第122話 〈幸猫様〉愛します! この幼女、お目が高い。




「こ、これ好きです! 愛します! ください!」


「ダメ」


 セレスタンへの【バトラー】講義も終わり、日がだいぶ傾いてきた頃、今まで夢の中だったお姫様が目を覚まし、〈幸猫様〉を見てそう言った。


 絶対ダメ。


「な、これはなんですか? も、もちもちしています! 愛します! ください!」


「触るだけにしてあげてね。〈モチちゃん〉を取られるとすごく悲しむ子が居るのよ」


 いつの間に〈モチッコ〉のぬいぐるみに〈モチちゃん〉というあだ名が付いていたのか、〈モチちゃん〉を見つけた幼女がそれを見て、触って、大歓喜した。

 しかし、それもあげる事は出来ない。幼女にいつになく優しい口調でラナが諭した。

 まあ、多分持って行かれたらリカがガチ泣きするだろう。


「こうなるだろうと思って色々ぬいぐるみを買ってきたわ。ここに置いて良いかしら?」


 幼女ルルと共に倉庫部屋から出てきていたシエラが、神棚の下に〈やわらか簡易マット〉を敷いてからぬいぐるみを並べ始めた。

 何その用意周到、さすがシエラなんですけど。


 そして十個を超えるぬいぐるみが置かれていく光景を見て目を耀かせるハンナと幼女。


「あ、可愛い…」


「愛が一杯です。さすがシエラなのです! そっちの方もぬいぐるみ愛好家です?」


「え? うーんどうだろう。確かに可愛いぬいぐるみは好きだけど」


「なら私と一緒です! 共にぬいぐるみを愛しましょう!」


「ほわ? っととと?」


 寝て起きて元気いっぱい。むちゃくちゃ子どもな幼女ルルによってハンナがそっち側へ連れて行かれる。どこへ向かおうというのかね?


 そのままぬいぐるみを愛で始めた二人。なんだろう、すごくほっこりする光景だ。


 むちゃくちゃ和んでいると横からシエラがコソっと語りかけてきた。


「ごめんなさいね、普通ならここのギルドマスターであるあなたに挨拶するところなのだけど、見ての通りその、ちょっと幼い子なのよ」


「…ラナと気が合いそうだな」


「ちょっと、それどういう意味?」


 ……口が滑った。


 俺は舌先三寸したさきさんずんで巧みに躱しに出る。


「なんだラナ、仲良く出来なさそうなのか?」


「え? べ、別にそんな事言ってないでしょ」


「ならラナもあそこで一緒にぬいぐるみを愛でてくればどうだ? 仲良くなれそうだぞ? ぬいぐるみも可愛いみたいだし」


「そ、そうね。ぬいぐるみはともかく。同じギルドメンバーになるのだもの、仲良くなるのは重要よね。ぬいぐるみはともかくね」


 何故か2度ぬいぐるみは関係ないと主張してあちら側に向かうラナ。ちょろい。


「あなた、ラナ殿下をからかうのやめたら? 仮にも王女様よ?」


「シエラも『仮にも』とか言ってるぞ? だが断る、これはラナと俺なりのコミュニケーションなんだ。別に嫌がられていないんだから問題ないだろ?」


「口が滑ったわ。でもほどほどにね。ラナ殿下を悲しませたら、多分報告が行くと思うから」


 げっ。

 チラリと後ろに控えるセレスタンを見る。


「ご安心を、好きな子には、という奴ですよね? ちゃんと分かっていますから」


 本当に理解しているのか怪しいニコニコ顔でセレスタンが述べる。

 まあ、別に嫌がらせる事はしないので構わないはずなのだが、何故か訂正した方がいい気がするのは気のせいだろうか?


 そう考えていたところで、ようやくぬいぐるみを堪能し終わった三人が戻ってきた。

 手にはそれぞれ二つずつぬいぐるみを抱えている。…終わったと思ったら、終わってなかったか。


 そのままハンナがルルに向かって俺を紹介しだした。

 ハンナさんぬいぐるみ持ちながら紹介するのかい?


「ルルさん、〈エデン〉のギルドマスター、ゼフィルス君です。ここのメンバーの多くはゼフィルス君が集めたのですよ」


「初めまして、私ルルです! ぬいぐるみ愛好家です! ギルド〈エデン〉にお世話になります!」


 うむ。元気の良いロリッ子だ。いつの間にか〈エデン〉に採用された事も問題はない様子。

 ハンナやラナともその元気いっぱいの性格ですぐ仲良くなったようだ。

 ぬいぐるみ愛好家を自称するのも、まあ良し。可愛いし。


 俺はたくさんの言いたい事を一旦置いておき挨拶を返した。


「ギルド〈エデン〉のギルドマスターゼフィルスだ。【勇者LV34】。よろしくな」


「すっごい強いですね!」


「まあな!」


 純粋なキラキラした尊敬の眼差しに俺は大いに得意げな顔する。

 なんて気持ちいい視線なんだ! この幼女、できるぞ。

 俺はそう確信した。そして直後にその確信が本物であると確認する。


「一つ質問いいですか! ゼフィルスお兄様!」


「お兄様!!!」


 なんということだ。生まれてこの方お兄様と呼ばれたのは初めての経験だ。

 なんだこの感情は、萌えを通り越した宇宙のビッグバンで心が弾けたようだ。

 思わず「ぐはぁ」と声が漏れて手で胸を押さえる。

 端的たんてきに言って、凄い威力だった。


「なんでも聞いてくれ! 何にでも答えてやる!」


「あい! あの〈幸猫様〉はいったいどこでドロップしたのですか? とても欲しいです!」


 なるほど。この幼女、お目が高い。

 貰えないし買えもしないのならドロップを狙えば良いじゃない。

 その考え、実にゲーマー的で好感が持てる。

 さらにその対象が〈幸猫様〉というのだから好感度さらに倍だ。


 大変気分が良いのでお兄様、喋っちゃうよ!


「〈幸猫様〉は初級中位ショッチュー以上に出現するレアボスの〈金箱〉からドロップするマジモンの大当たりだな。ちなみに、レアボスは俺がソロで倒した」


「ひゃ! え? お兄様、一人でレアボス倒して〈金箱〉までドロップしたのですか!?」


「まあな!」


 信じられないとばかりに目を丸くする幼女にドヤ顔する。


「すごー!」


 尊敬の眼差しがすごく気持ちいい。


 俺がとても良い気分に浸っていると、幼女ルルがキリリと表情を引き締めた。

 どうやら真剣な話をするつもりのようだ。


「ゼフィルスお兄様、お願いがあります!」


「言ってみな」


「はい! ルル、【ロリータヒーロー】に就きたいのです!」


「全力で支援しよう!」


「やったー!」


「軽いわよ。ちょっと待ちなさい、あなたたち」


 シエラが何か言っているが俺たちの耳には入らない。


 高位職の上ランクの中でもかなりの強さを持つ【ヒーロー】系。

 そのグループの中でも最強と言われた職業ジョブ


 公式最強職業トップオブジョブランキング、第4位――【ロリータヒーロー】。


 全力で支援するのに、これ以上の理由がいるだろうか?


 いや、無いね!




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