第526話 電撃戦? 突然の災害か見分けがつかない。




 時は少し巻き戻る。

〈拠点落とし〉の開始を告げるブザーが鳴り響き、〈クラス対抗戦〉が始まった。


 にも関わらず、ここ〈1年58組〉の初動は非常に鈍かった。


「おい! 防衛モンスターの召喚はまだか! もう試合が開始してしまったぞ!」


「仕方ないだろう、よく考えて召喚盤を選ばなければ守り切れない。もう少し考える時間をくれ」


「くっ」


 クラスのリーダーである男子、アトルトアが急かすも、召喚盤を担当する男子から言い返されて言葉に詰まる。

 ここ〈1年58組〉は中位職、中の上で構成されたクラスだ。


 昨今の高位職者増加の煽りを受け58組という席に甘んじてはいるが、例年なら10組台、20組台に名を連ねるほどのそこそこ優秀な学生たちである。

 しかし、それはなんの慰めにもならない。


「ぐぬぅ。なんで高位職ばっかのブロックに……」


 リーダーアトルトアがぼやく。

 そう、彼らが組み込まれた第一ブロックは今や高位職が半数以上を占める魔境、ではなく激戦区となっていた。

 学年で最も成績優秀者が集まる〈1組〉そして〈2組〉と同じブロックというだけでも引きつった顔が戻らないのに、今年は高位職のクラスが多い影響で、計5クラスが高位職という眩暈を起こしそうなブロックとなっていた。準備不足で決勝戦に放り込まれたようなものである。


 この〈58組〉とてなかなかの逸材ではあるのだが、悲しいかな、正面から戦っても高位職のクラスには勝てないだろう。他の中位職クラスが相手であれば勝てる自信があるだけに、彼らは歯がゆい思いを持っていた。


「だが、すでに試合が開始されていることに変わりはない。出遅れてるぞ! なるべく早く頼む」


「わかってる。同盟の方は頼むぞ」


 彼らの初動は鈍い。

 その理由がこの半数以上が高位職で構成されたブロックのせいだった。

 各自様々な状況を見越して多くの召喚盤を持ち込んでいたが、さすがに〈1組〉〈2組〉のいるブロック、さらに半数以上が高位職に送り込まれるなんて想定外も良いところだった。


 この状況、防衛モンスターで乗り切れるのか?

 完全に無理だ、と言わざるを得ない。

 彼らが想定していた「ここまでなら防衛モンスターをこう配置すればいける!」という状況を完全に振りきっていた。要はキャパオーバーである。


 故に召喚盤を担当する学生たちは頭を捻り倒し、考え直さなければならなかった。

 防衛モンスターを討ち取られれば相手にその分の点が入る。

 討ち取られないようにするのか、討ち取られる前提で配置するのか。そもそも配置しないのか。

 しかも召喚盤は3種類までしか設置できない。一度設置してしまえば試合が終わるまで外せない。変更はできないのだ。

 どの召喚盤を設置するのか、試合開始時間になっても、そう簡単に決められるものではなかった。


 それに、そんなすぐに拠点が襲われることも無いだろう。時間はまだある。

 そう、彼らは考え、その間に同盟の話を進める。


「我々が生き残るにはどこかと同盟を組むしか無い。お隣さんへの使者の準備は出来たか?」


 リーダーアトルトアが別の男子に話しかけた。


「出来たが、こっちから出せる物が無いぞ。何を提案するんだ?」


 同盟を組むにしたって弱いクラスと好き好んで組むクラスはまずいない。

〈58組〉は中位職クラス。同盟を組んでくださいと頼む立場だ。今のまま「同盟を組んでほしい」と言っても成功率は低かった。何か〈58組〉と手を組んでもいいと言わせるだけの手土産が必要だ。


