マジかよリーナ!」


 黒猫だけが何も持たずに来たことで俺は全てを察した。


「にゃんにゃん!」


「おう、わかったわかった」


「ぜ、ゼフィルス! そのにゃんこはどうしたんだ! まさか、まさかカルアがやられたのか!?」


 その反応は戻ってきたリカのものだ。


 やはりリカ、パメラ、ミサトは無事だった。さすがはメルトだ。

 聞けば〈3組〉〈9組〉〈10組〉の連合によって絶体絶命というところでメルトが〈8組〉を連れて登場したらしい。

 何それ超かっこいいんだけど! できれば俺がやりたかった!

 と報告を受けたのがついさっきのことだ。〈9組〉〈10組〉のリーダーは退場してしまったらしい。まだ序盤なのに?


 ちなみにリカには当然、黒猫が何も持たず単独で戻ってきた意味を知らせてある。


 その意味は――「カルア、戦闘継続不能」。


 いやあ、数ある予想のうちの一つが当たったな。いやぶっちゃけノエル対策だったんだが、たぶんやったのリーナだろ? どうやったんだろう?


 いや、それを考察する前に大事なことがあるな。


「ゼフィルス、カルアは、カルアはどうなったんだ!? やられたのか!? どうなっているんだぁぁぁ!!」


「落ち着けリカ。ちょっと待て、揺さぶるな、心配なのは分かったから!?」


 詰め寄ってきたリカが目をバッテンにしながら俺の装備を掴んでぐらぐら揺らしてくるのを抑えることだ。

 マジ落ち着けって!


「リカ、カルアが心配なのは分かるデスが、ちょっと落ち着くのデース!」


 そこにパメラが助けに入ってくれてリカを引き剥がす。

 助かった。


「だが、カルアは!? パメラ、カルアが!?」


「むっちゃ動揺してるデス」


「これが動揺せずにいられるか!? なんでパメラは落ち着いてるんだ!?」


「いやぁ、なんか取り乱すリカを見てると逆に冷静になるデス」


 うむ。それな。


「まあ黒猫がここに居るんだから退場したって事は無いだろう。ということはやっぱりどこかで捕縛されているか、寝ている可能性が高いな」


 捕縛はゲーム〈ダン活〉時代からあった立派な戦法の一つだ。途中経過で人数が分かってしまう以上、人数が減ったらすぐに手を打ててしまう。どこかの拠点が陥落したなんて情報がすぐに分かってしまうのだ。


 しかし捕縛しただけならば人数は減らない。あれは退場していない人数が表示されるからな。

 故に、本当はやられているのに人数は減っていないのだから状況は優勢、という誤報を相手にお届けすることが可能だ。


 俺もたまに使ってたな。ゲームでは囚われの姫救出作戦、なんて展開もあって面白かったんだ。わざと姫をゲットして相手をおびき寄せ、一網打尽にする、なんてことも出来たな。俺は逆に返り討ちにして姫を助ける派だったが。


 おっと脱線したな。


 あと捕縛じゃ無いならば、カルアが何らかの影響で寝ている可能性が高い。

 というかこっちの方が可能性として濃厚だ。


 うむ。最初からこの展開は想定内だ。

 カルアの最大の弱点は、〈睡眠〉の状態異常だ。

〈睡眠〉は特殊で、ダメージを与えなくても付与できる優れた状態異常だ。

 状態異常は上級職だろうが下級職だろうが普通に掛かる。カルアの足でも掛かるときは掛かる。


 そしてカルアを倒せる可能性としてもっとも濃厚だったのが【歌姫】のノエルだった。


 ここで〈拠点落とし〉のルール説明なのだが、実はフィールドの障害物である山や池は、1マスとして登録されていたりする。

 あの中央山、平地で見れば81マスも使っているあれ、実は1マスとして登録されているのだ。マスの境目なんてない。これがどういう意味を持つか分かるだろうか?


