第479話 他のものと違う、クレープのあーんの破壊力。
「すごい目に遭いましたわ。ですが、ゼフィルスさんに抱きしめられるのは良いものでした」
「そうでしょう? 私もいつもレグラム様にしてもらっていますからとても分かります。あれはいいものですわ。あそこで照れ隠しに突き放さないことが大事です。リーナさんはお見事でしたわ」
「ラブラブで裏山だね~。私もぎゅってされてみたいよ~」
出店で男子組が並び買ってくると、なにやら女子たちがガールズトークに花を咲かせていた。
男が近づきがたい空気を出している気がする。
「あ、戻られましたわ。ゼフィルスさんこっちですわ~」
「ああ。お待たせ、これリーナの分な」
「ありがとうございますゼフィルスさん」
今回買ってきたのはクレープだった。
女子たちはたとえお昼といえどガッツリ食べる姿を男子に見せられるわけがない、という配慮によりこういうチョイスになっている。なおオリヒメさんの助言だ。
男子にとっては少し物足りないが、こういう甘い物はなかなか食べる機会が無いからな。
これも夏祭りの醍醐味だろう。
男子はそれぞれ両手に持っていたクレープの片方を女子へと渡す。
俺はリーナへ、メルトはミサトへ、レグラムはオリヒメさんへと。
なんだか青春っぽい感じがしていいな。
「レグラム様、あーん」
「!!」
おっと、婚約者のオリヒメさんが甘甘なクレープをさらに甘くしてレグラムに迫った。
リーナがそれを驚きつつも興味深そうに見つめる。
しかし、レグラムはオリヒメさんから差し出されたクレープを見つめるだけだ。
「お嫌ですか?」
「……いや、いただこう。――あむ。……甘いな、だが、悪くない」
「そうでしょう。女の子の力の源なのですよ。さ、レグラム様もくださいな。ちゃんとあーんと言うのも忘れないでくださいね」
「……善処しよう。――あーんだ」
「あーん。……うふふ、幸せの味がします」
さすが婚約者さんだ。
なんともラブラブな雰囲気。
あんなレグラム初めて見たぞ。
メルトもそう思ったのか思わずといった様子で呟く。
「意外だな」
「メルトもそう思うか」
「ゼフィルス、メルトよ、その、このことは2人の胸の中に留めておいてほしい……頼む」
うむ、さすがに嫁さん、いや婚約者さんといちゃいちゃしている光景はあのレグラムといえど恥ずかしいらしい。
まあ、そうだな、いじったら可哀想だ。そっとしておいてやろう。
しかし、なんだか見せ付けられている気がして少し羨ましいな。
そう思っているとオリヒメさんの意味深な視線がリーナとミサトの方へ向いたのに気がついた。
なんだ?
そんなことを思っていると隣のリーナから、なんだか思い切ったというような声がした。
「あ、あの、ゼフィルスさん……」
「ん? どうしたリーナ」
「あの、あの……、あのですね!」
「お、おう」
なんだなんだ、なんだかグイッと迫ってくるリーナに少し仰け反る。
「よ、よろしければ、わ、わたくしのも、あーん……、ではなく食べてみませんこと?」
「え? いいのか?」
「は、はい! そ、その代わりゼフィルスさんのクレ、クレープも、食べてみたいですわ」
リーナが両手で持ったクレープを向けてきた。
そこにはイチゴ、ホイップ、バニラアイスにチョコソースが掛かっているシンプルなクレープがあった。
しかも、食べかけの状態だ。
もちろん俺のもそうだ。いきなりハードルが高くないかな? いやしかし、
食べさせあい……。もしくはあーん。
なんとも心引かれる。
横目で見ればミサトもメルトにあーんしていた。
なんだ、これが学生のノリなのか?
みんなやっているなら自分たちもいいよね的な感じか? 甘い、凄く甘い!
なんだか普段ならラナやシエラ辺りが文句を言ってきそうなシチュエーションだが、この場に2人はいない。
むう。女の子からのあーんである。
ここで拒否するのは男の名折れ。
むしろ女子から言ってこられたところですでに手遅れかもしれないと思いなおし、こちらから行くことにする。勢いで行け俺! ここで躊躇するなよ!
「もちろんいいぞ。じゃあ俺のを先に食べるか? あーん」
「へあ!?」
リーナが
頬を赤くしてビックリしている。
俺のはカスタードをベースにホイップ、バナナとチョコソースが掛かっているというクレープ。これとジッと凝視。
そして一度ぎゅっと目を瞑り何かを呟いたかと思ったら、なにやら覚悟を決めた顔つきになっていた。
「――女は度胸、女は度胸。よしですわ。――あ、ありがとうございます。いただきますわね。あ、あーん」
小さな口を開けて俺の差し出すクレープをパクリと食べるリーナ。
おぅ……、なんだか照れくさい感じがする。
なんだか周囲からざわっっっと視線が増したのは気のせいだと思う。
「お、おいしいですわ。ご馳走様です、ゼフィルスさん。……その、わたくしのもどうぞ。あ、あーん、ですわ」
お礼のあーんいただきました!
やばい。なんだか心躍る。
照れて目を瞑り、頬を染めながらも健気にクレープを突き出してくるリーナが非常に萌える!
おおう。なんか、ドキドキしてきた!
なんだか周囲がえらい雰囲気になっていることにも気がつかず、俺の視線はクレープに引きつけられた。
俺はドキドキを悟られないよう気をつけつつもリーナのクレープに目掛けてパクリと……、リーナが口をつけてないところを食べた。
……へタレと言うな。これは配慮だ、配慮。
「わ、はわ!」
「もぐもぐ。――うん。イチゴも美味いな。ご馳走様、リーナ」
「は、はい! 喜んでいただいて、よかったですわ」
これが青春!
すげぇ、雰囲気は甘甘だ。胸もドキドキだ。
少し落ち着け、うん、落ち着こう。
落ち着いてくると、なんだか視線を感じることに気がついた。割と近くから。
リーナも今更になってそれに気がつく。
「は、はわわ!?」
「見てましたわよリーナさん、ゼフィルスさん」
「いや、見ないでくれよオリヒメさん」
「うふふ。私たちのあーんは見ていたのにそちらを見るなというのも不公平でありましょう?」
「それを言われると辛いが……」
どうやらオリヒメさんの方がこういうことは上手なようだ。
「ごちそうさまでした。2人の青春、とても甘酸っぱくて美味しゅうございました」
「そんな感想はいらねぇよ!?」
見ろ、リーナが両手で顔を覆ってしまったぞ。耳まで真っ赤になってる。
とりあえず、オリヒメさんに乗せられたことは分かった。
さては恋愛系大好きだなこの人。
さすがに勝てる気がしない。
仕方ないと首を
何があったし。いや、なんとなく分かった。
うむ、ミサトが勢い余ってメルトの口どころか顔面に行ったらしいな。よくあるミスだ。
その後、きれいに拭き取ったメルトからウサ耳クローを再び受けたミサトが「うきゅっ」したのは言うまでもない。
また、せっかくリーナのクレープの、食べかけではない部分を食べたというのに結局全部食べるので意味がなかったと知るのはもう少し後の話だ。
その事実に気がついたリーナがさらに顔を赤くしている光景が、とても可愛らしかった。そしてオリヒメさんはそれを見てニコニコしていたのだった。
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