第83話 隣の君、後ろの……

 



 黒前大学入学式。

 その翌日である今日この頃。


 俺は……


「――――――ありがとうございました。続きまして、バスケットボールサークルの皆さんお願いします」


 黒前大学の体育館にいる。


 ステージに上がると、見渡す限りの人人人。今年入った新入生の面々が、一斉に視線を向ける。

 うおっ……流石にこの視線の数は……やっぱキャプテン。俺じゃ無理ですよ。


 黒前大学オリエンテーション。俺はその中のサークル紹介の為に、なぜか壇上の前に立っている。

 オリエンテーションでのアピールが新入生確保のカギらしく……そんな大事な場に、なぜか同行を強せ……いや、お願いされ今に至る。


 昨日の入学式の後、先輩方が体育館を後にする新入生達にアピールしたものの、あまりにも感触が良くなかったらしい。そしてオリエンテーションで説明する気力を失ってしまい、なぜかキャプテンに懇願された訳だ。

 まぁ、半ば強制な感じだったけど……確かに今日見た先輩方の表情はガッカリ通り越して絶望そのもの。どれだけ感触がなかったのかは……正直考えたくもない。


 ただ、なぜその代役が俺なのかも分からない。

 そして正直、いくらキャプテンのお願いとはいえ……断りたかった。


 なぜなら、立花心希と風杜雫が……新入生としてこの場に居るから。


 立花については、真也ちゃんからの情報で知った。学部も一緒だって聞いた時点で、何とも嫌な気分に襲われたよ。

 けど、俺は俺。それに友達も居る。あいつの入り込む場所なんて考えると、どうでも良くなった。


 つぎに風杜。高卒認定試験を受け、黒前大学に入学。これはゴーストでバイトしている天女目から聞いた。まぁ、天女目は俺とあいつの関係を知らないし、元バイト仲間の関係で教えてくれたんだと思う。

 けど、あいつに対しても一緒。言いたい事は言ったし、聞きたい事も聞きたくない事まで全部聞いた。

 あとはあいつがどうしようと、どうなろうと知ったこっちゃない。


 ……なんて格好付けたけど、そもそも多分白羽の矢が立ち、先輩達の期待を背をっているのは……


「はーい! 皆さんおはようございます! バスケットボールサークルです!」


 恐らく千那だろう。

 そして、緊張を和らげる為にも……俺もセットでお願いしたに違いない。


 あいつらなんか考えるな。眼中に入れるな。キャプテンと千那の為にこの場に居ろ。

 そう考えると、別に嫌な気がしなくもない。


 ただ……


「私は2年の宮原千那と言います。突然だけど、この中でスポーツ経験者は居るかな?」


「恥ずかしがらないで良いんだよぉ? ……おぉ、結構いますねぇ! でもね? バスケットボールサークルは初心者大歓迎。あと、ダイエットや運動不足解消にも効果ありなんですよ? 知ってます?」


「つまり……上手い下手なんて関係なし。運動に興味ある人なら誰でもオススメ出来るサークルなんですっ!」


 千那にプレッシャーなんてものはない気がする。

 実際、今までの緊張感に包まれた雰囲気なんて関係なし。

 そして持ち前のコミュ力で、眼前の新入生達を圧倒している。


「じゃあ、前置きはここまでにして……詳細な活動内容と、活動日時をお知らせしまーす!」


 はははっ……やっぱ、すげぇや千那。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 朝の穏やかな日差しから変わり、辺りには少し夕焼けのオレンジ色が反射する。

