第3話 最強の男

聖オムラウト帝国公認勇者にして世界最強と謳われる伝説の男、勇者イノウエは1匹のスノーゴブリンに苦戦していた。

ダルガード大山脈に最近出現した魔王城を目指していたのだが、その麓でこの魔物に出会ったのだ。

ゴブリンといえば速度がやや高い代わりに攻撃力と防御力がやや低く体力が少ない、かなり弱い種族のはずだ。これより弱い魔物など、スライム以外に思いつかない。

スノーゴブリンは通常よりほんの少し体力が多いがそれ以外には見た目しか違わない。なのに。

攻撃が全く当たらない。剣を振るとものすごい勢いで避けられ、杖を振ると反復横跳びで惑わしてくる。かと言って逃げようとすれば全力では追ってくるが攻撃は仕掛けてこない。

なんなんだ。ゴブリンのスピードじゃない。しかも攻撃をしてこないなんて。

「魔法!ライトニングフレア!!」

痺れを切らした勇者イノウエはボス戦のために温存していた超広範囲魔法でゴブリンを消し飛ばした。

「スノーゴブリンを倒したぞ!」

勇者はそのまま山を駆け上がって行った。


勇者が去ったのを確認して、スノーゴブリンだった消し炭は浮遊し、集合し、人の形になった。北ヨーカルド大陸ダンジョン開発部部員、ニナナだ。

「いてて。困ったな。伝説の勇者だなんて。またすぐダンジョンを攻略されてしまう。」

ダンジョンの理想の形は、「あとちょっとでクリアできそう」である。

ボス戦前までで殺さない程度まで追い詰め、ボスの体力が半分を切ったあたりで勇者の命を奪う。2回目以降の挑戦ではだんだんと使う技を増やしつつボスの体力が削れていくのを見届けさせる。

そうすることで勇者は何度でもダンジョンに挑戦するだろう。つまり挑戦料を払ってくれるだろう。挑戦すればするほど既に払った料金が惜しくなって止められなくなる。そうしたらダンジョンにとって、会社にとって得だ。

しかし、こういう強過ぎるプレイヤーがいるとそれが狂う。魔物側の手加減で制御できれば良いが、魔物の能力値を大きく上回る強さの勇者が現れると、あるいはそれが周回を始めると、攻略報酬の出費がかさんで赤字になる。

彼には彼が行くべき難易度のダンジョンがある。そしてそれはここではない。だから、彼にはお帰り頂かなかければならない。道中の魔物たちも一切気を抜かずに勇者の体力と集中力を削り続けるのだ。彼が攻略を諦めるまで。何周でも。


勇者イノウエは異変を感じていた。最近どこのダンジョンでも敵が強くなっている。種族値は変わらないのに、敵が戦略というものを使ってきている気がする。

久しぶりに低難易度ダンジョンを目指している今日は特にそうだ。攻撃力の高い奴らは徒党を組んで集中砲火を浴びせてくる。攻撃力の低い奴らは能力値を大きく上回るスピードでこちらを翻弄してくる。自分が一度やられて再挑戦した程だ。

ずいぶん見ない内にここまで低ランク魔物の力が上がっているのか。俄然燃えてきた。絶対に続けてやる。自分が魔王を倒すまで。何周でも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る