第9話 ダンジョンのいろは

企画部室には優雅な朝が流れる。

数人の2桁社員と十数人の3桁社員が集まった部でありながら、そこに数字に拘る闘争はない。

社内で肩身の狭い思いをしている少数派の女性社員も、ここでは6割を占める同類に囲まれて悠々自適に過ごしている。

労働は7時から24時ということになっているが部長のサービスで20時まで。女性なら19時まで。残業はない。

朝のティータイムには順位、男女問わず部員の多くが集い、気弱な部長でさえもこの時だけは香ばしい匂いに意識を傾けて・・・

「皆さん、今日も頑張りましょ・・・」

その時。部のドアが音を立てて開いた。

「ふぇえ?あなたは・・・」

「うわ。部屋せま!1桁なんだよな?あ、すみません。人事部から来ました。No.277です。」

「あ!噂の人ですぅ。ニナナさんとか言う。」

この部屋の長、リットウ企画部長が立ち上がる。

「ようこそ!企画部へ!ですぅ。」


「ふぇえ?新部発足の相談に?」

「ええ。マニュアルに企画部の助言を受けることを推奨、と書いてあったので。」

「はわわわ。感激ですぅ。」

リットウは縮こまってしまった。他の企画部員が補足する。

「最近は、と言ってもここ数年は、企画部の形骸化が進んでいるんです。どこも新しい部なんて勝手に作ってしまいますし。」

リットウが震え上がった。

「最近は私、"お飾り1桁"なんて呼ばれてしまってるんですぅ。他の1桁の方たちにも嫌われてて。」

不憫な話だ。

「だから。折角持ち込んでくれたニナナさんの依頼は完璧にこなします!・・こなしたいですぅ。」

ニナナも頷く。

「最高のダンジョンを作りましょうね!」


ニナナは覚悟を決めた。ヴォルフワークスの所業を、この会社のやり方を認めるつもりはない。しかしヴォルフワークスは自分を利用すると言った。なら自分も彼を利用しよう。折角命を繋いだんだ。人事部で生き残ってみせる。自分にできるのはそれだけだ。

それにしても彼の涙は何だったのだろう。かなり深刻そうな面持ちだった。彼にも何か・・・

「す、すみませぇん。ニナナさぁん。」

ニナナは我に帰る。

「ダンジョン企画開発パート1!ですぅ。まずはおおまかな立地を決めますぅ。」

「ええと、廃部になった《凍れる地下迷宮》の代わりに、ヨーカルド大陸に新ダンジョン。既に決まっているのはこれだけです。」

「な、なるほどぉ。南ヨーカルドには《鬼の洞穴》というダンジョンが既にありますぅ。そこからは地理的にもコンセプト的にも離した方が良いですね!」

企画部員に渡されたデータブックを開きもせずニナナに手渡して、リットウは言った。そういえばこの女性は会社のトップの1人だった。ヨーカルドの地理くらいは知っている。

「ヨーカルドの北西、フレードリヒ公国の辺りは山がちで地下迷宮のコンセプトと被りそうですぅ。その本の94ページから大陸北東部の地理的条件が書いてあったと思いますぅ。」

ニナナが開いた94ページはまさしくその項目だった。ニナナは読み上げる。

「大陸北西部が冬に多雨なのに対してダルガード山脈以東は暖流の影響により夏と冬の寒暖差が少なく一年を通して多くの雨がもたらされる。って、これ関係あるんですか?」

「あります!気候は土地に影響をもたらし、土地はダンジョンに影響をもたらすんです!次のページも読んでくださいぃ。」

「なになに?多雨の影響でジャングルが形成されており、サーバニア河流域は世界最大級の湿地として知られる。って、湿地!」

「はい!我々企画部が提案するのは、ドキドキ!ジャングルの湿地ダンジョン!ですぅ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る