 そんな構内を、


「ふぅ……とりあえず、4人入ってくれて良かったねぇ」

「だな。千那のおかげだよ


 俺と千那は正門に向かって歩いていた。

 午前中のオリエンテーションを終え、その反応を新キャプテンが意気揚々と説明。先輩方の顔にもやっと生気が戻った。

 そしてサークルも終盤に入った所で……全オリエンテーションを終えただろう新入生が訪れたんだ。

 その数4人。当日の入部希望者にしては破格の人数らしく、先輩方は狂喜乱舞。そして千那はバスケサークルの女神として崇められることになった。


「そんなぁ。全然だよ?」

「オリエンテーションのインパクト勝ちだって。俺なんて立ってるだけだったし」


「あっ、ごめんね? 太陽の話す時間なくて……」

「なんでだよ。むしろ感謝したい位だ。だから、ご飯おごるって言っただろ?」


 そして、そのパフォーマンスのおかげで、俺の話す時間がなくなり……結局1言も話さない内に、紹介の時間が過ぎ去った。

 俺としてはあんな人数目の前に話す事に緊張もあった訳で……もれなく千那に救われた形だ。

 そして、そのお礼に晩ご飯をご馳走する為に……俺達は今一緒に歩いている。


「もうー。全然良いのに」

「俺が良くないんだって。好きなもの食べて良いよ?」

「本当? じゃあお言葉に甘えて……」


 2人で映画を見に行ってから、こうしてご飯を食べに行く機会が増えた。もっぱらサークル終わりにだけど……それでも、気兼ねなくご飯に行ける関係になったのは大きい。


 そして、今日の俺の心には、少しの決意があった。

 ……ご飯食べてる時、誘ってみようかな? 遊びに行こうって。


 なんて、考えに耽って居た時だった。


「ひっ、日南太陽さんですか!?」


 後ろから聞こえて来た、自分の名前を呼ぶ声。

 不意に耳に入ったその言葉に、俺は反射的に……振り向いていた。


 ん? 誰かな……






 ――――――――――――――――――

 澄川燈子


 今日は大学のオリエンテーション。

 勿論、入学した立花さんと風杜さんも居るはず。


 ゴーストで働いて、2人と話して知ってたけど……正直怖くて……思わず大学まで来ちゃった。

 そして気が付けば正門の近くまで。


 立花さんは私が日南君にした事を知っている。

 けど、ゴーストの皆には言ってはないみたい。


 そして風杜さんは、日南君と同じ高校で……付き合ってた。

 けど、結局別れて……ずっとモヤモヤしてる。


 ハッキリ言って、自分に何が出来るか分からない。

 分からないけど、居ても経っても居られなくてここまで来ちゃった。


 どうしよう……どうしよう…………あれ? あれって日南君? 

 なんでここに……って私も一緒か。


 …………どうしていいか分からない。けど……自分から動かなきゃ何も変わらない。だから、


「ひっ、日南く…………えっ?」






 ――――――――――――――――――

 立花心希


 黒前大学に入学した。

 同じ学部を選択した。


 あれだけ自分の愚かさを思い知って、関わらないと決めたのに。

 その背中を見続けたくて……結局、後を付いて来てしまった。


 サークル紹介で久しぶりに見た、い……日南先輩の顔は変わって居なかった。あの時のまま……格好良いまま。

 けど、こんな気持ちのまま大学生活が出来るのか……不安はある。


「ふぅ」


 教室の案内が終わり、今日のオリエンテーションは終了。後は各自解散と言うことで……私は1人、棟の中を歩いていた。

 まだ、構内の事は良く分からない。でも、地図によるとこの先の出口を出ると、左手にすぐ正門があるらしい。


「よっと」


 力を込め、ドアを開けると……辺りは夕日に染まっていた。

 その眩しさに思わず目を逸らした瞬間……その人がいた。


 正門の近くに……


「あっ……」


 日南先輩が。

 けど隣には、女の人も居るみたいだった。


 その光景に、少し躊躇う。


 ……けど、これが最後。挨拶して、もう関わらない。だから……


「あっ、日南せん…………えっ?」






 ――――――――――――――――――

 風杜雫


 サークル紹介で久しぶりに見た君の顔は……晴々していた。

 それだけで分かる。黒前大学がどういう場所で、君にとってどれだけ大事な場所なのか。


 もちろん、私はそれを壊したい訳じゃない。

 履修科目の充実、講義の評判の高さ、就職率。

 伯父さんに迷惑をかけたくない。十分な恩返しが出来る様に……自分の為に黒前大学を選んだ。


 ……違う。君の事を考えていないと言えば嘘。

 本当の事を言って、本音を言われて……私は初めて、本当の自分を曝け出した。

 けど、君は変わらない。私の好きな君のまま。


 迷惑を掛けない様に……そう思っていたのに……


「はぁ……」


 学部で多く使う校内の説明が終わり……今日のオリエンテーションは終了。後は各自解散となった。

 偶然にも、私が居る棟を出るとすぐ右手に正門があるみたい。


「ん……っと」


 出口のドアを開けると、外はオレンジ色に輝いていた。

 それはどこか美しく、何処か儚くも感じる。


「はぁ……」


 そんな光景に思わず溜め息を吐いた時だった。


「あれ?」


 何気なく目を向けた先。正門の所に……太陽が居た。ただ、その隣には髪の長い女の子。恐らくオリエンテーションで、明るく元気に話していた女の子に違いない。


 ここで話しかけても……ダメだよね。

 君の大学生活に関わっちゃダメ。


 そう思いつつ……これが太陽と話せる最後のチャンスじゃないかと心がざわつく。


 どうしよう。

 良いのかな。

 最後だから。これで最後だから。


 最後にちゃんと、太陽の顔と声を記憶に残したい。だから……


「たっ、太よ…………えっ?」




 ――――――――――――――――――





 不意に聞こえてきた声。

 俺は反射的に、その声の方へと振り向いた。

 するとそこに居たのは……1人の女の子だった。


 ん? 誰だこの子?

 身長は千那より小さい。真也ちゃんより少し大きい位か。

 肩ほどの長さで少しウェーブがかった髪の毛。

 その目は大きく、鼻立ちもスッキリしている。


 その顔は、一言で言うなら可愛い感じ。

 千那が綺麗と可愛いのハイブリット頂点だとすれば、この子は可愛い系。それもパッと見かなり高いレベルな気がする。

 ただ……俺の知り合いにこんな可愛い子は居ない……はず。


 知り合いか? けど、記憶が……


「あぁ……やっぱり。日南太陽さんですよね!?」

「えっ? はい……そうですけど」

「良かった。会えた……嬉しい」


 ん? 会えた? 嬉しい? じゃあ、やっぱり何処かで……


「うん?」


 会った事が……


「日南太陽さんっ!」


 ある?




「好きです! 大好きです! 私と……付き合って下さい!!」




 …………えぇ!?



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