第309話 〈食材と畜産ダンジョン〉入ダン。




「いやぁ、初めて見たけど市場は迫力あったなぁ」


「そうね。私たちの食事がどのようにして用意されているかを知ることができる、ためになる光景だったわ」


 俺の感想に真面目に返すのはシエラである。


 俺からすればゲームの背景がリアル化して、その迫力に驚いているだけだが、この世界の現地民であり、伯爵家の令嬢でもあるシエラからすると、まったく違う光景に見えるようだ。


 この世界の各地には、こうして世界に食料を始めとする資源を供給するエクストラダンジョンというものが存在する。

 そこで働く人は国に雇われ、エクストラダンジョンで食料を収集し、こうして多くの人たちに供給する。この世界流の農家というポジションの方々だな。

 物はまったく育ててないが。

 〈採集課〉のモナも将来的にはエクストラダンジョンで働くのかもしれない。


 エクストラダンジョンは非常に広大で、1層1層が中級ダンジョンよりも広い。上級ダンジョンよりもさらに広い。

 ここ〈食材と畜産ダンジョン〉では最大20層あり、下層に行けば行くほど1階層は広くなる。最下層に行くには最短ルートで6日は掛かると言われている広さだ。『テント』必須だな。


 その代わり下層に出没する動物や植物類は非常に美味である。

 今日はこの下層の食材を確保するのがメインだな。


「でもこんなに人が居て大丈夫なの? 取り合いにならないのかしら?」


 ラナが不思議そうに聞いてきた。

 その疑問ももっともだ。

 リソースが限られている以上取り合いは必至。と普通ならなるだろう。

 しかし、


「農家の人たちは国の雇われです。問題を起こせば仕事にありつけなくなってしまいますから、その辺の管理はしっかりしているはずですよ」


 答えたのはシズだった。

 いつの間にかラナの横にいて色々と解説している。俺の役目…。


 ええい負けるか!


「補足すると、ちゃんと採取するエリアというのが各農家で決まっているんだ。そこを侵さない限り問題にはならない。また、入ってはいけないエリアというのはちゃんと柵で覆われているから一目で分かるぞ」


 シズに負けじと補足説明する。

 シズの方に向いていたラナがこっちを向いた。やったぜ!


 何がやったなのかよくわからなかったがちょっと気持ちよかった。

 シズからは鋭利な刃物のような視線で見られて直後にひゅんとなったが…。


「んん。あそこが立ち入り禁止エリアだな。今回俺たちが入ることができるのはこの柵に囲まれていないエリアのみだ。逆に言えば柵までならどこでも採取することができるぞ」


〈エクダン〉の管理人に許可をもらいエクストラダンジョンに無事入ダンすると、すぐ右手に柵があった。

 ゲームでは立ち入ることの出来なかったエリアだな。

 これのせいでエクストラダンジョンが本当はどのくらいの大きさなのか、正確には分からないのだ。もしかしたら最上級ダンジョン並みの広さなのかもしれない。

 まったく、俺の知識欲を焦らしてくれるぜ。

 しかし、ここはリアル。立ち入り禁止の柵なんて有って無いようなものだ。

 今度しっかり計測、もとい聞き込み調査をするとしよう。ああ、あの柵の向こうにも行ってみたい。


 ちなみに、こうやってエクストラダンジョンの管理区域が分かれているのは、ここが学園にあるエクストラダンジョンだからだな。

 普通のエクストラダンジョンでは完全に農場と化しているが、ここ〈迷宮学園・本校〉が管理している5つのエクストラダンジョンではこうして学生が学ぶ場が設けてある仕様だ。

