第86話 墓参り

「……って訳で、遺跡探しの合間に色々調べてたら今やあたしが『始めの島』の第一人者扱いなワケ。現地に行ったこともないし行く気もないのにね」

ネリネはそう語ると、紅茶ホンチヤを一口すすり、ため息をついた。

「うーん。行く気がないは嘘か。何かの弾みでたどり着いちゃったら本格的に調査しちゃうだろうけどね。探し出してまで行きたくない、が本音ね」

 楽しい夕餉ゆうげの後、ちびすけたちを寝かしつけて一服する。

 ネリネがこの十年で『始めの島』とも『呪われた島』とも呼ばれている島について、調べたことを話してくれた。

 いわく、『始めの島』は人間が発祥したとされる島で、その候補は現在幾つかあるがどれも決め手にかける。『始めの島』の地図もみつかったが欠損も激しく、推測で描かれた部分や空白部分も多い。

 曰く、『呪われた島』は魔人や幻魔が結界に封じられた事からそう呼ばれる。

 現在はその二つを同一視する学説は主流ではなく、どちらかと言えばとんでもないとされる学説である。

「でもね、『始めの島』と『呪われた島』が同一のモノで有ると仮定すると、矛盾点がなくなる古い資料が幾つもあるのよ」

 今日はカァラも、大人たちと一緒に会話に加わっている。

 カァラはここで初めて、レーキが『呪われた島』にたどり着いたことがあると知らされた。銀色の羽が魔装具まそうぐで有ると言うことも。

 成人年齢には達していないが、カァラはもう十分に分別のある女性だ。

 この事は口外してはならぬと言い含めて、レーキは全てを話した。

「そっか。私と初めて出会ったとき、父さんはそんな経験をした後だったんだね……あの時、大人になったら話してくれるって言ってたのはそのことだったの?」

「ああ。そうだ。『呪われた島』のことを知らせるモノは少ない方がいい。お前は幼かったから、いつ口を滑らせるか解らない。だから話さなかった」

「今、話してくれたってことは私も大人になったってこと?」

 カァラは悪戯いたずらっぽく微笑んで、胸を張った。

「いや。お前はまだ子供だが、賢い。何より物事をよく見ている。成人してはいないが話してもかまわないと思ったんだ」

「そっか。私、信用されてるってことなのかな?」

「ああ、そうだな」

 レーキの一言で、カァラは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「……ありがと、父さん。『呪われた島』のことは誰にも話すつもりはないよ」

 胸の前で拳を握って、カァラは真剣な眼差しをレーキに向ける。

 そんなカァラをまぶしそうに見つめて、レーキは目頭が熱くなるのを感じた。幼かった娘。グラナートで拾った小さな子供は、この十年で確かに成長していた。

「……有り難う。カァラ」

「どういたしまして。……私ね、父さん。小さな頃は早く大人に成りたかった。大人になれば父さんたちの仲間に入れて貰えると思ってた」

「お前は初めから『仲間』だった」

「うん。そうだね! 父さんは一度だって私を邪険にはしなかった。里親を探そうとはしてたけど……それだって、私のしあわせを真剣に考えてのことだった」

「ああ。お前と出会って……途方に暮れたことはあっても、お前を疎ましく思ったことは一度もない」

「うん! それに母さんも、突然来た娘なのに、私のことすごく可愛がってくれた。私、今はずっと子供のままだったらいいのにって思う。そうしたら家族一緒にいられるのにって。離れて暮らさなくても良いのにって」

「カァラちゃん……やっぱり、寂しい、の?」

 気遣わしげに、ラエティアはカァラの手を取った。

「うん。寂しいよ……天法院に行って、新しい事を覚えるのは楽しみだよ。でも、父さんにも母さんにもレド君にもずっと会えないのは寂しい……」

 今にも泣き出しそうな娘を、ラエティアはそっと抱き寄せ、幼子にそうするように優しく背中を叩く。カァラは母を抱き返して、泣き出さぬように唇を噛んだ。

「……でも、私、天法士になりたいって決めたから。だから寂しくても頑張るから」

「うん、うん……わたしも、すごく寂しい……三年もあなたに会えないなんて……けど、カァラちゃんが頑張るって決めたことを応援したい。お手紙いっぱい書くね……カァラちゃんもお手紙書いて……そのためのお金は任せてね! ……でも、頑張りすぎは絶対だめだよ?」