 アトルトアは、こいつ知らずに準備してたのかと、ちょっと嘆きながら教える。


「おい、なんのためにこんなところに拠点を構えたと思っている! どこかが攻めてきたら盾になれますとでも言って気を引くんだ。向こうにも悪い話じゃないはずだ」


 ここ〈58組〉がいる場所は、彼らはまだ知らないが〈1組〉の拠点がある山脈の反対側だった。〈1組〉の拠点を狙うためには自然と〈58組〉も目に入ることになる位置。

 ならば自分たち〈58組〉の拠点を防波堤に使えなくも無い。


 中位職クラスとはいえ自分たちのクラスはそこそこ優秀な〈58組〉だ。同盟の交渉は十分可能だというのがアトルトアの予想だった。

 お隣の拠点がどこのクラスかは分からないが、自分たちの前に拠点選びしたクラスは全て高位職クラスだ。損は無いとアトルトアは思っていた。


 しかしそれも、突然舞い込んできた報告によって打ち破られることになる。


 それは拠点の上部に上り警戒している監視班からの叫びにも似た報告から始まった。


「な、な、な! 他のクラスが! 他のクラスが攻めて来たぞ! 数10人!」


「はあっ!?」


 アトルトアが一瞬なんの冗談だ? という気持ちを表情に出したが、すぐに自分の目で確かめるべく外に出た。


 ここは〈1年58組〉の拠点。

 拠点選びの順番で言えば6番目にあたり、高位職のクラスからはこの位置はバレていないはずだった。こんなに早く位置が特定され、戦力クラスの3分の1以上で攻められるなんて想定外にもほどがある。


 ということはそれよりも下のクラス。〈99組〉か〈116組〉が? いやそれも考えにくかった。

〈99組〉と言えばギリギリ低位職から脱却したようなクラスで有り、〈58組〉とは実力に大きな開きがある。〈116組〉に到っては低位職のクラスだ。

 これほど大胆な攻勢に出てくるとは思えなかった。


 何しろ今は試合が始まったばかり、拠点の中にはまだまだ人が残っており、数人が哨戒で外に出たのを差し引いても残り26人。倍以上の人数がいるのだ、それを理解していないとは思えない。ならば下のクラスという線はない。


「くそ、いきなり高位職のクラスに攻められるだと!? 防衛急げ! なんとしてでも防ぎきるんだ!」


 アトルトアが走りながら叫ぶ。

 高位職クラス、アトルトアには一つ心当たりがあった。

 山脈の向こう側にあった拠点のクラスだ。


 自分たちが使者を送るのが遅れたせいで完全に戦闘を仕掛けられてしまった。

 こんなに早く攻め入られるなんて予想外すぎた。


 しかも今は防衛モンスターすら配置していない。〈58組〉は蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれた。


「ぐぬぬぅ、それよりどこのクラスだ! 双眼鏡を!」


「はい!」


 拠点の上層階で監視班から双眼鏡を受け取ったアトルトアがその目で確かめる。

 そしてその目が驚愕に見開かれた。


「あれは、勇者!? それに〈天下一大星〉だと!? 〈1組〉だ、〈1組〉が攻めてきたぞ!!」


 先頭を走るその姿にアトルトアは覚えがあった。

 アトルトアの声に拠点内が蜂の巣をつつくどころか、叩き割ったような騒ぎに包まれる。


「いかん! 迎撃しろ! 届かなくてもいい! 〈1組〉の足を止めるんだ!」


 アトルトアの牽制指示に魔法や遠距離攻撃が放たれる。

 それはマスの境目を通過する際、威力がガクンと落ちる。アリーナでは超遠距離による行動に制限があるのだ。

 しかし、近づかれてでは遅い。


 時間を稼いでいる間に防衛の体制を整えなければとアトルトアがすぐに動き出す。


「1班2班は前へ出て攻撃をブロックしろ、時間を稼ぐんだ! 3班は北側、4班は南側へ、急げ! 残りはここから牽制の手を休めるな! 防衛モンスターの配置はどうなっている!」


「もう少し待ってくれ!」


「待てん! もう〈1組〉がすぐそこまで迫ってきているんだ! 1つでいい! 召喚盤を設置するぞ!」


 リーダーがなおもごねる召喚担当を押しのけ召喚盤の1つをぶんどるとコンソールに埋め込んだ。

 それは持ち込んだ召喚盤の中でもっとも強力であり、〈58組〉の切り札と言って良いモンスターだった。


「コイツのコストは33! 3体を出す。ここでしのげなければどのみち終わりだ!」


 モンスター名〈ネズミ盗王とうおうLV50〉。

 中級下位ダンジョン〈盗鼠の根城ダンジョン〉最奥のボスだ。

〈58組〉のリーダーであるこの男子は貴族の四男坊であり、実家から持ち込んだ切り札の1つだった。


〈ネズミ盗王とうおう〉の戦闘力はさほど高くは無い。

 しかし、ボスが弱いわけが無い。ちゃんとやっかいな能力を持ち合わせていた。


 それが、『装備封印』。

 ゲーム〈ダン活〉時代は『装備強奪』とも言われていたそれは、相手の装備をひっぺがす恐ろしいスキルだった。当然能力値は低下し、武器を奪われれば攻撃もままならなくなるというやりづらいトンデモ能力である。

 とはいえゲーム〈ダン活〉時代は一定数ダメージを与えれば取り返すことができた。


 リアルでは少し効果も変わっている。封印された装備の能力はゼロとなるだけでスキルは使用可能だ。しかし、『装備封印』はボスを倒さないかぎり解除されないという厄介な能力が増えている。

 これを〈拠点落とし〉で使えばどうなるか?


