第441話 リアルには通信簿があるらしい。絶望感?




 一学期最後の授業が終わった。

 ゲーム〈ダン活〉時代では夏休みが先立ちすぎてどうでも良かったが、リアルではちゃんと通信簿ももらえるみたいだ。

 期末試験で最高順位にしてただ1人満点を取った俺の成績は見るまでもなかったな。

 オールS評価である。

 ふはは、ふはははははは!!


〈ダン活〉のデータベースと呼ばれた俺にこの程度は楽勝だ!

 ふう。でもなんだか他人に認められたと思うと別の意味で嬉しいな。

 俺の〈ダン活〉知識と愛が本物であると実感できる。ハッハッハ!


 俺が感慨に耽っていると、教壇のフィリス先生が通信簿を配り終えたようだ。

 前の席にいる男子たちが青い顔をしてうつむいているが特に気にならない。

 ざわざわする室内、そこに聞こえるよう、夏休みに突入する前のフィリス先生のありがたい言葉が教室内に響く。


「みなさーん、一学期はよく頑張りました。初めてだらけのことばかりだったでしょうが、勉強もダンジョンも、そして自身の成長にもしっかり努力したことが見受けられました。この調子で頑張ってくださいね。また、これから夏休み期間です。帰省をする方も多いでしょうが羽目を外しすぎないよう注意しましょう。あなた方はすでに職業ジョブを持ち、以前とは力も何もかもが違うということを、よく認識してくださいね」


 さすがフィリス先生、いいことを言う。職業ジョブ持ちはパワフルになるからな。みんな気をつけよう。


 しかし、学生がこの言葉を覚えていられるかはさだかではない。

 夏休みとはそういうものだ、しかたないよね。

 夏休み前の最終日、先生の言葉が一番頭に残らない日ランキング1位の名は伊達ではないのだ!(そんなランキングは存在しない)


 続いて教壇の隣で椅子に座って眺めていたラダベナ先生も立ち上がる。


「さて、あんたらに良いことを教えてやろう」


 そんな前置きをするラダベナ先生に学生たちが少しざわめいた。

 絶対良いことじゃない。クラスの心は今1つになった。


「夏休みは帰省の季節だ。だが、もう1つの側面がある。何か分かるかい? それはね、下剋上さ」


 さらにざわめく教室内。

 下剋上、なんとも不穏な言葉である。

 1組という一年生のトップの地位にいて、常に追われる立場にいるクラスメイトたちにはとても他人事ではない。

 ちなみに俺は他人事だ。


「夏休み中は帰省しなかった者は時間がたっぷりある。その時間をダンジョンにつぎ込むのが普通なのさ。帰省する気のボーイ&ガールズは特に注意だよ? 帰省から帰ってきたら周りとはとんでもなく差が離れていたなんてよくある話だね。王家のユーリ王太子だってこの時期でもほとんど家に帰らないくらいさ」


 ざわめきが大きくなった。

 チラッとラナのほうを見ると唇が尖っている。

 引き合いに出されたユーリ王太子とは、ラナの兄の名前だ。


 ふむ。俺にとっては夏休みこそダンジョン集中祭りと言っても過言ではないが、周りはそうでもなかったらしい。

 特に帰省してだらける気マンマンだった学生ほど慌てている感じがする。

 前の男4人なんて青を通り越して白くなり透けて見えるかのようだ。存在感が無い。


 以前にも言ったが、補習なんて食らった日にはダンジョンに行けなくなるというのはそういうこと。周りとの差がどんどん開いていくということだな。

〈エデン〉と〈アークアルカディア〉は赤点者が出なくて本当に良かったよ。


 帰省するメンバーは多少出るらしいが、夏休みの最後の方では海に行く予定だし、みんなそれまでには帰ってくる。

〈エデン〉と〈アークアルカディア〉にはそれほど影響はないと見ていた。


「ではみなさん、よく考えて夏休みを過ごしてくださいね。怠けてはダメですよー?」


 言いたいことを言ってラダベナ先生が下がり、フィリス先生が締めの言葉を言って一学期は終わった。


「ぐぉぉ。我はいったいどうしたら、このままでは……、このままでは……」


 何やら前の席で唸り声が聞こえてくるが、多分サターンだ。特に気にならない。

 それよりも女子メンバーの今後が気になるところだ。

 通信簿を片手に無駄に心理戦をしている女子のところへお邪魔した。

 まずはカルアとリカのところからだ。


「カルア」


「ん、だめ」


「まだ何も言ってないぞ」


「……リカでも見せられないものはある」


「別に見せてほしいと言うつもりでは無いが、苦手なところは把握しておきたいだけだ。一緒に勉強して成績を上げよう」


「……絶望感」


 カルアの成績は、あまり良くなかったらしい。

 また、勉強も嫌いのようだ。ガクガク震えている。

 授業が終わったと思ったら急転直下の絶望感。分かる。すごく分かるぞ。


 ちなみに迷宮学園に夏休みの宿題なるものは無い。努力しないものは差が開くだけ。

 自主的に頑張った者だけが伸びるのである。

 これ、夏休みとは名ばかりのふるいだよなぁと思うのはきっと気のせいではないのだろう。


「むう。お兄様が帰ってこなかったのはそういうことだったのね。ようやく実感が持てたわ」


「お、ラナ。どうしたんだ?」


 話しかけようとしたらラナが不機嫌そうな顔で呟いていたので思わず聞いてしまった。

 どうやら夏休みの話みたいだが。


「……お兄様がね、この二年間ほとんど帰ってこなかったのよ。手紙はくれたけど、納得はしていなかったわ」


 なんとも情報が欠けまくったセリフだ。しかし、なんとなくラナの言いたいことを察する。


「その理由がやっと実感できたってやつか?」


「……がんばっているのは知っていたのよ。Sランクにいる姿を見ればどれだけ努力してきたのか分かるわ。でも、当時は許せなかったのよ」


「ラナ様、今ならユーリ様とも和解できるかと」


「……そうね。怒っちゃった私をお兄様は許してくれるかしら?」


「大丈夫かと思いますが」


 いつの間にか話に入ってきたエステルがラナにアドバイスしていた。

 どうやらラナとユーリ王太子は喧嘩中らしい。でもエステルの口ぶりから察すると、元々仲は良かったみたいだ。

 今後、もしかしたらユーリ王太子の率いる〈キングアブソリュート〉と交流があるかもしれないな。

 覚えておこう。忘れてしまったらごめん。


 って、そうじゃなかった。

 俺はシエラの元へ向かう。


「シエラお疲れ様、これからやる打ち上げについて聞きたいんだが」


「……私の記憶ではテスト明けにも打ち上げをして、一昨日も祝賀会という名の打ち上げをやったばかりだと思うのだけど。またやるのね?」


「おうよ。やっぱり最後の授業の後といえば打ち上げだろう! あとまだ夏休みのスケジュールが未提出のメンバーもいるだろ? ついでに集めよう」


「ふう。……そうね。もうみんなにはチャットで連絡済だし、ハンナとアルルは先に準備しているみたい。私たちも向かいましょう」


 最後の授業の後といえば打ち上げは外せない。〈エデン〉では打ち上げは日常の一部なのだ!

 やるべきこともあるし、一学期にみんなで集まれる最後の日なのでこの機会を逃す手はない。


 これから夏休みが始まる。




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