第552話 観察者キールと〈3組〉リーダーのハク。





 ――第一七ブロック。

現存クラス〈1組〉〈6組〉〈10組〉〈18組〉。

退場クラス〈4組〉〈7組〉〈37組〉〈99組〉。




 ところ変わって第一七ブロックの観客席の別の場所、指定席。

 白色の鉢巻きをおでこに巻き、グルグルメガネを着け、紺一色の学ラン装備を身に着ける、昭和の応援団のような異様な存在がいた。

 それは敵情視察に来た、〈戦闘課1年9組〉のリーダー、キールである。

 なぜそんな格好をしているのか、彼なりに〈10組〉リーダージェイの応援をていで表しているらしかった。


「いい感じの展開かな。〈10組〉と〈18組〉は不動で生き残ってる。上手く〈1組〉から相手にされないが出来ているね。でも、最初〈99組〉を狙うクラスは多いとは思っていたけれど、やっぱり大きく動いちゃダメだったか……」


 キールは戦況を見ながらレポート用紙にメモを取りつつなんとなしに呟く。

 顎を指の裏側で擦る仕草をしながら次に自分たちのクラスと当たるだろう相手を観察していく。

 今回の第十七ブロックでは、キールは〈10組〉にとある作戦を仕組んでいた。

 いくつか浮かんだ作戦のうち、おそらく最善と思われるものをいくつかのパターンに分けて教えておいたのだが、〈1組〉は想定通りの動きを見せたので今のところは上手くいっている。〈10組〉は〈18組〉と共同戦線を張って、他のクラスが脱落しきるまで動かない姿勢だ。


「〈10組〉は僕の助言どおり〈18組〉と共同戦線を組んだ。〈4組〉は選ばなくて正解だったね。やはり積極的に動くと〈1組〉とぶつかるなぁ。ほんと索敵範囲が広すぎるんだよね」


 元々〈4組〉を選ばず〈18組〉を選んだのは、格下相手なら〈10組〉の勝率が高いと睨んだからだ。例えばキールの予想通りに展開が進み〈1組〉〈10組〉〈18組〉が残った場合、2位になるのはどこ? と、そういうことだ。戦争で決めるなら〈10組〉が負ける可能性のある〈4組〉より、格下の〈18組〉の方がいいという判断だった。


 しかし蓋を開けてみれば〈4組〉はすでに退場している。

 漁夫の利を狙い、〈99組〉と〈37組〉を狙いに行った〈4組〉だったが、そこへ〈1組〉が襲来する不幸に見舞われ、リーダーを討ち取られるという痛すぎる痛打を受けて潰走するに至った。

 しかも不幸はそれだけで終わらず、潰走している途中で〈6組〉〈7組〉の同盟軍と遭遇。

 混乱のさなかにあった〈4組〉は指揮官を欠いた状態で大した抵抗もできず、さらに多くの脱退者を出しながらも拠点へと逃げ込んだ。


 これは意外な展開だった。〈4組〉は中々に強いクラスだ。

 クラスの推定平均LV50前後。リーダーに至ってはLV64と突出して高い。

 まあリーダーはいなくなってしまったのだが。


 それに対し〈6組〉と〈7組〉は弱いクラスだ。クラスの推定平均LV38~LV43、リーダーもLV52、LV51とパッとせず、〈30組〉~〈40組〉と同格くらいとみなされている。〈1組〉相手なら壁にもならず蹴散らされる未来が見える。せめてクラス全員三段階目ツリーを開放して来いと言いたい。


 どちらも単クラスでは〈4組〉には敵わない、簡単に蹴散らされて終わるだろう。

 その〈6組〉と〈7組〉が勝利を掴んだのは、やはり数が倍もあったのと〈4組〉が開始早々リーダーを退場させられて浮き足立っていたのが大きいだろう。


 そうして〈4組〉対〈6組〉〈7組〉という図式が出来上がり、20分近くの時間をかけて決着。〈6組〉が止めを刺し〈4組〉は退場していった。

 しかし、その被害は思いのほか大きく、同盟軍は〈1組〉に攻撃の隙をさらしてしまう。


 最初の攻勢で〈99組〉を落とし、その後に〈37組〉を落とした〈1組〉は、次に〈7組〉の拠点を狙いに行った。そして〈4組〉と決着がついたばかりで本隊が撤収中の〈7組〉は大した抵抗もできずに退場していったのだった。


