後悔の消化

5


 呻き声でこちらを呼ぶ仲間の声がする。脚にしがみ付きながら必死に助けだけをこちらに求めてくる。


 答える事は出来ない。その者は既に憎き相手に殺されて亡くなっているからだ。いくら求められても自分には何も出来ないだろう。


 口から血を大量に溢しながら上へ上へと手を伸ばしてこの体にべったりと触れてくる。感覚が妙にリアルで心の底から堪え難い気持ち悪さと罪悪感に襲われる。


 振り解く事はしない。しても意味が無いと理解しているのと人で在りたいのなら苦しみを背負うべきだと感じたからである。


 辺り一面が水面で統一されている静かな夢の世界の筈なのに景色は暗く、何人もの仲間たちの屍が自分の身体からへばり付いて離れない。


 恐らくはこの重さに耐えられなくなった時に俺は死ぬのだろう。よく見ると家族や友達の死体も近くにあって時期にこちらにくっ付いてくるのかもしれない。いろんな大切な人達の死ぬ瞬間にまたこの重さは重くなり、そして自ら命経つのだろう。


 だがまだそれは今ではない、俺にはやるべき事が残っている。



 「ここは……」


 周囲に人は居なかった。この場所は以前にも来た事がある。ここは防衛省直属の専門病院で隊専用の病室で前もこの部屋で点滴を打ってもらった経験がある。


 直後、記憶としてはつい先程までの事が頭に寄り戻してくる。隊の全滅に未知なる敵、そして何よりも


 「仁道……!」


 自分を守り、助けてくれた仲間。冗談や喧嘩をしていても側に居てくれた友が目の前で亡くなった現実が心に深く、突き刺さる。


 「俺は!!何も守れなかった!助けてもらってばかりで何も恩を返せなかった!」


 自然と涙が溢れていた。悔しかったのだ、悲しかったのだ。生きて帰れるのが当たり前だと思い上がっていた。毎回仲間と笑い合いながら帰って来れる者だと勘違いしていた。


 こういう覚悟は確かにしていたのだ。しては居たけどこうも現実は違うと予想していなかった。勿論こうなって欲しいは思ってなかったからこんな辛いことは想定していなかった。