 たとえば防衛が成功したとして、相手が引き上げる。

 すると相手は〈ネズミ盗王〉がやられるまでずっと装備の能力が封印されたままとなるのだ。

 端的に言って非常に強力なモンスターだった。最奥のボスの名は伊達ではない。

 しかもコストが33とギリギリ3体まで召喚可能というところも大きな利点だろう。

〈拠点落とし〉でこれほど有用なモンスターはそうはいない。〈金箱〉産なうえべらぼうな価値があることを除けば、であるが。


 このタイミングで〈ネズミ盗王とうおう〉を3体召喚したアトルトアの判断は英断と言える。

 他のクラスが相手であれば、相手が怯んだ隙に形勢の有利に狙えたかもしれない。


 しかし、相手が悪かった。

 今迫ってきているのは〈1組〉。

 ただ、その半数以上が〈エデン〉のメンバーなのであった。


「ゆけ〈ネズミ盗王とうおう〉! 奴らを弱体化させろ! 1班2班タンク隊、それと5班は盗王とうおうを守れ!」


「「「ヂュゥゥゥゥゥッ!!!!」」」


 中級最奥ボス3体が前線に突撃する。

 その迫力は一年生にとって相当強大なものである。

 味方に付けばこれほど頼もしい者はおらず、敵に付けばこれほど恐ろしい相手も居ないだろう。

 ただ、〈1組〉は中級下位チュカの最奥ボスの認識がちょっとどころじゃ無く異常だった。


 まっすぐ進んできている相手側のリーダー、ゼフィルスはこう語る。


「おおお! あいつ〈ネズミ盗王とうおう〉じゃん、33点が3体! 合計99点ゲットだ! やったぜ!」


 やったぜ! ではない……。

 すでに点数のことしか頭にないようだった。


 魔法や遠距離攻撃が降り注ぐ中を盾や刀で払い、受け流してまったく止まらずに進む、その先頭に立つのはゼフィルス、リカ、そしてヘルクのタンク3人だ。ミサトから『プロテクバリア』や『リジェネプロテクバリア』を貰っているためダメージは微々たるものである。