 なぜ〈1組〉は〈6組〉ではなく〈7組〉を狙ったのか、おそらく6月にあったあの「勇者が憎い」事件の首謀者の多いクラスだからだろう。特に女子の迫力がすごかった。なぜか防衛担当だったはずの女子まで出張ってきて首謀者たちは真っ先に女子たちによって退場させられていったのだ。

 確か6月のあの事件ではギルドバトルに参加出来たのはほとんどが上級生で、1年生は無傷な者が多かった、その借りが返された形だろう。


 おかげでビビッた〈6組〉は亀のごとく拠点に身を潜めている。

 生き残っているのは〈1組〉〈6組〉〈10組〉〈18組〉。

 それが現在の状況だ。


 そしてキールが助言した〈10組〉は、予想通りほとんど動かないだけで最低でも4位の座が転がり込んだ。学園からの賞品を狙うだけならこれでも十分である。


 しかし、勝ち抜き、決勝戦へ進出を狙うのならここからは動かなくてはならないだろう。

 だが、それは今ではない。ジッと動かない。亀のように硬くなり、防衛に徹する。まだまだ動く時ではない。〈1組〉の動きが確定できるまでは。


〈7組〉を退場させた〈1組〉は自軍拠点に戻っていて動かない。はてさて。


「さて、盤上停滞した。〈6組〉も〈10組〉も〈18組〉も動かない。隙は無い。では、ここから〈1組〉はどう動くのかな?」


 こうまでして拠点を守るために固まってしまうと下手に攻めることはできない。

 いくつかの拠点が脱落するとよく起こる展開の一つ、膠着状態だ。


 いくら〈1組〉とて、これを正面から破るのは難しいだろう。

 攻めるのに時間を掛ければそれだけ他のクラスから拠点へ攻撃されるリスクが高くなる。

 今までの〈1組〉は本隊の留守を狙って隙を見て拠点を落とすというやり方が多く、ガッチガチに固まった拠点には攻撃してこない傾向が強かった。


 ポイントを多く稼いだクラスは大概守りに入って逃げ勝とうとする。

 今の〈1組〉〈6組〉がまさにそうだ。特に〈1組〉は半数の三クラスを脱落させている。

 このまま逃げ切れば2位以内は確定で、決勝戦進出だ。無理に攻めて隙をつくる必要は無い。


 もし〈1組〉が動かないでいてくれるのなら、ここからは〈10組〉が自由に動くことができるようになる。

 キールの狙いの一つだった。


 そして〈1組〉の本隊が拠点へ戻り10分が経つ。

 今までの動向から、〈1組〉がこれほどじっとしていたことはない。


 キールの口元が徐々に笑みが浮かんでいく。


「〈1組〉も防衛に徹したかな。パターンCだ。想定どおりだね。ムフフッ」


「ずいぶん浮かれとりますなぁ」


「む?」


 気分が高揚していたところに急に話しかけられ、キールはそこで初めて自分の隣の席に座っている女子に気がついた。


「というか何という格好や、〈死神のキール〉はん」


「なんだ、誰かと思ったら〈百炎びゃくえんのハク〉じゃないか」


 呆れた声にチラリと横を見て、なんだというていで返す。

 そこに居たのは白髪に白い三角耳、そしてもふもふの白く大きな尻尾を持った狐人の女子だった。一見、温和な雰囲気をしているように見えるが、この女子が只者でないことをキールは良く知っていた。二つ名を持つのがその証拠だろう。

 故に、警戒しつつ、軽くあしらうような口調を心がけて言葉を返した。


「なんだ、とは失礼なぁ……。これでもうちは〈3組〉のリーダーを任されているんよ?」


「知っているよ。というか〈3組〉で君以外をリーダーにしていたら正気を疑う。それで何の用かな? 見てのとおり、今は観戦で忙しいんだ。用事なら後にしてくれないかい?」