 「こんなのってあんまりだろ。俺はこんなん望んでないぞ」


 分かりきっている。あの時に起こった事は必然なんかじゃなく、偶然で偶々なった事というのは。けれどもしかしその事実を自分の脳は受け付ける事がなかった。


 涙を止めて既に動ける身体に力を入れて起き上がろうとすると丁度病室の扉が開いて看護師が声を掛けてきた。


 「浜碧さん!意識が回復したんですね、大丈夫ですか?何処か異常なとこはありませんか?」


 「……はい、大丈夫です。多分どこも異常はないです」


 まだ回復してから心許無い所はあるが簡単な質疑応答は出来そうなのですぐに対応してみせる。


 「かなり回復が早いですね、動くと傷口が開くかもしれないので安静にしといてくださいね。こちらに先生を呼んできますから」


 返答を待つ前に看護師らしき彼女は医師を呼びに部屋から出て行ってしまった。


 医者が言うには今はここに運び込まれて来てから2日経過したという。その間にうちのASFRCT7番隊は解体されて繰り上げで下の番隊で上がったという。


 「元の居場所が無くなっちまったって事だよな。まあ俺しか残ってなかったし当然か」


 安静してる様にと言われたが先程通知があり召集が掛かったので本部にこれから向かわなければならない。



 本部のロビーに着くと入り口付近にあるソファーに座る他の隊の者達からひそひそ話が聞こえてくる。


 「うわぁ、7番隊のアイツ一人だけ生き残った奴だろ?まじでよくこんなとこにすぐ来れんな」


 「ああ、ラックマンだろ?」


 「ラックマン?なんだそりゃ、アイツの名称か?」


 聞き返した男に対して俺についた名称について丁寧にこちらにも聞こえやすいように教えてくれる。


 「知らねえのか?みんなアイツの事はそう呼んでるぜ。運だけは良いまぐれ男って、こんな事になって自分だけ生き延びるなんて逃げでもしたんじゃねえのか?」


 「そういや最年少でウチに合格した奴だったっけか?確かにそりゃそうだな。アイツが周りの奴から運を奪ったから隊も全員死んだんだろうよ」


 「違いねぇ」


 彼等の笑い声が酷く反響して心を強く騒つかせる。馬鹿にされている事に腹を立てているのではなく、誰も守れなかった自身の情け無さに後悔をする。


 ただ強く、拳を握りしめる事しか出来ないのが辛かった。


 司令室に着くと目の前にいる総司令から座るように促される。


 「到着御苦労、好きに掛け給え」


 「了解です」


 少しの沈黙が続いた後に司令は少し哀れみの表情でこちらを覗く。


 「災難だったな、あの中で生き残ったのはお前だけだった。お前が居た7番隊もそうだが先に上空から突入した6番隊も全滅した」


 「やはりそう、でしたか。生還する可能性は低い気がしてましたから」


 「救援をくれた仁道も死んで随分と苦しい立場だと思うが、あの時の状況を我々に詳しく聞かせて欲しい」


 あの時の状況を詳しく話した。能力を使った者が居て、そいつが隊の俺以外を全滅させて仲間と共に去って行った事。交戦した時に能力を謎を一部明らかにした事。そしてその行動を共にした仲間が一度死亡している現場を目撃した事。


 次に繋がるように伝えるべき話は全て話した。復讐に駆られている状態ではあったが他の者に倒せるなら少しでも可能性の高い方に賭けたいからだ。


 すると話を一通り聞いた司令が酔狂な事を聞いてきた。


 「君は君が居た7番隊は最初どこの隊だったか知っているかい?」


 「え?」


 唐突な出来事だった。話す事に夢中でまともに考えてなかったというのもあるが自分が隊に入った時には既に7番隊だったので気にした事がなかった。


 今回の騒動で6、7番隊が解体されて下の隊が上に上がったという事は………冷や汗が出る。


 「13、番隊ですか?」


 「そうだ、我々は過去に数十回。隊を全滅させられている。連絡をくれた仁道や他の者達は大体10番隊の時に入った人員だ。あの隊で13番隊から唯一生き残っていたのは隊長の大源だけだ」


 「なんで、そんな事みんな知らないんじゃないんですか?」


 「下の隊は知らないだろうな。ただ上の隊程強くなるというのはそういう事だ」


 そういえばロビーなどに居た者達は下の隊にいる者達だった。過去に下の隊が解体されたなんて事は聞いた事があるがあれはもしかすると。


 「その想像通りだ。皆彼等に全滅させられている。今回は他の場所で襲撃の想定外があって比較的練度が高い6、7番隊に調査をさせた訳だが。敵が想定より強過ぎたようだ」


 その一言に自身の堪忍の尾が切れる音がした。服を掴み上げて怒気を含みながら司令を宙に持ち上げて問い詰める。


 「アンタは!死ぬと分かっていてそんな場所に俺らを向かわせたのか!!」


 「ま、待て。順に追って話をしたい。後悔はしている!」


 後悔。その言葉に動かされたのは自分自身だった。本当はこんな事をする資格は無いと感じた時に静かに司令を下ろしていた。


 「すみません、抑え切れませんでした。罰は受けます」


 「よい、不問にする。私も正しくない選択した。君には何と言って侘びればいいか」


 「大丈夫です。死んだ仲間を弔ってやってくれればそれで充分です」


 「分かった、後ですぐに行うとしよう。それで今日召集したのは他でもない、君の次の配属先が決まったからだ」


 大方そういう事だろうとは推測はしていたが行動は早い方が良いということだろう。


 「解体されたからまあ当然ですよね。それで、次はどこになりそうですか?」


 「次の配属先は0番隊、対能力者対策研究室が君の職場だ」


 「……え?」


 対能力対策研究室、通称能研。この組織は表向きには明らかにされていない。ASFRCTは基本的に1番隊から13番隊までの編成で組まれていて総人数は300人程で形成されている。


 以前から噂くらいなら聞いていたが、実際に0番隊というのは初めて関わる事になる。


 地図に記された区画に向かうと前方に見たことのあるような人が歩いてきた。恐らくはあの時の最後に目撃した人かもしれない。


 「よっす、久しぶりだね。元気そうになったね、あの時とは偉い違いだ」


 「そりゃ、あの時は死に掛けてましたから当たり前ですよ。あの時は助けて頂いて助かりました、ありがとうございます」


 「それじゃあ、早速入ってくれ」


 内部に案内すると目の前に2メートルはあろうかという大柄な男と対面する。男はこちらを見つめながら退出しようと歩き出して一言だけ杭を打つ。


 「お前がラックマンか、精々足だけは引っ張るなよ」


 「やめて!彼をそんな風に呼ばないで!」


 こちらの事を知っているのか声を上げた彼女は俺の侮蔑の名称に拒絶の意を示す。ラックマンと読んだ奴も少し驚いた表情しつつもその場から退出すると空気が悪くなった空間で代表が間を取り持つ。