「うん!」

 カァラの返答は明るく、けれど少しだけ涙で滲んでいた。


 翌日になって、レーキは一人で『学究の館』の郊外にある墓地へと向かった。

 それは、コッパー師の墓に参るためだった。

 ラエティアはカァラと一緒に、買い出しに出かけている。たまには母娘おやこでお買い物も良いね、とラエティアは笑っていた。

『学究の館』の墓地は街の北側に位置していて、陽当たりの良い緩やかな丘陵地にあった。秋晴れの良い気候のなか、レーキは死者を弔う黄色い花を携え、一刻(約一時間)ほどかけて共同の墓地にたどり着いた。

 墓地には様々な墓石が整然と立ち並んでいる。ヴァローナの弔いの主流は墓石で、グラナートのように木製の墓標は使わない。中でも、黒色の墓石は教育に携わってきた故人のもの。歴代の天法院・院長代理たちが眠っている霊廟れいびようもまた、黒い石で作られていた。

 霊廟の装飾は厳かで、正面の壁には故人の名前を刻んだ銘板めいばんが並ぶ。そのなかでも真新しい銘板に『ストラト・コッパー』の名があった。

 コッパー師の最期は、老衰であったと言う。春先のうららかな午後に、眠るように亡くなったと。コッパー師に妻はなく、看取ったのは、彼に長い間仕えていた家族同然の使用人だったらしい。

「……コッパー様、レーキです。今日までここに来られなかったことをお詫びします」

 レーキは一人、霊廟の前に立ち花を捧げる。他にも近くこの霊廟を訪れた者があったのか、しおれていない色とりどりの花束が幾つも並んでいた。

 ──コッパー様、『呪い』はまだ解けていませんが、俺も家族もこうして生きています。十年前、あなたがしてくれたことを無駄にはしません。俺は望みを捨てていません。

 死の王様の国で、どうぞ安らかにお過ごしください。

 はたして、コッパー師の一生は幸福であったのか。後悔や心残りは無かったのか。今となっては知る術は無いけれど。

 コッパー師の死後の安寧を、レーキはただ祈った。

 祈り終えて、レーキはコッパー師から数えて、十代ほど前の院長代理を探した。

 それは、マーロン師匠の本の中で見つけた自分と同じ『レーキ』と言う名の院長代理だった。沢山の名が刻まれた銘板の中に『レーキ・アルマニャック』の文字が見える。

 ただ名前が同じと言うだけの、見知らぬ人物。だが、この人は、レーキに『天法士』と言う憧れを抱かせてくれた人の一人に違いなかった。

「有り難うございました。レーキ……いえ、アルマニャック様。お陰で俺は夢を一つ叶えることが出来ました」

 レーキは同じ名前の偉大な天法師に一礼して、墓地を後にした。


 ラエティアたちと約束した時間までは、まだまだ余裕がある。レーキは墓地を出たその足で『旅人のためのギルド』へ向かった。そこで、儀式に参加してくれる四ッ組以上の天法士を探すために。

『ギルド』で依頼を受け付けていた青年に、儀式のために天法士を探している旨を告げ、細かな条件を決める。

 死の王と対面しても狼狽えないだけの胆力は必要であるし、レーキが呪われていることを吹聴しないように、秘密が守れる者が望ましい。報酬はアガートが辞退した分、少し弾んでおいた。

 青年は丁寧にそれを書き取って、依頼書が並んだ掲示板に新しい依頼を張り出した。

「『祭』が近いですから、天法士様も大勢『学究の館』にいらしてます。条件に合う方もすぐに見つかりますよ」

 時刻はちょうど昼時。レーキは『ギルド』の食堂で昼食を摂る事にした。

 食堂の看板娘のオススメは、熱々のグラタンとウバの果実酒。グラタンはとろけたチーズと白いソースの下に、小麦粉で作った短い平麺が敷き詰められて、肌寒い日には堪らない逸品だった。

 レーキは果実酒の代わりに果実水を頼んで、汗を掻きながら温かな料理を堪能した。

 食後に紅茶ホンチャを頼んで一杯を喫していると、先程の受付の青年が食堂を覗き込んだ。

「儀式のための天法士様をお探しの依頼主様! 候補の方がいらっしゃってます!」

 こんなに早く候補が見つかるとは。

 レーキは紅茶を飲み干して、席を立つ。食堂を出ると、そこはもう『ギルド』の受付だ。

 その受付の前に鳥人が一人たたずんでいた。美しく曇りのない赤色の羽。どこかで見覚えがある、と思った瞬間。その鳥人が振り返った。レーキの姿を認めて、驚愕に両眼を見開いた鳥人。それは忘れもしない、レーキに盗賊団壊滅を知らせた男、シアン・カーマインその人だった。

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