向き合う覚悟


 始まりは敵の一撃からだった。


 拳圧による風圧なのか?当たったらマズイという感覚だけしたので右に避けると明らかに人には出せない威力のものが後ろの天井に当たって砕ける。


 「なんだ!?この威力はっ!!」


 おかしい、明らかに人智を超えた何らかの力を持っているとしか考えられない。


 「どうした〜?怖気付いたn、ってオイオイ少しは警戒しなさいよ。下手したら君今死んでたよ?」


 隙を突いて殴り掛かったつもりだったがいとも簡単に避けられてしまった。


 「という事はお前のその攻撃は確実に相手を殺すだけの力があると言いたいわけだな」


 「まあ、場合によるかな?」


 今のは右の拳による攻撃から出て来たモノだった。もし左から追撃を受けていたら確かに死ぬ可能性があったというわけだ。場合によるというのは当たり所によるからなのだろう。


 「へぇ?抜けてきたねぇ、やるぅう!で・も?」


 自身の蹴りと同時に合わせて蹴りを跳ね返される。すぐさま奴から拳を叩き込まれ………やばい!


 体を即座に捻りながらなんとか奴の攻撃避ける。


 「君器用だねぇ?よく今のを交わせたね、褒めてあげるよ」


 「じゃあ褒美に名前でも教えてくれよ」


 称賛された事に対して機嫌は寧ろ悪くなって先程怒りに触れた事に敢えて触れつつ情報を探ろうとする。これで気を悪くして調子を少しは崩せればと思ったのだが、予想と反して奴は目の前で深く考え込み始めた。


 何に対して考えているのか、この間に先程の奴の技に対する戦い方を考えるが、あまり上手く考えが纏まらない。それだけにさっきの技の威力が強かった。当たれば間違いなく致命傷は免れないだろう。


