第87話 惚れて通えば千里も一里ーその2ー




 格好良くて、優しくて。

 単純な理由だけど、私はその一瞬で先輩が好きになった。

 胸が苦しくて、気が緩めばいつも頭のどこかに先輩がいる。そんな日常が次の日には訪れていた。


 そこからは……もう、恋は盲目状態。

 先輩の事をもっと知りたくて、色々走り回ったっけ。

 大親友のせっちゃんに報告したら、一緒になって喜んでくれてさ? 得意のパソコンで掲示板やらなにやらで出身の小中学校まで調べてもらったり……今思えば完全にヤバいよね? 


 でも、本当にそこまでしてでも先輩の事を知りたかった。全てを知りたかった。

 直接聞ければ良かったんだけど……あれ以来先輩を目の前にするとどうしても恥ずかしくて、直視出来なかったんだ。

 良くせっちゃんに言われたよ?


『あんた普段はイケイケで明るいのに、先輩の前だと借りてきた猫だよね?』


 ……だって仕方ないじゃん。恥ずかしいんだもんっ!!


 そんなこんなで、無事高等部へ行ってからは先輩を見る機会も増えた。もしろ先輩しか探していなかったんだけど。

 通り過ぎれば、恥ずかしくて……けど、そんな私を見ると必ず先輩は声を掛けてくれた。


 あの優しい笑顔で。

 でもね? 私は知ってたんだ? 小学校と中学校の時、先輩に何があったのか。全てを知りたいと願った先には、聞いてるこっちが泣きそうになるほどの出来事があった。


 先輩。青野東小学校の時、嘘告白されたんですよね? 先輩の名前は書かれてませんでしたけど、青野東小学校の思い出を語るスレで、そんな書き込みを見ました。


 そして、どうしても気になって小学校の近くを歩いていたら……偶然女の人達の話し声が聞こえてきたんです。


『そういえばさ? あいつ学校来なくね?』

『あぁ、一之瀬? 澄川けしかけたのに、逆に日南太陽に睨まれて漏らしたもんな。私だったら無理だわ』


 その後も、その人達は大きな声で、下品な笑い声を上げて……話続けていました。

 二木さんと三瓶さん。2人は、笑い話の様に全部話してくれたんです。

 一之瀬瑠奈さんが指示して、澄川燈子さんが嘘告白をした。


 一之瀬さんは、今は不登校気味。澄川さんは、少し離れた高校に通っている。

 一之瀬は当然の報いだって思いました。

 澄川さんは……卑怯だと思いました。

 何にせよ……ひどい話です。


 そんな話だけでもつらいのに。先輩はもう1度、ひどい目に遭いましたよね?

 家が近所で、仲の良かった女の子に振られた。その女の子は、学校でイケメンだと言われてた人と沢山デートしてたのにも関わらず、先輩にもその気を見せてたんですよね?


