第551話 観戦。ユーリ王太子? いいえユリウスです。




「ああ、僕のことはユリウスとでも呼んでほしい」


 そんな気軽に申されましても、とマクロウスは思う。


 目の前に居るのはこのシーヤトナ王国で王太子の位におられるユーリ殿下だ。

 マクロウスも、ユーリ王太子が学園に入学する前は何度か剣の稽古を一緒した事があるため知らない仲ではなかった。マクロウスは【魔道士】系の職業ジョブ持ちであるが、剣もたしなんでいるため、純粋な【剣士】系よりステータスの差が少ないとしてよくユーリ殿下の相手をさせられていたのだ。

 しかし、突然の遭遇に心構えなんて何一つしていなかったマクロウスの心境は大きく混乱する。


 そんなことより、なぜそんな格好で、しかもお供も付けずに自由席に座っているのかを聞きたいマクロウスだった。

 しかし、レビエラ団長は少し目を見開き、驚きをあらわにしたがすぐに気を取り直してユーリ殿下の隣の席へ座る。


「では、隣に失礼させていただきます。マクロウスも座ってください」


「……は、は!! 失礼いたします」


「あ~、そこまで硬くならないでくれ、お忍びなんだ」


 なるほど、バレると面倒事が起きるのだろう。さもありなん。

 しかし、この満席に近い自由席でユーリ王太子の側だけ席が空いている不思議。

 マクロウスはそんな無茶ぶりにキュッと表情を引き締め直した。

 楽しみで仕方なかった〈クラス対抗戦〉が一瞬で緊張の場面に早変わりだ。


 しかし、そんな様子が伝わったのだろうユーリ殿下が口元に手をやって苦笑いすると、まるで世間話をするように語りかける。


「僕のことは本当に気にしないでくれ。それより会場の方を見て欲しい。そろそろ拠点がまた一つ落ちるみたいだ」


 なぜお忍びで観戦しているのか知りたい2人の内心をスルーして、ユーリ殿下は会場を見るように促す。


『拠点がまた一つ落ちる』。

 その一言にマクロウスとレビエラの視線が会場へと向かう。


 そこには〈1組〉が〈7組〉の拠点へ攻め込んでいる光景があった。

〈7組〉が多額の予算で用意したのだろう〈バリケード〉は破壊されつくし、罠も破壊されつくし、丸裸になった拠点は今、風前の灯火だった。


「これで〈1組〉は三つ目の拠点を陥落させるだろう、見事だよ。普通はこんなに簡単に落とす事なんて出来ないんだけど。練度だけじゃない、一人一人のLVや職業ジョブが非常に高レベルなんだ。それに加え、作戦指揮能力がとても優れているせいでつけいる隙がほとんど無いときている」


「…………」


 三つ目、すでにユーリ殿下は〈7組〉が脱落するのを確信している口調だった。さらにべた褒めと来ている。レビエラたちは状況を確認するために〈7組〉に注目せざるを得ない。

 とはいえ元々〈1組〉の活躍を見に来た二人だ、ユーリ王太子の解説は正直ありがたいものだった。

 そしてユーリ王太子の言葉は、すぐ現実のものとなる。


 勇者が指揮するメンバーが〈7組〉の人たちをバッタバッタと倒していき、ついに拠点へ攻撃がなされると、簡単に〈7組〉が脱落した。

 途中、破れかぶれになったのか爆弾を抱えて特攻しようと試みた者も居たようだが、簡単に排除されてしまい、お世辞にも相手にされているとは言いがたい結果に終わる。


 周りの観客席が一斉に歓声に包まれ、スクリーンでは〈1組〉の点数が驚異の1000点台へ突入していた。


 これはレビエラたちが到着して、わずか5分足らずの出来事である。


 食い入るように見るマクロウス。その目には、すでにユーリ王太子への意識はない。【勇者】少年から、いや【勇者】少年が率いる〈1組〉から、何か得られるものは無いかと瞬きを忘れて見つめていた。少し前まで緊張感マックスだったとは思えない所業である。