 「うーん?まあ、いいよ。俺の名前はリョウキ、それ以上でもそれ以下でもない」


 「やけに気前が良いな、先程とは大きく違うじゃないか。そんなに俺を買ってるってことか?」


 目の前の男、リョウキが唐突に自身の名前を明かした事に嫌な予感を感じて更に揺さぶりを掛けるとあっさりと自供した。


 「だってお前、ここで俺が殺すから」


 確固たる自信がリョウキにはあるみたいでその瞬間から殺意の様なものがヒシヒシとこちらに伝わってくる。あまりにも冷たい殺意が少し恐ろしい。


 「随分と臭いセリフを吐くもんだな。そういうのは確実に勝てる確信を得てからにしろよな?」


 「なら、ここからは少し調子を上げて行くとするか!」


 直後、自身の腹に鈍い衝撃を受けて一気に飛ばされて数メートル先の遮蔽物に衝突してダメージを負う。


 「な、んだ今のは。今までの攻撃と違って目に見えなかったぞ」


 ボヤキのようなものをつい口から出していたがそんな事をしても状況は変わらず解決しない。


 「明かす気はないけど明かしても対応出来ないだろうねぇ?というか今のはジャブだけど、大丈夫かなぁ?」


 という事はこれより威力の強い本命が来るということでそれを予測した瞬間から体が強張る。


 「なんとかしないと俺は生き残れないんだろ?」


 「まあね」


 再びぶつかり合うとより戦闘に磨きが掛かって素早くなっていく。


 ★


 ほんの数回の立ち合いだった。しかし戦闘と呼ぶには異常な光景を仁道はただただ見る事しか出来なくて呆然としていた。


 「何だよコレ、どうなっていやがる。おい大丈夫か」


 片足立てて座り込んでいる廉に対して声を掛ける事しか出来ない自分自身が情けなくなってしまう。


 「頼む仁道さん、離れていてくれ。出来れば外に出て連絡を取って欲しい」


 恐らくは自分の事も含めた助け船なのだろう。せめて助かる救援を呼ぶ為にも出来る限りの事をと戦いから目を背けて歩き出す。


 「分かった。廉………気を付けろよ」


 その場を去って行く仁道のせめてもの無事を祈って自分は今のこの状況をどう凌ぐかを考える。


 「ふむ、まあ君を倒せば良いだけだしお好きにどうぞ〜」


 「待たせたな。これから頑張って、お前を倒してやるよ」


 「………諦めだけは悪いのな。ほんとそういう奴は昔から大嫌いだ」


 こちらに飛び込んで、拳を空に殴って衝撃波が放たれるが既に一度同じ攻撃を見ているので軽く避ける。


 「それはもう見た。今度はこちらからだ」


 さきほどの対応見る限りこいつには直接攻撃は通用する。隙があるとすれば能力を使った直後だろう。


 「基礎的な戦闘能力も高いな。何処で教わったんだ戦闘術は」


 「そんなもんねぇよ、生き残る為に勝手に覚えた」


 「確かに所々武術が似てるところがあるが微妙に違うな」


 コイツの能力を使った攻撃のタイミングは凡そ10秒に1回、それをこちらの攻撃の瞬間だけ使ってくる。


 「何か狙ってるな、まあ好きにはさせないけどね」


 何か勘付かれたが、まだ狙いはバレてはない筈。しかしこのまま今の状況が好転しなければ怪しいだろう。


 多少のダメージを食らっても仕掛けないといけないかもしれない。そっちの方がまだ可能性がありそうだ。


 相手の一撃に合わせて能力を使う直前にこちらも殴り掛かる。すると、予想通りに拳が脇腹に突き刺さる。


 「何!?」


 やっとまともな一撃を入れたようで警戒してリョウキはこちらから距離を取る。それに合わせて更に近付き、同じ戦法で段々奴を壁端に追い込んで行く。


 「認識をまた少し改めなきゃダメかな、こいつは」


 「それで?次はどんな評価か、なぁ!」


 話しながら拳に体重を乗せて全力殴りだしたその一発はこの戦いが始まってから一番の感触を得ていて見事にリョウキの頰にぶち当たって数メートル先に飛ばされる。


 飛ばした後、確かにしっかりと攻撃を当てたのにも関わらず対したダメージも食らってないかのように静かに立ち上がるリョウキを見てすかさず追撃の手を緩めない為に一気に走り出して距離を詰める。


 このまま追撃からの猛撃で確実に仕留める為に拳を硬く握りしめて振りかざそうとした時、顔を上げたリョウキとたまたま目があった。


 「しつこくてウザイ、そこそこに殺したい奴だ」


 刹那、自身の身体に複数箇所の穴が空いて体の内部に風邪が通る。最初に感じたのは痛みではなく恐怖だった。


 建物の最奥まで一気に吹き飛ばされて意識が少し失わされる。しかしそれを凌ぐ激痛で目を覚まして声を出せない程の痛みに襲われる。


 「ゔっ、ぐが、ぁぁぁ!!」


 何をされた?攻撃を食らったつもりは無かったが気付いたらいきなり胴体を何かを貫通していて、少し身体を見ると一目見て分かるほどに血が流れていた。


 身体の一部が途切れている事は不幸中の幸いなかったものの、明らかに致命傷は免れない状態に一瞬でされてしまった。


 「う、ぁ……」


 上手く声が出す事が出来ない。呼吸も少し怪しいのでもしかすると肺の器官も少しやられたのかもしれない。


 つい先程まで交戦して追い詰めていたのが一瞬でコレだ。間違いなく彼は本気を出していなかったのだろう。


 追い詰めたと思って壁端まで追い込んでだのが一撃で逆転されて分からされた。


 コイツは俺では勝てる事の出来ない奴なのだと。


 飛ばされた距離はおよそ50メートルはあると思われる。静かにゆっくりとこちらに歩き出して来るが、それは余裕の表れなのだろうと推測する。


 完全に戦力差を見誤っていた、神経を逆撫でされて頭にきて気付いたら戦っていた。もしかするとこのパターンが奴の戦闘スタイルなのかもしれない。冷静さは戦いにおける大きなアドバンテージであるからそこを利用された。


 実力差で言ってもそうだ。殺され方が分かっていないとはいえ、精鋭揃いのASFRCTをこうも簡単に全滅させるなんて尋常ない事は良く分かる。自分ですらも全員を相手には出来ないのは分かりきっている。