 「空気を悪くしてごめんね、あいつ基本的に誰とも仲良くしようとしないからよ。まああの人君と同じタイプだからそのうち仲良くなれると思うよ。あ、ちなみにお前さんを助けてくれたのはこの女の子でーす」


 それまで大人しかったリーダー突然彼女の事を指差すと惹かれてこちらを見ると少し申し訳なさそうな顔をしたような気がした。


 「あなたが俺の事を助けてくれたんですよね。本当にありがとうございます、命の恩人です」


 「いえいえ、生き残ることが出来たのはあなたの頑張りのお陰です」


 「それでも……ありがとう、ございます」


 彼がこちらにそう言ってリーダーと部屋案内と称してその場から居なくなると私は数日前までの彼の事を振り返る。


 ★


 3日前、私達が現場に到着した時、そこは地獄のような有様だった。連絡をくれた7番隊の死体が大量に散乱していた。バラバラにされたものこそいないか、辺りは凄まじい戦闘によって内部が破砕されていて建物内が全体的に赤色に変わっていて崩れていた。


 「そんな、酷い……」


 「ここまでしっかりと壊されているのは確実に奴等の仕業だろうな。生存者は居ない方が可能性としては高いのかもしれない」


 リーダーが正確に判断するが、7番隊からの救援要請は自分以外の人も対象に入っていた筈でその人が生きているかも確認したい。


 少しするとリーダーが見知らぬ誰かを運んで来ると驚き半分、真剣さ半分の態度を取っていて周りのメンバーも驚いていた。


 「残念ながら救援を依頼した仁道という男は亡くなっていた。だが彼が助けたかった奴は見つかった、生存者だ。かなりの死に掛けだが、こいつはまだ生きている。悪いが全体の確認をする前に先に一人この者に手当てをして搬送してくれ」


 「わ、私が行きます!」


 咄嗟に名乗りを上げていた私はすぐに彼の元に駆け寄ると、夥しい程の重傷を負っていて何故今も生きていられるかが不思議なくらいだった。


 「よろしく頼む、そいつは良い戦力になりそうだからよ。出来るだけ生かして欲しい」


 「必ず生き延びさせます」


 私が彼に出来ること。能力を使った治癒を行うが深手過ぎる為に中々効かない。身体を抱えて仲間に移動能力を付与させてもらうとすぐさま移動を開始する。


 「お願い、あなただけでも生きて……」


 仲間の移動能力によって運び込んだ病院に到着すると、彼はすぐさま緊急治療室に運び込まれる。


 現場に戻ろうか少し悩んだ時にメッセージが届く。


 『現場の確認は終わった、これから帰投する』


 どうやら向こうでの確認は全て終わった様だった。恐らくはリーダーの予想通り、生存者は他に居なかったのだろう。いつも通り敵の痕跡調査をし終わったから帰ってくると言う事なのだろう。


 私は、これからどうすれば良いのか?


 悩んだ末に出た答えはその場での待機だった。彼の手術が安全に終わるまで待ち、再会した時に治癒をしようと決意する。


 数時間後、手術が完了した彼は病室に運び込まれると執刀医が私に彼の状態を教えてくれた。


 「非常に危険な状態でしたね。全身の銃痕に出血多量、打撲等も酷かったですが一番は骨が削り取られている部分がありました。臓器もかなり損傷させられてますね。本当に今も生きているのが不思議なくらいです」


 「そんなに、だったんですか」


 「今は病室にいますが恐らくは一週間はまともに動けないでしょう。その後に動けてもまた手術を何度かする予定です。後遺症もあると考えているので隊への復帰は難しいと思われますね」


