第2話

 ふと気づくと僕は丘の上にいた。

 前方には雲の上まで続く長い階段が見える。

 それ以外には特に目につくものがない。

 そう思ったが、ふと後ろを見ると薄暗いトンネルがあった。


 僕はトンネルではなく、階段のほうに歩みを進める。

 階段の前には1人、黒ずくめの人がいた。

 僕はその人と話しても無駄だという気がした。

 理由はわからない。


 不意打ちが正しいと思って、その人にいきなり手刀をふるう。

 その人は崩れるように倒れ込み「不正解だ」とだけ言って動かなくなった。


 僕は真正面から階段を登る。

 何故だかわからないが勝ち誇った気分になる。

 ずっとこうしたかった気がする。

 僕は自然とかけあしになった。



 どれだけの時を費やしただろう。

 ひたすら静寂の中、僕は階段を登り続けている。

 足音と荒い息遣いだけが反響していた。


 かなり登った気がするが、終わりが見える気配がない。

 ああ、早くこの階段のゴールを見たい。

 この階段のゴールには何があるんだろう。

 その景色を見たい、そのためならどれだけでも頑張れる。

 僕にとってこれは極めて自然なことだ。

 僕はそういう人間なんだ。



「僕は登りたい、絶対に登りたい」


 そう言い続けたほうが元気が出る気がしたので、僕はずっと口を動かしながら登っていた。

 声が掠れてくるし、その方が使う体力は多い。

 でもそうせずにはいられなかった。

 僕の声はどこまでも反響し続けて、きっと少しはゴールまで届いているはずだ。


「ん?」

 

 ふと、足元から物音がした気がした。

 でも前後を見ても誰もいないし足元に何かが落ちているわけでもない。

 物音がした理由がわからない。


 でも僕は気分が良くなった。

 とにかくとても気持ちが良い、脳内でドーパミンが放出されているに違いない。

 どうにかこれを言葉にするなら、勝ち誇ったような気分。


「僕よりも馬鹿がいる、僕よりも馬鹿がいる」


 自然とそう口にしていた。

 何故かそう言いたくて仕方がなかった。

 なんでそう言っているかもわからないが、急に元気になって歩みを進めることができた。

 自分のほうがペースが早いことを証明したい。

 何故かはわからないが、とてもそうしたかった。





 僕は何故この階段のゴールを見たいんだろう。

 登っているはずなのに、景色がいつまでも変わらない。

 段々と登れているのかどうかもわからなくなってくる。

 しかしこの途方もない疲労感こそが、ちゃんと登ってきたことの証明になる。

 この苦しみ、痛み、絶望こそが、登ってきたことの証明である。


 そもそも僕はどこに行きたいんだっけ。

 なんで階段を登っているんだっけ。



 僕はトンネルをくぐりたかったんだっけ。


 ふとトンネルのことを思い出す。

 でもここから引き返してトンネルに向かうなんて馬鹿げている。

 どれだけ大変な思いをして登ってきたと思っているんだ。

 トンネルのことなんてもう考えるな。

 階段のゴールのことだけを考えよう。


 階段のゴールを見たいんだろう、そうだよな?

 そうだと言おう、僕は僕にそうだと答えよう。

 そうすればまだ、登ることができる。






 足が上がらなくなってきて、頻繁に転ぶようになった。

 全身の筋肉が悲鳴をあげているが、その声は無視し続けている。

 目がおかしくて、視界も歪む。

 なんとか視線を上に向けるが、まだ階段に終わりは見えない。

 見える景色が変わらない。

 ずっと進み続けた、ずっと見続けたこの景色。


「もう見たくない……」


 ふと後ろを振り返ると、階段がどこまでも続いている。

 無限であるかのように続いている。

 一歩踏み外したら永遠に転がり落ちていきそうだ。

 もはやそうするのが正解なのかもしれない。

 頭が痛くて仕方ない。


 後ろを見ていたら、ふとあの声が聞こえてくる気がした。

 あの低い男の声だ。

 頭の奥底にこびりついて離れない、あの一言。


「不正解だ」


 不正解ってなんだよ。

 正解ってなんだよ。


 僕は足を踏み外した。

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