 その話は、簡単に分かりました。クラスの友達……その従姉妹がその中学に通っていたんだから。

 私が先輩の話を聞きたいって頼んだから……渋る友達を説き伏せて聞いた事だから。後悔はしていない。


 鷺嶋さん、鏑木さん、柳沼さん。そして如月皇子さん。この4人が、裏で糸を引いていたんですよね。


 そして先輩を裏切った……立花心希さん。

 すぐに引越ししたみたいで、この辺には居ない。先輩を残して居なくなった。自分のせいで、どれだけ先輩が苦しんだのか見ようともせず。


 けど、そんな事があったのに……先輩は私に優しくしてくれた。

 それがどれほど恵まれているのか……しみじみ嬉しく思ったんだ。


 絶対、振り向いてもらいたい。どうにかして……そんな思いが膨らみに膨らんだ時だった。


 そんな思いは消し去られたんだ。そう……風杜雫のせいで。

 2人が付き合っていると聞いた時、ショックだった。けど、見れば見るほど美男美女でお似合いの2人。


 心のどこかで仕方ないと諦めていた自分もいたんだ。

 でもね? 好きなものは仕方がない。もちろん、風杜雫についても調べたよ? 徹底的に。


 そうしたらある疑惑が浮上したの。体育教師で、バスケ部顧問……諸見里との関係。

 私が入学した時は、そうでもないみたいだけど……以前は2人で話していたりする時間が多かったみたい。けど、あくまで憶測の域を出なかった。


 不思議とね? 校内で先輩を見つけると、必ず隣に風杜が居たんだ。

 羨ましかった。

 それでも、先輩の嬉しそうな顔を見ると……先輩が幸せならこれで良かったんだと思う自分が居た。


 諦めればいい。

 そう心に決めた時だった……あの出来事があったのは。


 それはある日。突然だった。

 せっちゃんの表情がいつもと違ってて……理由を聞いたら泣き出しちゃったんだ。


 必死だったよ? せっちゃんの泣いた姿なんて見た事がなかったから。

 それで理由を聞いた。何度も聞いた。


『言えない……言えない……』


 そう呟いてたせっちゃんだけど、ついに話してくれた。

 原因は……諸見里。


 私は自分の恋で気が付かなかったんだけど、せっちゃんと諸見里はだったらしい。


 元々、諸見里は生徒思いの良い先生って評判で、気軽に話が出来る存在だった。

 確かに、話す機会があった時は……それなりに親しみやすい雰囲気はあったけど、あの疑惑のおかげで私は少し距離を取っていたんだ。


 でもせっちゃんは、何気ない雑談を繰り返していく内、徐々に2人で話す機会が増え……そういう関係になった。

 内心めちゃくちゃ嬉しかったみたい。けど、私がこんな状態だったから言うに言えない状況だった。


 でもね? 問題はそんな事じゃない。せっちゃんがなんで泣いているのか。

 ……ある日、せっちゃんは見てしまったそうだ。いつもの様に諸見里に会いに行った時……風杜と諸見里が器具庫に入っていくのを。


 カチャっという音。

 それが耳に入った瞬間、嫌な予感がした。それでも諸見里を信じたくて、せっちゃんは外に出て、器具庫の中を覗き込んだ。


 するとそこには……

 疑う余地のない光景。

 そして長い期間そうだったと確信する会話。


 せっちゃんの涙は、それが原因だった。


 その話が耳を通った瞬間、体全体が一気に熱くなったのを覚えている。

 怒りか憎しみか……良く分からない感情が渦巻いて、自分でも良く理解が出来てなかったと思う。

 でもね? そんな中でも、ハッキリした事があった。それは……



 せっちゃんを騙した諸見里を絶対に許さない

 日南先輩を裏切った風杜を絶対に許さない。



 それから私は、2人を陥れる為に動き始めた。

 時間があればどちらかを観察し、怪しい行動がないか目を光らせる。


 直接先輩に言えばよかったのかもしれないけど、そんな傷つくような話を言いたくはなかった。それに、証拠がない限り先輩は人の……大事な人の噂話は信じないと思ったから。


 暫くすると、せっちゃんも吹っ切れてくれて……


『諸見里……フザケんなっ!!!』


 私に協力してくれたっけ。

 だから必ず証拠を……そんな決意を胸に、2人をマークして1ヶ月が経とうとした時だった……私はついに、逢引の瞬間を捕らえた。

 場所はやはり器具庫。鍵をしたかと思うと、諸見里はいきなりキスをし、拒む様子もない風杜。


 初めて目にした光景。でも、それはどこか流れ作業の様な……ルーティン化しているような雰囲気。

