第4話 隠しクエスト〈スライムに襲われた少女を助けろ〉




「来ないでーっ!」


 そう叫ぶのは小柄な少女。

 腰が抜けて立てないのかその場にへたりこんでびくびく震えている。


 対して少女に悠然と進むはポヨンポヨンと身を弾ませツヤッツヤなボディを見せ付けるRPGロールプレイングゲームの代表的モンスター、スライムだ。

 その速度、大人が歩くスピードの5分の1程度。実にゆっくり、堂々とした歩みである。


 ハッキリ言って、超ノロい。


 さすがは最弱にしてモンスター(?)の称号を持つ者。

 ツワモノと対照的な、何の恐怖心も抱かせない弱々しいオーラをしている。


 しかし、少女にとっては強敵だった。

 スライムとはいえ腐ってもモンスターだ、たとえノロノロしていてもモンスターだ、服しか溶かせないとしてもモンスターなのだ。

 いやひょっとしたら最後の奴が一番強敵かもしれない。

 ※このゲームのスライムは服を溶かしません。


 ジョブを持たない人間は等しく脆弱だ。

 モンスターに襲われればひとたまりも無い。それがこの世界の常識だ。


 ゆえにどう視ても襲われているように見えなくても、歩けば追いつけないんじゃ、と思ってもこの世界の16歳未満の子どもたちにとって真剣な命の危機なのだ。


 腰が抜けて動けなくなってしまうほどの恐怖。

 少女の瞳は涙を浮かべていた。




 そんな様子を木の陰からこっそり窺う俺氏ゼフィルス。


 まだだ、このクエストを受注するには早い。

 リアルな光景に今すぐスライムを撲滅したい衝動に駆られるがジッと機を待った、断腸の思いで。


 何ゆえスライムはこんなにノロノロとした移動をしているのか、そして何故少女はその場から動かず、ジッとスライムに襲われるのを待っているのか。


 それはね、このクエストが〈スライムに襲われた少女を助けろ〉だからなのだよ。

 そう、襲われた・・・・、だ。

 襲われるのを待たなくちゃいけないんだ、このクエスト。

 スライムがゆっくりなのも、少女が動かないのも、プレイヤーが助けに入るタイミングを計らせるため。だってここ、名も無き始まりの村だから、これはチュートリアルなクエストだから。

 プレイヤーには練習してほしいチュートリアルだから。隠しクエストなのにな。

 だからごめんな少女。もう少しだけ待っててくれ。


 今出て行きスライムを撲滅すればクエスト発生ならずで終わってしまう。

 これが隠しクエストのいやらしい部分だ。


 俺はジッとその場で凝視し、今か今かとその瞬間を見極める。


 ゆっくりと堂々とした歩みで少女に迫るスライム。

 そして少女との距離、だいたい2mくらいで止まり、身体をブルンブルンと震わせ始めた。それは今から勢いつけて襲い掛かりますと言わんばかりの力の籠め具合だった。


 今だ!


 あまりにも分かりやすい合図を見極めて俺は木の陰から飛び出した。


 一拍おいて、いや二拍、いや三拍くらい置いてからジャンプして少女に跳びかかるスライム。


「キャーーーーッ!」


 少女が悲鳴を上げるが、そのときにはすでに俺は少女の隣にいた。


「てい」


 無造作に振った剣がスライムに直撃し、一瞬でHPを0にしてその場に落下しドロップのスライムゼリーを残して消滅する。

 うん。ザコい。

 たとえジョブを持っていなくても武器さえあれば負けるわけ無いんだスライムって。

 そのくらいザコい。


『隠しクエスト〈スライムに襲われた少女を助けろ〉を達成しました』


 脳内にアナウンスが流れ無事クエストをクリアできたことを内心安堵した。

 これミスったらやり直し出来ないからな。セーブ&ロードください。




「――あ、あれ?」


 後ろから戸惑う声に反応して振り向くと、余りにあっけなく助かった少女が困惑していた。

 うん。戸惑うよなスライムって、そういう奴なんだよスライムって。


「大丈夫か? 危なかったな。スライムは倒したからもう安心だ」


 どこが危なかったのか分からないが白々しくそう言って少女を安心させる。

 そこでようやく自分が助かったのだと理解した少女がこちらを向いたが、俺の顔を見つめてポカーンとして何もしゃべらない。


 あれ? なんかゲームの時と違う? ゲームの時は「助けてくれてありがとう、お礼にポーションをどうぞ」みたいな感じで報酬くれてさっさと立ち去ってたんだけど。


「おーい。聞こえるかー?」


「へっ! あ、えっと、ごめんなさい! じゃなくて、えーと、えーと、そうだ! 助けてくれてありがとうございました!」


「お、おう。いいってことよ」


 もう一度声をかけると少女が何故か顔を赤くしてテンパりだした。

 突然の勢いにちょっと引く。


「そ、その。ポーションの素材を取りに来ていたら突然襲われて、もうだめかと思いました」


「そうか。間に合ってよかった」


 どの辺が突然襲われたなのかもうだめなのか分からなかったけど適当に相槌を打って話を進める。早く報酬のポーションください。


「あの。お礼がしたいのでよければ家に来ていただけませんか?」


「ん?」


 あれ? 報酬ポーションじゃないの?


「あ、いえそうじゃなくてですね。家が錬金術店をやっていますのでその関係で何かお礼ができればなぁって。べ、別に深い意味はないんですよ?」


 何故か誤魔化すように早口でまくし立てる少女だが、俺はそんなこと気にもせず考えに没頭していた。


 やっぱり報酬はポーションだよな。

 しかしゲームでは家に誘うシーンはなかったはずだけど。

 もしかしてゲーム世界だけどリアルはゲームと少し違うのかも知れないな。

 普通に会話もできるし。

 …なるほどなるほど。ゲーム時代と違う〈ダン活〉。


 良いじゃないか!!!!


「よっしゃ行こう! すぐ行こう!」


「ええ! そんな食い気味に!? えーと、えーと。誘ったのは確かに私ですけどやっぱりちょっと待って―――」


「何スライムみたいにノロっとしてんだ早く行くぞ!」


「ああっ!?」


 何故か俺が乗り気になった途端に躊躇し始めた少女の手を取って歩き出す。

 なんか少女が引っ張られながら「あうあう」言っているがそんな事は気にならない。




 この世界、俺の知っている〈ダン活〉と微妙に違う。

 全てを熟知した〈ダン活〉のデータベースと言われた俺が、知らない〈ダン活〉があるのだ。


 それって、もうさ、最高じゃないか!


 今後の展開が楽しみで仕方が無い。

 順調に降下してきていたテンションメーターが再びギュイィィンと振り切れた俺は、テンションマックスのまま村の錬金術店へ急ぐのだった。




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