 そんなマクロウスの様子に苦笑しつつ、レビエラはこっそりユーリ王太子に聞く。


「ユー、いえユリウス殿。我々はたった今到着したところなのですが、いったい何がどうなってこんな結果になったのでしょう?」


 そう言って巨大スクリーンの点数を見るレビエラ。

 その言葉遣いはかなり砕けていた。それもそのはずで、ユーリ王太子は学園に来る前はよく〈王宮魔道師団〉の稽古に加わっていた。時には遠征にも同行していたこともあり、当時副団長をしていたレビエラは、公爵家の令嬢ということもあって、よくユーリ殿下の相手をしていたのだ。


「そうだね。順を追って説明しよう」


 本来なら王太子殿下を説明役にするなんてとんでもない事だ。しかし、そこはレビエラとユーリ王太子の仲である。ユーリ王太子はなんら気分を害することなくレビエラの疑問に説明していく。その話し方は、とても楽しそうですらあった


「最初に動いたのは〈1組〉〈4組〉〈37組〉だった。他の組はどこかしらのクラスと手を組もうと動いていたんだが。面白いことに〈37組〉が〈99組〉の拠点に攻撃を仕掛けようとしたところに〈4組〉も参戦。さらにそこへ〈1組〉が〈4組〉の後ろを突く形で加わって最初から四つ巴の戦闘が繰り広げられた」


 レビエラは想像して、なんとも言えない困った顔をした。

 いきなりそんな大規模な激突劇があったとか、普通に考えればどうかしている。

 戦略的観点から見て、まずは敵情視察。情報を集め、全ての拠点を丸裸にしてから作戦を練る。威力偵察を繰り返し、どこかと一時戦線を張るも良し、そうして戦況を見つつやっと本命で攻めるのがセオリーとなる。


 しかし、一年生の〈1組〉と〈4組〉がしていることはただの突撃だ。聞くかぎりではなんの戦略性も無いように思えた。しかもいきなりの四つ巴。確実に乱戦となり、少なくない犠牲が出ることは火を見るよりも明らかだった。あと三クラスに攻められた〈99組〉が不憫でしかたない。

 だが、そんなレビエラの予想をユーリ殿下はおかしそうにぶった切る。


「結果は――〈1組〉のほぼ完全勝利だ」


 その結果を聞いてレビエラは内心で驚愕し、視線を自分の拠点へと戻る〈1組〉へと向けた。

 ユーリ王太子の話は続く。


「〈1組〉はね、リーダーである勇者ゼフィルス、騎士エステル、猫人カルアでそれぞれのクラスのリーダーを直接討ち取ったんだ。おかげで〈4組〉は潰走。〈99組〉拠点はそのまま〈1組〉に討ち取られる結果になり、〈1組〉はそのまま近くに在った〈37組〉拠点に侵攻し、これも陥落するに至った」


 それを聞いて二人はさらに驚いた。


 リーダー一点狙い。

 理屈は分かるが難易度は比べものにならないほどに高い。

 リーダーとは普通クラスで一番強い者だったり、優れた者がなる。つまり指揮官だ。

 指揮官が討たれたらもう壊滅は必至。故にリーダーのガードは非常に硬いのが普通である。討ち取れれば確かに大戦果だが、それなりの犠牲を伴うし、下手すれば逆襲カウンターでやられかねない。


 それを、三クラスを相手に同時に敢行し、結果を出した。そうユーリ王太子は言う。

 しかもリーダーが直接危険を冒して敵の指揮官を討ち取りに行くというのは常識外れも良いところだ。

 レビエラの顔に冷たい汗が流れた。


「とんでもないことをしますね」


「結果が良ければ全て良いと言うのは簡単だけどね。いや、あれは手に汗を握ったよ。久しぶりに楽しく、熱き展開を見た」


 ユーリ王太子はやはり楽しそうに言う。

 常識破り、型破り、そんな行動で最良の結果を残す。

 それがおかしくて、魅力的で、誰しも魅了するのだろう。このユーリ王太子のように。


「…………」


 あの日、【勇者】ゼフィルスの授業を間近で見たマクロウスの興奮した様子を思い出す。

 レビエラはここに来て確かめるまで実感が沸かなかったが、確かに勇者とは、まるで物語の登場人物のように破天荒で有り、そして優秀な人物であると認識を新たにしたのだった。