 この関係は大分前から続いている。そう思わざるを得なかった。


 そしてあっという間に事が終わると、諸見里が口にしたんだ。


『今度久しぶりに遊びに行こうと』


 ……チャンスだと思った。


 それからの流れは、想像通り。

 話していた日に2人を尾行しただけ。そして……予想通りにホテルへ。


 私はそれを逃さない。写真に収め、さっちゃんへ。


 それをせっちゃんが……学園へ。


 そんな画像送って、せっちゃんだってバレないのか不安だったけど、それについては任せとけ状態。だから、後はせっちゃんお任せした。


 反響は大きかったな。

 学園中がパニックになって、諸見里は理事室送り。

 風杜は学園に来なくなった。


 そして2人は……居なくなった。

 色々な噂が流れたけど、正直どうでも良かった。


 私にはしなきゃいけない事があったから。そう、日南先輩をサポートする事。


 風杜は先輩を裏切っていた。

 証拠を使って、その事実を白日の元に晒す事が出来たし、もう騙される事は無い。


 けど、先輩にしてみればまた裏切られたという事実を突きつけられた。

 その心中は計り知れない。


 だから、私がっ!


 そう決めたはずなのに……


 無理だった。

 あの一件以降、先輩の顔からは笑顔が消えちゃったんだ。


 優しくて、輝いていた先輩が居なくなった。

 私は、必死に手を伸ばそうとした。

 必死に声を掛けようとした。


 でも……直前になって、なんて声を掛けていいか分からなくて……先輩の傷を癒せる自信が無くなって……無理だった。

 結局、今まで通り遠くから見ているだけ。


 弱い。

 自分で何とかしようと思って始めたのに。

 先輩が好きだから、先輩を救おうとしてした事なのに……結局先輩に傷を付けてしまった。

 声も掛けれず、何も出来ず……先輩は卒業してしまった。


 先輩が青森の大学へ行ったと聞いた時は、心にぽっかり穴が開いたように悲しかった。

 自業自得だと思っても、悲しい。

 自分も、日南先輩を騙した人達と同類なんじゃないかと悔いに悔やんだ。


 でも……やっぱり、好きって気持ちだけは捨てきれなかったんだよ。


 だから私は、先輩の進学した黒前大学を志望した。

 情報なんかも自分で調べて、進路指導部の担当に直訴した。

 入学資金だって、1年間バイト漬け。残りは奨学金で頑張ると両親に話した。

 バイトの合間に勉強も怠らなかった。テストでは常に上位で、内申点が上がるように努力した。


 そして……推薦を貰うことが出来た。


『入学金位払うぞ?』


 父さんの言葉は嬉しかった。でも、順当にいけばもっと安い入学金だった清廉大学ではなくて、黒前大学を選んだのは自分だったから……奨学金を借りると話した。


『まぁ、凜恋は変に頑固なところがあるからなぁ。でも、困ったら絶対連絡しろよ?』


 そんな私を、2人は笑顔で応援してくれたよね?

 もちろん、清廉大学へ行ったせっちゃんもね? 


 進路を黒前大学に決めてから、オープンキャンパスにも行ったよ。もしかして、小学校から続けていたバスケのサークルに居るかなと思って、バスケサークルの出店に勇気を出して行ってみた。


 その時は、日南先輩は居なかったけど……サークルの人達の反応で、日南太陽は確かに黒前大学に居る。バスケサークルに所属して居るって事が分かっただけで……嬉しかった。


 そして……無事に入学ができ、オリエンテーションで久しぶりに顔を見れた時の感動と嬉しさは……計り知れない。

 今までの……1年間の積もりに積もった感情が爆発寸前。


 だから、オリエンテーションが終わって、正門前に出た時……日南先輩の後ろ姿を見つけてしまった瞬間、堰き止めていた何かが弾け飛んでしまったんだ。


 先輩ごめんなさい。

 あの時、かつて先輩がしてくれたみたいに、手を差し伸べることが出来なくてごめんなさい。


 でも、今度は……いつでも何処でも何度でも、先輩の為に手を差し伸べます。

 先輩の為なら何だってします。だって、私は……日城凜恋は……


 日南太陽の事が好きで好きで、大好きで仕方が無いんだもんっ!




「日南太陽さんっ! 好きです! 大好きです! 私と……付き合って下さい!!」



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