 この柵よりこちら側は全て学生が自由にしてよい。どんな食材を持って帰るも、それを売りさばくも自由だ。ただし節度は守らないと学園側から目をつけられるので注意だな。


「わあ! ここがエクストラダンジョンなのね―――なんだか普通ね」


「そりゃここはまだ入口だからな」


 一瞬テンションが振り切れる直前まで上昇したラナだったが、すぐに戻ってきた。

 入り口は普通のダンジョンとは大きな違いはない。奥に行けばまた違った風景が見られるであろう。


「とりあえず移動だな。エステル、馬車を出してくれ」


「了解いたしました」


 指示を出すとエステルがキラッキラの豪華な馬車を取り出した。

 俺たちの愛用馬車、〈サンダージャベリン号〉だ。


「わあ、わたくし初めてみましたわ。とても豪華な装飾ですのね」


「そういえばリーナは初めて見るのか。これが〈最上級からくり馬車〉だな。例の〈学園長クエスト〉で納品するのも同じ型だ。〈エデン〉が持つ自慢の装備の一つだな」


 軽く馬車の性能についてをリーナに語る。


「素晴らしいですわね。学園長先生があれほどのQPを用意してまで欲しがる理由がわかりますわ」


 リーナよ、分かってくれるか。

 この〈サンダージャベリン号〉は〈エデン〉の装備品の中で最も素晴らしい物の一つだ。

 そんなわけで先日、この〈サンダージャベリン号〉は〈装備強化玉〉によって強化しておいた。〈エデン〉の素晴らしい馬車が強化されれば、攻略がよりスムーズに行くだろう。

 〈装備強化玉〉は基本的に上級装備や最上級装備に使うため取っておきたかったが、〈サンダージャベリン号〉に使うのはいたし方無しだ。


 その結果がこちら。


―――――――――――

〈カラクリ馬車(最上級)+3:攻撃力72。乗車人数8人。

『テントLV1』『空間収納倉庫アイテムボックスLV3』『車内拡張LV3』〉

―――――――――――


 〈からくり馬車〉は初級装備だが、中級に限りなく近い装備なので〈装備強化玉〉で強化できる最大値は+3までだ。

 おかげで攻撃力が60から72に増え、乗車人数も7人から8人に増えたのだ。

 ちなみに〈スキル強化玉〉は使っていないのでスキルLVは変わらずだ。


 強化した〈サンダージャベリン号〉の性能についてもリーナに語る。


「あれ、ですがゼフィルスさん、乗車人数8人では全員を運べませんが」


「ふっふっふ。安心してほしい。馬車はもう一台ある」


「ほえ?」


 俺が目配せするとエステルがもう一台の〈からくり馬車〉を取り出した。

 なんと二台目の登場である!


 〈サンダージャベリン号〉の横に並ぶ、もう一台の〈からくり馬車〉に聞いていなかった面々が驚いていた。


「ちょっとゼフィルス! これは何よ!」


「ふははは! 驚いたか! これこそ俺の秘策、〈からくり馬車2号〉だ!」


 別に秘策でも何でもなかったがサプライズでテンションが上がったので秘策ということにしておいた。

 ラナがすごい笑顔で2号を指差して聞いてきたので偉そうな態度をとってみる。

 シエラたちのパーティが予想以上に〈竹割太郎〉の素材を取ってきて、納品分の最高級の他に上級の〈からくり馬車〉を作れるだけの材料が余ってしまったのだ。それも大量に。

 なら、作るしかないだろう?


 ちなみに今まで黙っていたのは驚かせた顔が見たかったからである。ふはは!


 俺とラナのやり取りに周りが微笑ましい感じな雰囲気になっていると、シエラが先に進まないからと解説をかってきてくれた。


「これは上級の〈からくり馬車〉よ。〈サンダージャベリン号〉より小さいから乗車人数は5人までだけど、2つ合わせれば全員を運べるわ。2号の操車はセレスタン、任せるわね」


「かしこまりました」


 シエラとセレスタンは予算管理もしているのでもちろん2号のことは知っていた。


 補足するとセレスタンの職業ジョブ、【バトラー】には〈乗り物〉系アクセサリーを装備できる適性があったりする。ただし専用のスキルを取らなければ適性が付かない仕様だ。


 セレスタンは今日のためにLV40までレベル上げをし、3段階目ツリーで獲得できる『馬車適性』を取得したことにより〈馬車〉に分類される〈乗り物〉系が装備できるようになった。

 ただし、エステルのように『乗物攻撃の心得』や『ドライブ』系スキルなどは無いため、モンスターを轢き倒すことは出来ない。

 モンスターに衝突すると大きくHPを減らしてしまうので要注意だ。


 【姫騎士】の劣化版ではあるものの、〈乗り物〉装備が使えるというのは強みである。

 今回だってエステルの後ろに付いて行きさえすれば、先頭のエステルがモンスターを全て倒してしまうため余裕で役目を果たすことが可能だ。

 通常のダンジョンではなかなか使い勝手が悪かったりするが、このダンジョンのようにモンスターが少ない場所やギルドバトルでは大いに活躍が見込めるだろう。

 【バトラー】はサポート系なのだ。



 ということで準備は整った。


 早速下層に向けて出発しよう。




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