 その後も展開の流れを聞きつつ、自分たちが到着するまでの流れを聞いたレビエラは、ついでとばかりにユーリ王太子に聞く。


「そういえばユー、いえユリウス殿はなぜそんな格好でここへ?」


 今までスルーしていたが、さすがにこのままとはいかない。


「……うん。まあ、指定席の方だと落ち着かないからだね。僕がいると知られると満足に観戦もできないかもしれなかったから……」


 そう弁明じみた発言をするユーリ王太子だが、なんとも歯切れが悪かった。

 ユーリ王太子との縁も短くはないレビエラはそれを聞いてピンと来た。


「まさか、まだラナ殿下と仲直りしていないのですか?」


「うっ」


 それまでフードで顔を隠しながらも威厳のある振る舞いがあったユーリ王太子が詰まった声を出して固まった。

 それを見てレビエラは確信する。

〈1組〉にはユーリ王太子の妹御であるラナ殿下がおられるのだ。

 しかし、その仲は現在あまりよろしくない。


 つまり、ユーリ王太子がお供も連れず、姿を隠し、さらに自由席で一人座っていた理由はラナ殿下に見つからないようこっそり観戦するため、であった。いやそれが多分に含まれている。

 しかし、それを表に出すことはできない。ユーリ王太子は別の理由を話す。


「もちろんそれだけが理由ではないさ。知っているかい? 噂の勇者君が上級職に就いたというのを?」


「【勇者】の上級職ですか!?」


 その言葉に真っ先に反応したのはマクロウスだった。その目は驚愕に見開かれている。それを見てレビエラは逆に冷静に受け止めることが出来た。


「噂の信憑性は?」


「ほぼ確実だよ。問題は何の職業ジョブに就いているのか、だね。それを見きわめるのも僕の仕事の一つだよ」


「なるほど」


 ユーリ王太子の言葉にレビエラは頷く。


 勇者降臨。


 王宮では、勇者が誕生したことで多くの噂を呼んだ。

 そこでまことしやかに囁かれていることがある。


『勇者とは、世界の危機に颯爽と現れる職業ジョブである』と。


 それは神話の話だ。

 この世界では知らない者は居ないほどの有名なお話。


 その昔、神話の時代にて大陸がモンスターに埋め尽くされ滅ぼされかけた時、竜に乗った勇者が颯爽と現れ、聖女と共に世界を救ったという、ありふれた神話だ。

 最後は、勇者と聖女は結ばれ幸せに暮らしましたとさ、と終わる。


 しかし、王家はこれを事実だったと認識している。もうどれくらい昔なのかは定かではないが、勇者が世界を救ったということだけは絶対の認識として知られているのだ。


【勇者】が現れたとき、何も起こらないとは言い切れない。

 故に、王家はこれまで勇者を要監視対象としてきた経緯があった。

 それが上級職になった。

 これまで以上に監視の目を強めるのは当然のことだった。


「それにラナも、ね」


「ラナ殿下がどうかなされたのですか?」


「どうもラナも上級職になったらしい」


「ええ!?」


 今度こそレビエラが素っ頓狂な声を出した。


「ラナ殿下は確か【聖女】でしたよね? な、何に就かれたのですか!?」


 レビエラが慌てたように確認する。【聖女】の上級職には一つ、伝説をも凌駕するとんでもない職業ジョブの存在があった。

 嘘か誠か、上級ダンジョンのさらに上すら攻略が可能と囁かれている伝説中の伝説の職業ジョブ―――【大聖女】。

 

 もしそれに就いているのだとすれば、ラナ殿下の存在は世界の至宝となる。

 どんなふうに扱われるのかとても想像できない。超好待遇なのは確かだろうが、一生ダンジョンに引っ張りだこになる可能性も高いだろう。


「まだ調査中さ。しかし、僕はそろそろ、ラナと本格的に仲直りしないといけないね」




 ―――――――――

 後書きでカウントダウン失礼いたします。

 ブックウォーカーで〈ダン活〉電子書籍発売まで後2日!




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