 その後ろに〈天下一大星〉が控え、その後ろに〈エデン〉が控えている。

〈1組〉は未だに反撃していない。それは距離があったからだ。


 しかし、もうそろそろその距離も狭まり、〈58組〉拠点から東へ1マスのところでぶつかることとなった。


「カルア、エステル。任せたぞ! サターン、遠距離攻撃準備だ!」


「ハッ! 我らの攻撃をとくと味わうがいいぃぃ!」


 突撃は止まらず、〈1組〉が1班2班のタンク担当のいるマスに侵入する。


「ユニークスキル『大魔法・メテオ』! 『フレアバースト』!」


「『滅空斬』!」


「『アンガーアックス』!」


「『オーラ・オブ・ソード』!」


「『ライトニングバースト』!」


〈1組〉から一斉に放たれる遠距離攻撃の嵐が1班2班のタンク担当、そしてその後ろに守られている〈ネズミ盗王とうおう〉を襲う。


「ぐああぁぁぁ!」


「な、なんだこの威力は!?」


「ば、馬鹿な!」


 たった一度の攻撃、それだけで1班2班のタンク班が崩されかけた。

 すぐに回復が届くが、まったく足りていない。これがレベル差、そして高位職と中位職の差である。


 しかも、〈1組〉がすぐ側まで迫っていた。

 タンク班は盾を持ち直し、決死の覚悟で役割を果たさんとする。

〈ネズミ盗王とうおう〉がなんとかしてくれると信じて。


 しかし、残念ながらそれは敵わなかった。

 タンク班をすり抜けるようにして、〈1組〉が〈ネズミ盗王とうおう〉に突撃したためである。

 普通なら怯む3体のボス。

 だが〈エデン〉にとってボスとは獲物に過ぎない。


〈58組〉の失敗は防衛モンスターを過信しすぎたこと。〈ネズミ盗王とうおう〉をタンク班の横に付けてしまったことだろう。


〈1組〉の狙いはそもそも拠点では無く、そのボスだったのだから。


「「ヂュゥゥゥゥゥッ!?!?」」


「な!?」


 気づいたときにはすでに遅し。

 接近に成功した〈1組〉は奥の拠点、横のタンク班を完全に無視し、〈ネズミ盗王とうおう〉に襲いかかったのだった。


「全力で倒せー! 後先考えるな! 点を稼いだ後離脱するぞ! 『属性剣・火』! 『勇気ブレイブハート』! 『勇者の剣ブレイブスラッシュ』!」


 ゼフィルスが気合を入れ、弱点〈火属性〉が付与された剣でズバンッとぶった切り。


「我が魔法で破滅せよ! 『メガフレア』! 『フレアインパルス』!」


 サターンが遠距離から中級火球と炎雷魔法を放って攻撃し。


「ふふ、ネズミごとき、僕の剣のさびにして上げましょう。『斬岩剣』! ユニークスキル発動『奥義・大斬剣』!」


 ジーロンが縦にズバンズバンと斬り。


「俺の斧と筋肉が唸るぜ。見よ、この腕の膨らみをぉぉ! 『破壊斧はかいふ』! ユニークスキル『大爆斧だいばくふ・アックスサン』!」


 トマが筋肉を盛り上げ、力の限り斧を振るい、ネズミを爆破する。


 そしてゼフィルスに続くように次々〈1組〉の猛攻がボスに集中攻撃した。


「ヂュァァァァッ!」


 怒濤の攻撃に1体、また1体と〈ネズミ盗王とうおう〉が討ち取られた。

 いくらボスが弱体化し、HPが通常モンスターより少し高いくらいに設定されているとはいえ、この殲滅速度は尋常では無かった。

 最初の作戦が完全に瓦解がかいしている。

 その時〈58組〉クラスメイトたちはみんなこう思った。

「あっれぇ!? ボスがあっさり負けてる!?」と。


 そりゃあ5人で倒すことが前提とされるボスだ。10人、しかも格上から一斉攻撃を受けたらこうなる。



 タンク班の班長が気を取り直したときには最後の1体がまさに攻撃されようとしているときだった。

 ボスを頼ろうとしたのになぜかボスが足手まといで全力で守らなければいけない不思議。


「ま、守れー! 〈ネズミ盗王とうおう〉をなんとしても守るのだ!」


 タンク班が〈1組〉との間になんとか滑り込もうとする、しかし、そこに巨体が間を塞いだ。


「俺様を忘れてもらっちゃ、こまるぜ? 『オーラ・オブ・ボディガード』!」


 手を広げるようにしてそこに佇むヘルクはまさに通せん坊。

 タンク班の進路を塞ぎ時間を稼いだ。


「くそう!? そこをどけぇぇぇぇ!!」


 タンク班がいくらタックルしようとも攻撃力不足だ。ヘルクはびくともしない。


 一時的に完全に守りから外れ孤立する〈ネズミ盗王とうおう〉。

 そこにゼフィルスの剣が迫る。


「君たちは勘違いしているんだ。攻撃役を防衛モンスターに任せる? そりゃあダメダメだ。何しろ、防衛モンスターは倒せば点が動くんだぜ? いくら強くてもこいつらはあくまで守るべき対象だ。それを忘れてこいつらに頼り切った時点で不正解だ」


「ヂュゥゥゥ!!」


 最後の1体の意地か、〈ネズミ盗王とうおう〉の『装備封印』を乗せた拳が飛ぶが。


「うおぉりゃぁぁ!! 『ライトニングスラッシュ』!」


 ゼフィルスの『ライトニングスラッシュ』とぶつかり、相殺する。


「――! 今だ!」


「「うおおおお!!」」


 そこにジーロン、トマたちがガンガンぶつかっていき、カルアとエステルの攻撃を始め、〈1組〉の集中攻撃をその身に受け、ゼフィルスの『ハヤブサストライク』がとどめに決まって最後のボス〈ネズミ盗王とうおう〉のHPがゼロとなる。


「おっしゃ離脱するぞ!」


 そして〈1組〉はそれを確認すると、まだボスがエフェクトを発生させる前にも関わらず、あっと言う間に離脱していった。


 まさに、嵐と見間違うほどの災害だった。


 嵐の後、不幸中の幸いにも〈58組〉の脱落者はゼロ。

 しかし、ボスのコスト33、3体分の99点を見事に持って行かれたのだった。


「なんだったんだ……、いったい……」


〈58組〉のリーダーアトルトアは力が抜けたようにそう呟いた。




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