第24話 少年と狼

イシアン村は狩猟採集で成り立つ小さな村だった。

1人の少年が村の中心を走り抜けている。

「おい、小僧!今日も川行くんだろ?」

村一番の力持ち、オーヤに語りかけられて10歳のワンルーは足踏みしながら答える。

「うん!魚捕まえてくる!」

「頼んだぞ。森には入るなよ!」

ワンルーはその日もいつもの通りイシアン川の上流に走っていった。


三角州を伝えばイシアン川の向こう側の森林には簡単に飛び乗れるが、村の大人たちは森の方には渡るなと言う。最近森に狼がうろつくようになったらしい。が、

「よ、よ、よいしょっと。」

ワンルーは軽々と川を飛び越えてしまった。この辺りは丘を隔てて村からは見えない。彼は5日も前から森に入り浸っていた。

弟のワンハオは松ぼっくりが欲しいと言った。それは彼に言いつけを破らせるには十分な理由だったのだ。


「ふんふんふーん。」

実を言うと松ぼっくりは2日目で見つかった。しかしもっと見つけたかったのと、単純に林を探検するのが楽しかったのとでワンルーはそれからずっと森に向かった。

魚をとって帰らないと怪しまれる。日が降り始めたら川に帰ろう。実際のところ正午までは1時間ほど残っていた。


そんな時林を歩いていると、

「なんだこれ?」

林の真ん中にぽっかりと木が生えていない空間。足下には直径10メートルほどの大きな穴が開いていた。見下ろしても奈落は見えない。その時、穴の対岸に人影が見えた。

「あ、ご、その。」

人影を認めたワンルーは言いつけを破った言い訳を考えようとしたが次の瞬間、それが人でないことに気づいた。

白銀のたてがみを靡かせるそれが大きく跳躍して穴を飛び越える。ワンルーは咄嗟に後退りしようとして尻餅をつく。

狼。真っ赤な目をじっと自分に向ける銀狼。鋭い牙を見せつける捕食者。やばい。ワンルーの考えはこの3文字に支配された。

「・・・去れ。」

「わ、わぁあああっつつ!!」

銀狼の口からヒトの言葉が放たれたのを聞いたワンルーはいよいよ怖くなって背中を向けて逃げ出した。


銀狼の姿は変形して人の形になった。

「・・・子供。」

株式会社ダンジョンズが作り上げたダンジョンは未だ数も少なく知名度も低い。

例えば銀狼ヴァイシアがボスとして待ち受けるダンジョン、《孤狼の大穴》には未だ嘗て挑戦者が現れていないのだ。

世界観だの難易度だの上司が言ってくるがそんなことを気にしている暇はない。

ここは一つ芝居を演じるというのはどうだろう。

「・・・そのためには。」

そのためには、目の前の格好の獲物を利用しない手はない。男は再び銀狼に姿を変え、木の枝に飛び乗った。そして、少年が自分の村に向けて逃げ走るのをじっと見つめていた。

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