「えらい冷たいなぁ、そんな態度とグルグルメガネじゃ女の子にモテませんえ? それに今は膠着状態やん。少しくらい話相手になったってええやん」


「……僕から情報を得ようと思っても無駄だよ?」


「そないなこと考えてへんよ~」


「どうだかな」


「それで、この後の動き、キールはんはどう考えとるん?」


「…………」


 突っ込むべきか否か。一瞬だけキールは悩んだが、突っ込んだが最後、乗せられて情報を吐かされてはたまらない。引きつりそうな口元を手で押さえ、否とだんまりを決め込む。


「もうキールはんったら冗談や。突っ込んでくれなきゃ恥ずかしいわぁ」


「…………まったく、てれてれしないでくれ気が散るよ。それより、なんで〈3組〉のリーダー様がこんなところにいるんだ?」


「キールはん、自分は答えないのにうちにだけ情報を言わせようとするなんて鬼畜やわぁ。キールはんが教えてくれたらうちも教えてあげる」


「……ならいい」


「え~、それじゃあつまらんやん~」


 もうめんどくさくなってキールはそう突っ放すが、ハクは口を尖らせて抗議した。

 集中しろと自分に叱咤して、改めて戦況に集中しようとするキール。

 しかし、それを邪魔するようにハクは話しかける。


「〈1組〉の、いては決勝戦進出クラスの敵情視察やろぉ? 目的は同じやん。ねぇ情報交換しようや」


 やはりというべきか、ハクの目的も〈1組〉のようだった。

 しかしキールはそれだけではない。〈10組〉ジェイの応援もあるが、〈1組〉がどういう行動を起こせばどういう展開になるのか、〈1組〉という超豪傑クラスが相手の時、〈拠点落とし〉ではどう動けばいいのか?

 その予想と結果と答えが分かる貴重な機会である。邪魔はされたくはない。

 なるほど、もしかしたらハクは〈1組〉の観察をしつつキールの行動を妨害するよう仕向けてきているのだと、キールは予想した。


 ならば、キールは対抗するしかない。ハクの手に対抗するためキールはハクを煽ることにした。


「はぁ。今から決勝戦の心配かい? まずは目先の心配をしたらどうなんだい? 第二十ブロック、もう勝った気でいるの?」


 心底「思い上がりも甚だしい」という態度でハクを見る。しかし、ハクは一瞬きょとんとした顔をした後、にんまりと笑みを浮かべて言った。


「確かにそうや。うちらの第二十ブロックには〈5組〉がいるかんなぁ。要注意や。でもそれだけや、他のクラスに〈3組〉がおくれを取ることはあらへん。それにや、今のはキールはんにも言えることやろ? 第一八ブロック、〈8組〉がいるやん? 勝てるん?」


「…………」


 その返しにキールはグルグルメガネの奥で鋭い目をしてハクを見る。

 確かに、強敵は〈1組〉だけではない、とキールも思う。

 キールにとって最大の壁はもちろん〈1組〉であるが、他のブロックに強敵がいないわけでもない。特に第一八ブロックには〈8組〉がいる。

〈1組〉を調べ上げてもこの後の準決勝に勝てなくては何の意味も無い。


〈8組〉は強敵だ。優勝候補の3番目に位置している。

 自分たちの〈9組〉は優勝候補5番目だ。いや4番目の〈2組〉が退場しているので今は〈9組〉が4番目だろうか?

 つまりはまともに戦えば〈9組〉は負けると思われているのである。なんと心外な。

 準決勝ではどちらが優れているのか、証明させねばならないだろう。


 そしてこの〈3組〉リーダーもまた、自分たちと同じ優勝候補クラスだ。元々6番目に位置していた。今は5番目か、自分たちの一つ下だが、クラス単位では無く個人で見たとき、キールでもハクに敵うかは分からない。〈3組〉はハクが突出して戦闘力の高いワンマンクラスなのだ。そのおかげで中々に強いクラスとされる〈4組〉をも押しのけて上位の予想となっている。


 最終日はこの油断できない女子も相手にしなければならない。最大のライバルの一つだ。

 だからこそ、こうやってにこやかに話しかけてくるハクの行動が分からないのだが。


 会場を見ていた視線をちらりと送ると、にこやかな笑みを崩さないハクが気軽な感じで言った。


「なぁなぁキールはん、提案があんねん」


「…………なにかな、聞くだけ聞いてあげるよ」


 とりあえず、それだけ返す。

 しかし、キールはそのあとの言葉に驚きにグルグルメガネの奥で目を見開いた。


「決勝の話や。一緒に対〈1組〉〈8組〉の共同戦線を張りまへん?」




 ―――――――――

 後書きでカウントダウン失礼いたします。

 ブックウォーカーで〈ダン活〉電子書籍発売まで後1日!

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る