 しかしコイツはその俺の隊の仲間を全員殺した。明らかに強さの次元が違う、初めから勝つ事を意識して戦う事が間違いだった。


 考えろ、今の自分に出来る事を。どうすればこの戦いを終わらせられる為の時間を稼げるのかを。この男が俺の元に到着して殺す前までに。


 真剣に考え込んでいるうちに先にリョウキが死に掛けの状態の俺を発見して、妙に嫌そうな顔をする。


 「確実に殺す様にやったんだが、まーだ生きていたのかこいつ。まじでお前ゴキブリ見てぇだな」


 空笑いすらも出来ないので顔を歪ませる事しか出来ず、冷えた空気が辺りに流れるがふとリョウキが異変に気付く。


 「ん?どうやらお仲間が来た様だな、せっかく逃がしてあげたのに勿体ない」


 隊の救援連絡が終わり、何故かこちらに戻って来た仁道は俺が死に掛けの様子を見つけて叫びながらこちらに走って来る。


 「オイ、オイオイオイオイオイ!!!廉!廉お前どうしたんだよ!何された!?何をしやがったテメェ!」


 即座に効かないと分かっていてもリョウキに対して激しく銃弾を撃ち続け始める。


 「うるせぇな、それをお前に話しても何も変わんねぇだろうが。あ、もしかしてお前死にたい?」


 直後先程よりもドス黒い殺気が溢れ出して恐ろしさで息が詰まりそうになる。


 今まで、死を意識した事は何度かあった。震災の時の巻き添え、訓練で実習に出た時の敵との初戦闘。爆発に巻き込まれて一人になった時に近くに敵が居たとか。


 あの時は何となく死ぬかもしれないというくらいの感覚でしかなかったのだが今回は急がなければ本当に死ぬかもしれない。そんな焦りが本能的に恐怖に変わっていた。


 そんな不安な気持ちが伝わってしまったのか、リョウキは急に明るく気分が良くなっていく。


 「お?良いねぇそういう表情を俺は見たかった訳よ。まあ、もう充分にその面を見れたわけだから用はねぇ。死にな」


 「危ねぇ避けろ!」


 声だけ叫んだ仁道だったが、リョウキに対して銃を撃ち続けているので助ける事が出来ない。


 死にたくない。その一心で何とか無理に身体を動かしてリョウキからの能力の攻撃を避けて満身創痍で何とか立ち上がる。


 「チッ、立ち上がんなよ雑魚が。てめぇみてぇなのがいるから世の中に勘違い野郎が増えるんだよ」


 ずっと、考えていた。状況は最悪であるがそれを回避する為に手掛かりが必要だった。

 仁道を逃して自分も助かる。そんな夢物語を叶える為には弱点を作るしかないと。


 「お前、散弾銃を俺に撃ったな。その前は鈍器で最初は試榴弾。能力は過去に受けた攻撃を繰り出す事が出来る、だな?」


 一見すると意味の分からない内容の話で仁道が疑問符を浮かべている。しかしそれと反してリョウキは虚を突かれて驚いた表情をしていた。


 「なんて奴だ、素直に称賛に値するよ。俺の能力がバレたのは生涯でお前が初めてだ。尤も今までそこまで生き残ってた奴が居なかっただけなんだがな。どうして分かった?」


 乗ってきた、これから何とか時間を稼がないといけない。


 「まず、話をする前に、少し呼吸をさせてくれ。喋りにくくて、ありゃしない」


 「呼吸にしくいようにさせたからな、それは出来ねえよ。話せ」


 まあそうだろう。確実に殺すように致命傷になるものばかりされて今この身体はボロボロだ。


 辛くはあるが、少し息を入れて聞きやすいように口を動かす。


 「そうか、ならこのままで。はじめに違和感を感じたのは拳の殴るタイミングだった。お前の格闘による一撃には、能力による一撃とのズレがあった。如何にも格闘の余波による攻撃や能力で殴っていると思ったが、発生している衝撃波が違うというのも違和感のヒントになった」


 「まあいつもは殴る衝撃波って事で片付けているから生きてる奴が居ないだけだがな」


 「次にその衝撃波の種類が違う事。2回目の鈍器による攻撃、ありゃ流石にあからさまに過ぎるぜ」


 「格闘の攻撃と能力で倒れないから普通に能力を使ったまでだが、恐らくはここで勘付かれたんだろうな。いやはやそこで答えを出すなんて厄介だねぇお前」


 「いや、まだネタバラシはまだある」


 「あ?」


 「3回目の食らった技だ。あれは1回で攻撃出来る技を超えている。それがお前の本来の能力だ、俺にはその答えが分かる。完璧では無いかもだけど、これが解明されたら大きな欠点を見つけ出せるかもしれない」