 「彼の病室に案内してもらえますか?後、これから私がする事は他言無用でお願いします」


 「?わかりました、様子だけでも見て寄り添ってあげてください」


 疑問符を頭に浮かべながらも患者に対する思いやりが伝わってきて本当に善人な人だと心の底から感じる。この人であれば他の人に公言する事もないだろう。


 病室に着き、改めてベットで仰向けで意識を失っている彼を目撃するとひどく心を痛めてしまう。


 こちらに連れて来るには急いでいてそこまでしっかりと見ていなかったのだが治療をしてもここまでの損傷は生きた人を見た事がない。


 「もう少しだけ我慢して、今助けるから」


 身体の縁が緑色に光だして能力を発現させる。糸を媒介とするその能力は元々は治癒を目的としておらず、敵を倒す為に開発していた技だった。この能力を試験的に使っていた時にリーダーから怪我を治す事も出来るではないかと言われたのが始まりだった。


 この能力は相手に糸を縫い付ける事によってその箇所を修復、接合し、擬似的に身体の損傷を元に戻せる能力がある。


 それを使って今までも色んな人に治癒という形で直して来たのだが、今回は非常に難しい。単純に縫い付ける場所も多くて集中力も必要になる。失敗すればどうなるは分かっているのでミスは許されない。


 細かい作業の後に最後に固定するまでが一連の流れだ。


 「ここが、戦場じゃなくて良かった」


 こんな精密な作業は落ち着いた場所でしか出来ないだろう。


 一通りの能力を使った後に終わった様子を見て先生が訊ねてくる。


 「今のは一体?」


 「私の能力です。詳しくは言えませんが、彼を隊に復帰出来るくらいまでに治療しました。ただ、一日にそんなに使えないのと治癒とは言っても安全に出来る保証は無いので使う時は限られるんですけどね」


 「そうですか、けれどして頂いた事には礼を言わせて下さい。ありがとうございます、お陰で彼は助かりました。数日経てば損傷を見る限りだと安全になると思います」


 頭を下げる先生に対して申し訳なく感じて急いで訂正する。


 「いえいえ、皆さんがここまで手術をしてくれなかったら多分上手くいきませんでしたから」


 落ち着いて一息つくと、先生が思い出したかのように私に確認を取る。


 「彼は7番隊の方ですよね?」


 「知ってるんですか?」


 聞き直すと思い出深いように少し悲しそうな顔をしながらぽつりぽつりと話をしてくれた。


 「はい。7番隊の方々はよくこのウチに来る事が多くて顔を良く合わせていたんです。彼とも何度か話をした事があります。色々と毎回無茶をなさる人でいつも他にも隊の皆さんが来てるんですが……ここに今日他の方々が居ないという事は生存者は彼だけだったんですね」


 きっと何度かではなく普通に仲が良かったのかもしれない。少なくともついさっき彼等にあった私よりも考え深いと思う。


 「そう、報告を聞いてます。お悔やみ申し上げます」


 「いえ、いや。そうですね、少なくとも私も彼等と関わりがあって親しくしていたのでもう話せないとなると悲しいです」


 思い出を振り返る先生はもう会える事の無い彼等の話をまた少し話してくれる。


 「7番隊の人には仁道さんという人が居たのですが彼はウチの看護師にナンパ紛いの事をする人でしてね。それはもう手を焼いてまして」


 仁道、という名前聞いてからだった。少し彼の身体が動いて手を伸ばし始めたのを二人で目撃する。


 伸ばした先が既に無い事や何かに無意識下で縋ろうとしてる姿に胸を痛める。


 そっとベットの近くに近寄って手を包み込んで握ってあげると彼は少しずつ落ちついていく。


 「先生。私、もう少しだけここにいても良いですか?」


 「分かりました。彼の側に居て上げて下さい。私達もそれが最善だと思います」


 静かにその場を立ち去った先生を尻目に再び彼の手を握りしめる。


 彼にはもう誰も側に居ない。そんな彼に対してせめてもの慈しみを与えようとして側に居続ける。私の出来る事はこれくらいしかなかった。


 ★


 空がまた暗くなった頃、病室の入り口にリーダーがノックをして入ってくる。


 「まーだ、居たのか。帰るぞ、もう飯が三つに増えちまう。まあ尤も?もう既に食われてるとは思うけどな」


 ということは約1日、彼と一緒にここに居たという事になる。しかし私は今この場を離れたいとは思っていない。


 「でもまだこの人が……」


 「そいつの次の生き場所は決まってる」


 とてもにこやかな笑顔で私から彼の手を振り解く。


 私はこういう時のリーダーが何をするかを知っている。こういう時のリーダーはいつもとびきりの良い事をするのだ。


 「こいつは俺らの仲間にする」


 

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