第88話 好敵手と敵は紙一重

 


 ――――――――――――

 日城凜恋



 アパートに着いた瞬間、一気に顔が熱くなる。

 それもそのはず。恥ずかしい記憶というのは、ある程度時間が経ってから急に思い出すもの。それは私も例外じゃなかった。


 脳裏に過る、さっきの記憶。

 正門前、先輩を目の前に口にした光景。


「いっ……言っちゃった。いっ…………言っちゃったぁぁぁぁ!」


 リピートされるたびに居てもたっても居られなくなった私は、鞄を放り投げベッドにダイブ。必死に枕で熱を冷まそうと必死になった。


 バカバカバカっ! なんであのタイミングで? 絶対おかしな奴だって思われたじゃん!? ちゃんとイメトレだってしたのにっ!



 先輩? 覚えていますか? 日城凜恋です。清廉学園の1個下だった……


 覚えてくれてたら、

 覚えてくれてたんですか? 良かったぁ。先輩に会えて嬉しいです。

 先輩って何学部なんですか? えぇ? 一緒ですっ! 清廉に居た時みたいに、色々と教えて頂けますか? ふふっ。ありがとうございます。先輩はやっぱり優しい方ですね?


 お淑やかな後輩ってイメージで行こう。


 もし覚えてなかったら、

 そうですよね……けど、私は覚えてます。それに……大事な恩人ですから……

 えっ? 恩人? あの……その……きょっ、今日はこれで失礼しますっ! さようなら日南先輩っ!


 ミステリアスな……その理由を聞きたくなるような謎の後輩ってイメージで行く。


 ちゃんと2通りのパターンを練習したのにっ!

 先輩の姿見つけて、先輩の顔を見れて……嬉しくてキュンってしちゃった。そして感情が制御できなかったよぉぉ。


「うぅ~バカバカバカ」


 優しい肌触りのはずなのに、少しだけ枕がゴワゴワに感じる。

 パタパタと布団と足がぶつかる音が部屋に木霊する。


「はぁ……」


 ただ、そんな事をしても何も変わらない。

 それは自分が1番知っている事だった。


 …………とっ、とりあえず、ミスって告白をしてしまったけど……日南先輩は気にしてない感じの雰囲気だった。そりゃ、あんな構内でいきなり告白されたら頭の中真っ白になるよね? うん、ノーカン。


 それに、私の事覚えてくれていたって事実だけで御の字。それだけで私は嬉しいんだ。


 ようやく頭の中を整理し、落ち着きを取り戻せた気がした。けど、冷静になればなる程に今度は別の……気になる存在を思い出してしまう。

 そう、日南先輩と一緒に居た女の人。


 宮原さんだったっけ。見た瞬間に感じた2人の雰囲気は……それこそ一定の関係まで進んだ感じだったよね。

 とはいえ、手を繋いでは居なかった。少し距離もあったかな? まぁ大学内で手を繋ぐなんて、余程のバカップルじゃないとありえないか。けど、構内ではあくまでプラトニック。構外では……なんてパターンもある。


 ……いや。そもそも手違いにしろ、私は先輩に告白してしまった。恋人同士なら、相手に良からぬ思考を植え付けない為に、早急に否定するのでは? もしくは私に彼女として宮原さんを紹介する。

 そんな事は無かった。つまり、まだ2人は付き合ってはいない確率が高い。


 正直、先輩の過去を知る身としては大学、それも1年間で女性の影を感じる可能性は低いと思っていた。

 先輩の性格上、そしてあの闇の一年間を見る限り……女に相当なトラウマを感じているはず。そしてノコノコと同じ轍は踏まないだろうと思っていたから。


 にも関らず、先輩の隣には女の人がいた。


『何言ってんだよ。素直にお前が可愛らしいって事だろ。大体な? はるばる東京から来て、ボッチ確定だった俺に救いの手を差し伸べてくれたのが千那だぞ? 入学1日目にして友達が出来た。足を向けて寝られない程の……言わば女神の様な人だ』


 そう先輩に言わしめる人。

 女にトラウマを持っている先輩が笑顔を向ける人。


 確かに、一目見ただけで美人だっていうのはハッキリした。でも、それだけじゃない。美人なのにどこか可愛い顔立ちも兼ね揃えている。羨ましい限りの顔。

 身長も大きく……かといって出ている所は出ていて、締まるべき所は締まっている。


 …………でも分からないな。その行動が本心なのか、はたまた裏に何かあるのか。


 宮原千那。その正体……調べる必要がある。


 もし、本当に先輩の信用にたる人であり、その気持ちが本物なら……私にとってかなり強力な好敵手だ。

 でも、過去の3人の様に先輩を裏切るなら……騙しているのなら……


 絶対に容赦は……しないっ!!






 ――――――――――――

 宮原千那



「―――でさ?」

「そうなの? ふふっ」


 太陽と2人でご飯を食べる。これが当たり前になったのはいつからだろう。


 黒前案内も兼ねて、ランチを食べに行ったのが最初だった。けど、それからはなかなか機会が無くて……ほぼみんなと一緒だったんだよね?

 そうだ、あのホワイトデー以降だよ。考えてみれば、1ヶ月位しか経ってないのに……結構頻繁に食べに来ている。


 最初は真也ちゃんも一緒で3人。その内、真也ちゃんが来れない日があって、2人で。

 それからはどこか慣れた感じでさ? 気が付けばサークル終わりにどっちからともなく……うぅん。太陽を誘えるようになっていた。


 何気ない話。サークルの話。

 不思議と話の話題は尽きない。


 自分でも人と話すのは好きだとは思っていた。けど太陽程、永遠に話が出来ると感じた人は……今まで居ない。


『好きです! 大好きです! 私と……付き合って下さい!!』


 不意に頭に過る……さっきの光景。

 不意に浮かぶ……女の子。


 日城……凜恋さん……か。

 可愛い顔立ちに、可愛い髪型。後輩って言ってたけど、理想の後輩像そのまんまな姿。


 普通の人だったら……普通の男の人だったらイチコロだと思う。ましてや、私だってその可愛さに声を上げてしまったくらい。


 でも、その可愛い姿とは裏腹に……彼女は言った。

 私自身もいつか口にしたい。けど、まだ自信が無くて躊躇していた言葉を。

 あっさりと……堂々と……


 太陽が全然気にしていない感じだったから、もしかして高校の時からあんな性格だったのかな?

 ……うぅん。太陽の最初の反応、あれは今と自分の知っている日城さんが違うからこその反応だった。


 じゃあ、突然? 

 そもそも、東京から黒前に来ること自体珍しいよね。それをわざわざ……そして告白。


 日城さんは間違いなく、太陽の事が好きだ。同じ大学に来る位に。


 どうしよう。自分の気持ちに気が付いてから、性格も含めて格好良い太陽がより格好よく見えていた。

 でも、あからさまに太陽に近づく人も居ないし、今のこの日常が幸せで……下手な事をして、今の関係が壊れる事を恐れていたのかもしれない。


 ただ……そんなことも言っていられない。

 だって、そのあからさまに太陽に近づく人が……現れたんだもん。


「ん? どうしたの千那? 料理減ってないよ?」

「えっ? そんな事ないよ? ふふっ。逃避行の料理って美味しいね? 太陽」

「そうだな」


 ……嫌だな。

 この笑顔を奪われたくはない。

 けど、まだ告白する勇気が湧かない。


 どうしよう……どうしよう……本当に…………



 どうしたらいいのぉ? 私っ!



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