第82話 移り行く景色

 



 あの日。

 宮原さんと映画を見たあの日。


 真也ちゃんの好意で、ただ単にデートしたと言われればそうかもしれない。


 けど、少なくとも俺……あとは真也ちゃんにとっては、ある意味忘れられない日となった。


 あのクリスマスイブの日から約3ヶ月。

 自分の気持ちに気が付いてから約2ヶ月。

 宮原さんの返事が分からず。千太との関係を疑い続け……そして今まで運命共同体となって戦い続けた、努力が報われた日。


『私ね? 今日の今まで誰とも付き合った事ないんだ。そういう経験がないの』


 その突然の一言は……それだけの価値があった。


 笑顔のまま駅で別れ、アパートに戻ると速攻で真也ちゃんへ連絡。今までメッセージでのやり取りばっかりだったけど、早く伝えたくて……初めての電話だった。


 ≪あっ、映画終わ……≫

 ≪ままっ、真也ちゃん! やったよ!≫


 ≪ちょっ、日南さん? 落ち着いてください≫

 ≪落ち着くなんて無理だって。聞いてよ真也ちゃん!≫


 ≪こっ、声大きいです! これ電話ですよ? いつものメッセージじゃないんですよ?≫

 ≪いや、ごめんごめん≫


 ≪もう。それで? 感触はどうだったんですか?≫

 ≪……最高だよ。というより、俺たちの努力が報われたと言ってもいい≫


 ≪報われた?≫

 ≪突然だったけど、この耳で聞いたんだ。宮原さん、今まで誰とも付き合った事ないって!≫


 ≪えっ……≫

 ≪だから……≫


 ≪本当ですか? それ……≫

 ≪もちろんだよ。宮原さんの口から聞いたんだ。間違いないよ≫

 ≪やっ……やったぁ!≫


 真也ちゃんから、あんな子どもっぽい言葉を聞いたのは初めてだった。

 そしてすかさず、


 ≪じゃあこれで心置きなく、日南さんをサポート出来ますね。千那姉に関わる事なら何でも聞いてください≫


 なんて心強い言葉も頂戴した。

 まぁ、実際俺もそんな真也ちゃんの言葉を聞いて結構イケイケな気分になってたけど……大学で会った時には妙に緊張してしまった。

 それでも、


「おはようっ。日南君」

「おはよう。宮原さん」


 いつもの挨拶が、いつもの会話が……前よりも楽しく感じた。

 前はどこか遠慮していたけど、皆で遊びに行く機会も増えた。

 サークル終わりに、他愛もない話をする事が多くなった。

 お腹すいたと言って、2人で晩御飯を食べに行く事も多くなった。


 そして1番の変化は……


「ねぇ? 思うんだけど、千那姉はいつまで日南さんの事名字呼びなの? 日南さんもね?」


 お互いの呼び方。

 きっかけは、真也ちゃんも交えてサークル終わりにご飯を食べていた時だった。

 その突然の言葉は、驚いたよ。


「えっ!? だって、ほらぁ……いきなり名前とか……ねぇ? 日南君」

「そっ、そうだね」

「別に、もう知らない仲って訳じゃないし名前でも良いんじゃない?」


「「いやぁ……」」


「はぁ。同じサークルで同じ講義受けてる、と・も・だ・ちなら別に良いでしょ? ほら試しに言ってみなよ。まずは千那姉っ!」

「えっ、えぇ…………たっ、太陽君」


「はいっ! 次、日南さんっ!」

「うおっ…………ちっ、千那さん」


「良いじゃん良いじゃん。まぁ、君付けさん付けが微妙だけど、これでもっと仲良くなったんじゃないかな? 2人とも」


 半ば強引だったけど、いい機会にもなった。

 名字呼びから名前呼びに変わるには、何かしらのきっかけが必要。それを真也ちゃんが有言実行の如く果たしてくれたおかげで……俺達の呼び方は変わった。


 そんな少し恥ずかしい出来事もあったけど……暦はどんどん進んでいく。そして3月の後半。

 そう卒業式。


 サークルでお世話になった先輩方との別れ。

 最後の送別会では、涙あり笑いありで……楽しかった。


 こうして先輩方の背中を見送り、俺達は前を見つめる。

 その先には雪も解け、コンクリートが顔を出す季節が目の前に近付いていた。


 別れがあれば出会いがある。


 そう、暦は4月。

 早いようであっという間だったけど、ここ黒前に来てもう1年が経とうとしている。


 そんな事を考えながらも、俺達は……大学2年生になった。



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