第86話 惚れて通えば千里も一里ーその1ー

 



 日南太陽。

 その人を好きになった瞬間は、今でも鮮明に思い出せる。

 人によっては、その理由を馬鹿にするかもしれない。

 安直だと笑うかもしれない。


 ただ、私はその全てを否定する。だって、


 先輩を追いかける位……私は大好きだから。



 私の名前は日城凜恋。

 恐らくごく普通な女の子だと思う。まぁ間近にいた人達がちょっとぶっ飛んでたから、そう思っているだけかもしれないけど……私は普通だと思ってる。


 そのぶっ飛んでるってのは、私の両親。母さんも父さんも良い意味でね? 

 仕事先の海外で出会い、そのまま結婚。式も挙げずに、お爺ちゃんお祖母ちゃん達には報告のみだったみたい。挨拶なんて事後とか……ぶっ飛んでるよね? そしてその時にお腹にいたのが私。


 ちなみに私の名前は、父さんのお兄さんの子ども……つまり私の従姉妹から貰った名前みたい。

 双子で綺麗で可愛いんだ。本当のお姉さんの様に私の事を可愛がってくれる。


 あと、母さんには7人も兄弟がいる。従姉妹のお姉さん達に負けないくらい可愛がってもらってるんだ。それとテーマパークの近くに住んでいて、毎日が楽しそう。実際、泊まりに行った時は楽しくてあっという間だった。


 なんて、沢山の親族に囲まれた私は、小さい頃は両親の仕事の関係で外国に居たっけ。けど、小学校に入る歳になると流石に日本に戻るべきか? なんて話になったらしく、とりあえず帰国。

 私はごく普通に小学校に通い、友達と遊び……無事に卒業した。


 そしてそのまま、清廉学園中等部へ。理由は簡単。小学校で大親友になった子の進学先だったから。まぁ、その他にもたくさん入学希望の子が居たし、皆と離れたくないってのが正直な気持ちだった。


 両親に話すと、


『おぉ~、良いんじゃないか?』

『凜恋が決めたなら、反対する理由が無いじゃない?』


 両親はぶっ飛んでる。ただ、それ以上に明るくて優しい。

 だからこそ、2人の突拍子もない行動や発言も、心の底から笑えた。

 2人の娘で本当に良かったと思う。


 さてさて、そんな感じで清廉学園中等部へ入学した私。中等部時代は友達も多くて、とにかく楽しい思い出しかない。


 そして、忘れもしない中等部3年の時……先輩に出会った。


 あれは、進学も決まり高等部の校舎見学に行った時。

 本当にこの時ばかりは自分を責めたよ。何を思ったか、急に校舎見に行きたいなんて思って、1人でふらっと行っちゃったんだから。


 そして案の定私は……校舎の脇で大事な物をなくした。それは母さんから貰った物。昔、仕事で訪れた場所で売っていた青い水晶のキーホルダー。

 魔除けの意味があるみたいで、母さんから貰ってから必ず鞄につけて大事にしていたはずだった。


 けど……その時、いつもの場所にそれはぶら下がっていなかったんだ。


 私は必死に探した。どれだけ経ったか分からない位探した。

 でも、見つからない。


 周りの人に助けを求めようとしても、周りは高等部の先輩達。逆になんで中等部の制服着たやつが居るのか……そんな怪奇な表情ばかりに見えた。


 怖くて、悲しくて、心細くて……切羽詰まった私。


 でもね? そんな時……声を掛けてくれたんだよ?


『あれ? どうしたの? 落とし物かな?』


 顔を上げた時に目の前に現れた……あの笑顔は忘れられないよ。


 一気に安心感を覚えた優しい表情。

 正直、上手く自分の状況を言えたのか分からない。

 自分の事を説明できたか分からない。


 けど、日南先輩はちゃんと聞いてくれて。何度も頷いてくれて……一緒に探してくれた。

 時には話を振ってくれて、冗談なんか言ってくれて。探してくれただけでも嬉しかったのに、心強くてさ? 絶対に見つかる。そう思ってた。

 でも……どれだけ探してもキーホルダーは見つからない。


 私は……諦めてた。顔にも多分出てたと思う。

 そんな時、日南先輩が口を開いた。


『もしかして、池に落ちたかな?』


 その視線の先には、小さな池があった。校舎脇にある小さな池。

 これは後から知ったんだけど、私がキーホルダーを無くした時期は、池を清掃する直前だったみたい。通りでよくよく見ると池の底が見えないくらい汚れてた訳だ。


 自分でもうわぁ……って思ったよ? けど、日南先輩は……


『よっと。ここ意外と浅いから、手探りで探してみるよ』


 なんてごく当たり前の様に言い出したんだよ?

 靴脱いで靴下脱いで、制服のズボンまくって……私がいくら大丈夫ですからって言っても、聞いてるのか聞いてないのか、


『大丈夫大丈夫』


 の一点張り。そして、躊躇うことなく池に入って……探し始めた。


 私は分からなかった。

 どうして?

 初めて会ったんだよ?

 中等部の知らないやつだよ?

 自業自得な落し物だよ?


 どこの誰かも分からない奴の為に、どうしてここまで?


 そんな疑問が浮かぶ度に、先輩の顔がなぜか輝いて見えた。

 額を伝う汗が眩しく、その横顔に……心臓が締め付けられる。


 この人はおかしい。

 見ず知らずの人の為にこんな事までしてる。


 キュッ


 はっ……なんで? 心臓が締め付けられるよ? キュッてする。


 おかしい。この先輩はおかしい。


 …………違う。おかしいのは……


 私?


 その時だった、


『あったよー!』


 不意に聞こえた先輩の声。

 思わず視線を向けると、そこには……不安でいっぱいだった私を安心させてくれた笑顔があった。


 でも、この時は違った。安心はしなかったんだ。


 何度も胸が締め付けられて、顔がどうしようもなく熱くなる。


 そう、この瞬間私は……




 恋に落ちたんだ。



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