 「ほーん、で?そんなハッタリ俺に通用すると思うのか?それに、それを聞いてお前はみすみす俺から見逃して貰えると思ってるのか?」


 もう殺気は見えないし感じないが、命の危機はあまりにも強過ぎる程に感じている。


 ここまでか……。


 「確かに、だから俺以外の奴がこの話を聞いてたら充分だ」


 「ハッ、アホくさ。そんなん言っても他に聞いてる奴なんて居ねぇじゃねぇか。ここで始末すればいいだけの話。だからお前、コレで死ねな?」


 「かもな」


 ああ、俺はこんな終わり方か。命を燃やして戦い続けてるって言っても結局は毎回誰かに守られていた様な気がする。


 どうしても生き残りたかったけど、流石にもう動けねぇや。


 能力を使った攻撃の音がして命を刈り取られる。



 「………」



 しかし、数秒経っても自身の意識は保っていた。何故か?


 目の前で手を広げながら庇う者が存在していたから。


 「なんで!どうして、お前が変わりに受けてんだよ………仁道!」


 「わりぃな。お前は、強いから」


 僅かに口を動かして話した事はそれだけだった。その多くが口や様々な身体の部位から血を垂れ流して俺にもたれ掛かっていた。


 「嫌だ、やめろ……」


 この感触とこの感覚とこの感性を、俺は覚えたくなんかない。きっと猛烈なトラウマになる事だろう。仁道の体温が冷えて行き、仁道の血液が生温かい。


 「強く生きろよ。廉」


 瞳を見ながら目を合わせてそんな事を言われてしまった。こんなにも死んで欲しくないのにもう仁道はこちらの事が殆ど見えていない。


 俺がもう死のうとしてたのにまたお前は先に行くんだな。


 刹那、隊に配属されたばかりの仁道との思い出がフラッシュバックする。


 『置いてくぞー!お前なんざ俺に追い付けねぇんだよ!』


 あの時は体力も無くて、よくアイツに馬鹿にされていた。


 もう一度見ると、少し苦しそうにながら軽く笑顔で息を絶っていた。


 どうして、そんな顔が出来るんだよ。


 苦しみながら嗚咽を出そうすると、落ちていた仁道のアサルトライフルをリョウキに向けられる。


 「お前は、倒す。だが今は倒せない。だから力を付けていつか………いつか必ず!!」


 「そんな時はねぇよ。お前はここで死ぬっつってんだろうがよ」


 分かっている。こんなのはただの恨みを言っているだけのどうしようもない行為だと。こんな事をしてもどうしようもないというのは自分自身が一番よく分かっている。



 しかし、現実は思わぬ方向に事が動いた。


 「いいや、時間切れだ。どうやらその者の粘り勝ちのようだ。少し厄介な援軍が向かって来ている。我々の事をまだ明かす事はダメだ」


 突如として後ろから歩いて来たその男は俺ではなくリョウキに話し掛けている。


 「お前、は。屋上で死んでいた筈の反乱軍の、何故」


 見覚えがあった。この人間は確か屋上前の入り口を警備していたが何者かに倒されていた者だ。


 考えがまとまる前にこちらを無視して恐らくの仲間であるリョウキの前に立ち塞がる。


 「テメェ……!!俺の事が分かってそれ言ってんだよな?」


 「じゃあ僕だけ先に帰らせて貰うけど良いのか?予想だとリュウキ生き残れないよ?」


 「ざけんな死ねっ!」


 仲間の忠告を無視してついに放たれた弾丸の軌道は俺の頭に向かって確実に動いていたが、目の前の何かに塞がれる。


 「あ!?なんだそれは!!」


 「さあ、知らん。敵も一枚岩じゃないって事だ。早く行くぞ」


 先に立ち去った仲間に仕方なくその場を立ち去ろうとする際に最後だけ吠え面を描く。


 「てめぇ、覚えとけよ?………仕方ねぇ、決着は次にあった時だ。せいぜい首でも洗って待ってるんだな。尤もお前がその時生きてたらの話だがな」


 どうやって消えたかは分からないが既に近くに奴らの気配を感じなくなっていた。


 「行ったか……」


 もう既に呼吸もずっと怪しかった。立ってるのがやっとでもはや動いて攻撃する事なんて出来ない。

 結果として前のめりに倒れてしまった。既に意識が溶けてきている。


 ああ、死にそうになってる。今俺は生き死にの瀬戸際にいるのだろう。助けられた命だから、絶対に生きなきゃいけない。生き残って仇を取らなきゃダメなんだ。


 人の姿が見える。手を伸ばさなければ、生き残れない。生き残るために懸命に。


 

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