 つまり、全体攻撃、マス一杯に広がる全体系を中央山で使うと、81マス全てに効力を発揮してしまうのだ。さすがにそんな強力なスキル、下級職で全体系を持つ職業ジョブなんてほとんどいないのだが……、【歌姫】は持ってるんだよなぁ、さすが〈姫職〉。


 ここで【歌姫】のユニークスキル『プリンセスアイドルライブ』と『スペシャルソング』で効果を上げ、全体系になる『広域歌唱』を使い、『スリーピングメロディ』を使われると、カルアは山のどこに居ても眠ってしまう。逃げることもできないのだ。


 ――〈山え封じ〉と呼ばれていた【歌姫】の戦術だな。


 これが俺が一番警戒していた対カルア戦法だ。急に決まったクラス対抗戦のせいで『睡眠耐性』の付いたアクセを購入できなかったのが痛かったな。どこも売り切れだった。


〈睡眠〉は一度受けると、味方からか敵からか、何かしらの影響を受けないと目覚めない。自然回復には結構時間が掛かるのだ。特に今日はクラス対抗戦決勝戦だ。前日楽しみ過ぎて寝られなかったなんてことがあれば、寝不足で長時間おねむということもあり得る。カルアならあり得る。

 だからこそ、俺はメルトに助けを打診し、〈8組〉との敵対を後回しにした。


 だというのにリーナはどうやったのか、カルアを封じてしまったらしい。

 マジでリーナ有能。おかげで黒猫が単独で戻ってきてしまったぞ!


 もし万が一カルアが眠ってしまった時用に、状態異常にはならない黒猫を常に単独召喚しておくように頼んだのがこうそうしたな。

 この黒猫は2体まで召喚可能だが、単独召喚だと召喚継続時間が長くなるのだ。未だ黒猫が消えないのはそのおかげ。


「というわけだ。シズ、とりあえずカルアを救出してきてくれ。黒猫が案内してくれるだろう」


「了解いたしました」


 リーナがカルアを封じたということはカルアは〈竜の箱庭〉圏内にいると見ていいだろう。

 なら、シズの出番だな。


「あ、あとカルアの救出に成功したらこう伝えておいてくれ――」


「――はい。分かりました。では、行って参ります」


「にゃあにゃあ」


 伝言を伝え、拠点からシズと黒猫が出かけていくのを見送る。

 シズならなんかすぐに解決しそうな気がするな。


 そんなことを考えながら俺も集まった皆に向きなおった。


「どうするんだゼフィルス?」


 シズが動いたことで落ち着いたリカが問うてくる。リカもシズなら安心だと思っているようだ。


「ああ、まずは情報共有だ。実はここから北に要塞が設置されていたのを俺とエステルが発見した」


 俺がそう言うと、全体がざわめいた。要塞とはなんぞや、という心境だろう。

 分かるぞ、ということで説明した。


「むう、リーナめ、そんな物まで用意していたとは」


「……何か考えがあるの? ゼフィルス君?」


 リカが唸り、ミサトが聞いてくるので、答える。


「おう。序盤戦、皆ご苦労様だ。次は中盤戦。今度はこっちから攻めるぞ。――〈白の玉座〉を使おう。頑張って造った要塞、ぶっ壊しちゃおうぜ!」


 ――〈白の玉座〉。

 正直、あまりにも強すぎて……、使うことを躊躇するほど強力な、上級職の本気。


 こんなの最初から使っていたらただの蹂躙になっていただろう。まったく面白くないクラス対抗戦のできあがりだ。


 しかし、リーナはやってくれた。

 要塞建築、三クラス連合、そしてカルア封じと、〈1組〉に対する最高の取り組みをしてくれた。


 ならば、応えようじゃないか。


 上級職、その上位の理不尽さを篤と見せよう。


 上級部門・公式最強職業トップオブジョブランキング第3位常連。

 ――【大聖女】。


 なぜ、【大聖女】が数多ある〈ダン活〉の職業ジョブの中で3位に輝いているのか、その理由のほんの一端をお見せする。

 刮目してくれ。味わってくれ。


 下級職ではどう足掻いても届かない上級職の理不尽というものを。



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