第33話 もう見上げない

目の前で人が死んだ。2人も一瞬で。リットウは気絶しているらしいが実際は知らない。

《BLACK》で強化されているリットウは中身の人間の身体に衝撃を与える方法で、生身のトーヴェンは一刀両断で。無駄がない。隙がない。

ワンルーを自称するその男が自分に取引を持ちかけている。


「ウィ、ウィル・ファルソン?」

ワンルーは深呼吸をして答えた。

「あなたの名前です。資料によると、あなたは4歳の時にダンジョンズに誘拐され、魔物としての訓練を受けたそうです。」

知らなかった。しかしそんなことは関係ない。

「それまでの4年間、あなたはウィル・ファルソンとして家族から寵愛を受けて育ったはずです。私はNo.277でも、ニナナでもなく、ウィル、あなたと取引がしたいのです。」

ニナナは唾を呑んだ。

「私はあなたの気持ちがわかるつもりです。故郷を奪われ、初めは強い感情を持っていました。しかし組織に染まった私はいつの間にか大事なことを忘れていた。そして君の仲間を・・・君を傷つけてしまいました。」

ワンルーはニナナの、ウィルの両目を見つめた。

「私はもう見上げません。どこまででもよじ登ります。共に戦いましょう!ダンジョンズを、大魔王を倒し絶望の連鎖を断ち切るんです!!」


あの時、《BLACK》を届けるか迷った時、ニナナは結論を出すことから逃げた。これはカムイを手助けする為でもヴォルフワークスを見逃す為でもない。ヴォルフワークスは倒されるかもしれないし倒されないかもしれない。そもそも自分が届けなくても誰かが届ける。だから、自分は関係ない。そうやって明確なアクションを取ることを避けたんだ。


先程もそうだ。トリプルエースとの戦いやトーヴェンとのやりとりを見ていながら風見鶏をしていた。

今、自分は択一を迫られている。自分にそれが選べるか?ヴォルフワークスは仇敵だ。ここで手を取らなければ三食にベッドが付いて生きられる。ダンジョンズを倒してしまえば、生きていける保証はない。


でも、それでも。自分の心はこの男を信じたいと言っている。

「僕ならあなたに内部の情報を漏らせると思います。」

ワンルーは敬礼した。

「ありがとう。ウィル・ファルソン。」


通りでは勇者たちが全てのブラックデビルを消しとばしていた。弱ったところにイノウエのライトニングフレアで跡形もなく。

すると突然拍手の音が響く。路地から現れた赤シャツの男。全員が警戒する。

「大魔王軍元・幹部、ワンルー。私は諸君の味方です。協力して欲しいのです。大魔王を倒すために。」


かくして、物語は最終章へと移る。

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